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		<title>後方勤務要員養成所 - 変更履歴</title>
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		<title>由亜辺出夫: 中野校友会1978により新規作成</title>
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				<updated>2020-04-28T10:03:55Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;中野校友会1978により新規作成&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;'''後方勤務要員養成所'''（こうほうきんむよういんようせいじょ）は、[[1938年]]8月頃に[[陸軍省]]によって[[東京]]・[[九段]]の[[愛国婦人会]]本部別館に開設された諜報・謀略要員の養成機関。[[陸軍中野学校]]の施設・組織が整備されるまでの過渡的な組織として設置された。養成所長は[[陸軍省]][[兵務局]]付だった[[秋草俊]]中佐。同年1月に[[陸軍予備士官学校]]の出身者から採用された第1期生は、平時における海外での長期の [[秘密戦]]や旧[[満州]]・[[中国]]での[[特務機関]]活動を想定した教育を受け、また中野の施設の整備や建設にも携わった。翌1939年4月に組織は九段から中野へ移転した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==設置の経緯==&lt;br /&gt;
1937年の暮、陸軍省[[軍務局]]軍事課長の[[田中新一]]大佐が同省[[兵務局]]付の[[秋草俊]]中佐、[[福本亀治]]中佐と[[参謀本部]]第8課の[[岩畔豪雄]]中佐を招請して協議し、相手国に対して積極的に諜報・宣伝・防諜工作を行うための要員を養成する機関を、陸軍省が中心となって開設することになった{{Sfn|中野校友会|1978|p=22}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
建設委員に任命された岩畔、秋草と福本は、兵務局兵務課室内に委員会を設置し、組織や設置場所、設備、教育内容等について検討を進めた。また[[満州鉄道守備隊]]から[[伊藤佐又]]少佐が訓育主任に着任した。{{Sfn|中野校友会|1978|p=22}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
用地は[[中野]]の[[電信隊]]跡地に決まったが、校舎の増改築などに時間がかかるため、臨時の教育場として、[[九段]]の[[愛国婦人会]]本部の別館を1939年3月末まで借用することになった{{Sfn|中野校友会|1978|pp=22-23}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==開設==&lt;br /&gt;
組織名は勅令で「後方勤務要員養成所」と決められ、1938年1月に[[陸軍予備士官学校]]の出身者から第1期生が採用された{{Sfn|中野校友会|1978|p=23}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1938年8月、秋草が養成所長に就任{{Sfn|中野校友会|1978|p=19。養成所も同月頃開校と推定。}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
愛国婦人会の別館入口には「陸軍省分室」の看板が掲げられていた。教育施設や内容は順次整備された。教官は、陸軍省や参謀本部の関係各課から派遣されて講義を行い、九段以外の場所で外部の講師の講義を聴くこともあった。{{Sfn|中野校友会|1978|p=23}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==教育内容==&lt;br /&gt;
後方勤務要員養成所時代の教育内容は、平時における[[秘密戦]]、特に海外での長期任務と、旧[[満州]]・[[中国]]の特務機関における活動を想定していた{{Sfn|中野校友会|1978|p=29}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==中野校舎の建設==&lt;br /&gt;
養成所の1期生は、中野の旧建物の清掃・改造や、新校舎の配置・改築等にも携わった。本部校舎の新築と旧隊舎の改築の設計は、1期生の[[山本政義]]中尉が行った。{{Sfn|中野校友会|1978|p=23}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==中野移転==&lt;br /&gt;
中野の校舎の整備が進んだため、九段から中野への移転が決まった。1期生と同様にして[[幹部候補生隊]]の出身者から第2期生を採用することになり、（1939年1月頃？）東京・大阪の[[偕行社]]などで選考が行われた。{{Sfn|中野校友会|1978|p=23}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1939年4月、九段の施設の借用期間が終了したため、養成所の第1期生は中野に移り、新施設が未完成だったため、[[鳩舎|軍用鳩教育施設]]の改造校舎で教育を受けた。{{Sfn|中野校友会|1978|p=23}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1939年12月に第2期生が新たに入所し、長期学生は第1期生と同じ改造校舎で、短期学生は新築の校舎で教育を受けた。改造校舎はその後も2年間、長期学生の校舎として使用された。{{Sfn|中野校友会|1978|p=23}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==学生の種類==&lt;br /&gt;
後方勤務要員養成所の学生は、甲、乙、丙の3種に分類されていた。{{Sfn|中野校友会|1978|p=25}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===甲種===&lt;br /&gt;
中野学校令の制定前に、[[陸軍士官学校]]出身者で中野学校に入学を命じられた学生{{Sfn|中野校友会|1978|p=25}}。&lt;br /&gt;
*'''1甲'''（中野0.5期生{{Sfn|中野校友会|1978|p=32}}） 5人{{Sfn|中野校友会|1978|p=834}}&lt;br /&gt;
*'''2甲'''（中野1.5期生{{Sfn|中野校友会|1978|p=32}}） 13人{{Sfn|中野校友会|1978|p=834}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===乙種===&lt;br /&gt;
予備士官学校卒業生。中野学校令の丙種学生の前身にあたる{{Sfn|中野校友会|1978|p=25}}。&lt;br /&gt;
*'''1期生''' 18人{{Sfn|中野校友会|1978|p=834}}&lt;br /&gt;
*'''乙I長'''、'''乙I短'''（2期生{{Sfn|中野校友会|1978|pp=25,32}}） 40人、67人{{Sfn|中野校友会|1978|p=834}}&lt;br /&gt;
*'''乙II長'''、'''乙II短'''（中野1期生{{Sfn|中野校友会|1978|pp=25,32}}） 32人、105人{{Sfn|中野校友会|1978|p=834}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====特別長期学生====&lt;br /&gt;
乙II短から選抜された学生18人および乙I短などで、外地に勤務した後、選抜されて中野学校に再入学し、1941（昭和16）7月から1942年（昭和17）3月まで教育を受けた5人の学生{{Sfn|中野校友会|1978|p=25}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===丙種===&lt;br /&gt;
中野学校令にいう戊種学生（[[下士官候補者隊]]出身者を試験により採用した学生）に相当{{Sfn|中野校友会|1978|p=25}}。&lt;br /&gt;
*'''丙1'''（2期生{{Sfn|中野校友会|1978|pp=25,32}}） 49人{{Sfn|中野校友会|1978|p=834}}&lt;br /&gt;
*'''丙2'''（中野1期生{{Sfn|中野校友会|1978|pp=25,32}}） 78人{{Sfn|中野校友会|1978|p=834}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 付録 ==&lt;br /&gt;
=== 脚注 ===&lt;br /&gt;
{{Reflist|20em}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 参考文献 ===&lt;br /&gt;
*{{Aya|中野校友会|year=1978}} 中野校友会(編)『陸軍中野学校』中野校友会、{{JPNO|78015730}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{デフォルトソート:こうほうきんむよういんようせいしよ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:日本の諜報機関]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本陸軍の組織]]&lt;br /&gt;
[[Category:陸軍省]]&lt;br /&gt;
[[Category:1938年設立]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>由亜辺出夫</name></author>	</entry>

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