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		<title>菓子 - 変更履歴</title>
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		<title>黄色のニクイ奴: 新しいページ: ''''菓子'''（かし）とは、甘味や塩味など味覚強調し、あるいは食感など触覚に工夫し、各種の匂いで嗅覚など食味感覚...'</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;新しいページ: &amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;菓子&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（かし）とは、甘味や塩味など&lt;a href=&quot;/mediawiki/index.php?title=%E5%91%B3%E8%A6%9A&amp;amp;action=edit&amp;amp;redlink=1&quot; class=&quot;new&quot; title=&quot;味覚 (存在しないページ)&quot;&gt;味覚&lt;/a&gt;強調し、あるいは食感など&lt;a href=&quot;/mediawiki/index.php?title=%E8%A7%A6%E8%A6%9A&amp;amp;action=edit&amp;amp;redlink=1&quot; class=&quot;new&quot; title=&quot;触覚 (存在しないページ)&quot;&gt;触覚&lt;/a&gt;に工夫し、各種の匂いで&lt;a href=&quot;/mediawiki/index.php?title=%E5%97%85%E8%A6%9A&amp;amp;action=edit&amp;amp;redlink=1&quot; class=&quot;new&quot; title=&quot;嗅覚 (存在しないページ)&quot;&gt;嗅覚&lt;/a&gt;など食味&lt;a href=&quot;/mediawiki/index.php?title=%E6%84%9F%E8%A6%9A&amp;amp;action=edit&amp;amp;redlink=1&quot; class=&quot;new&quot; title=&quot;感覚 (存在しないページ)&quot;&gt;感覚&lt;/a&gt;...&amp;#039;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;'''菓子'''（かし）とは、甘味や塩味など[[味覚]]強調し、あるいは食感など[[触覚]]に工夫し、各種の匂いで[[嗅覚]]など食味[[感覚]]の[[嗜好品]]として[[製造]]、調理された[[食品]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一般に[[穀類]]の粉を練り焼くあるいは蒸すなどした[[ビスケット]]や[[饅頭]]、[[糖質]]を主体とした[[キャンディ]]や[[チョコレート]]類、[[アイスクリーム]]などの冷凍菓子などを総合し、菓子と分類されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[近代]]になり冷凍冷蔵技術の向上と[[大量生産]]を可能にする[[工業化]]が進んだ事で、菓子の種類と生産量は飛躍的に増えた。これにより菓子製造販売は、旧来の職人が手作りして専門菓子店（和菓子店・洋菓子店・煎餅店等）で小売りするといった形態の他、工場生産された包装済みの菓子が小売店（[[スーパーマーケット]]や[[ドラッグストア]]等）で販売されるという形態が定着した。主に品質が均一で安価な[[商品]]は[[工場]]で生産し、手間のかかる[[高品質]]な物や流通の困難な商品は専門菓子店が製造するといった棲み分けが定着されてきている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、[[日本]]では[[食品衛生法]]および[[乳等省令]]により、アイスクリームなどは[[一般食品]]である菓子ではなく、[[乳製品]]として[[分類]]されている。また、[[果実]]を[[乾燥]]させたり[[砂糖漬け]]にしたものや、[[焼き芋]]や[[煎り豆]]などに代表される[[農産物]]を単純に[[加工]]したものは菓子製造と見なされない場合が多いが、一方で[[ポテトチップ]]や[[ポップコーン (食品)|ポップコーン]]に関しては[[スナック菓子]]として扱われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 菓子の発祥と伝播 ==&lt;br /&gt;
約1万年前の[[壁画]]に[[蜂蜜]]の採取と思われる[[絵]]があり、人は有史以前から[[蜂蜜]]や[[果物]]などの[[甘味]]を求めていた。また、[[身体維持]]に欠かせない[[塩分]]は、その必要性から塩味といったおいしさとして認識されていた。様々な穀物を粉にし、それを練って火にかけるという初歩的な調理が行われるようになってからは、[[食物]]に対して[[栄養]]を求めるだけでなく、[[甘味]]や[[塩味]]をより楽しむ事が求められるようになり、そういった[[味覚]]への追求が菓子を創造する原動力になったとも考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[農耕]]や[[牧畜]]が発展し、[[原種]]の[[小麦]]が現代品種に至って以降、[[文明]]の発達と共に菓子が作られはじめた。[[紀元前22世紀]]頃の古代[[メソポタミア]]の[[ウル第三王朝|新シュメール時代]]、[[マリ王朝]]の[[宮殿]]跡から「うずくまるライオン」の菓子型が出土している。「[[楔形文字]]」の解読研究によると[[マリ王朝]]には「メルスの製造者」という[[職業]]があり、「メルス」は練った生地に[[ナツメヤシ]]や[[ピスタチオ]]、干し[[イチジク]]や干し[[ブドウ]]、[[蜂蜜]]や各種の[[香辛料]]を混ぜ込んで焼き上げたものだとされている事が解り、これが[[現代]]の[[焼き菓子]]につながるものだとも考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[紀元前1175年]]、[[エジプト]]の[[ラムセス3世]]の[[墓]]には、[[製パン]]施設と思われる[[壁画]]があり、[[パン]]とともに「ウテント」という渦巻き状の揚げ菓子と思われるものが描かれている。[[墳墓]]の[[副葬品]]として、食物を作る人々の像や食物も出土しており、それらの研究から当時14種類の菓子があったとも推測されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
紀元前2000年頃に地中海で海洋文明として成立した[[エーゲ文明]]はアジアの文物を媒介し、後継である[[ミケーネ文明]]をさらに引き継いだ[[ギリシア時代]]には、誕生日を祝う現代のバースデーケーキにあたるものなど100種を数える菓子があったと言われている。紀元前二世紀頃からは[[バター]]も知られはじめ、[[チーズ]]の製造にも工夫が重ねられ職人も存在しており、獣脂や[[ガチョウ]]などの[[卵]]も菓子製造に利用されたようで、菓子作りの基本となる食材が揃い始めた時代でもあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文明の勃興期、穀物を製粉加工する粉食は世界各地で多発的に起こったとも考えられている。[[ユーラシア大陸]]の各所で派生した文化が成熟し、[[ギリシア]]と[[ペルシア]]のように争いを含め様々な形で交わっていく過程で、菓子はさらに多様化し広まっていった。現代のアラブ諸国に見られる揚げ菓子も、[[ギリシア]]で婚礼菓子として用いられていた蜂蜜入りの揚げ菓子が由来であると考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 職業としての確立と発展 ===&lt;br /&gt;
紀元前7世紀頃に建国された[[ローマ時代]]、曖昧であったパンと菓子は種類により明確に分類されるようになった。それまで、どちらかと言えば女性が担う調理仕事の一つとして扱われていた菓子作りだが、儀式の供物用に特別な菓子などが求められはじめ、種類も多彩になった事などから男性が職業として関わるようになり、紀元前171年には法的にも承認され、菓子職人が男性の職業として確立する事となった。当初、権力者や富裕層のために、あるいは特別な儀式のために作られていた菓子は、その製造が職業として認められ充実していくにつれ市民にも広まり、一部にはローマ市内で販売されるまでに至った。また、ローマ人の生活と神事は切り離せないものであり、様々に工夫され飾られた供物菓子が神殿に奉納されており、これらが現代の菓子のデコレーションの原型となっているとも考えられている。さらに、[[ガイウス・ユリウス・カエサル|ジュリアス・シーザー]]はアルプス奥地から氷雪を運ばせ、乳や蜜のほか酒を混ぜあるいは冷やして飲んだとも言われており、氷菓の原点もこの時代だったという説もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
帝政となりローマは更に繁栄を極め、菓子に用いられる材料もますます多様になっていった。紀元前の[[アレクサンドロス3世]]による東方遠征時、[[インド]]に[[サトウキビ]]の絞り汁を発酵させた「葦の茎からとれる蜜」があると報告されていたが、その発酵物を固めたと思われる「サッカラム」も蜂蜜や果糖と同様に菓子作りに用いられていたと考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、312年頃には市内にパン屋と菓子屋が合わせて254軒もあったと伝えられており、合わせ型による焼き菓子や工芸菓子も登場し、富裕層や貴族階級の宴席を飾っていた。[[カトリック教会|カトリック]]の洗礼式などで用いられる「[[ドラジェ]]」や、[[イタリア]]の[[クリスマス]]に欠かせない「[[パネトーネ]]」もローマ時代が起源と言われており、あらゆる物品が集うと言われ世界第一の都市であったローマにおける菓子の隆盛が、現代菓子の基礎となったと考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ヨーロッパの菓子史 ==&lt;br /&gt;
=== 菓子と宗教 ===&lt;br /&gt;
4世紀後半のローマ帝国の衰退をはじめ、[[ヨーロッパ]]は幾つもの王朝が勃興しては争う時代となった。以降、[[ルネサンス]]まで菓子作りにおいてローマのような躍進的な創造はあまり見られない。また、この時代は都市構造や家屋整備の面でも停滞が見られ、一般の家々にオーブンを備える事は許されず、柔らかなパンや菓子生地を焼ける大きな[[オーブン]]は、各地の修道院や教会、荘園の領主などのみが所持していた。オーブンの使用料として卵や蜂蜜、チーズなどを納める事が求められ、この事は封建制度における弊害である反面、納められた材料を用いての菓子製造の専業化が進み、結果的にローマ時代に培われた菓子の製造技術が途切れず受け継がれていく事となった。また、修道院や教会による[[キリスト教]]の行事や祝祭日のための菓子の製造は、フランスの「[[ガレット・デ・ロワ]]」や「オスティ」などの宗教菓子を経て、クリスマスや復活祭など、後年ヨーロッパにおけるキリスト教の行事を彩る様々な菓子の発展へと繋がっていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== イスラム文化と砂糖と十字軍 ====&lt;br /&gt;
7世紀に[[イスラム教]]が成立、それを背景とする[[イスラム帝国]]が勃興する。同じ頃[[ペルシア]]では[[サトウキビ]]を発酵させない精糖法が考案され、長期保存が可能になった砂糖は貴重な交易品として[[イスラム帝国]]の拡大とともに東西に広まっていった。[[711年]]、イスラム帝国ウマイヤ朝の時代には、北アフリカ一帯も勢力下に治め[[イベリア半島]]も征服、[[地中海]]沿岸に大きく版図を広げた。合わせてサトウキビの栽培と精糖技術も地中海沿岸諸国に広がったが、ヨーロッパに広く砂糖が知られるようになるのは、後の十字軍の時代であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イスラム教成立以降キリスト教世界との対立は続き、ヨーロッパにおいてようやく国家的安定が得られはじめた11世紀から13世紀までの200年間、聖地奪還を掲げて幾度もキリスト教圏から東方へと[[十字軍]]の遠征が行われた。人の往来は交流を生み軍路の発達は物流を助け、結果として砂糖や香辛料をはじめとする東方の物産がヨーロッパに広まる事となった。だが、イタリア諸都市を通じ地中海貿易でしか得られない砂糖は、貴族や富裕層の間でしか手にできない貴重品であり、そのほとんどが滋養のためのいわば薬用として処方されるもので、菓子製造に利用するのではなく、当初はわずかにふりかけるといった用いられ方だったとも考えられている。また、貴重品であった砂糖の取引はやがて教会の許可制となり、修道院などで薬酒として作られていたリキュール酒の材料として香辛料と共に用いられる事となり、後年、甘いリキュール酒として菓子作りに活かされる事となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
砂糖だけでなく、十字軍のもたらした文物はヨーロッパの菓子作りに様々な影響を与える事となった。&lt;br /&gt;
小麦の育たない寒冷地でも栽培できる穀物、[[ソバ]]も十字軍によってヨーロッパにもたらされたもので、フランスではサラザンと言われている。中世においてアラブ諸民族を指すサラセンに由来した名だと考えられており、現代でもクレープなど様々な菓子に利用されている。また、フランス南西部に伝わる「パスティス」とモロッコに伝わる「パスティリャ」や、オーストリアの「シュツルーデル」とトルコの「バクラヴァ」の形の類似などから、広い範囲での交流があったとも考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
食文化の暗黒期とも言われていた中世だが、ローマ時代に基本がほぼ完成していた各種の焼き菓子には、砂糖やリキュールなどによる更なる工夫の素地が用意された時代でもある。さらにインド原産の[[オレンジ]]や[[レモン]]、中国原産の[[アンズ|アプリコット]]などがイスラム世界を経由して、さらに十字軍により運ばれ、砂糖の広まりとともに砂糖漬けにされた果実が、食後のデザートとして用いられるようになり、糖菓としての確立につながる事となる。そして、ブドウ酒や果実のジュースを入れた容器を塩を混ぜた雪や氷の中で撹拌するといった、現代にも通じる氷菓の製造法も伝来し、アラビア語で飲むを意味する「シャバリ」が語源と言われる、フランスの「ソルベ」、英語の「シャーベット」といった氷菓もイタリアなどで作られはじめた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現代欧風菓子の、[[小麦粉]]などの焼き菓子を主体としたパティスリー（''Patisserie''）、糖質が主体となった糖菓であるコンフィズリー（''Confiserie''）と氷菓であるグラス（''Glace''）といった大別は、中世の十字軍の東方遠征により図らずも育まれた文化交流によって成立していったとも考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ルネサンスと大航海時代 ===&lt;br /&gt;
ローマの衰亡以降、[[イタリア半島]]は統一を欠き紛争が続いていたものの、地中海貿易を担う[[ヴェネツィア]]や[[フィレンツェ]]などが都市国家として発展していた。[[14世紀]]にこれら[[イタリア]]の都市国家が中心となって興ったルネサンスは食文化にも及び、十字軍のもたらしたイスラム圏からの食材を用いて、さらに工夫を重ねた菓子が登場する事となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、[[レコンキスタ]]により[[1492年]]、イベリア半島はイスラム支配を脱し、ヨーロッパの他の王朝に先駆けて強力な王権を獲得したスペインとポルトガルは、民族主義意識の高まりを背景に[[イスラーム]]勢力の駆逐と領土拡張に乗り出す事となった。新航路の発見は領土と交易品をもたらし、ひいては莫大な富をもたらす。さらに、15世紀にかけてイスラム王朝の一つであったオスマン朝が帝国として台頭、地中海貿易をほぼ掌握した[[オスマン帝国]]による貿易関税への不満も加わり、ヨーロッパの各国が外洋へと走り出す、[[大航海時代]]となっていった。[[大西洋]]を渡り、西インド諸島はヨーロッパ諸国の一大サトウキビ生産地となり、貴重な輸入品であった砂糖をヨーロッパ人自ら精製し手にする事になった。そして、スペインにより[[チョコレート]]がヨーロッパにもたらされたのもこの時代であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== フランス美食の王国 ====&lt;br /&gt;
フランス菓子が世界に知られる完成度を得る背景には、ヨーロッパ諸国の興亡と王朝間の婚姻があった。諸侯が割拠していた[[西フランク王国]]をまとめたカペー朝が[[1328年]]に断絶した後、フランスはイギリスとの[[百年戦争]]に苦しむ事となる。[[1453年]]にフランスの勝利で戦争は終結し、以降、次第に国力をつけ幾度もイタリアに攻め入り、イタリア戦争を引き起こした。[[1533年]]に[[メディチ家]]の[[カトリーヌ・ド・メディシス]]が、政略結婚とも言える形でフランスの[[アンリ2世 (フランス王)|アンリ2世]]に嫁している。文化的には後進であったフランスに、ナイフとフォークを持ち込んだと言われ、実際に当時のイタリアの生活様式が全て再現できるよう、料理人や製菓人まで供にしていた。[[シャーベット]]、[[マカロン]]、[[フランバジーヌ]]、[[プティ・フール]]など、今日フランスの伝統菓子とも思われているほとんどは、イタリアから伝わったものだとも考えられている。さらに[[1615年]][[ルイ13世 (フランス王)|ルイ13世]]にスペイン王[[フェリペ3世]]の娘アンヌ・ドートリッシュ、続く[[1660年]][[ルイ14世 (フランス王)|ルイ14世]]にスペイン王[[フェリペ4世]]の娘マリア・テレサが嫁ぎ、チョコレートとその調理法もフランスに渡った。[[ルイ15世 (フランス王)|ルイ15世]]に嫁いだポーランド王の娘マリー・レクチンスキーは父娘ともに美食家でも知られており、[[ババ]]や[[ヴァローヴァン]]を創造したと言われている。[[1769年]][[オーストリア]]の[[マリー・アントワネット]]が[[ルイ16世 (フランス王)|ルイ16世]]に嫁いだ事で、ドイツ菓子の製法も流入する。ヨーロッパ主要国の菓子の製法がフランスに集まり、ヨーロッパの菓子の集大成としてのフランス菓子が、その完成にむけて大きく躍進する事になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 菓子製造の近代化と産業革命 ===&lt;br /&gt;
イタリアをはじめ元はヨーロッパ各地で創作された菓子が、フランス菓子として現代に認知されている要因の一つに、菓子の製法を系統立ててまとめ正確に伝播できるようにした点が上げられる。[[1784年]]、革命前のフランスに生まれた[[アントナン・カレーム]]は製菓だけでなく料理の技量においても秀逸であり、製菓や料理の技法を記した多数の著作を残した。[[シャルロット]]、[[ジュレ]]、[[ババロア]]、[[ブラン・マンジェ]]、[[プディング]]、[[ムース]]、[[スーフレ]]など、まさに現代に主流となっている口当たりの良い菓子をこの時代にデザートとして提案しており、同時代のみならず後の菓子職人達にも大きな影響を与えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[18世紀]]に始まった[[産業革命]]にともない、精糖産業にも変革が訪れる。[[16世紀]]に寒冷地でも栽培できる甜菜（[[サトウダイコン]]）からも砂糖が精製できる事が発見されていたが、サトウキビを越えて広まる事はなかった。だが、[[1806年]]イギリスを封じ込めヨーロッパの経済支配を狙ったナポレオンの[[大陸封鎖令]]により砂糖が入手できなくなった事から、甜菜の栽培による砂糖生産が奨励される事になる。19世紀中頃に生産が軌道に乗り精糖産業の工業化が進んだ。この事は様々なコンフィズリーは元より、ビスケットやチョコレートなどの普及へと繋がり、ローマの昔から富裕層や特権階級の享受するものだった甘い菓子が、ヨーロッパ中に豊富に出回りはじめるきっかけとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
パティスリーそしてコンフィズリーの普及と完成を助けた産業革命だが、氷菓やアイスクリームこそ産業革命の申し子と言える菓子であった。[[1867年]]ドイツで製氷器が発明され、アイスクリーム製造の機械化は一気に進んだ。[[アメリカ]]では企業で量産されるようになり、後にアメリカの国民食と言われるほどの普及を見る。以降、グラス（氷菓）は、デザートやアントルメとしてのヨーロッパ式と、量産システムによるスナックとしてのアメリカ式の二つの傾向に別れて発展する事になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 中国の甜点心 ==&lt;br /&gt;
文明の黎明期、同じような粉食文化が始まりながら、[[中国]]では菓子について独自の位置づけがなされ、[[点心]]としての発展を遂げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現代、世界で菓子として認識されている食品を、中国の食において一括りにするのは難しい。中国の食は、食事をするといった意である「吃飯」と、軽食をとると言った意味合いの「吃点心」に大別できる。吃点心の中でも、粉を練って作った皮で餡を包み込んだものを点心と言い、さらに甘味のものを甜点心としており、「[[月餅]]」や小豆餡の饅頭である「豆沙包子」などが良く知られている。同じく吃点心の中で、果物を意味する果子があり、果物の砂糖漬けや、果汁で作った糖菓子などはこれに含まれる。「[[杏仁豆腐]]」は本来は「吃飯」の菜で宴席料理の甜湯であるが、少量を供した場合は小食として吃点心としても扱われる。アイスクリームや氷菓は食では無く、飲に属し喝の冷飲として扱われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[黄河文明]]期、紀元前3000年頃の仰韶文化期において石臼や杵が使用されており、穀類を砕き加工し調理する技術は中国でも古代から知られていた。だが、粉食が中国食文化に浸透しはじめたのは、[[前漢]][[武帝 (漢)|武帝]]の時代、[[匈奴]]を挟撃するべく[[大月氏]]に使者として送られた[[張騫]]が、紀元前126年に小麦とその製粉技術を持ち帰ってからとされている。[[北魏]]の末、500年頃の著作『斉民要術』には、粉食としての点心が詳細に記述されており、小麦を加工した「餅（ピン）」などの記述も見られるが、当時の製粉技術は石臼と杵であり、7世紀初頭から10世紀初頭に栄えた[[唐]]の時代、水車を使った大規模な製粉技術がもたらされて後、中国食文化が本格的に粉食主体となったと考えられている。さらに、唐時代はイスラム帝国が勃興する時代と重なっており、世界交易の拠点でもあった[[長安]]にはペルシア人も頻繁に訪れた。長安の都にはドーナッツのような揚げ物である「環餅」や「油餅」などを売る店が並び、ペルシア風の食べ物「胡食」が流行した。精糖技術も伝わり甜点心は更に発展した。茶を飲み点心・小食を食べるいわゆる飲茶という食習慣が全国に普及したのも唐の時代と考えられている。以降、[[元 (王朝)|元]]代には[[蒙古]]族の食習慣が取り入れられ、乳や酪といった素材を用いた甜点心が作られた。[[清]]代には[[1840年]]の[[アヘン戦争]]に前後してヨーロッパの菓子も流入した。ビスケットは「餅乾」として普及し、ケーキは欧風菓子を意味する「西式点心」として区分されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== アメリカの菓子　==&lt;br /&gt;
[[アメリカ]]の菓子は、今日の日本人の標準的な感覚からすると[[着色料]]や砂糖などが多く使われているものが多い。アメリカの菓子は、[[リコリス]]や、ジュースでいえば[[ルートビア]]や[[ジンジャーエール]]、[[ドクターペッパー]]などの薬のような風味のものも多い。&lt;br /&gt;
また、[[トルティージャ|トルティーヤチップス]]や[[ポテトチップス]]などをはじめとした[[スナック菓子]]が人気である。チョコレートでは[[M&amp;amp;M'S]]([[マスターフーズ]])などが有名。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本における菓子 ==&lt;br /&gt;
古代の日本では果実や木の実などを総称して「くだもの」と呼んでいた。漢字が伝来し「くだもの」に「菓子」あるいは「果子」の字があてられるようになった。そして、[[奈良時代]]から[[平安時代]]にかけて中国から穀類を粉にして加工する製法の食品が伝わり、これが唐菓子と呼ばれるようになる。果実とは全く異なる加工された食品ではあるが、嗜好品としては果実同様であるとして「くだもの」と分類されたのではないかとも考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
続いて、[[室町時代]]から[[安土桃山時代]]にかけて[[茶道]]の隆盛に伴い、点心としての菓子が求められはじめた。中国では肉類を用いて作られている[[羊羹]]や[[饅頭]]がもたらされたが、日本では[[仏教]]の影響下、肉類ではなく小豆や豆類など植物性の素材に置き換えて作られるようになった。これが後に、[[和菓子]]の方向性を決定したとも考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一方、[[足利時代]]末から[[鎖国令]]までの間、世界は大航海時代の中にあり、南蛮菓子の輸入時代ともなっていた。[[カステラ]]、[[ボーロ]]、[[金平糖]]、[[カルメラ]]など、日本独自の製法が工夫され和菓子として発展した菓子もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
茶道と伴に発達した点心は京都でさらに発展し、[[練り羊羹]]や餅菓子、半生菓子から打物の[[干菓子]]まで、工芸的趣向をこらしたものになり京菓子として隆盛を極めた。だが、江戸時代も後期になると京菓子に対抗して江戸文化により育まれた上菓子が隆盛を見せる。また、白砂糖は上菓子のみに用いるといった制限を逆手にとり、駄菓子と言われる黒砂糖を用いた雑菓子類も大きく発展した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*詳細は[[和菓子]]を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[明治維新]]により鎖国令が解かれると海外から、[[ドロップ]]、[[キャンディ]]、[[チョコレート]]、[[ビスケット]]などが輸入されるようになり、日本の菓子は革命とも言える大転機を迎える事になった。大航海時代時代からの経済発展により完成の域に達したフランス菓子などが伝えられる一方で、産業革命により機械化効率化した菓子製造法まで一気に伝来し、日本の「洋菓子」として幅広い発展を見る事となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== [[洋菓子]] ===&lt;br /&gt;
*[[モンブラン (ケーキ)|モンブラン]]&lt;br /&gt;
*[[ショートケーキ]]&lt;br /&gt;
*[[ビュッシュ・ド・ノエル]]&lt;br /&gt;
*[[ウエディングケーキ]]&lt;br /&gt;
*[[クリスマスケーキ]]&lt;br /&gt;
*[[マシュマロ]]&lt;br /&gt;
*[[プディング|カスタードプディング]]&lt;br /&gt;
*[[ビスケット]]&lt;br /&gt;
*[[パフェ]]&lt;br /&gt;
*[[サンデー (デザート)|サンデー]]&lt;br /&gt;
*[[シュークリーム]] - [[エクレア]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--この項目スタブ--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 菓子の分類 ===&lt;br /&gt;
日本には多種多様な菓子があり、分類法も一様とはならない。代表的な分類としては和菓子と洋菓子といった伝統と製法による分類に加え、水分含有量と保存性から分類する場合もある、[[食品衛生法]]では「製造直後で水分40%以上。[[餡]]、[[クリーム]]、[[ジャム]]等が入ったものでは水分30%以上を含むもの」を生菓子としそれ以外を干菓子とする基準を定めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*業界団体などは生菓子と干菓子の分類に加え以下の基準で菓子の分類を定めている。&lt;br /&gt;
#出来上がり直後において水分が40%以上の物。ただし、餡、クリーム、ジャム、寒天またはそれに類する物を使用している場合は水分が30%以上の物　-　生菓子&lt;br /&gt;
#水分含量が10%以上40%未満の物　-　半生菓子&lt;br /&gt;
#10%未満の物　-　干菓子&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他/関連項目 ==&lt;br /&gt;
{{Commonscat|Confectionery}}&lt;br /&gt;
*[[製菓]]&lt;br /&gt;
*[[駄菓子]]&lt;br /&gt;
*[[スナック菓子]]&lt;br /&gt;
*[[米菓]]&lt;br /&gt;
*[[ジャンクフード]]&lt;br /&gt;
*[[デザート]]&lt;br /&gt;
*[[スイーツ]]&lt;br /&gt;
*[[パティシエ]]&lt;br /&gt;
*[[菓子研究家]]&lt;br /&gt;
*[[料理と菓子の一覧]]&lt;br /&gt;
*[[小麦粉]]&lt;br /&gt;
*[[バター]]&lt;br /&gt;
*[[マーガリン]]&lt;br /&gt;
*[[砂糖]]&lt;br /&gt;
*[[鶏卵]]&lt;br /&gt;
*[[牛乳]]&lt;br /&gt;
*[[菓子パン]]&lt;br /&gt;
*[[スイーツ]]&lt;br /&gt;
*[[スイーツ (笑)]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*プロスペル・モンタニェ著『ラルース料理百科事典 4』三洋出版貿易&lt;br /&gt;
*Ｗ・J・ファンス編 辻静雄訳『現代洋菓子全書』三洋出版貿易&lt;br /&gt;
*締木林太郎著『菓子の文化史』光琳書院&lt;br /&gt;
*池田文痴菴編著『日本洋菓子史 』日本洋菓子協会&lt;br /&gt;
*静雄著『フランス料理を築いた人びと』鎌倉書房 ISBN 4-308-00107-2&lt;br /&gt;
*吉田菊次郎著『洋菓子事典』主婦の友社 ISBN 4-07-933424-9&lt;br /&gt;
*吉田菊次郎著『洋菓子の世界史』製菓実験社&lt;br /&gt;
*中山時子監修『中国食文化事典』角川書店 ISBN 4-04-040300-2 C3577&lt;br /&gt;
*小林彰夫編集『菓子の事典』朝倉書店 ISBN 4-254-43063-9 &lt;br /&gt;
*西山松之助ほか著『たべもの日本史総覧』新人物往来社 ISBN 4-404-02094-5 C0021&lt;br /&gt;
*粟津則雄ほか著『カステラ文化誌全書』平凡社 ISBN 4-582-82892-2&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[category:菓子|*かし]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[an:Lamín]]&lt;br /&gt;
[[ast:Llambionada]]&lt;br /&gt;
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[[ru:Кондитерская промышленность]]&lt;br /&gt;
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[[sv:Konfekt]]&lt;br /&gt;
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		<author><name>黄色のニクイ奴</name></author>	</entry>

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