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		<title>新幹線100系電車 - 変更履歴</title>
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		<title>黄色のニクイ奴: 新しいページ: ''''新幹線100系電車'''（しんかんせん100けいでんしゃ）とは、東海道・山陽新幹線の二世代目の車両である。 &lt;br ...'</title>
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				<updated>2008-01-15T02:43:08Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;新しいページ: &amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;新幹線100系電車&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（しんかんせん100けいでんしゃ）とは、&lt;a href=&quot;/wiki/%E6%9D%B1%E6%B5%B7%E9%81%93%E6%96%B0%E5%B9%B9%E7%B7%9A&quot; title=&quot;東海道新幹線&quot;&gt;東海道&lt;/a&gt;・&lt;a href=&quot;/wiki/%E5%B1%B1%E9%99%BD%E6%96%B0%E5%B9%B9%E7%B7%9A&quot; title=&quot;山陽新幹線&quot;&gt;山陽新幹線&lt;/a&gt;の二世代目の車両である。 &amp;lt;br ...&amp;#039;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;'''新幹線100系電車'''（しんかんせん100けいでんしゃ）とは、[[東海道新幹線|東海道]]・[[山陽新幹線]]の二世代目の車両である。&lt;br /&gt;
&amp;lt;br style=&amp;quot;clear:both;&amp;quot; /&amp;gt;&lt;br /&gt;
{{利用者:TETRA/Yard&lt;br /&gt;
|車両名=新幹線100系電車&lt;br /&gt;
|社色=#000000&lt;br /&gt;
|画像=JRC-TEC100.jpg&lt;br /&gt;
|画像説明=（[[1999年]][[1月15日]]　[[米原駅]]で撮影）&lt;br /&gt;
|unit= self&lt;br /&gt;
|編成 = 4・6・12・16両&lt;br /&gt;
|起動加速度=1.6km/h/s&amp;lt;br / &amp;gt;1.4km/h/s（V編成）&lt;br /&gt;
|営業最高速度=220km/h&amp;lt;br /&amp;gt;230km/h（V編成）&lt;br /&gt;
|設計最高速度=275km/h&lt;br /&gt;
|減速度（通常）=&lt;br /&gt;
|減速度（非常）=&lt;br /&gt;
|編成定員=X編成 -計1,227名（124名）&amp;lt;br/&amp;gt;&lt;br /&gt;
G編成 - 計1,321名（168名）&amp;lt;br /&amp;gt;&lt;br /&gt;
V編成 - 計1,285名（126名）&amp;lt;br /&amp;gt;（）内はグリーン車&lt;br /&gt;
|全長=26,050 (25,000)mm&lt;br /&gt;
|全幅=3,380 mm&lt;br /&gt;
|全高=3,970 (4,488)mm&lt;br /&gt;
|編成重量=838.5t（X）851.8t（V）839.2t（G）&lt;br /&gt;
|軌間=1,435 mm&lt;br /&gt;
|電気方式=[[交流電化|交流]]25,000V 60Hz&lt;br /&gt;
|編成出力=230kW×48 =11,040kW&lt;br /&gt;
|制御装置=[[サイリスタ位相制御]]&lt;br /&gt;
|ブレーキ方式=[[発電ブレーキ]]併用[[電気指令式ブレーキ|電気指令式空気ブレーキ]]（[[付随車]]：[[渦電流式ディスクブレーキ|渦電流ブレーキ]]）&lt;br /&gt;
|保安装置=[[自動列車制御装置|ATC-1型]]&lt;br /&gt;
|備考={{ローレル賞|26|1986}}&lt;br /&gt;
}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
[[1964年]]の[[東海道新幹線]]開業時から製造されていた[[新幹線0系電車|0系]]は、開業当時から運用されている車両において、列車同士のすれ違いで生ずる高圧空気による[[金属疲労]]が発生し、これにより気密構造を維持できなくなってきたほか、数々の経年不良が相次いで見つかった。初めて設計された新幹線車両であったので、[[在来線]]車両より早く老朽化が進行する事態は当初には予期できなかったことであった。[[日本国有鉄道]]（国鉄）は0系を[[廃車 (鉄道)|廃車]]にする基準を製造後13年とし、古い0系を新たに製造した0系で置き換えることが数年間続いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
0系は何度かマイナーチェンジはされているものの、基本となるデザイン・内装は1964年の登場当初のままであった。そのため旅客から車両の陳腐化と映り、また技術が進化するとともに新幹線車両に起こりうる事象がある程度把握できたこともあり、100系はこれらを改善するために、主に内装を中心にモデルチェンジを行い、[[1985年]]10月から[[1992年]]までに合計1,056両が製造・投入された。内装や技術面で、これ以降生産される新幹線車両に搭載される設備・技術も数多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、[[1990年代]]には新幹線の高速化が進み、性能的に0系と大差ないレベルの100系は高速ダイヤに対応することができず（特に東海道区間においては、線路容量ぎりぎりのダイヤのため、低速車両の混在はいわゆる平行ダイヤを組むことに繋がり、全体の速度を下げる結果になっていた）、車両自体の寿命を迎える前に大量淘汰を受けることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東海道新幹線においては、[[2003年]][[10月1日]]の[[2001年以降のJRダイヤ改正|ダイヤ改正]]で同線内の列車を全て最高速度270km/hにすることが[[2000年]][[5月31日]]に決定し、2003年[[9月16日]]の「[[ひかり (列車)|ひかり]]309号」（[[東京駅|東京]] - [[新大阪駅|新大阪]]、G49編成）が最後の営業列車となった（ただし、新大阪 - [[京都駅|京都]]間にある通称「[[大阪第二車両所|鳥飼基地]]」への[[回送]]列車を除く）。また[[山陽新幹線]]においては、同年[[9月15日]]の「ひかり556号」（博多 - 新大阪、G2編成）を最後に16両編成の営業運転を終了する予定であったが、同年[[10月9日]]に代替編成としてG7編成が運用され、「[[こだま (列車)|こだま]]557号」（[[広島駅|広島]]→[[博多駅|博多]]）が最後の営業列車であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]]現在は、山陽新幹線において4・6両の短編成にした上で、最後に残った0系編成とともに「こだま」用車両として運用に就いているが、2007年9月にも車両各所からひびが発見されるなど、老朽化が進んでいるとみられるトラブルが発生している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
100系は0系のモデルチェンジ車であるので、ここでは主に0系との相違点を中心に述べる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===車両外観===&lt;br /&gt;
先代の0系との最大の違いは、そのフロントマスクと[[2階建車両]]の存在である。フロントマスクは、[[騒音]]と[[空気抵抗]]の低減を図るために、鋭角にした前頭部から徐々に断面積を大きくしてゆく「流線型」とし、[[前照灯]]内のライト配置を0系の縦2灯から横2灯に変更して、横に細長い形に変えた。なお、試作車は前照灯に5度の角度がついているためツリ目形状であったが、量産車は水平になっている。これらの形状から「シャークノーズ」とも呼ばれる。前照灯の間にある中央の丸い部分は、非常用の[[連結器]]が収納されている。足元はスカートで覆われ、内部には何重もの[[アルミニウム合金|アルミ]]板を重ねた[[排障器]]がある。また、[[エア・コンディショナー|空調装置]]の室外機は[[新幹線200系電車|200系]]と同様に天井車端に一括配置された。車体は0系と同じく[[炭素鋼|普通鋼]]製である。窓は広幅であるが、試作車のX0（後のX1）編成のみ狭幅である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
国鉄時代には「New Shinkansen」の愛称を与えられ、2階建車両の車体にこれを意匠した赤色のマーク（NSマーク）が標記されていたが、[[1987年]]の[[国鉄分割民営化|分割民営化]]後は、代わりにJRマークが貼付された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、[[東海旅客鉄道]]（JR東海）所属車については、後に1・8・15号車の[[鉄道の車両番号|車両番号]]横にJR東海の[[コーポレートカラー]]であるオレンジ色（JR西日本へ譲渡された編成は青色）の小さなJRマークに貼り替えられた。[[西日本旅客鉄道]]（JR西日本）所属車（V編成）は1・15号車の[[列車便所|トイレ]]区画、8号車のNSマークが標記されていた箇所に特大のJRマークが貼付されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===台車===&lt;br /&gt;
[[動力車|電動車]][[鉄道車両の台車|台車]]はDT202、[[付随車]]台車はTR7000と呼称され（いずれもJR西日本の場合は頭に「W」を付す）、0系と同等のものを装着する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[ブレーキ]]は、電動車は0系と同じく[[発電ブレーキ]]を高速域での減速に使い、低速域では空気ブレーキを使う。今回、新幹線で初めて設定された付随車のブレーキには、初めて[[渦電流式ディスクブレーキ|渦電流ブレーキ]]を設置した。これは、以降製造された東海道・山陽新幹線の新幹線車両のうち付随車の存在する[[新幹線300系電車|300系]]、[[新幹線700系電車|700系]]にも採用された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
IS式軸箱支持装置、枕バネの採用は0系と同じである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===電源・制御・列車無線機器===&lt;br /&gt;
[[集電装置|パンタグラフ]]は0系では各ユニットに1基、つまり16両で8基のパンタグラフを設置しておりこれも騒音源となっていた。100系でも当初は各電動車ユニットごと、16両編成で6基のパンタグラフを使用していたが、[[1991年]]の東海道新幹線の[[AT饋電方式|ATき電]]化により3基に半減された。これは天井に這わせた高圧ケーブルによる方法（[[特高圧引通線|ブス引通し]]）で、パンタグラフのないユニットへの[[電動機|主電動機]]への電力供給も可能になったためで、この方法は以降新製される新幹線全車両に採用されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[力行]]制御は0系の低圧タップ切替に替えて、[[半導体素子]]を用いた「[[サイリスタ位相制御]]」が採用されている。これは[[新幹線200系電車|200系]]から採用されたものであるが、東海道・山陽新幹線では積雪時の空転に対する配慮が[[岐阜県|岐阜]]・[[滋賀県]]境の[[関ヶ原]]付近を除いて不要なため素子数を減らした（100系：等4分割、200系：不等6分割）ものが採用されている。主電動機は[[直巻整流子電動機|直流直巻式]]であるが、0系のものに比べて軽量で高出力となった。主電動機も含めて床下機器の冷却方法が0系の自己通風式から強制通風式となり、冷却用のファンが搭載された。床下の平滑化による騒音の低減と着雪障害の防止のため床下機器を収納する簡易ふさぎ板が設けられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
主に制御機器・主電動機の軽量化・高性能化により、0系の16両全電動車方式から16両中4両が付随車となった。モーターの高出力化により、電動車を4両減らしても0系とほぼ同等の出力（16両の編成出力：0系=11,840kW、100系X編成=11,040kW）を得ることができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[列車無線]]装置についてもバージョンアップされ0系で使用していた[[超短波|VHF]]による無線から、線路のそばに敷設された[[漏洩同軸ケーブル]] (LCX) に流れた情報を先頭車の足元に設置された[[アンテナ]]が受信して通信をやり取りする方式に変更し、JR化後の[[1989年]]3月から（山陽区間は[[2000年]]3月から岡山まで、[[2004年]]3月から全線）本格運用を始めた。回線数が増えたことから、車内[[公衆電話]]は2両に1箇所設置することが可能となった。また、それまでの車内電話は列車内発信時には[[電話交換機#手動交換機|オペレータ]]を通し、なおかつ沿線の都市のみが通話可能エリアであったが、これにより日本全国へのダイヤル通話ができるようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、全体で点検作業効率化の観点から機器の配置見直しなどが行われ、保守の省力化を図っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===内装===&lt;br /&gt;
[[画像:TEC-148-inside.jpg|thumb|200px|right|100系のグリーン車の車内（148形2階席）]]&lt;br /&gt;
0系に比べると乗り心地や快適性が改善された。2階建車両が新幹線で初めて連結され、0系にはない多様なアコモデーションを可能にした（2階建車両の内装・設備は後述）。また、[[普通車 (鉄道車両)|普通車]]は横3+2列[[鉄道車両の座席|座席]]であるが、前後間隔（シートピッチ）を0系の98cmから104cmに広げ、3人席においても回転・リクライニング可能とした。また、車内は暖色系の色彩でまとめられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
旅客向けの新しいサービスとして、&lt;br /&gt;
*車内でのミュージックサービスと[[日本放送協会|NHK]][[NHKラジオ第1放送|ラジオ第1放送]]の再送信を始めた。普通車では手持ちの[[ラジオ#FM放送（超短波放送）|FMラジオ]]（現行車両も含めて東海道区間のみ[[車内販売]]で購入することができる）で、[[グリーン車]]内では備え付けの[[ヘッドフォン|イヤホン]]で聴くことができる。このサービスは、以降新製される東海道・山陽新幹線の16両編成の全車両に装備されている。&lt;br /&gt;
*車内に[[発光ダイオード|LED]]式（単色、V編成は2色）の[[車内案内表示装置|電光掲示板]]が装備された。電光掲示板の上部にはデジタル式の[[時計]]、右側に次の停車駅までの距離を[[7セグメントディスプレイ|7セグメント]]で表示する装置が配され（残り距離表示は当初は15km手前からだったが、電光ニュースが表示されるようになってからは停車駅到着予告のアナウンス後・5km手前から）、通常走行時はLCXから送られてきた[[ニュース]]を表示した（東海道新幹線内は[[1989年]]3月＜V編成・山陽新幹線内では2000年3月＞から）。X編成では当初速度表示もなされていたが後に取りやめとなっている。電光掲示板の文字が小さいという乗客からのクレームがあり、G32 - G50編成では電光掲示板の文字を大きくし、時計と距離表示は省略された。後者の電光掲示板は、以降の全ての新幹線車両に標準搭載されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*V編成（[[車両愛称]]：グランドひかり）のグリーン車には座席ごとに[[液晶ディスプレイ|液晶モニター]]が設置され、山陽新幹線内で[[ビデオ|ビデオソフト]]の視聴ができた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==各車の概要==&lt;br /&gt;
===X編成===&lt;br /&gt;
[[画像:Shinkansen-168-9001.JPG|thumb|200px|right|100系の食堂車168-9001（一般公開時に撮影）]]&lt;br /&gt;
[[1985年]]に落成した100系初の編成。先頭車と2階建車両各2両が付随車であり、2階建車両は8号車と9号車に組み込まれ、8号車は[[食堂車]]、9号車は、階上がグリーン車・階下がグリーン[[コンパートメント席|個室]]となっている。前述したが、試作車である9000番台X0編成（後に量産化改造でX1に変更）は小窓だったが、量産車は大窓になった。グリーン個室は1人用5室、2人用3室、3人用1室である。登場時には平屋構造の10号車（116-9001）博多寄りにも個室（1人用2室・2人用1室）が設置されていたが、量産車との設備統一を目的として[[1986年]]に一般客室に改造された。1986年落成の量産車4本は当初2階建車両のない12両編成（暫定'''G'''編成・G1 - G4）として搬入され、営業運転開始の6月から2階建車両が組込まれ16両編成化される11月までの5か月間は「こだま」として運用された。11月からは2階建車両が組込まれX編成（X2 - X5）として、分割民営化直前に落成した増備車2本（X6・X7）とともに「ひかり」運用に充当された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1985年[[10月1日]]にX0編成が営業運転を開始した。量産車は1986年[[11月1日]]からX編成としての営業運転を開始した。東京 - 博多間の「ひかり」を中心に運用されていたが、[[1998年]]以降は東海道区間の「こだま」にも使われていた。[[1999年]]9月に0系Y&amp;lt;small&amp;gt;K&amp;lt;/small&amp;gt;編成に続いて定期列車の運用から離脱し、そのまま全車廃車された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*定員：1,277人（普通車1,153人・グリーン車110人・グリーン個室14人）&lt;br /&gt;
*製造両数：7本・112両&lt;br /&gt;
*最高速度：220km/h&lt;br /&gt;
*製造時期：1985年 - 1986年&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*JR東海[[東海旅客鉄道浜松工場|浜松工場]]に、先頭車両123-1（量産車、X2編成1号車）と食堂車168-9001（試作車、X1編成8号車）が保管され、同工場のイベントなどで一般公開される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===G編成===&lt;br /&gt;
[[Image:100Cafe2.jpg|thumb|130px|right|100'系末期のカフェテリア]]&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--[[Image:100Cafe1.jpg|thumb|130px|right|100'系末期のカフェテリア]]--&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[画像:Shinkansen100-koshitu4.jpg|thumb|100px|right|4人用個室]]&lt;br /&gt;
JR東海が[[1987年]]から製造した編成で、部内で「100'（ダッシュ）系」と呼ばれる。車両番号のハイフン以下の数字はX編成からの通し番号だった。X編成と同じく先頭車と2階建車両（8号車と9号車に組み込み）各2両が付随車である。2階建車両のうち9号車はX編成と同じくグリーン車とグリーン個室であるが、「ひかり」の利用客が増加傾向にあったことから、8号車については食堂車の設定をやめ、階上にグリーン車・階下に[[カフェテリア#新幹線のカフェテリア|カフェテリア]]を設け、グリーン車の定員を増やした。グリーン個室はX編成の個室設定のうち、多人数利用の需要から、1人用2室を4人用1室に変更した（→1人用3室、2人用3室、3人用・4人用各1室）。[[1996年]]にG1 - G7の7本112両がJR西日本へ譲渡された。背景としては、JR西日本はJR東海に比べ新幹線の輸送量が少ないため短期間で新車を大量投入することは難しく、そのためJR西日本は、受け持ちの東京直通の「ひかり」にも0系を充てる状況であったことが挙げられる。しかし、それでは100系に比較すると動力性能の低い0系の[[運転曲線]]を基準にした[[ダイヤグラム|ダイヤ]]を組まなくてはならないため、それを嫌ったJR東海がG編成7本をJR西日本に譲渡したものである。また、JR西日本も[[阪神・淡路大震災]]で山陽区間に閉じ込めとなったG編成の検査を受託した経験があることから譲渡が実現した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最初は東京 - 新大阪間の「ひかり」に使われていたが、増備が進むにつれて運転区間が拡大した（ただし、「[[のぞみ (列車)|のぞみ]]」の運転が開始された[[1992年]]3月以前は、原則的に広島以西に入ることはなかった）。東京 - 博多間の「ひかり」はX編成やV編成などを使用していたことからG編成が使用されることは少なかったが、X編成が「こだま」へ転用された後は本数が増えた。一方では[[新幹線300系電車|300系]]の増備と0系の廃車が進んだために[[1995年]]頃から「こだま」にも充当されるようになっていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*定員：1,321人（普通車1,153人・グリーン車152人・グリーン個室16人）&lt;br /&gt;
*製造両数：50本・800両&lt;br /&gt;
*最高速度：220km/h&lt;br /&gt;
*製造時期：1987年 - [[1992年]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===V編成===&lt;br /&gt;
[[Image:Grand-shokudo.jpg|thumb|200px|right|グランドひかり食堂車]]&lt;br /&gt;
JR西日本が[[1989年]]から製造した編成で、部内で「100N系」と呼ばれ、「グランドひかり」の愛称を持つ。X・G編成とは大きく異なる点が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先頭車を制御電動車とすることで付随車は2階建車両4両に充てた。2階建車両は7 - 10号車に連結され、7・9・10号車の3両は、階上はX・G編成と共通のグリーン席であるが、階下は、その後の「[[ひかりレールスター]]」（[[新幹線700系電車|700系7000番台]]）につながる、普通車[[座席指定席|指定席]]でありながら、横4列配置のゆったりとしたサイズの座席が置かれていた。その上、利用客の嗜好に配慮した、適度な照明と、落ち着いた色調のインテリア、付随車ならではの静粛性などから、この指定席を指名買いする常連客も存在した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、[[発電ブレーキ]]を持たない付随車は、動力車に比べ制動時の[[重力加速度|減速度]]の立ち上がりが遅く、少なからず動揺が発生する傾向があった。しかも4両連続で編成中間に組成された2階建車両の[[慣性]][[運動エネルギー|エネルギー]]は相当なもので、制動のたびに大きな前後衝動が発生することになった。安らぎを求め、この車両を選んだ乗客にとっては大きな問題であり、それは食事を楽しむ食堂車の利用客にとっても同様であった。グリーン車常連客の中にはV編成運用列車を避ける者もいた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、東京 - 博多間の長距離を運転することが基本であったことから、8号車はX編成と同じく食堂車とされた。東海道・山陽新幹線では、食堂車は0系、100系の全てで8号車に連結されている。山陽新幹線全線開業当時は、東京 - 博多を6時間以上かけて走行する「ひかり」でも食堂車を営業することが決定し、また開業当初はビジネスマンや長距離旅客らが頻繁に食堂車を利用することが予想された。必然的に[[食器]]を洗うための水が大量に必要となる。在来線であれば汚水は走行中に外へ捨てればよかった（21世紀初頭の現在は在来線でも環境面の問題から循環式の汚水処理装置等を利用している例がほとんどである）。しかし、運転速度の高い新幹線ではそのようなことは許されない。[[列車便所|トイレ]]では汚水を浄化し、洗浄水として再利用するシステムが開発されたが、食堂車では衛生上、再生水は利用できない。この結果、汚水を床下のタンクに溜め込み、途中駅での停車中に汚水を排水する方法がとられ、この汚水を地上で集めるための排水溝（ピット）が8号車の真下に設置されていた事情もあり、食堂車は8号車に固定されることとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
非常連結器の下に、空気取り入れ口が設けられた。これは、先頭車が電動車となったため、主電動機を冷却するためのものである。中間電動車は床下から冷却風を取り入れていたが、制御車ではスカートがあり、走行風を取り込みにくいため、この部分から取り入れることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
出入口に設置してある[[方向幕|行先表示器]]を字幕式から3色LED（3色）式に変更し、停車駅表示などを可能にした。これは、JR西日本独自仕様として、これ以降新製されるJR西日本の全車両（300系と[[JR西日本キハ120形気動車|キハ120形]]・[[JR西日本285系電車|285系]]などの例外がある）に採用されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山陽区間では最高速度230km/hで走行するため、[[自動列車制御装置|ATC]]220 (km/h) 信号を230信号に読み替える信号読替装置「[[トランスポンダ]]」が装備されている。将来の高速化に備え、270km/h走行可能な動力性能が与えられた。試験では277.2km/hを達成しているが、その際の騒音が[[環境基準]]をクリアできなかったため最高速度は230km/hのまま営業が続けられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このV編成も高速化の影響を受けた。需要の急減に伴い、[[2000年]]3月10日をもって食堂車の営業は休止された。これで新幹線博多駅開業前年の[[1974年]]から始まった新幹線食堂車の歴史は終了した。その後、[[2002年]]10月5日のダイヤ改正で定期列車の運用を終了し、同年11月23日の「ひかり563号」（新大阪→博多、V2編成）の運転をもって営業運転から離脱した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
運用は東京 - 博多間の「ひかり」を中心に使われ、最後まで、東海道新幹線の「こだま」に使われることはなかった（山陽新幹線では運用変更時に「こだま」に使用されたことがある）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
0系W&amp;lt;small&amp;gt;R&amp;lt;/small&amp;gt;編成に設置されている電光掲示板は本編成の2階建車両から転用されたものである（写真左上に映っているもの）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2007年現在、V9編成の2階建車両のうち179-3009と168-3009の2両は、[[博多総合車両所]]内で保管されている。車籍も残っており、時折イベントなどで公開されることもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*定員：1,285人（普通車1,169人・グリーン車116人）&lt;br /&gt;
*製造両数：9本・144両&lt;br /&gt;
*最高速度：230km/h&lt;br /&gt;
*製造時期：[[1989年]] - [[1991年]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===K編成・P編成===&lt;br /&gt;
[[Image:Shinkansen S100 K57 Kodama 610 Hiroshima 20030720.jpg|thumb|240px|right|100系新幹線電車 リニューアル車（K編成）]]&lt;br /&gt;
JR西日本で「こだま」用の0系を置き換える目的で、長距離運用から離脱した100系を改造・短編成化したもので、2000年から営業運転に充当されている。6両編成はK編成、4両編成はP編成と呼称される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
車体塗装をシルバー地に緑帯とし、車内のカラースキームはシルバー系に変更した。座席は同系列のグリーン車に使用されていたものを流用して、フットレストを取り外し普通席と同じシートピッチに配列する方法で、「ひかりレールスター」の指定席並みの座席にグレードアップした横4列シートの普通車として改造された。また、編成が短くなり、2階建車両を外したことから全車電動車となった。種車はV編成であるが、短編成化により先頭車および[[車椅子スペース]]設置車（125形700番台）が不足するため廃車予定のJR東海G編成を譲り受け、先頭車はV編成の中間車にG編成廃車体の先頭部を切り継いで先頭車化、車椅子スペース設置車は125形700番台の車体を再利用し、電装品をV編成から移設することで対応した。なお、先頭車化やG編成の車体を再利用した車両は車両番号の下2桁が50番台となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
P編成は新大阪駅の信号システムの都合上、同駅に入線することができないため、博多 - [[岡山駅|岡山]]（以前は[[姫路駅|姫路]]）間の限定運用とされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*K編成（6両編成）&lt;br /&gt;
**定員：394人（全車普通車）&lt;br /&gt;
**所属両数：10本60両&lt;br /&gt;
**最高速度：220km/h&lt;br /&gt;
**改造時期[[2000年]] - 2002年頃&lt;br /&gt;
*P編成（4両編成）&lt;br /&gt;
**定員：250人（全車普通車）&lt;br /&gt;
**所属両数：12本48両&lt;br /&gt;
**最高速度：220km/h&lt;br /&gt;
**改造時期2000年 - 2002年頃&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==廃車が早まった理由==&lt;br /&gt;
この短編成化改造が行われる一方で、JR西日本においても、0系を存置（2007年現在）したまま大量廃車が行われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東海道新幹線や山陽新幹線における「のぞみ」や「ひかり」の全270km/h運転に対応できなかったのもさることながら、もう一つの理由は、100系が全電動車方式ではなかったことにある。全電動車方式の0系では、簡素な改造でほとんど性能を変えることなく、ユニット単位（2両）で編成の増減が可能であるのに対し、100系は[[MT比]]（電動車と付随車の比率）が変わることで車両性能が変化してしまうため、編成長を変えるには本格的な改造が必要になる（300系も似たような理由で短編成化改造が困難であるとされる）。これに加え、JR西日本の0系は「ウエストひかり」のために延命工事を施された車両が多く、100系初期車よりも状態の良い車体も少なくなかった。そのため、100系の短編成化改造より、延命工事施工済みの0系を継続使用した方が経済的だったのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==今後の予定==&lt;br /&gt;
{{節予定}}&lt;br /&gt;
さらに[[新幹線N700系電車|N700系]]の大量導入に伴って[[新幹線500系電車|500系]]を短編成化の上で山陽新幹線「こだま」に転用することや、現行の「ひかりレールスター」用700系7000番台も急勾配区間が多い[[九州新幹線]]への直通が性能面で困難なことから、N700系ベースの新型車両の導入が決定しているが、それに伴う本系列の運用離脱時期については明言されていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==その他==&lt;br /&gt;
最終的に本系列として実現する0系後継車の構想は[[1981年]]頃には既に存在し、今後の国鉄車両の方向性を示すものの一つとして各種[[マスメディア|メディア]]や『[[鉄道ファン (雑誌)|鉄道ファン]]』等の鉄道雑誌に取り上げられた。当時公表された構想図のうち、先頭部形状や塗色については大まかな概念図が主であったが、アコモデーションのそれは2階建食堂車のレイアウトやグリーン個室など、この時点で後年の実車にかなり近いものであった。また、実現しなかったものでは2階部分をフリースペースのラウンジとした案もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[ドクターイエロー]]&lt;br /&gt;
*[[クリスマス・エクスプレス]] - 100系が登場していたJR東海の[[コマーシャルメッセージ|CM]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.jr-odekake.net/train/kodama/index.html JR西日本100系]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{日本の新幹線}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本国有鉄道の新幹線電車|100]]&lt;br /&gt;
[[category:東海旅客鉄道の新幹線電車|100]]&lt;br /&gt;
[[category:西日本旅客鉄道の新幹線電車|100]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[en:100 Series Shinkansen]]&lt;br /&gt;
[[hu:Sinkanszen 100-as sorozat]]&lt;br /&gt;
[[ko:신칸센 100계 전동차]]&lt;br /&gt;
[[pt:Séries 100 - Shinkansen]]&lt;br /&gt;
[[ru:Электропоезд синкансэна серии 100]]&lt;br /&gt;
[[zh:新幹線100系電車]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>黄色のニクイ奴</name></author>	</entry>

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