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		<title>大和銀行 - 変更履歴</title>
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		<summary type="html">&lt;p&gt;ページの作成：「&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;株式会社大和銀行&amp;#039;&amp;#039;&amp;#039;（-だいわぎんこう、&lt;a href=&quot;/wiki/%E8%8B%B1%E8%AA%9E&quot; title=&quot;英語&quot;&gt;英称&lt;/a&gt;：&amp;#039;&amp;#039;The Daiwa Bank, Limited.&amp;#039;&amp;#039;）は、&lt;a href=&quot;/wiki/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%B8%82&quot; title=&quot;大阪市&quot;&gt;大阪市&lt;/a&gt;&lt;a href=&quot;/mediawiki/index.php?title=%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%8C%BA_(%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%B8%82)&amp;amp;action=edit&amp;amp;redlink=1&quot; class=&quot;new&quot; title=&quot;中央区 (大阪市) (存在しないページ)&quot;&gt;中央区&lt;/a&gt;に本...」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;b&gt;新規ページ&lt;/b&gt;&lt;/p&gt;&lt;div&gt;'''株式会社大和銀行'''（-だいわぎんこう、[[英語|英称]]：''The Daiwa Bank, Limited.''）は、[[大阪市]][[中央区 (大阪市)|中央区]]に本店を置いていた[[:Category:かつて存在した日本の銀行|かつて日本に存在していた銀行の一つ]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
[[野村財閥]]の中核銀行として誕生（のちに分社する証券部は現在の[[野村證券]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
創案者・[[野村徳七]]の「自主独往」精神を受け継ぎ、一時、邦銀でも有数の海外拠点網（一時アメリカにおいては最大）・都銀唯一の信託併営等の総合金融機能を発揮し、[[企業年金]][[信託]]では信託業界トップに立っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
信託併営であることから出店計画が認可されにくかったと言われている。一方で、[[国会議事堂]]内に支店を持つ唯一の銀行でもあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自主独往の精神が語るように他の都市銀行と違い、合併による規模拡大をしなかったため[[都市銀行]]では[[北海道拓殖銀行]]に次いで2番目に小規模であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ニューヨーク支店の巨額損失事件時、住友銀行との合併が報道された。実際合併こそなかったが、アメリカ国内の支店網は住友銀行に譲渡された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自主独往の精神を受け継いできたものの、2003年3月に大和銀行を存続会社として'''[[あさひ銀行]]'''と合併し'''[[りそな銀行]]'''となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
=== 戦前 - 大阪野村銀行としてスタート ===&lt;br /&gt;
元来小規模な[[両替]]店から[[証券]]業務に参入し、[[日露戦争]]、[[第一次世界大戦]]の好景気において兼業の株式仲買業で財を成した[[野村商店]]（現在の[[コスモ証券]]）を営業していた[[野村徳七]]（2代目）は、念願の[[商業銀行]]設立に動く。そして、[[1918年]]6月、[[資本金]]1000万円の株式会社'''大阪野村銀行'''として創立され、同年8月に開業した。（青森にすでに野村銀行の名前で営業している銀行があったため）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうして誕生した大阪野村銀行は、発足後間もなく[[第一次世界大戦]]後の反動不況、さらに[[関東大震災]]に遭遇したが、着実な経営姿勢の堅持によりかえって信用を高め、次の発展の基盤を固めた。その間、証券金融の活性化を主眼とし、担保付社債信託業の兼営と公社債専門の証券部門の設置を行って、次第に証券銀行（[[投資銀行]]）としての色彩を強めて行く。また、[[1925年]]8月に[[安藤銀行]]、[[1926年]]11月に[[福陵銀行]]、[[1927年]]9月に[[森岡銀行]]を買収併合した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===信託併営   野村銀行  自主独往===&lt;br /&gt;
やがて、[[証券]]部門が急成長し、[[1925年]]12月には証券部を[[野村證券]]株式会社として分離する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1927年]]1月、青森に存在していた野村銀行に対し商号変更を要求、それに応じた青森の野村銀行は国立五一銀行へ商号変更。&lt;br /&gt;
これにより野村銀行を名乗れるようになる。&lt;br /&gt;
大阪野村銀行は野村銀行と名を改め、[[野村財閥]]の中核として純然たる商業銀行への道を歩む事となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この年から深刻な[[昭和金融恐慌]]が進行し、多くの名門銀行が姿を消す中で、[[1927年]]12月と[[1928年]]5月に[[淡河銀行]]、[[1928年]]9月に[[藤田銀行]]、[[1929年]]5月に[[加島銀行]]の各営業権の一部を譲り受け、業容を拡大、[[財閥#十五大財閥|十五大財閥]]の1つに発展していく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
金融恐慌後の[[1929年]]に、野村銀行は大阪府本金庫事務を受託した。これは業務の非効率性から受託に消極的な銀行が多かったなかで、野村徳七が金庫事務の公共性と銀行の信用力の増大に着目したもので、大和銀行-現りそな銀行は現在も単独で大阪府指定金融機関の役割を果たしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
金融恐慌を契機に急激に高まった銀行の合同整理の中で、[[1933年]]には大阪では他の有力3行の合同で[[三和銀行]]が発足したが、野村銀行自体は自主独往の路線を堅持。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1944年]]8月、[[野村信託]]株式会社を合併して第1号の信託併営行となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 戦後 - 財閥解体  野村銀行から大和銀行へ ===&lt;br /&gt;
戦後、[[財閥解体]]で[[野村財閥]]は[[1946年]][[12月7日]] に第2次指定を受け解散。また野村銀行自体も、行名変更を余儀なくされた。財閥解体の進行に伴い、[[制限会社]]に対する特別措置の中に財閥名の払拭も含まれていたためである。変更名では、第1案として地名の「大阪銀行」と改称し地元金融機関として生きる道を考えたが、先に[[住友銀行]]の案と競合したため、次善策として第2案の「大和銀行」に落ち着くことになった。「大和」の由来は、財閥解体下における新体制での「大いなる和」と、[[野村財閥]]の商標である「山にト」（＝やまと）を掛け合わせた物であり、また「大和」の「大」は「大阪」をも意味した（現在の[[野村證券]]（[[野村グループ]]）の社章はこの「山にト」をモチーフにしたものである。当然ながら[[大和証券]]とは全く関係がない）。これは行員から案を募ったもので、大和銀行行史では「文字として平明であり、『だいわ』と読む語呂のおだやかさが親しみを感じさせ、役職員に愛着を深め、またその意味は[[聖徳太子]]の憲法『和を貴ぶ』の精神から来ている」と説明されている。行名変更は、奇しくも創業30周年にあたる[[1948年]]10月となり、株式会社'''大和銀行'''として再発足した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1949年]]11月、甲種外国為替銀行の認可を得、銀行・信託・外国為替を3本の桂とする総合金融機関の体制を実現した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 信託併営と国際化 ===&lt;br /&gt;
昭和30年代に入り、信託の専業主義の考え方による[[大蔵省]]の信託分離の勧めにもかかわらず、大和銀行は信託併営を維持した。これは、当時の頭取[[寺尾威夫]]が「信託併営は、金融機関の大衆化、機能の総合化にマッチし、顧客に幅広いサービスが提供できるため時代の要請に合致している」と強硬に主張し信託分離化も頑なに拒み、また、関西財界の支持を受けた事も追い風となった。結果、都市銀行の中で唯一信託兼営を守り通したが、これが為に大蔵省から睨まれ、「他都銀と同じスタートラインにない」として、新規出店で認可を出し渋るなど、不利な扱いを受けたとも言われている。[[1962年]]4月には、[[企業年金制度]]（正確には[[適格退職年金制度]]）が発足したが、大和銀行は直ちにこの取扱いを開始し、同年8月には年金信託部が設置され、以後、一貫して信託業界首位の座を堅持することになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
貿易・資本の自由化が推進され、日本経済の国際化が進捗する中、国際業務では[[1956年]]に[[ニューヨーク]]、[[1958年]]には[[ロンドン]]と、国際金融の2大中心地に相次いで駐在員事務所を設置した。[[1988年]]に[[レイニア・インターナショナル銀行]]香港地区9店の営業権を譲り受け、当時、在香邦銀最大規模の店舗（10店）を展開、また、[[1990年]]には、イギリス・[[ロイズ銀行]]のアメリカ拠点を買収し、こちらも、当時、在米邦銀最大規模の店舗（17店）を有し、最盛期には大和銀行の純利益3割を稼ぎ出すにいたる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
機械化、事務効率化の面では、1972年8月、キャッシュディスペンサー（CD、[[現金自動預け払い機|現金自動支払機]]）1号機を設置し、また、[[1973年]]8月には第1次オンラインシステムが完成した。これが、大和銀行におけるエレクトロニックバンキングの幕開けとなった。このオンラインシステムは、[[1981年]]の第2次オンラインシステムを経て、[[1993年]]に新オンラインシステム・ニュートンに移行した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
創立50周年に当たる[[1968年]]9月には総資金量1兆2,000億円を超し、3年後の[[1971年]]末には2兆円の大台を突破するに至った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ユニバーサルバンキングへ ===&lt;br /&gt;
[[1988年]]4月、創業70周年を機に[[コーポレートアイデンティティ|ヴィジュアルアイデンティティ]]（VI）開発を実施した。激化する金融機関の競争、金融の自由化、国際化の進展などに積極的に対応する姿勢を明確にイメージづけるために実施した。りそな銀行に統合された後も、このVIは同じりそなグループの[[近畿大阪銀行]]で近年まで使用されていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1991年]]には新本店ビルが竣工し、旧本店ビルとその周辺に分散していた本部機能を集約し、情報機能の一元化と生産性の向上を図った。[[1994年]]3月には、東京営業部・東京本部が入居する[[大手町 (千代田区)|大手町]]の[[東京生命保険|日清生命]]館の建て替えで大手町では当時一番の高さを誇った[[大手町野村ビル]]が竣工した。リテール分野では、通帳などに使用するキャラクターに[[原田治]]、[[円谷プロダクション]]（[[ウルトラマン]]キッズ）、[[アランジアロンゾ]]を起用し親しまれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1993年]]9月には、顧客に利回り保証を行う「飛ばし」事件で経営危機（債務超過）に陥った系列会社のコスモ証券（現在の[[岩井コスモ証券]]）を救済するため、第三者割当増資を引き受け、証券子会社とした。この結果、大和銀行は、銀行・信託・証券の一体経営を行うことになり、国内初の「[[ユニバーサル・バンキング]]」を実現した。この当時は都銀が株式取次ぎができる証券会社を持つことはまだ認められていなかったが、コスモ証券が債務超過に陥っていたため例外的に認められた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1960年代]]から、各都市銀行が企業グループを形成する動きの中で、大和銀行も[[第一銀行]]（後の[[第一勧業銀行]]、現在の[[みずほ銀行]]）の「第一原子力グループ」に参加していたが、[[1987年]]、関西地方に地盤のある企業40社が、「[[国際花と緑の博覧会]]」への参加を目的に集合、これが「[[大輪会]]」へと発展し、大和銀行はその中核銀行に収まった。しかし、バブル崩壊後は、次第に他の都市銀行とは志向を異にして、地元・大阪に密着した地域密着路線を推進するようになっていく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== バブル崩壊と金融再編 ===&lt;br /&gt;
[[バブル崩壊]]は、脆弱な経営基盤である大和銀行を直撃した。そして、凋落が決定的となったのが、[[1995年]]に発覚した、「'''[[大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件]]'''」である。同行[[ニューヨーク]]支店において、[[米国債]]の取引による総額約11億ドルの巨額損失が発生。当時の[[大蔵省]]へ損失報告を行っていながら、米法に反して米当局への報告を怠り、当局から巨額の罰金処置と事実上の米国からの撤退を強いられた。国際金融市場の中心であるニューヨークからの追放は、国際金融市場へのアクセスを失うことを意味し、かつて都銀第3位の海外拠点を有していた大和銀行は、大和プルダニア銀行（現在の[[りそなプルダニア銀行]]）を除く、全国際業務から撤退した。当時純利益の3割を稼いでいた米国市場を失ったのに加え、バブル崩壊後の経済環境は悪化の一途をたどり、「リスクを張って金利を稼ぐ」与信姿勢も災いし膨大な不良債権を生み出し、[[1998年]]3月には公的資金による優先株式4080億円の注入を受けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1999年]]に始まった、都銀各行の金融再編で大和銀行は、その不良債権額から合併を忌避され、取り残されていた。その後、大和銀行は個人や中小企業を主要な取引顧客とし、親密な[[地方銀行]]をグループ内に取り込む「'''スーパーリージョナルバンク'''」への転換を図ることになる。[[2001年]]12月、大和銀行は同行の親密[[地方銀行]]である[[近畿大阪銀行]]と[[奈良銀行]]と共に、株式移転により[[金融持株会社]][[大和銀ホールディングス]]を設立し、各行はその傘下に入った。同時に、大和銀行が兼営する信託部門のうち、法人向けの年金信託業務を新設の大和銀信託銀行に分割した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
続いて、[[2002年]]3月には、同じく金融再編に取り残され、マーケットで集中砲火を浴びていた、あさひ銀行が株式交換により大和銀ホールディングスの傘下となった。[[2003年]]3月には、あさひ銀行の埼玉県内の営業拠点と資産を新設の[[埼玉りそな銀行]]に譲渡し、残ったあさひ銀行と大和銀行が合併する形でりそな銀行となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 年表 ==&lt;br /&gt;
* [[1918年]]6月 - 株式会社大阪野村銀行として創立。&lt;br /&gt;
* [[1925年]]12月 - 野村証券株式会社が設立され、証券業務を委譲。&lt;br /&gt;
* [[1927年]]1月 - 商号を株式会社野村銀行に変更。&lt;br /&gt;
* [[1929年]]11月 - 大阪府本金庫事務の取り扱いを開始。&lt;br /&gt;
* [[1944年]]8月 - 野村信託株式会社を吸収合併。&lt;br /&gt;
* [[1948年]]10月 - 商号を株式会社大和銀行に変更。&lt;br /&gt;
* [[1949年]]5月 - [[東京証券取引所]]・[[大阪証券取引所]]に上場。&lt;br /&gt;
* [[1949年]]11月 - 甲種外国為替銀行に指定。&lt;br /&gt;
* [[1954年]]7月 - [[東京銀行]]より7店舗譲受&lt;br /&gt;
* [[1962年]]4月 - 企業年金信託業務の取り扱い開始。&lt;br /&gt;
* [[1965年]]2月 - [[大蔵省]]の信託分離要請を拒絶。&lt;br /&gt;
* [[1968年]]6月 - 創業50周年。&lt;br /&gt;
* [[1973年]]8月 - 第1次オンラインシステム稼働。&lt;br /&gt;
* [[1977年]]3月 - ニューヨークに大和銀行信託会社を設立。&lt;br /&gt;
* [[1981年]]1月 - 第2次オンラインシステム稼働。&lt;br /&gt;
* [[1987年]]4月 - [[大輪会]]発足。&lt;br /&gt;
* [[1988年]]7月 - レイニア・インターナショナル銀行の香港地区9店を買収。&lt;br /&gt;
* [[1990年]]2月 - ロイズ銀行の米国拠点網を買収。&lt;br /&gt;
* [[1991年]]7月 - 新本店ビル竣工。&lt;br /&gt;
* [[1993年]]9月 - コスモ証券の第三者割当増資を引き受け、子会社とする。&lt;br /&gt;
* [[1994年]]3月 - 東京本部ビル竣工。&lt;br /&gt;
* [[1995年]]9月 - [[大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件]]。全国際業務から撤退。&lt;br /&gt;
* [[1998年]]6月 - 創業80周年。&lt;br /&gt;
* [[2000年]]6月 - [[住友信託銀行]]と[[日本トラスティ・サービス信託銀行]]株式会社設立。&lt;br /&gt;
* [[2001年]]12月 - 大和銀行・[[近畿大阪銀行]]・[[奈良銀行]]と共に、株式移転により[[金融持株会社]][[大和銀ホールディングス]]を設立。&lt;br /&gt;
* [[2003年]]3月 - あさひ銀行と合併、りそな銀行となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 親密企業 ==&lt;br /&gt;
* [[野村證券]]&lt;br /&gt;
* [[野村信託銀行]]&lt;br /&gt;
* [[野村不動産]]&lt;br /&gt;
* [[あいおい損害保険|大東京火災海上保険]]&lt;br /&gt;
* [[野村総合研究所]]&lt;br /&gt;
*: 以上の企業は野村証券グループ企業及び野村證券と親密企業。&lt;br /&gt;
* [[富士火災海上保険]]&lt;br /&gt;
* [[東京生命保険]]（経営破綻となり、[[T&amp;amp;Dフィナンシャル生命保険]]に社名変更）&lt;br /&gt;
* [[コスモ証券]]&lt;br /&gt;
* [[大輪会]]&lt;br /&gt;
*: [[野村證券]]（[[みどり会]]に加盟しており、[[UFJ銀行|UFJ]]色が強い）、[[富士火災海上保険]]、[[大阪瓦斯|大阪ガス]]、[[コスモ証券]]、[[シキボウ]]、[[タカラスタンダード]]、[[日本触媒]]、[[ヤンマー|ヤンマーディーゼル]]、[[吉本興業]]、[[ローム]]、[[ローランド]] ほか&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
* [[りそな銀行]]&lt;br /&gt;
* [[野村財閥]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他 ==&lt;br /&gt;
大和銀行の[[ウェブサイト]]'www.daiwabank.co.jp'は2003年まで存在した&amp;lt;!-- Internet Archiveによる --&amp;gt;が、2010年現在は無関係なサイトになっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* 大和銀行2002年3月期ディスクロージャー誌[http://www.resona-gr.co.jp/holdings/investors/ir/disclosure/daiwa/02.html （りそなホールディングスサイト内）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
* 『大和銀行史』&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:野村ホールディングス|たいわ]]&lt;br /&gt;
[[Category:かつて存在した都市銀行|たいわ]]&lt;br /&gt;
[[Category:りそな銀行の前身行|*たいわ]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>獅子堂重工</name></author>	</entry>

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