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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<title>笠原真也</title>
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				<updated>2022-03-03T00:31:55Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Madaminumirai45: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image: 笠原真也1.jpg|300px|thumb|2人を殺害した笠原 真也]]&lt;br /&gt;
'''笠原 真也'''（かさはら しんや、[[1994年]] - ）とは、干されていた[[女子中学生]]の下着を見て欲情し強姦目的でその家に侵入したが、女子中学生の祖父母に見つかったため両者を殺害した、[[岐阜県]][[関市]]の無職である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件概要 ==&lt;br /&gt;
[[2014年]][[11月11日]]正午頃、岐阜県関市津保川台の井上大三さん(81)方で、井上さんと妻の美智子さん(73)が血を流して倒れているのを、孫娘が発見し、近所の住民を通じて110番した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2人は病院に運ばれたが、首などを複数か所刺されており間もなく死亡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
県警関署は、現場付近で刃物を持っていた同市山田、無職・笠原真也(20)が犯行を認めたことから、殺人未遂で緊急逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
調べに対し、笠原は「洗濯物を見て若い女の子がいると思い、いたずらしようと思って侵入したが見つかり刺した」と容疑を認めている。県警は、殺人容疑に切り替えて詳しい動機などを調べる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
井上さん方は息子夫婦と孫娘3人の7人暮らし。当時、自宅にいた中学生の孫娘と笠原に面識はないという。現場は[[東海北陸自動車道]][[関インターチェンジ]]から西に約2キロの住宅街。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 高齢夫婦殺害で無職男を起訴。少女に強姦目的で侵入(2015年3月) ==&lt;br /&gt;
[[岐阜県]][[関市]]津保川台の民家で[[2014年]]11月、高齢夫婦が殺害された事件で、[[岐阜地検]]は[[2015年]][[3月6日]]、殺人と住居侵入などの罪で、同市の無職、笠原 真也(21)を[[起訴]]した。同地検は2014年11月末から約3カ月間、[[岐阜簡裁]]に[[鑑定留置]]を請求し同容疑者の責任能力を調べており、矢野隆史[[次席検事]]は「責任能力が問えると判断した」と話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
起訴状によると、笠原は2014年11月11日午前11時55分ごろ、[[女子中学生]]を[[強姦]]しようと民家に侵入し、準備してきた刃渡り約18センチの[[牛刀]]で、井上 大三さん＝当時81歳＝と妻の美智子さん＝同73歳＝の首などを何度も刺して失血死させたとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 被告の無期確定へ　岐阜地検が控訴断念(2016年12月) ==&lt;br /&gt;
岐阜県関市で２０１４年１１月、高齢夫妻を刺殺したとして殺人などの罪に問われた関市山田、無職、笠原真也被告（２２）を無期懲役とした裁判員裁判の岐阜地裁判決（１４日）について、死刑を求刑していた岐阜地検は２８日、控訴しないと発表した。笠原被告側も控訴しない意向を明らかにしており、２９日付で地裁判決が確定する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
岐阜地検の加藤和宏次席検事は「判決内容および証拠関係を精査し、上級庁とも協議した結果、控訴しないこととした」とのコメントを出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:かさはら しんや}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の性犯罪]]&lt;br /&gt;
[[Category:関市の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:2014年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:一家殺傷事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の殺人犯]]&lt;br /&gt;
[[Category:岐阜県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1994年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Madaminumirai45</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>笠原真也</title>
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				<updated>2022-03-03T00:21:03Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Madaminumirai45: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image: 笠原真也1.jpg|300px|thumb|2人を殺害した笠原 真也]]&lt;br /&gt;
'''笠原 真也'''（かさはら しんや、[[1994年]] - ）とは、干されていた[[女子中学生]]の下着を見て欲情し強姦目的でその家に侵入したが、女子中学生の祖父母に見つかったため両者を殺害した、[[岐阜県]][[関市]]の無職である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件概要 ==&lt;br /&gt;
[[2014年]][[11月11日]]正午頃、岐阜県関市津保川台の井上大三さん(81)方で、井上さんと妻の美智子さん(73)が血を流して倒れているのを、孫娘が発見し、近所の住民を通じて110番した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2人は病院に運ばれたが、首などを複数か所刺されており間もなく死亡した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
県警関署は、現場付近で刃物を持っていた同市山田、無職・笠原真也(20)が犯行を認めたことから、殺人未遂で緊急逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
調べに対し、笠原は「洗濯物を見て若い女の子がいると思い、いたずらしようと思って侵入したが見つかり刺した」と容疑を認めている。県警は、殺人容疑に切り替えて詳しい動機などを調べる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
井上さん方は息子夫婦と孫娘3人の7人暮らし。当時、自宅にいた中学生の孫娘と笠原に面識はないという。現場は[[東海北陸自動車道]][[関インターチェンジ]]から西に約2キロの住宅街。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 高齢夫婦殺害で無職男を起訴。少女に強姦目的で侵入(2015年3月) ==&lt;br /&gt;
[[岐阜県]][[関市]]津保川台の民家で[[2014年]]11月、高齢夫婦が殺害された事件で、[[岐阜地検]]は[[2015年]][[3月6日]]、殺人と住居侵入などの罪で、同市の無職、笠原 真也(21)を[[起訴]]した。同地検は2014年11月末から約3カ月間、[[岐阜簡裁]]に[[鑑定留置]]を請求し同容疑者の責任能力を調べており、矢野隆史[[次席検事]]は「責任能力が問えると判断した」と話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
起訴状によると、笠原は2014年11月11日午前11時55分ごろ、[[女子中学生]]を[[強姦]]しようと民家に侵入し、準備してきた刃渡り約18センチの[[牛刀]]で、井上 大三さん＝当時81歳＝と妻の美智子さん＝同73歳＝の首などを何度も刺して失血死させたとされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:かさはら しんや}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の性犯罪]]&lt;br /&gt;
[[Category:関市の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:2014年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:一家殺傷事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の殺人犯]]&lt;br /&gt;
[[Category:岐阜県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1994年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Madaminumirai45</name></author>	</entry>

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		<title>修士 (経営学)</title>
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				<updated>2022-03-03T00:02:47Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Madaminumirai45: ページの作成:「'''修士（経営学）'''（しゅうしけいえいがく、Master of Business Administration、'''MBA'''）は、経営学を修めたものに対して授与さ...」&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''修士（経営学）'''（しゅうしけいえいがく、Master of Business Administration、'''MBA'''）は、[[経営学]]を修めたものに対して授与されることのある[[学位]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:しゆうしけいえいかく}}&lt;br /&gt;
[[Category:ビジネススクール]]&lt;br /&gt;
[[Category:修士]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Madaminumirai45</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E5%AD%A6%E4%BD%8D&amp;diff=397174</id>
		<title>学位</title>
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				<updated>2022-03-02T23:58:24Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Madaminumirai45: /* 昭和中期 - 平成以降 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''学位'''（'''がくい、Degree'''）とは、[[大学]]や国家の学術評価機関等において研究者や一定の教育課程の修了者に対して学術上の能力または研究業績に基づき授与される階級別の[[称号|栄誉称号]]を言う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
学位は、14世紀のヨーロッパの大学における教授職の資格を起源としており、学術業績に対しての栄誉称号として発展し、現在は高等教育を行う機関（大学など）が授与する学術上の位となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在の日本の法令に基づく学位には、「[[博士]]の学位」「[[修士]]の学位」「[[専門職学位]]の学位」「[[学士]]の学位」「[[短期大学士]]の学位」の5種がある。&amp;lt;!-- 短期大学士の学位に関した条文の施行が17年10月1日なので前倒しして書きます --&amp;gt;また、学位に準じるものとして、高等専門学校の卒業生に付与される[[準学士]]の称号や、条件を満たす専修学校の専門課程（いわゆる専門学校）を修了した人に付与される[[高度専門士]]及び[[専門士]]（準学士に準ずる）などがある。学位と混同されやすいものとして、研究業績をあげた者や大学に特別な貢献をした者に、各大学が独自に授与する名誉博士の称号などもあるが、これは学位ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元々、日本の学位は、学術上の栄誉称号として発展を遂げ、[[文部大臣]]が[[博士会]]の推薦を経て授与するものであった。現在の学位は、大学または学位授与機構が授与し、世界的にも法的にも認められているものである。様々な種類があるが、学位が大衆化した今日では、単に「学位」といえば一般的には「博士の学位」を指す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本における学位制度 ==&lt;br /&gt;
=== 学位の概念 ===&lt;br /&gt;
学位は、単位修得や研究論文などの研究を踏まえた学修の成果に対して授与される、世界的に通用する法的に認められた学術称号である。学位、とりわけ「学士の学位」は、国家資格か大学の認定する公的資格の様に誤解される場合もあるが、'''学位は資格ではない'''と考えられている。第二次世界大戦降伏前において、学位は、文部大臣が授与する称号であり、いわゆる[[栄典]]ではないものの、[[階級]]・[[位階]]・[[勲等]]・[[金鵄勲章|功級]]・[[爵位]]などと並んで称された非常に栄誉ある称号であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 学位と論文提出 ===&lt;br /&gt;
学位は、世界的にも認められた学術上の称号であるから、学術的業績すなわち論文執筆が要求されるのが原則であった。&amp;lt;!-- 修士の学位と （論文が必須でない修士課程も設置できます）--&amp;gt;博士の学位は、現在でももっぱら[[論文|学位請求論文]]の提出、及び審査合格により授与される。しかし近年、学士の学位を授与される際において、卒業論文は必須ではなくなってきている（各[[大学]]・各[[学部]]、各[[研究室]]・[[ゼミナール]]の形態等にもよる）。専門職学位も同様である（論文提出を課す専門職大学院もある）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 学位の種類 ===&lt;br /&gt;
現在の日本の'''法令に基づく学位'''には、'''短期大学士'''の学位、'''学士'''の学位、'''修士'''の学位、'''博士'''の学位、'''専門職学位'''があり、[[学校教育法]]などに定められている。日本の法令に基づく学位は、各[[大学]]（[[大学院]]及び[[短期大学]]を含む）、[[独立行政法人]][[大学評価・学位授与機構]]によって授与される。法令上ではともかく、日本で学位といえば、おおむね「博士の学位」のことを指す場合が多い。また、日本で代表的かつ授与数の多い博士の学位は、医学分野や工学分野における「[[博士]]の学位」などで理系において積極的に博士の学位が授与されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[アメリカ合衆国]]の[[ロー・スクール (アメリカ)|ロースクール]]にならって日本全国の大学に設置認可された[[法科大学院]]のすべてにおいては一律、「法務博士（専門職）」（アメリカの[[ジュリス・ドクター]]に相当）の学位が授与される。その他の分野においても各大学により多彩な'''専門職学位'''が授与される（[[#日本における学位制度]]、[[専門職学位]]も参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--学位の表記の項と記述が重なるためコメントアウトします。&lt;br /&gt;
;学位授与機関の例&lt;br /&gt;
* 学士（法学）（東京大学）　大学&lt;br /&gt;
* 学士（教養）（放送大学）　[[大学通信教育]] 放送大学は法令上は通常の大学であり、その他の大学通信教育との整合性なども踏まえ、コメントアウトします。&lt;br /&gt;
* 学士（文学）（大学評価・学位授与機構）大学評価と学位授与を所管する独立行政法人 --&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、学位の他、日本で付与されている称号には、「準学士の称号」「専門士の称号」「名誉博士の称号」などがある。準学士の称号は、[[高等専門学校]]を卒業した者に[[学校教育法]]に基づいて付与される。また、専門士の称号は、一定要件を満たす[[専修学校]]の[[専門課程]]（[[専門学校]]）を卒業した者に[[文部科学省]][[告示]]に基づいて付与されることとなっている。名誉博士については、教育機関が著名な研究を行った者などに独自に与えることが日本でも増えてきている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 学位の表記 ===&lt;br /&gt;
学位における専攻分野の表し方については、文部科学省令の[[大学設置基準]]および[[学位規則]]で、平成3年以前において、専攻分野が明示された「○学士」「○学修士」「○学博士」というものが授与されていたが、現在は、「学士（専攻分野）」「修士（専攻分野）」「博士（専攻分野）」という専攻分野を付記する形で授与されている。また、[[専門職大学院]]を修了した者に与えられる学位は、専門職学位とされ、文部科学省令により[[法科大学院]]の修了者には「法務博士（専門職）」が、法科大学院以外の専門職大学院の修了者には「○修士（専門職）」を授与することになっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、学位規則においては、学位を表記する時に授与した大学又は[[大学評価・学位授与機構]]の名称を付記することになっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 学位の例&lt;br /&gt;
* 学士（経営学）（拓殖大学）&lt;br /&gt;
* 学士（文学）（大学評価・学位授与機構）&lt;br /&gt;
* 修士（情報管理学）（朝日大学）&lt;br /&gt;
* 博士（法学）（名古屋大学）&lt;br /&gt;
* 法務博士（専門職）（日本大学）&lt;br /&gt;
* 公共経営修士（専門職）（早稲田大学）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 学位や称号の授与 ===&lt;br /&gt;
学位は、大学又は大学評価・学位授与機構の学位記授与式（学位授与式）にて学位記の交付を以って授与される。&lt;br /&gt;
[[早稲田大学]]などのように[[学帽]]と呼ばれる房のついた[[キャップ]]、[[式服]]と呼ばれる[[ガウン]]と[[学位章]]という[[フード]]の授与もなされる大学もある。[[大阪大学]]、[[桜美林大学]]、[[大阪学院大学]]、[[桃山学院大学]]などのように学位記授与式や卒業式の間だけ式服や学位章を貸与する大学もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 学位と称号の違い ===&lt;br /&gt;
学位について定めた法令として、現代の日本には、学校教育法や学位規則がある。特に[[学校教育法]]に学位として規定されていないものは、「学位」ではなく「称号」である。したがって、'''準学士'''の称号や'''専門士'''の称号などは、称号であって学位でない。なお、1991年（平成3年）以前は、「学士の学位」ではなく「学士の称号」が付与されていたが、現在では、学校教育法の規定により、従前の学士の称号を授与された者は、学士の学位を授与された者とみなすことになっている。また、2005年（平成17年）の学校教育法の改正前に短期大学が付与していた「準学士の称号」（高等専門学校が付与した準学士の称号を除く）は、「短期大学士の学位」とみなすことになっている。学位は世界的通用性を保証するものだが、'''称号はあくまで日本国内でのみ通用'''するものとされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 博士の学位をめぐる近年の日本の動向 ===&lt;br /&gt;
日本の高等教育においては、新たに博士の学位を授与された者の就職が非常に特殊かつ狭き門となっており、博士の学位を有する者の専門性・能力を活かす場が、日本以外の国に比べて遅れているという指摘がしばしばなされる。いわゆる職に就けない博士を[[オーバードクター]]（余剰博士）という。こうした事態に備え、文部科学省では博士の学位を授与された後の一時的な任用を推進する[[ポストドクター]]対策に乗り出している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本の学位 ==&lt;br /&gt;
日本の学位には、学校教育法で定められているものとして「学士」「修士」「博士」「短期大学士」の学位が、学校教育法に規定があるが学位規則で名称が定められているものとして「専門職学位」がある。短期大学卒業者に対して授与される「短期大学士」の学位を付加する学校教育法改正案が国会に上程され、可決成立した。2つ以上の学位取得を[[ダブルディグリー]]というが、特に修士号を2つ取得することを[[ダブルマスター]]という。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本の教育課程と学位・称号の相関関係 ==&lt;br /&gt;
日本の学校教育における教育課程は、高等学校卒業後は4年制の大学、高度専門学校及び2年制または3年制の短期大学、専修学校がある。また、中学校卒業から高等専門学校に進んだ者は通常の短期大学卒業と同程度の学歴を得ることになる。それぞれ、卒業後においては、4年制の大学及び高度専門士付与校たる専修学校を卒業した者はそれぞれ学士の学位及び高度専門士の称号を授与される。さらに、2年制または3年制の短期大学、高等専門学校、専修学校ではそれぞれ短期大学士の学位、高等専門学校では準学士の称号、専門士の称号を授与される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学位と称号とでは、国際通用性の有無などの違いこそあるが、教育課程としての程度は同じであると判断され、その後の進路においても短期大学士・準学士・専門士はともに4年制大学の学部3年生に編入学することができる。さらに、学部及び高度専門士付与校たる専修学校を卒業した者は、大学院修士課程及び専門職学位課程への入学資格を認められる。また、2年制及び3年制の大学院修士課程(博士前期課程)と専門職学位課程(法科大学院及びその他の専門職大学院)は教育機関としての趣旨や認定する能力にこそ違いはあるが、ともに大学院博士課程(博士後期課程)への入学資格を認定される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　 教育課程                                                授与される学位及び称号&lt;br /&gt;
* 大学院博士課程(博士後期課程)　　　　　　　　　　　　　　★[[博士]] &lt;br /&gt;
* 大学院修士課程(博士前期課程)・専門職学位課程　　　　　　★[[修士]]・★[[専門職学位]]&lt;br /&gt;
* 4年制大学学部・4年制専門学校専門課程　　　　　　　　　　★[[学士]]・●[[高度専門士]]&lt;br /&gt;
* 短期大学学科・高等専門学校・2年制専修学校専門課程　　　 ★[[短期大学士]]・●[[準学士]]・●[[専門士]] &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
※★は学位、●は称号。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 大博士の学位 ===&lt;br /&gt;
大博士については、明治20年の学位令で、大博士の学位が置かれ、文部大臣が授与することとなっていたが、授与例は1例も無いまま廃止された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 博士の学位 ===&lt;br /&gt;
[[博士]]の学位とは、[[ドクター]]のこと。博士の学位は大学院博士後期課程（博士課程）修了者に対しては当該修了した大学や防衛大学校や防衛医科大学校の研究科の修了者に対しては独立行政法人大学評価・学位授与機構から、それと同等の能力を持つ者に対しては大学や独立行政法人大学評価・学位授与機構から授与される学位である。博士後期課程（博士課程）を修了するには、大学に'''学位論文'''を提出し、'''審査に合格'''しなければならない。通常は博士号の取得を志した場合、博士論文提出までに[[学会]]での発表を行い、博士課程在籍中に2本から3本の査読付き投稿論文を執筆するといった業績が求められるのが、日本における一般的な博士の学位審査を受ける要件となっている。ただし、大学によっては査読論文を条件としないところがあったり、教授の退官時にその研究室所属の博士課程の院生に学位を乱発することも慣例化している。つまり、博士号といえどもその質と信頼性にはかなりの差があることは否定できない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
博士課程にて学位を取得した場合は「修了」として認定されるが、就職などのために学位を習得する前に中途退学するケースも多い。人文社会系の大学院では、所定の在学期間（3年間）以上在学し、修了に必要な単位を全て取得してはいるものの、'''学位論文'''だけが完成しないまま就職することも多く、こうした場合「満期退学（単位取得退学）」と言う。在学年数を越えて大学院に留まる場合は研究生として在籍するケースもある。また、2005年の文部科学省中央教育審議会において文部科学大臣への答申の中で博士課程に社会人コースを設置し、社会経験にて実績のある人物の場合は1年間の在籍期間中に学位取得を志すことができるようにすべきだとされた。つまり、大学院の博士課程に社会人コースが設置された場合、1年間の修学期間で博士号を取得することが可能となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上記のような博士課程を修了によって取得する博士号の他に、博士課程を持つ大学に'''学位論文'''を提出することによって博士号を取得することもできる。このように2通りの博士号があるため、課程修了による博士号を「[[課程博士]]」、論文提出のみによる博士号を「[[論文博士]]」と呼び分ける。博士号は授与大学ごとに通し番号が付けられるが、課程博士には甲1234XX号のように「甲」が、論文博士には乙1234XX号のように「乙」が付けられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
授業料を払い一定期間在学しなければ取得できない課程博士に対し、就職して収入を得ながらでも論文提出だけで取得できる論文博士の存在は公平性を欠くこともあり、最近は論文博士制度を廃止しようとする動きがあるが、上述の「満期退学（単位取得退学）」者が博士号を取得できないままとなるような制度になってしまう可能もあり、議論が続けられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、わが国では、博士論文は[[国立国会図書館]]への寄贈が求められる（[[納本制度|納本]]の対象ではなく義務ではない）他、取得後一定期間内に公刊することが義務づけられている。国立国会図書館と国立情報学研究所が作成している「[http://dbr.nii.ac.jp/infolib/meta/CsvDefault.exe?DB_ID=G0000016GAKUI&amp;amp;GRP_ID=G0000016&amp;amp;DEF_XSL=default&amp;amp;IS_TYPE=csv&amp;amp;IS_STYLE=default 博士論文書誌データベース]」で国内の大学で授与されている博士論文の検索ができる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[人文科学]]や[[法学]]などの専攻分野において博士の学位は、以前は大学の教員が生涯の研究の集大成として取得するものであったので、取ろうと思ってもなかなか取らせてもらえず、大学の教員といえども博士の学位を持っていない人が多かった（分野によっては今でもそうである）。学位取得を志しても、勤務先の上司である教授が学位を持っておらず、部下が学位を取得することを表に裏に妨害するといった悪弊も存在した。こうした悪しき慣習は、課程博士として30歳前後の博士が助手や専任講師として大学に就職することが一般化するにつれ、徐々に消えつつある。近年は、博士号は研究者の目標ではなくスタートラインだと考えられるようになり、平成3年の学位規則改正後は若いうちから博士号を取る方向に大学院の指導も変化してきている。今後は文系学部にあっても、助教授以上に昇格するには、学位（分野によってはそれに匹敵する顕著な業績）が要求される傾向が強まることが予想される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
英語の表記では、[[Ph.D]]（羅：Philosophiae Doctor 哲学博士）と表記するが、哲学に限定されることなくすべての学問分野の博士号に対して用いられる。敬称として、通常の[[Mr.]][[Mrs.]][[Miss]][[Ms.]]の代わりに[[Dr.]]、[[DR.]]が使われることがあるが、「doctor」は日常的には医者を意味することが多く、医師は混同を避けるため[[MD]]と記載することが多い。博士が自身で学位所持を表記する際は、氏名の後にPh.Dと書くことが一般的である。医師であり、かつ医学博士を所持する者は、氏名の後にMDとPh.Dを併記することが一般的である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 修士の学位 ===&lt;br /&gt;
[[修士]]の学位とは、[[マスター]]のこと。修士の学位は、最高位の博士に準じ、学士の上位にある。大学院の修士課程(博士前期課程)を修了した者に授与され、それと同等の能力を持つ者に対しては独立行政法人大学評価・学位授与機構から授与される。日本では昭和28年の学位規則制定後に現れた新しい学位である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 専門職学位 ===&lt;br /&gt;
[[専門職学位]]は、専門職大学院を修了した者に授与される学位。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「法務博士（専門職）」は[[法科大学院]]の修了者に、「○○修士（専門職）」はそれ以外の専門職大学院を修了した者に授与される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
法科大学院の場合は標準修業年限が3年で、法学部卒などの法学既習者は2年で修了することも可能である。その他の専門職大学院では標準修業年限が2年となっている。高度専門職業人育成の観点から修了に際して学位論文は必須ではなく、院生に課さない大学院も多い。但し、その代わりとしてリサーチペーパーの提出やその後において大学院の修士課程ないしは博士課程進学希望者については、入学審査に学位論文の提出を求められるケースもあることから、希望者は論文指導を受け学位論文を提出するという選択肢を置いている場合が多い。また、中には学位論文を提出を義務付ける大学院も一部にはある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、専門職学位は博士、修士とも異なる第3の学位である。よって、表記上、博士、修士という学位名称であっても、基本的に研究上の学位とは区別されるものである。但し、教育課程としては、修士課程（博士前期課程）と同等と看做される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、専門職学位に相当する制度としてアメリカ合衆国の職業学位がある。アメリカの職業学位は、法曹養成の[[ロー・スクール (アメリカ合衆国)|ロー・スクール]]が授与する[[J.D.]]、医師養成の[[メディカル・スクール (アメリカ合衆国)|メディカル・スクール]]が授与する[[M.D.]]、聖職者養成の大学院が授与する[[Th.D.]]、[[M.Div.]]などがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 学士の学位 ===&lt;br /&gt;
[[学士]]の学位は、大学の学部における所定の課程を修め所要[[単位]]を取得して卒業を認められた者、大学校を卒業して独立行政法人[[大学評価・学位授与機構]]大学評価学位授与機構の学位審査を合格した者、その他大学評価学位授与機構に学位を申請し審査を合格した者に授与される学位。学士の学位は大学卒業者に対しては当該大学から、それと同等の能力を持つ者に対しては大学評価・学位授与機構から授与される。諸外国ではバチェラー（文系ならB.A.―Bachelor of Arts-　理系ならB.S.-Bachelor of Science-）と言うが、日本ではこの呼称は一般的ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学位令発布当時は学位授与権が文部大臣にあったため、帝国大学などが授与する学士号は当初、称号とされた。平成3年([[1991年]])以降、学位に編入された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
独立行政法人大学評価・学位授与機構は、[[防衛大学校]]、[[防衛医科大学校]]、[[海上保安大学校]]など学校教育法による大学以外でかつ他の法律に規定がある教育施設（[[大学校]]など）を卒業した者に学位を授与する。また、短期大学や高等専門学校を卒業し、一定の学習を行い大学卒業と同等の学力があると認められた者に学士の学位を授与する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本では、明治20年から平成3年までの間学位ではなく称号として扱われた。学士の授与権は常に大学が持っていたため、明治・大正期に出版された古い学術書の著者名に例えば「醫學士」（医学士）などと冠されているのを見れば、大学の数が少なかった頃は学士は充分に価値の高い称号だったことが伺える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 短期大学士の学位 ===&lt;br /&gt;
[[短期大学士]]は、短期大学を卒業した者に授与される学位である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本の称号（学位に準ずるもの及び学位に類するもの） ==&lt;br /&gt;
法律で定められているものとして「準学士」が、[[文部科学省]]の[[告示]]で定められているものとして「専門士」があり、そのほかに各大学が独自に授与する「名誉博士」などが有名である。以下、学位に準ずる称号及び学位に類する称号を解説する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 名誉博士の称号 ===&lt;br /&gt;
[[名誉博士]]の称号は、日本においては、各大学が独自に授与するものである。大学により様々であるが、概ね通称して名誉学位といわれる。多くは授与する大学に関係する人の中で、著名な研究を行ったり、社会的に有名になった人に授与される。学術的評価というよりは社会的な活動なり功績を称えるという顕彰の意味合いが強い。通例、各大学の規則に定めがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 準学士の称号 ===&lt;br /&gt;
[[準学士]]の称号は、[[高等専門学校]]を卒業した者に付与される。学校教育法に定めがある。称号表記は称号に括弧書きで専攻名を記す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
:例　　　　　準学士（工学）&lt;br /&gt;
:英文表記　　Associate Degree of Engineering&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 高度専門士の称号 ===&lt;br /&gt;
[[高度専門士]]の称号は、[[専修学校]]の専門課程（[[専門学校]]）の内&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 修業年限が4年以上のもの。 &lt;br /&gt;
* 修業年限の期間を通じた体系的な教育課程の編成がされていること。 &lt;br /&gt;
* 修了に必要な総授業時数が3,400時間以上であること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
を満たす文部科学大臣が認定し、官報で公示した専修学校の専門課程の課程を卒業した者に授与される。文部科学省の指導により、専門士の表記は、「高度専門士（○専門課程）」と括弧書きで修了した分野の専門課程や[[学科]]の名称が付記されることになっている。修業年限は大学学部と同等である。よって、高度専門士の称号を有する者は大学卒業程度、或いは学士の学位とを有する者と同等の学力を有するものとみなされる（但し、高度専門士は学位と異なり国際通用性が無いため、あくまで国内での評価においてのみ大学卒業と同等とみなされる）。高度専門士の称号を持つ者には大学院修士課程・専門職学位課程への受験・入学資格がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 専門士の称号 ===&lt;br /&gt;
[[専門士]]の称号は、[[専修学校]]の専門課程（[[専門学校]]）の内&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* 修業年限が2年以上のもの。&lt;br /&gt;
* 課程の修了に必要な総時間数が1700時間以上であること。&lt;br /&gt;
* [[試験]]等で成績評価を行い、その評価に基づいて課程修了の認定を行っていること。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
を満たす文部科学大臣が認定し、官報で公示した専修学校の専門課程の課程を卒業した者に授与される。「専修学校の専門学校の修了者に対する専門士の称号の付与に関する規程」（平成6年文部省告示第84号）に定めがある。文部科学省の指導により、専門士の表記は、「専門士（○専門課程）」と括弧書きで修了した分野の専門課程や[[学科]]の名称が付記されることになっている。最近は民間資格などで○○専門士というものもあるが、専門学校の称号である専門士とは関わりはない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
専門士の例：専門士（工業専門課程）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 得業士の称号 ===&lt;br /&gt;
[[得業士]]の称号は、旧制の専門学校、特に医学専門学校の卒業生などの称号として、一部の学校で授与していた。現在は廃止。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本の称号（学術称号ではないもの） ==&lt;br /&gt;
=== 名誉教授の称号 ===&lt;br /&gt;
[[名誉教授]]の称号は学校教育法に規定された称号であって、大学が名誉教授称号授与規定などに基づいて独自に授与するものである。いわゆる学位やその延長線上にある称号とは違い、大学の学長、副学長、学部長などの歴任者や大学教授として長年勤務した者、設置者である法人の理事や監事など、または大学において特に功績ある者に授与される。長年の研究・大学行政・教育への貢献から、名誉教授称号授与式などで称号記あるいは称号辞令の付与をもって称号を授与される。名誉教授の称号は高い権威があると見なされ、叙位叙勲の際にも考慮される指標にもなっている。特に称号に保障はつかないものの、社会的信用は大きいものである。ただし、国公立大学では教授としての勤務年数が名誉教授になるための最大の基準であり、15年間程度（基準は大学により異なる）教授として無事に定年まで勤めることにより（助教授の期間をその1/2年、専任講師を1/3年と換算して加算する大学もある）、特別な業績がなくても容易に授与されるが（教授会審議において、特に勤務様態に問題がない限り否決されることはまずない）、一般人の多くはこうした授与のされ方を知らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 大学の授与する称号 ===&lt;br /&gt;
大学への寄付を行った篤志家などに対して、名誉校友、推薦校友、学賓、塾員、賛助員、維持員など個別の大学にて定める称号を贈る制度もある。これは学位やその延長線上にある称号とは違い、法的あるいは行政の政令に基づくものではない。大学としての感謝の意を示すものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 大学病院の授与する称号 ===&lt;br /&gt;
大学附属病院などで功績ある医師に名誉院長などの称号を贈る制度も存在する。法的なものではなく機関の定める規定に基づく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 学会の授与する称号 ===&lt;br /&gt;
個々の学会の定める称号として、その学会で発表された業績或いは学会の中で功績を上げた者に対して名誉会員や[[フェロー]]などの称号を贈る制度なども存在する。&lt;br /&gt;
法的あるいは公的性格は有さず、学位称号としての性質とは異なる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 市民カレッジなどの称号 ===&lt;br /&gt;
生涯学習の広がりにともない、大学や行政が市民カレッジや市民塾などの講座を主催し、法的な学位に基づかない大学として[[塾員]]の称号を授与するケースがある。&lt;br /&gt;
これは学術上の法的信用性を付与するものではなく、修了に際しての記念あるいは象徴的な意味合いが強い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 団体などの称号 ===&lt;br /&gt;
各種団体が特定の業種並びに知識を社会に広めるため、大学に模した講座等を主催して、独自の称号を贈るケースも存在する。&lt;br /&gt;
法的公的信用を付与するものではないが、その業界の定める特典を受けるという意味合いの性格のものと見てよい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 世界における学位制度 ==&lt;br /&gt;
=== アメリカ合衆国式の学位制度 ===&lt;br /&gt;
大きくは、doctorate degree（博士学位）、master's degree（修士学位）、bachelor degree（学士学位）、 associate degree（準学位）とFirst-Professional Degree（第一専門職学位）からなる。この体系は、ほかの国々が自国の学位制度を作る際の参考にもしていることが多く、特にdoctorate degree（博士学位）、master's degree（修士学位）、bachelor degree（学士学位）の3つの学位については、多くの国々でこれらと同等の学位が設けられている。現在の日本の学位制度も、おおむねアメリカ合衆国の制度に類似しているといわれる。また，アメリカの学位は文学修士などの様な学問的学位と経営学修士（[[MBA]]）の様な職業的学位とに別れ、それぞれにおいて評価や期待は異なる。なお、米国では「学位ビジネス」と呼ばれる、学術研究成果に基づかない、根拠無き称号を売買するビジネスが暗躍しており、学位の社会的な評価の高さと詐欺の実態が浮き彫りとなっている（→[[認定校制度]]・[[ディプロマミル]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国式の学位制度 ===&lt;br /&gt;
イギリスにおいては、大学などが独自に学位の種類や名称を定めており、また地域によって（特にスコットランドで）教育制度が異なることから、非常に複雑な状況になっている。たとえば[[ケンブリッジ大学]]と[[オックスフォード大学]]のMA（Master of Arts）は、学部入学から一定期間を経た学部卒業生に与えられるもので、大学院とは無関係である。またスコットランドの一部の大学では学部卒業生にMaster of Artsを、修士課程修了者にBachelor of Artsを授与している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし一般には、スコットランド以外の地域では学部で3年以上の課程を終えることで学士号（bachelors degree）を得る。これには優等学位（honours degree）と普通学位（ordinary degree）とがあり、修了時の成績が所定の水準を超えた場合に優等学位が授与される。一方スコットランドでは（3年ではなく）4年間の課程を終えることで優等学位が授与される。非公式な習慣として、優等学位の場合に学士号に「(Hons)」と付記する。修士号（masters degree）は学士号取得後1～2年の大学院課程を修了することで、博士号（doctorate）は学士号取得後最低3年の独創的な研究を認められることで授与される。学士号取得後は進路に合わせ、修士または博士の学位を目指すことになる。さらに名誉学位的なHigher Doctorate（上級博士）がある。上級博士の学位は公刊された著書・論文の審査により授与される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これ以外に、certificateやdiplomaと呼ばれる職業資格や教育資格が数多く存在する。学士号を持たない者が1～2年の課程を修了すると得られる「準学士」的な性格の資格である。一方で、学士号を持つ者を対象とした資格もあり、例えば学士号取得後に1年間の教職専門課程を修了すると、Postgraduate Certificate in Education (PGCE)という教員資格が得られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
1999年にヨーロッパ圏での高等教育制度の最低限の共通化を図るボローニャ宣言が決議され、2001年にこれに沿う形で枠組みが定められた。概して言えば、Certificate、Bachelor/Foundation、Honours、Master、Doctorの5段階で、このうちMaster以降が大学院に相当する。スコットランドについては別個の枠組みが定められたが、Honours以降は同等となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ドイツ連邦共和国式の学位制度 ===&lt;br /&gt;
ドイツ連邦共和国では、独自の制度があり、ディプロームやマギスターという独自の学位を設けてきた。しかし、国際化の進展とともに独自の学位が不便ともされるようになったため、アメリカ合衆国式の学位制度も創設されるに至っている。しかし[[音楽大学]]などの芸術系の大学では「学位」そのものがその後の[[芸術家]]としての質の低下を招いてしまうとして、未だに卒業試験のみで「博士」などの学位は与えていなく、外部の[[コンクール]]歴などによって「学位」と同等とみなす風潮がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== フランス共和国式の学位制度 ===&lt;br /&gt;
フランスは独自の学位制度があり、Diplôme Universitaire de Technologie、Diplôme d’Etudes Universitaires Générales、Diplôme d’Etudes Universitaires Scientifiques et Techniques、Licence、Maîtrise、Diplôme d'études supérieures spécialisées、Diplôme d'études approfondies、Magistère、Doctoratなどの学位が存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ロシア連邦式の学位制度 ===&lt;br /&gt;
ロシアの学位制度は現在、2種類のものが混在している。ソ連時代から最近まで学位としては、До́ктор нау́к（博士）、Кандида́т нау́к（準博士）の二つしかなかった。 また、通常の大学（5年制）を卒業した者には、専門家としての資格認定書付きの卒業証書が授与されていた（Дипломи́рованный специали́ст）。一方で、新しい学位制度では、4年制の大学を卒業した者にБакала́вр（学士）、6年制の大学を卒業した者にМаги́стр（修士）の学位が授与されることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== Ph.D. ===&lt;br /&gt;
[[Ph.D.]]（ピー・エイチ・ディー）とは、[[アメリカ合衆国]]などの[[英語圏]]の[[学位]]の一つである。日本の学位でPH.D.に相当するものとしては、博士の学位が相当するといわれる（詳しくは、[[Ph.D.]]を参照のこと）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
=== &amp;lt;!-- 学位の起源・--&amp;gt;世界における学位の歴史 ===&lt;br /&gt;
学位の意味とその起源は、14世紀に欧州の大学における教授資格に始まり、学問領域における著作などでの業績、即ち学術的成果に対して授与された栄誉称号として発展を遂げ今日の学位として成立を見た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
世界でもっとも早く大学院が発達したのはアメリカ合衆国であり、そのため、近代的な学位制度は、アメリカ合衆国において最初に発達したと言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日本における学位の&amp;lt;!--変遷と学術環境整備の--&amp;gt;歴史 ===&lt;br /&gt;
==== 明治時代 - 昭和前期 ====&lt;br /&gt;
日本では、明治11年に[[東京大学]]に学位授与権（学士号）が与えられ、東京大学は、法学士・理学士・文学士・医学士・製薬士の5つを学位と定めた。当時、他には[[工部大学校]]や[[札幌農学校]]が学位を授与していた。明治12年には文部省が学術上功績顕著な科学者を優遇するために学術の発達に寄与するため必要な事業を行うことを目的として、東京学士院の創設がなされた。この東京学士院は学術支援を目的としつつ、研究者の研究支援と顕彰を目的とした研究機関、栄誉機関として日本の学術政策における重要な役割を担うこととなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治19年に帝国大学令（明治19年勅令第3号）が発布され、翌20年に'''学位令'''（明治20年勅令第13号）が発布された。明治20年の学位令では、日本で教育を受けた者や一定の研究を行った者に、大博士または博士の学位を授与することになった。学位制度そのものは西欧の制度に由来するが、日本語としての学位呼称については、古く律令体制下における官職名がモデルとなっている。博士も中国王朝の制度を基につくられた大宝律令官制において設置されていた官名で大・中・小博士と三階級あった。博士の官職が置かれた部署としては陰陽寮に陰陽博士、暦博士、天文博士、漏刻博士、典楽寮に医博士、針博士、咒禁博士、按摩博士などの職が置かれており、学士という呼称も皇太子の教育官であった東宮学士に由来する。なお、律令官制下の博士の発音は「はかせ」であるが、学位の正式呼称としての博士は「はくし」と発音する。通称、日常生活の中では通称、俗称として「はかせ」と言うことも多いが、正規の用法ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治19年、東京大学が[[帝国大学]]に改組されて初代総長であった[[加藤弘之]][[爵位|男爵]]が[[元老院議員]]に転進し、その謝恩会が開かれたのが発端となり、同大学卒業生により[[学士会]]が創設された。現在は社団法人化し学士会館を中心に旧帝国大学出身者の親睦団体となっているが、当時稀少だった学士号がそのまま会の名前になるなど、当時の学士号は非常に重みのあるものであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治20年に発布された学位令では、各博士会の審査を経て、授与権者の文部大臣が授与するものとなった。このため大学が授与できるとされた学士号は称号と位置づけられることとなった。明治20年の学位令発令から平成3年まで、学士号は長い年月、学位ではなく称号として扱われた（ただし、学校教育法の附則（平成3年法律第23号の第2項）により、学校教育法に基づく「学士の称号」は、現行の「学士の学位」とみなすことになっている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
学位令は明治31年に改正され（明治31年勅令第344号）、学位は、[[博士 (法学)|法学博士]]、[[博士 (医学)|医学博士]]、[[博士 (薬学)|薬学博士]]、[[博士 (工学)|工学博士]]、[[博士 (文学)|文学博士]]、[[博士 (理学)|理学博士]]、[[博士 (農学)|農学博士]]、[[博士 (林学)|林学博士]]および、[[博士 (獣医学)|獣医学博士]]の9種とされた。明治19年の学位令が定めていた大博士の学位を授与された者は1人もなく、大博士の学位は、このときに博士の学位に統合されている。また、学位の授与・剥奪の審査を博士会という審議機関に委ねることにした（博士会規則：明治31年勅令第345号）。&lt;br /&gt;
当時の学位は学術的能力の指標としての意味もあるが、より栄誉としての意義が強かった。よって封建社会からの[[位階]]勲等あるいは[[爵位]]や軍人警察の[[階級]]などと並んで称される権威あるものであった。いわば当初の学位とは学術上の[[勲章]]の様なものであったと言えよう。　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（例）従二位勲一等男爵医学博士北里柴三郎&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治34年、明治法律学校（後の[[明治大学]]）で明法学士の称号を授与する制度が始まる。また、明治39年には学術状況を高めるために、東京学士院が帝国学士院に改組された。44年4月には日本の学術成果の向上と業績への顕彰を目的として帝国学士院恩賜賞が創設された。また同年11月には帝国学士院賞も創設され、日本の学界の育成促進を支援し、これを大いに顕彰することとなった。大正9年には、学位令の改正（大正9年勅令第200号）があり、学位授与権が再び大学に移され、博士会制度も廃止された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一部の旧制専門学校においては、得業士の称号を付与するという制度もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 昭和中期 - 平成以降 ====&lt;br /&gt;
[[第二次世界大戦]][[降伏]]後、日本全体の制度改革によって学校教育法が制定され、学位令は廃止された。学位制度は、学校教育法（昭和22年法律第26号）とその施行省令である学位規則に基づくものとされた。戦後の学術環境の変化としては昭和22年には帝国学士院は[[日本学士院]]に改組されて現在に至っている。この改組によって帝国学士院恩賜賞は[[日本学士院恩賜賞]]に、同じく帝国学士院賞は[[日本学士院賞]]に改称された。この改組によっても日本学士院が文部省の置く研究機関であると同時に、研究者の間での支援機関、栄誉機関であることには変わりなく、同院の置く日本学士院賞は戦後の学術上の栄誉としては[[文化勲章]]、[[文化功労者]]に次ぐ栄誉として定着した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昭和28年には、学位規則（昭和28年4月1日文部省令第9号）が公布され、日本の学位において、それまでの博士の学位に加えて'''修士'''の学位が創設され、日本の学位は大きく2種類とされた。それ以降、日本の大学院は、修士課程・博士前期課程（標準修業年限2年)、博士後期課程（標準修業年限3年）となり、所定の単位を修得し、学位論文その他の要件を満たす者に対して博士または修士の学位が授与されるようになった。学術環境の面では昭和31年、日本学士院法が制定されることとなり日本学士院は[[日本学術会議]]からの分離独立がなされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
昭和61年には、価値観、生活環境の多様化と高齢化社会の到来に向けて生涯学習の必要性が高まり、大学のほかに学位を授与する機関の創設について検討することが提言された。これにより、平成3年に文部科学省の[[施設等機関]]として学位授与機構（現在の[[独立行政法人]][[大学評価・学位授与機構]]）が創設され、[[防衛大学校]]、[[防衛医科大学校]]、[[水産大学校]]、[[海上保安大学校]]、[[気象大学校]]、[[職業能力開発総合大学校]]や[[国立看護大学校]]の7[[大学校]]の卒業者や大学などで一定の学修を行った者に対して、学力の審査を経て、学位が授与されるようになった。また、日本の学術環境にも変化があり日本学士院において[[エジンバラ公賞]]が創設され、研究業績への更なる支援と顕彰がなされることとなった。また、平成3年における学校教育法の改正では、「学士の称号」が「学士の学位」に変更され、日本の学位は、'''学士'''の学位が加わって、学士、修士、博士の3種類となった。また平成3年の学校教育法の改正では、短期大学または高等専門学校を卒業した者に準学士の称号が付与されることとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平成6年には、文部省告示により、学校教育法にいう学校（学校教育法第1条の規定に基づく学校、[[1条学校]]）ではない[[専修学校]]の[[専門課程]]（[[専門学校]]）を修了した者にも専門士の称号を授与することとなった。さらに平成15年、高度専門職業人養成の観点から、法曹を養成する[[法科大学院]]を中心に、[[専門職大学院]]の設置が認められた。当初、専門職大学院は研究者の養成ではなく高度専門職業人育成の観点から、博士の学位でも修士の学位でもない第3の学位を創設しようという動きがあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その呼称決定における審議の過程で中国や韓国での修士の学位にあたる「碩士」（せきし）という名称で新たな学位を置くべきかという議論もあったが、最終的には第3の学位たるべき実務者のための学位は、学校教育法に「文部科学大臣が定める学位」として規定された上でそれぞれの分野における事情を踏まえて'''専門職学位'''と総称されることとなった。その上で具体的な名称については審議を経て、学位規則において[[法科大学院]]修了者には「[[法務博士|法務博士（専門職）]]」、その他の専門職大学院修了者には「○○修士（専門職）」という専門職学位を授与することとなった。とりわけ専門職学位の中では[[公共政策大学院]]で授与される[[MPP]]、[[公共経営修士|MPM]]の学位や、[[ビジネススクール]]（[[経営学]]大学院）の[[修士 (経営学)|MBA]]などが代表例である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
専門職学位が第三の学位である以上、博士、修士という表記はあくまで国際標準に照らした通用性を確保するために便宜的に通用しやすい呼称を採用したものであり、研究領域の大学院で授与する博士、修士とは概念を異にする。よって、専門職学位における博士、修士という区分は研究学位の博士・修士の差ほどはない。むしろ国際的には学術的分野においては法務博士（専門職）の学位は学術分野の修士の学位よりも下位に扱われることとなろう。これは専門職学位の期待するところがあくまで特定の分野や職業におけるキャリア形成であったり、スキルの向上を主眼としているからに他ならない。現在では、短期大学の卒業者にも国際的な基準に合わせて学位を授与についても検討が進められ、中央教育審議会の答申を経て、新たに「短期大学士」という学位を創設する法案が国会に提出されて、可決成立した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連事項 ==&lt;br /&gt;
* [[大博士]] -  [[博士]] - [[修士]] - [[専門職学位]] - [[学士]] - [[短期大学士]]、[[副学士 (香港)]]&lt;br /&gt;
* [[準学士]] - [[高度専門士]]- [[専門士]]&lt;br /&gt;
* [[名誉博士]] - [[得業士]] &lt;br /&gt;
* [[学位規則]] - [[学校教育法]]&lt;br /&gt;
* [[大学]] - [[大学院]]&lt;br /&gt;
* [[教育課程]]&lt;br /&gt;
* [[ディプロマミル]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.niad.ac.jp/ 独立行政法人大学評価・学位授与機構]&lt;br /&gt;
* [http://homepage3.nifty.com/reveal/daigaku.htm 知られざる米国学位事情] (関連情報リンク集)&lt;br /&gt;
* [http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/004/04091501/008/001.pdf 文部科学省： 中央教育審議会大学分科会大学院部会(第23回)：学位授与の促進に関する参考資料：我が国の学位制度の主な変遷について（PDF）]&lt;br /&gt;
* [http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/004/04091501/008/006.pdf 文部科学省： 中央教育審議会大学分科会大学院部会(第23回)：学位授与の促進に関する参考資料：諸外国における学位制度について（上級学位：大学院レベル）（PDF）]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:学位|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:称号|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:位階|かくい]]&lt;br /&gt;
[[Category:大学|かくい]]&lt;br /&gt;
[[Category:教育|かくい]]&lt;br /&gt;
[[Category:Wikipediaを出典とする記事]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Madaminumirai45</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E5%B0%8F%E5%AE%A4%E5%9C%AD&amp;diff=397173</id>
		<title>小室圭</title>
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				<updated>2022-03-02T23:54:43Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Madaminumirai45: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:小室圭1.jpg|300px|thumb|小室 圭]]&lt;br /&gt;
'''小室 圭'''（こむろ けい、[[1991年]][[10月5日]] - ）とは、[[眞子内親王]]の婚約者である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
* [[国立音楽大学附属小学校]]&lt;br /&gt;
:小室圭は10歳ごろに父親が他界し、菓子店にパート勤務していた母親が女手ひとつで育てた。自宅は[[横浜市]]にあったが、小中学校時代は国立にある学校に通学するために母子ともに国立市に移り住んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* カナディアン・インターナショナル・スクール&lt;br /&gt;
:中学校高校は東京の[[品川区]]に所在するカナディアン・インターナショナル・スクールに通学。同校は1988年設立の比較的新しいインターナショナルスクールで、カナダ式の教育プログラムを採用。&lt;br /&gt;
:入学の難易度は中程度だが、相当高い英語力を要求される。&lt;br /&gt;
:また他のインターナショナルスクール同様、学費が年間180万円、初年度納入金がおよそ270万円程度と学費が高く、母子家庭母親の収入だけでは通学は不可能であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[国際基督教大学]]教養学部アーツ・サイエンス学科 - 偏差値65&lt;br /&gt;
:高校卒業後は、国際基督教大学（ICU）の教養学部に進学。同大の入学試験は英語の成績に重点が置かれており高い英語力を求められるが、インターナショナルスクール出身だけあって英語は得意だった。&lt;br /&gt;
:在学中の[[TOEIC]]の点数も950点と、海外の一流大学に留学できるほどの高得点を記録（満点は990点）&lt;br /&gt;
:大学在学中の2010年には「湘南江の島 海の王子」として、イベントや観光キャンペーンに携わっている。&lt;br /&gt;
:同大在学中に眞子さんとは同級生になり、その後交際に発展。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
* [[三菱東京UFJ銀行]]&lt;br /&gt;
:大学卒業後は三菱東京UFJ銀行に就職し、丸の内支店に勤務。&lt;br /&gt;
:だが早期で銀行を退職し都内の法律事務所に転職し、海外での弁護士資格の取得を視野に入れている&lt;br /&gt;
:また[[一橋大学]]大学院国際企業戦略科に入学して、国際経営戦略や金融戦略、経営財務や経営法務なども学んでいる&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 『三菱東京UFJ銀行』の元同僚、職場での小室圭に感じた「違和感」 ==&lt;br /&gt;
「眞子さまは、10月28日に東京都江東区の有明コロシアムで行われた『全日本テニス選手権』の試合を観戦されました。得点が入るたびに感心したご様子で、熱心に拍手を送られていましたよ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
秋篠宮家の長女・眞子さまの近況をそう話すのは、とある皇室担当記者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
来年の秋ごろまでには、[[国際基督教大学]]（ICU）時代の同級生である小室圭さんと結婚する見通しで、10月23日に26歳の誕生日を迎えられた眞子さま。皇族として生活を送られるのは残り1年ほどとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「来秋に予定されているご結婚までは、一般の結納にあたる『[[納采の儀]]』をはじめ、皇室の慣例に従ったさまざまな儀式が続きます。正式に結婚したあとの眞子さまは、皇室を離れて一般国民と同様に住民登録、さらに選挙権なども与えられて、“夫”となる小室さんと生活をともにされる予定です」(皇室ジャーナリスト)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
小室さんは現在、[[一橋大学]]大学院で経営法務を学ぶ傍ら、'16年8月から都内の奥野総合法律事務所でパラリーガルとして勤務している。しかし一部では、すでに海外での仕事を探しているという報道もあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
《将来のことにつきましては宮さまとご相談しながら考えて参りたいと思います》&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
9月3日の婚約会見では、こう発言していたことからも、今の職場を離れる日も近いかもしれない。そんな小室さんは、現在の法律事務所に入所する前の'14年7月から2年弱の期間、大学卒業後に新卒社員として『[[三菱東京UFJ銀行]]』に勤務していたのだが、当時についての詳しい話は今までまったく報道されていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今回、かつて同じ職場で働いていたAさんが、小室さんの知られざる“銀行員時代”のエピソードを明かしてくれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「私は小室さんが入行してから数か月の間、同じ職場で働いていました。職場は[[千代田区]]内の丸の内支社で、いわゆる銀行業務をする支店ではなく、主に丸の内周辺にある会社を相手にしている法人営業の部署でした。丸の内支社に配属される新卒社員は、[[東京大学]]や[[京都大学]]、私立なら[[慶應]]や[[早稲田]]など高学歴が多く、英語などの語学が堪能な人が珍しくありませんでした」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中学・高校とインターナショナルスクール、大学はICUを卒業していて英語が堪能な小室さんも“エリート行員”として配属された。部員40名ほどの法人営業部では、担当になった会社相手に営業する日々だったという。充実した日々を送っていたのかと思いきや、Aさんによると、小室さんはほかの行員と“雰囲気”が異なっていたと証言する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「丸の内支社は優秀な行員が集まるところなので、基本的にモチベーションが高い人たちが多いのですが、小室さんからはあまり感じられませんでした。小室さんは他人と交流しない人で、例えば、トイレや廊下で会っても挨拶をせず、私と視線をあえて合わさないようにしているようでした。いま思えば、眞子さまとの結婚が決まっていたことで、親しくできないなどの事情があったのだと思います」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうAさんが話すように、小室さんは学生時代に眞子さまにプロポーズをしている。同僚と親しくすることで、交際が知られてしまう可能性を考慮していたのだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「あるとき、社内の食堂で小室さんを含めた部長や社員など10名ほどでお昼ご飯を食べる機会がありました。みんなで和気あいあいと話をしている中で、小室さんは会話に入らず、黙々と食事に集中していました。彼の家族や彼女、大学時代の話などをまったく聞いたことがなかったので、プライベートの情報をよほど言いたくなかったのでしょうね」(Aさん、以下同)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同僚とのコミュニケーションを控えていたことも関係してか、思わぬ“陰口”を叩かれていたことも……。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「ある日、彼の上司が“小室は英語ができるけど、業務のほうがあんまり……”と“嫌み”を言っていました。その上司が英語が得意ではなかったこともありますし、法人営業部では日本人を相手にすることが多く、英語を使う機会がないので、語学堪能なことで上司から反感を買うことがあるんです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
優秀であるがゆえに、小室さんもつらい思いをしていたのかもしれない。その一方で、新入行員ということで仕事上のコミュニケーションをうまくとれなかった時期もあったそう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「彼が書類の整理を頼まれた際に、私のデスク横の空いているスペースで何の断りもなくいきなり始めたときは驚きました。普通は“すみません、横の机使います”と、ひと言くらいあるものですから。さらに担当の会社を訪問する際には、支社が契約している運転手つきの車に乗せてもらうのですが、通常は事前に地図を用意して運転手と軽く打ち合わせをします。しかし、小室さんは地図を用意せず、打ち合わせもしようとしなかったので、運転手が困った様子だったのを見たことがあります」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
新人時代の小室さんは、こんな“ハプニング”の当事者になったこともあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「部内でクライアントとの重要書類が紛失したことがあったのですが、その会社の担当が小室さんでした。彼はその書類を女性行員に“渡しました”と冷静に主張していて、慌てる様子もない。女性のほうは“見当たらない”とパニックになって大泣きしてしまい、その日は部内全員でデスクやゴミ箱などを探すことになりました。担当だった小室さんは、もっと取り乱すのが普通なのに図太い人だと思いましたね」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局、書類の件は特別な手続きで対処したことで事なきを得たそうだが、Aさんの中には小室さんへの“違和感”がたまっていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 小室圭母子の致命的欠陥は贅沢とたかり体質 ==&lt;br /&gt;
各週刊誌は、結婚延期でなく中止だという流れだろうという各マスコミの報道もあってか、眞子様が抵抗されているとか、紀子さまとすきま風が吹いているとか、LINEで小室氏と連絡を取っているとか、すんなり辞退してくれないという小室氏に関係者がため息をついているとかいうものが多かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところで、この眞子様と小室氏との結婚がなぜ皇室にとっても困るし、眞子様にとっても不幸なものになりそうかといえば、小室氏の母親のトラブルとか、母親の信心をめぐる問題とか、父親と祖父の自殺とかも心配だが、根本的な問題は、経済的に元内親王として品格を保ち、期待される役割を果たしていっていただくことがいまのところ絶望的だと言うことだと思う。そこをもう少し考えるべきだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
眞子様は結婚されても皇室と関係なく庶民としての生活を送られるわけではない。テロや誘拐、変質者に狙われやすい立場だから、必要に応じてSPがついたりもするが、まず、それなりにセキュリティの高いお住まいに住んでもらいたい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
公務をされないとはいえ、宮中の行事や親戚とのお付き合いに呼ばれる。[[黒田清子]]さまでもそうだが、皇族や旧皇族関係の人が減っているなかで、[[伊勢神宮]]祭主とか準公的な名誉役職につくことが切実な問題として期待されているのだから、実家にそれなりの資産があって、配偶者もエリートサラリーマンとして程度の収入がないと成り立たないのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
黒田さんの場合は、[[学習院]]に子供の時から通っていたというのだからそれなりの資産があり、母親が住んでいるのもいわゆる億ションであり、都庁のエリート職員だから安定しているし、将来において黒田氏は皇室関係者としての仕事についてもこなせそうである。ただ、それでも、お子様がおられたら、庶民並みの教育というわけにもいかないだろうから、大変だったと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[昭和天皇]]の皇女が、[[東久邇]]、[[鷹司]]、[[池田]]、[[島津]]。[[三笠宮家]]が[[近衛]]、[[裏千家]]といったところと結婚されているのと比べれば大違いだ（これらの方も戦後はたいへん苦労されたが、これは異常事態のなかでの話だ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それと比べると、小室家は庶民的なマンションに住み、母親にはパート程度しか収入がなく、祖父を抱えている。そして本人はパラリーガルという[[弁護士]]のアシスタントだから、いまや弁護士でも過剰で生活苦と言われるなかで、大企業サラリーマンのように将来の年功序列での昇給が望める仕事でない。そして、かつて勤めていた銀行でも現在の事務所の関係者からも、残念ながらあまり有能という評判は聞こえてこない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なかには、アメリカに夫婦で留学して[[MBA]]でもとったらという提案をする人もいるが、その原資は眞子様に税金から支払われるであろう1億6000万円の一時金から出すしかなさそうである（支援者をみつけるという手もあるがろくなことはあるまいし、皇室関係者がそういうことをすることは好ましくもない）。当然、住むところもこの一時金、目当てになるだろうから、1億6000万円は最初の数年で使い果たしてしまいかねない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
眞子さまも働けばという人もいるが、少なくとも、これまでのところ、キャリアウーマンとしてバリバリ仕事をするというようには育てられないし難しいのではないかという人が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そこで、公務を引き続きしていただいて給与を払う仕組みをつくってはだが、それは、配偶者に少なくとも普通のエリートサラリーマン程度の収入と実家のことを心配する必要はない程度の資産があるならそれでやっていけるだろうが、小室氏の場合には当てはまらない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかも、小室氏やその母親が実直で簡素な生活をしてきたのかといえば、まったく違う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自殺した公務員に残された母子家庭が、祖父が父親の後追い自殺したがゆえに手に入った少しの遺産、住宅ローンについていた生命保険でそのまま住めたマンション、わずかばかりの遺族年金、それに母親のパート収入という状況で、インターナショナル・スクールに通い、都内の私立大でも授業料が高いICUに入り、自宅通学が無理なのでやはりかなり高額といわれる寮に入り、アメリカに私費留学し、アナウンス学校に通いといった、かなりの高所得者でも躊躇する超贅沢な学業をしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当然に背伸びしているので、母親が金回りのよい男性と婚約して、必要金額以上の金を無心していたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もし、小室氏が同様の家庭環境で、公立高校から国公立大学に進み、アルバイトしながら大学を出て、語学も工夫しながらエコノミーに学び、まっとうな就職をしているというなら、それでも眞子様との結婚がなんとかうまくいくように工夫し応援したいが、小室氏母子の過去の行状からすれば、そんな気も起きない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに、これからも母子ともに経済的なサイズに合わない贅沢な生活をし、おねだりをすることもありうると予想しても失礼ではあるまい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、どう考えても1億6000万円を当てにせざるを得ないし、それも早々に使い切りかねない客観状況である。そして、そもそも、税金から払われる一時金が、母子の非常識な生活を支えることを想定したものでなく、元皇族としての品格を保ち、準公務のようなこともこなしていただくことが目的であることを考えれば、支出の正当性も問われるのではなかろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そうなれば、一時金制度の見直しも視野に入れた議論が必要になってくるのではないかと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 眞子さまと小室圭さん、水面下に破談のシナリオ。宮内庁を決意させた「小室家の新興宗教」 ==&lt;br /&gt;
眞子さまと“海の王子”小室圭さんとの結婚延期。その水面下では、破談へのシナリオが描かれている。宮内庁にそれを決意させたのは、小室家と新興宗教との関わりが大きかったという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
去る2月6日、明らかとなった眞子さま（26）と小室圭さん（26）の「結婚延期」。この発表は世間を驚かせた以上に、秋篠宮家のみならず皇室の深いトラウマとなりそうだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
圭さんの父と祖父が相次いで不幸な亡くなり方をしていたこと、母・佳代さん（51）と元婚約者との間に430万円を超す金銭トラブルがあること、佳代さんがある時期に霊媒師に心酔していたという事実、祖母・角田八十子(かくたやそこ)さん（故人）と新興宗教の関係……。お二人が婚約内定の記者会見をされた昨年9月からこちら、そういった内情が報じられてきたのはご存じの通りである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一連の報道が宮内庁に「延期」を促し、と同時に、延期とは名ばかりの穏やかな破談に向けて台本が綴られ始めたのが、2月6日ということになる。皇室ジャーナリストの山下晋司氏は宮家の苦悩を慮るようにして、こう話す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「皇室経済法第6条にある通り、たとえご結婚で皇籍を離れるとしても、皇族であった方々には品位の保持に努めていただくという趣旨から、一時金（今回は約1億5000万円）が支給されることになっています。難しいのは、この『品位』とは何だろうかということ。究極的には、多くの国民の目から見て、皇族の地位にあった方にふさわしい振舞をされていると判断できるか否かなのだと思います」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
宮内庁の関係者によると、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「借金と、その『ふさわしい振舞』は両立しないということになる。だから破談に向けて進み始めたわけです。あと、カネの問題と同じか、ひょっとしたらそれ以上に、新興宗教や霊媒師の存在を宮内庁は恐れたんでしょう」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この点、前出・山下氏は、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「信仰の自由は憲法が保障するところです。結婚相手やその家族が宗教に関わっていたからと言って、一概に悪いと決めつけることはできません。ただ、その宗教の性質、その宗教との関わり方が、多くの国民が眉をひそめるような類であれば、問題がないとは言えないのだろうというふうに思います」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
とし、結局は品位の問題に行き当たると指摘するのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
佳代さんの実家・角田一家が40年以上前に暮らしていたのは神奈川県藤沢市である。当時を知る近隣住民によると、「同じ藤沢市の片瀬から越してこられました。(圭さんから見て)曾祖父母、祖父母、佳代さん、その弟の6人住まいだったようです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
6畳ひと間とも言われる間取りでの生活は、決して裕福ではなかったことの証左だ。そんななか、佳代さんの母・角田八十子さんは病気と闘っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「彼女は若いころから[[リウマチ]]にかかって、例えば風呂に独りで入れず、家族に助けてもらうような状態だったんです」と、事情を知る関係者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「メンタルの方も辛かったのでしょう。『[[大山ねず命神示]](おおやまねずのみことしんじ)教会』という宗教に救いを求めた。この教会については、当時この地域でかなり流行っていて入信している家が多かったこともありますね」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[横浜市]]に本部を置く[[大山ねず命神示教会]]は、[[稲飯定雄]]を教祖とする新興宗教である。1946年――。医師から喉頭がんを宣告されて苦しむ稲飯の枕元に女神が現れた。その女神の言う通り、一心不乱に「大山ねず命」と稲飯は連唱。その結果、神の使者としての力を授けられ、布教活動を開始した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
時代が下り、信者およそ80万を擁するこの教会を一躍有名にした不名誉な出来事がある。87年、藤沢市で起ったバラバラ殺人事件だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
取材をした記者によれば、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「男と女が、ミュージシャンの男を殺して死体を解体した猟奇的な一件です。のこぎりで胴体から頭を切断し、腹部を切開して内臓を取り出す。その内臓は塩で揉んで数センチ角にしたりと、3日3晩、不眠不休で切り刻んで行った。“取り憑いた悪魔を祓うため”というのが、この『儀式』に至った理由ですね。女は被害者の妻、男は被害者の従兄であるほか、3人は共に教会の信者だった。事件の数年前に脱会してはいますが……」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局、八十子さんも、この事件をきっかけに脱会するに至ったという。ともあれ、当の教会に、小室一家が信者であるか否かについて尋ねると、「信者籍の有無については一切確認ないし回答いたさないこととしております」という答えが返ってきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
続いて、[[霊媒師]]について話してくれるのは、一時、小室佳代さんと圭さんとが毎日のようにやってきていた[[喫茶店]]のオーナーである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「彼女が“とってもいい人がいるから、今度連れてくる”と言って、占い師だか霊媒師みたいな女を連れて店に来た。店に入るなり“私が見た場所と同じだ”とか言い出したんです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
透視や予知夢の類を口にした恰好だが、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「店の片隅を指差し、佳代さんに向かって“ほら、そこにお父さんが来てるよ、こっち見て笑ってる”なんて言う。お父さんってのは亡くなった旦那さんですよ。佳代さんを完全に操っている印象を受けました。佳代さんと同じくらいの歳に見えたから、当時30代くらいかな。あの[[霊媒師]]の言うことを聞いて生活してるという感じでしたよ」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
更に、このオーナーは、“ある相談事”に触れて、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「佳代さんの旦那さんが亡くなったすぐ後に、旦那さんのお父さんも後を追うようにして亡くなりましたよね。そのせいで、旦那さんの実家と関係が悪くなった。圭君には土地や財産をもらう権利があるのにそうならないし、かと言って[[弁護士]]を雇うお金もないんだと。そんな状況で私に対し、“代わりに旦那の実家に行ってもらえないか”と相談をしてきたんです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
長年通ってくれた常連であり、同情する気持ちも強かった。だから、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「快く引き受けました。慣れないスーツを着て、菓子折りに[[鳩サブレ]]を持って旦那さんの実家に行きました。実家からしても、どこの誰だかわからないヤツが来ても困るだろうから、佳代さんに委任状みたいなものを書いてもらった上で。佳代さんの言い分を伝え、財産について交渉して帰ってきたんです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それからしばらくして……佳代さんが来店し、&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「いきなりカネが入った封筒を差出し、“今回のことについては、もう首をつっこまないでくれ”と言ってきた。幾ら入ってたかはわかりませんが、せいぜい1枚か2枚でしょう。わざわざ話し合いに出掛けて、挙句にそんなことを言われたら心外ですよ。とにかく封筒を突き返して“もう二度と来ないでくれ”って言って帰ってもらった。それ以来、一切交流はないです」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{デフォルトソート:こむろ けい}}&lt;br /&gt;
[[Category:一橋大学出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:国際基督教大学出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:横浜市出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1991年生]]&lt;br /&gt;
[[Category: 三菱UFJフィナンシャル・グループの人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:☁]]&lt;br /&gt;
[[Category:農]]&lt;br /&gt;
[[Category:Tc79929]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Madaminumirai45</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E6%B2%BC%E7%94%B0%E9%9B%84%E4%BB%8B&amp;diff=397172</id>
		<title>沼田雄介</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E6%B2%BC%E7%94%B0%E9%9B%84%E4%BB%8B&amp;diff=397172"/>
				<updated>2022-03-02T23:52:11Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Madaminumirai45: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:沼田雄介1.jpg|300px|thumb|沼田 雄介]]&lt;br /&gt;
'''沼田 雄介'''（ぬまた ゆうすけ、[[1994年]] - ）とは、[[埼玉県]][[入間市]]の[[通り魔]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 学歴 ==&lt;br /&gt;
入間市立東町小学校卒業→入間市立東町中学校卒業→城西大学付属川越高等学校中退→日本文化大学法学部法学科中退&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 路上で女子大生殺害、男を緊急逮捕(2014年10月) ==&lt;br /&gt;
[[Image:沼田雄介2.jpg|300px|thumb|佐藤 静香さん]]&lt;br /&gt;
15日夜遅く、埼玉県入間市の路上で、21歳の[[女子大学生]]が血を流して死亡しているのが見つかり、警察は、出頭してきた20歳の大学生の男を殺人の疑いで緊急逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
15日午後11時頃、入間市豊岡で「女性の悲鳴が聞こえた」と通報があり、警察官が駆けつけたところ、路上で近くに住む大学生・佐藤 静香さんが血を流して死亡しているのを発見した。佐藤さんは後ろから刺されたとみられ、背中や腹に刺し傷が複数あった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察は殺人事件として捜査していたが、16日未明、近所に住む大学生・沼田 雄介が狭山警察署に出頭し、犯行を自供したため、緊急逮捕した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沼田と佐藤さんとの間に面識はないとみられ、警察は詳しい経緯を調べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
男は[[日本文化大]]、女は[[大東文化大]]の[[Fランク大学]]同士。。また、沼田は地元の[[消防団]]に所属し、知人によると、将来は[[警察官]]になりたいと話していたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察は、計画的な犯行の可能性もあるとみて調べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 埼玉の女子大生刺殺事件「誰でもよかった」逮捕の男が供述 ===&lt;br /&gt;
[[Image:沼田雄介3.jpg|300px|thumb|佐藤 静香さん]]&lt;br /&gt;
埼玉県入間市豊岡の路上で15日夜、近くに住む私立大3年、佐藤静香さん(21)がナイフで刺され殺された事件で、逮捕された私立大2年、沼田雄介が[[埼玉県警]]の調べに、「[[コンビニ]]から出ててきた女性についていった。誰でもよかった」などと話している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
県警によると、佐藤さんと沼田は別の大学に通っており、交際関係はなかったとみられる。通り魔的な犯行の可能性もあるとみて県警で動機などを調べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 入間・女子大生刺殺 ナゾ深まる「誰でもよかった」の動機 ==&lt;br /&gt;
[[Image:沼田雄介4.jpg|300px|thumb|沼田 雄介]]&lt;br /&gt;
埼玉・入間市の[[大東文化大]]3年、佐藤静香さん(21)刺殺事件の最大の謎は動機だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「(佐藤さんの)アルバイト先のコンビニからつけて、いきなり後ろから背中を刺した」「誰でもよかった」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
16日、県警に殺人容疑で逮捕された日本文化大２年の沼田雄介(20)は、そう供述している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「沼田は静香さんについて、＜見かけたことがある程度＞と話している。2人は同じ入間市豊岡に住んでいますが、今のところ接点は見当たりません。ただ気になるのは、沼田が、静香さんの胸や背中など10カ所以上もナイフで切りつけていること。＜誰でもよかった＞という割に、執拗すぎる感じがしますね」(捜査事情通)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
刹那的な通り魔殺人という見方には、沼田を知る近隣の男性も首をかしげる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「雄介くんのお父さんは会社員、お母さんは専業主婦、弟さんと4人暮らしで、ホントごく普通の家庭なんです。雄介くんは地元の小中とサッカー部で、ゴールキーパーをやっていた。『うまい』と評判で、友達も大勢いた。奇行? 聞いたことがない。通り魔殺人的な事件を起こすタイプとは思えません」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
別の近隣住民も、こう口をそろえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「高校は一度中退したそうですが、中学時代から[[警察官]]になるのが夢で、警察官の採用率が高い大学に進学した。地元の消防団にも参加するなど、まじめなところがあるんです。一時期、太っていましたが、大学に入ってから急に痩せてイケメンになった」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近所の評判は悪くないのだが、沼田の友人の証言は気になる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「(沼田は)今年1月にカノジョと別れたんですが、その後、しばらく[[ストーカー]]みたいにつきまとっていました。大学の人間関係はうまくいってなかったみたい。大学を辞める辞めないで、家族と揉めたそうです。2カ月ぐらい前かな、＜コンビニにかわいいコがいるんだよね＞と話してたのを覚えてます。3週間前に会った時には悩んでいる様子で、ほとんどメシも食ってないようでゲッソリしてました」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
静香さんは3週間ほど前から、「誰かにつけられている気がする」と、周囲の友人に漏らしていたという。本当に「誰でもよかった」のか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 入間女子大生殺害事件。勤務先から自宅まで200メートル ==&lt;br /&gt;
入間市の女子大学生佐藤静香さん(21)が15日夜に殺害された事件。佐藤さんはアルバイトしていたコンビニ店から帰宅する途中だった。コンビニ店と自宅は約200メートルという距離。近隣住民やアルバイト先の店員からは「夢があっただろうに」「優しい子だった」と悲痛な声が相次いだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
15日午後10時すぎに女性の叫び声を聞いたという近所の女性(63)は「あんなに明るくていい子がなぜ。将来の夢もあったろうに」と涙を流しながら語った。パトカーのサイレンを聞いて家の外に出ると、佐藤さんの母親がいたという。「そのときは『娘がアルバイトから帰っておらず、携帯電話もつながらない』と心配していた」と話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
殺人で逮捕された大学生の沼田雄介(20)の自宅も現場に近い。容疑者は今年1月から入間市消防団の地元分団に入っていたといい、分団長は同市を通じ「礼儀正しく、好青年。会合などの無断欠席は一切なく、休む場合は連絡があった。話し方は穏やかだった」とコメントした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
容疑者がアルバイトしていたという同市内の酒店従業員は「おとなしい子。信じられない」と驚いた様子。今年夏までの約1年半、この店で働いており、この従業員は「7月に突然、無断欠勤をするようになり、辞めることになった。理由は分からない」と話した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 容疑者、被害者女子と知人で食事。フラれた腹いせで犯行か? ==&lt;br /&gt;
埼玉県入間市で、女子大学生が殺害され男が逮捕された事件で、女子大学生には数十か所の刺し傷があることが分かった。男は「誰でもよかった」と話しているが、ある知人は2人は面識があったと証言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沼田は、佐藤さんについて「コンビニの店員とは知っていたが、面識はなかった」「たまたま彼女がコンビニから出てきたので、あとをつけて刺した」「殺すのは誰でもよかった」と供述。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、佐藤さんの友人は「2人は面識があったはずだ」と話す。友人によると、2人が知り合ったのは3か月ほど前。そして2か月ほど前には、この友人と佐藤さんと沼田の3人で食事をしたという。21歳の女性の命を突然奪った沼田。なぜ、このような犯行に及んだのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
沼田は現在大学2年生。警察官を目指し、大学で勉強していた。しかし、友人が先月会った際、将来についてひどく悩んでいたという。双方を知る友人「(沼田について)学校やめるどうのこうのみたいな話。ご飯食べなかったですよ、食欲ない感じで。進路に関しても(家族と)意見の食い違いっていうか、投げやりになっているような。学校内のトラブルも少しあったんじゃないですか」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本文化大2年、沼田雄介(20)の自室から、人の死に関する本が複数見つかった。県警は、沼田が死に強い興味を持っていたとみて事件の経緯を調べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本は県警の家宅捜索で発見された。沼田は警察官を目指しており、警察官採用試験の本の隣に、人が死んだらどうなるかを記述した本や、過去の凶悪事件をまとめた本などがあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また「もやもやして、鬱憤を晴らしたかった」と供述していることも判明。凶器の刃物は「1週間前、東京都内で買った」と説明しているという。県警は現場付近で殺傷能力の高いコンバットナイフを押収しており、強い殺意を抱き事前に準備していたとみている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしその後、被害者と加害者の間には面識がなかったことが発覚。2人に面識があったと語った友人は、佐藤さんの顔はおろか、名前すらもあやふやだったと一部で報道されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 沼田被告、控訴しない方針「本人の意向」(2015年10月) ==&lt;br /&gt;
[[さいたま地裁]]([[片山隆夫]][[裁判長]])の[[裁判員裁判]]で無期懲役の判決を言い渡された、元大学生の沼田雄介被告（21）側が控訴しない方針を固めたことが[[2015年]][[10月20日]]、分かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[検察]]側は無期懲役を求刑し、弁護側は懲役18年が相当と主張していた。地裁は[[10月7日]]、「[[刑務所]]に入って人生をリセットしようとした動機は極めて身勝手」などと求刑通り無期懲役の判決を言い渡していた。控訴期限の22日を前に、沼田被告の[[弁護士]]が取材に明らかにした。弁護士は「本人(沼田被告)の意向のため」としている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ぬまた ゆうすけ}}&lt;br /&gt;
[[Category:2014年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:入間市の歴史]]&lt;br /&gt;
[[Category:無差別殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の殺人犯]]&lt;br /&gt;
[[Category:Fランク大学]]&lt;br /&gt;
[[Category:埼玉県出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1994年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:存命人物]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Madaminumirai45</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%BC%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%81%95%E3%82%93%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6&amp;diff=397082</id>
		<title>リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件</title>
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				<updated>2022-02-23T05:22:01Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;Madaminumirai45: /* 事件直後の捜査 */&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件'''（リンゼイ・アン・ホーカーさんさつがいじけん）は、[[2007年]][[3月]]に[[日本]]の[[千葉県]][[市川市]]において、英会話学校講師'''リンゼイ・アン・ホーカー'''（英表記：''Lindsay Ann Hawker ''、[[イギリス|英国]]籍、当時22歳）が[[市橋達也]]（当時28歳）に殺害された殺人事件の一般名称。 正式な事件名としては、「'''市川市福栄における英国人女性殺人・死体遺棄事件'''」と呼称される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 事件の概要 ==&lt;br /&gt;
=== 事件発生 ===&lt;br /&gt;
[[2007年]][[3月26日]]、被害者と同居していた女性から行方不明の相談を受けた[[千葉県警察]][[船橋警察署]]員が、被害者宅を捜索。市橋の電話番号・メールアドレスと、被害者の似顔絵を描いたと思われるメモを発見し、市橋宅の家宅捜査に急行した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日午後9時40分ごろ[[千葉県]][[市川市]]の市橋宅（マンション4階）に生活安全課と刑事部の署員数人が到着した&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;&amp;gt;[http://www.iza.ne.jp/news/feature/6770/ 市橋被告初公判]　産経新聞　2011年7月5日&amp;lt;/ref&amp;gt;。市橋は部屋から出てきてマンションの共用廊下で応対しようとした&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。捜査員が部屋に入ろうとすると、市橋は非常階段を駆け下りて同マンション裏の駐車場を経て[[東京地下鉄東西線|東京メトロ東西線]][[行徳駅]]方面に逃走した。予め逃走を防ぐ為に非常階段などにも捜査員が配置されていたが&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;、取り逃がす結果となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同日午後10時ごろ、捜査員は、市橋宅のベランダに置かれていた浴槽の内部で、全裸様の前傾[[座位]]で土に完全に埋められた被害者の遺体を発見した&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逃走後の市橋はしばらく近隣の住宅地の物陰に潜んでおり、そこで探索中の捜査員に発見されて一旦[[羽交い絞め]]にされるが、ここでも逃走することに成功している&amp;lt;ref name=&amp;quot;taihokiroku&amp;quot;&amp;gt;逮捕されるまで　空白の2年7カ月の記録 幻冬舎 2011年1月26日　初版　ISBN 978-4-344-01941-6&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 事件直後の捜査 ===&lt;br /&gt;
* 千葉県警察[[行徳警察署]]は、市橋逃走の翌日、[[警察犬]]を投入して臭覚追跡を行ったところ、東京メトロ行徳駅付近で警察犬が感知し得る市橋の臭気が途絶するとともに、同駅付近において市橋が着用していたと見られる衣類（靴下）が落下しているのを確認した。&lt;br /&gt;
* 市橋は[[死体遺棄]]容疑で指名手配された。千葉県警行徳警察署捜査本部の捜査により、市橋と被害者の両名は被害者が所属していた英会話学校のプログラムとは無関係な個人的レッスンに合意していたことが判明した。&lt;br /&gt;
*市橋は2005年3月に[[千葉大学]]を卒業した。大学では植物や公園のデザイン、建築について学んだが、卒業後は就職していなかった。当時、海外の大学院に進学する為に市橋は英語の勉強をしていた。&lt;br /&gt;
* 被害者のルームメイト（カナダ人）の証言により、3月20日、市橋が千葉県市川市の東京メトロ行徳駅の改札前広場で被害者に声をかけ、その後被害者宅まで押しかけて、似顔絵を書く、メールアドレスを聞くなどした。その後数回のメールの交換を行い、3月25日に英会話レッスンを1回3500円でする約束をした。&lt;br /&gt;
* 3月25日午前9時には市橋と被害者が、英会話レッスンを行うために行徳駅前の喫茶店に来店した様子が防犯カメラに映っている&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。レッスンの終盤、市橋はレッスンの代金を忘れたことを明かし、2人はタクシーで市橋の自宅にお金を取りに行くために移動した。9時54分、自宅マンションのエレベーターの監視カメラに2人が映っているのが確認されている&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。市橋宅に入ったところで被害者を押し倒し、結束バンドなどで拘束して暴行した&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。その後取り外し可能な浴槽を和室に置き、被害者を入れて監禁した&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。監禁中には、拘束を解くように要求する被害者を殴りつけるなどしている。24時ごろには、当時交際中の女性に1週間ほど会えないとメールで連絡している&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。翌3月26日2～3時頃、手の拘束を解いて被害者が逃亡しようとしたため頚部を圧迫して窒息死させた&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。被害者の死亡後、ホームセンターで、赤玉土56リットル、園芸土50リットル、シャベル1個、発酵促進脱臭剤2個、脱臭剤2個、苗木1本を購入している&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。ベランダに浴槽と遺体を移動させて、購入した土を投入した&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。捜査員が訪れたのは、その日の夜であった。&lt;br /&gt;
* 司法解剖の結果、死因は、頚部を圧迫したことによる[[窒息死]]と判断された&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。頚部を圧迫されたために2箇所の[[舌骨]]骨折を伴っている。また右眼窩下と左頬部に、殴打痕とみられる皮下出血が確認された&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。部屋のゴミ袋からは、市橋のDNAと一致する体液が入った避妊具が発見され、避妊具の外側には被害者の細胞が認められた&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 懸賞金による情報公開 ===&lt;br /&gt;
千葉県警行徳警察署捜査本部は、当初100人体制をとっていたが、のちに150人体制に捜査強化し、手配ポスターも3万枚余作成された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
後にこの事件は「[[公的懸賞金制度]]」の適用を受け、捜査特別報奨金の上限を100万円として、別の4事件と共に[[懸賞金]]が掲出された&amp;lt;ref&amp;gt;官報（2007年6月29日 号外142号 捜査特別報奨金に関する公告）に掲載。&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite press release&lt;br /&gt;
 | title = 捜査特別報奨金に関する公告（平成19年6月29日官報掲載）&lt;br /&gt;
 | publisher = [[警察庁]]&lt;br /&gt;
 | date = 2007-06-29&lt;br /&gt;
 | url = http://www.npa.go.jp/reward/contents02.html&lt;br /&gt;
 | accessdate = 2007-06-30&lt;br /&gt;
 | archiveurl = http://web.archive.org/web/20070704060817/http://www.npa.go.jp/reward/contents02.html&lt;br /&gt;
 | archivedate = 2007-07-04&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。これを受け、同年[[6月29日]]、被害者遺族が[[駐日英国大使館]]において[[プレスリリース|記者会見]]を開催し、市橋逮捕とその契機となる情報提供を広く訴求するとともに、新たに製作された手配ポスター約6000枚を配布し、その後も市橋の捜索に関してしばしばコメントを寄せた。後に、報奨金額は、1000万円まで引き上げられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2008年]][[3月13日]]、千葉県警察行徳警察署捜査本部は、市橋が茶髪で眼鏡をかけた姿と[[女装]]姿の2つのイメージ画像を掲載した手配ポスターを新たに公開し、A3版を約4000枚掲示するとともに、A4判チラシ約3万枚をホテルや駅などで配布した。さらに2008年[[3月18日]]には、市橋が記した被害者の似顔絵付きのメモと、市橋の遺留品であるリュックサックや靴・靴下の写真を公開している&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news &lt;br /&gt;
 |url = http://www.47news.jp/CN/200803/CN2008031801000740.html&lt;br /&gt;
 |title = 証拠品をＨＰ上で初公表　千葉、英女性死体遺棄事件&lt;br /&gt;
 |newspaper = [[共同通信]]&lt;br /&gt;
 |date = 2008-03-18&lt;br /&gt;
 |accessdate = 2012-06-08&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[10月24日]]、イギリス紙『[[タイムズ]]』が「警視庁は市橋が[[自殺]]したと断定した」という記事を掲載したが、同日、[[佐藤勉]][[国家公安委員長]]が記者会見席上で市橋自殺について否定した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news &lt;br /&gt;
 |url = http://www.47news.jp/CN/200810/CN2008102401000320.html&lt;br /&gt;
 |title = 市橋自殺報道を全面否定 公安委員長、英紙記事で&lt;br /&gt;
 |newspaper = [[共同通信社]]&lt;br /&gt;
 |publisher = [[47NEWS]]&lt;br /&gt;
 |date = 2008-10-24&lt;br /&gt;
 |accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 被害者の家族の活動 ==&lt;br /&gt;
被害者の家族は、単独あるいはイギリスのマスコミと一緒に何度も訪日し、事件現場に慰霊に通ったり、駅でのビラ配りを行い市橋逮捕への協力を訴えた。2007年[[6月27日]]には専用サイトを立ち上げ、市橋の顔を印刷したTシャツをネット販売するとともに、事件の風化を防ぐため繰りかえしマスコミへの出演を行った。捜査協力はあらゆる方面に及び、イギリスのメディア『Mail Online』は、父親が日本のマフィア、つまりヤクザにも接触し、市橋探しの捜査を依頼していたと報道した&amp;lt;REF&amp;gt;[http://news.livedoor.com/article/detail/4453812/ 殺害されたイギリス人女性の父親がヤクザに市橋市橋の捜査を依頼]&amp;lt;/REF&amp;gt;。当時のグレアム・フライ駐日英大使も2007年4月1日、東京都内で記者会見を行い、市橋逮捕への協力を求め、家族の活動を支援した。[[テレビ朝日]]『[[奇跡の扉 TVのチカラ]]』（2007年[[6月30日]]放送）において[[特別番組]]が編成され、来日中の被害者両親も出演して、日本国内に広く情報提供を求めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 加害者の逃避行 ==&lt;br /&gt;
{{単一の出典|section=1|date=2011年7月}}&lt;br /&gt;
市橋は逃走開始直後に靴と靴下、上着を紛失したが、ゴミ捨て場からサンダルと上着を入手した。所持金は5万円程度であった&amp;lt;ref name=&amp;quot;taihokiroku&amp;quot;/&amp;gt;。自家用車を所有する当時交際中であった女性に公衆電話から連絡を取って共に逃亡することを依頼しようとしたが、女性が通話中だったために実現しなかった&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
逃走初日のうちに放置自転車や電車を利用して、[[市川市]]の自宅から[[上野]]経由で[[秋葉原]]まで移動し、途中立ち寄った[[東京大学医学部附属病院]]の障害者用トイレで、人相を変えるために鼻翼を左右から縫い縮める自己整形手術を行っている&amp;lt;ref name=&amp;quot;taihokiroku&amp;quot;/&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;kohan6&amp;quot;&amp;gt;[http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/517607/ 市橋被告第６回公判（３）千葉→青森→四国の遍路道　整形は自分でも]&amp;lt;/ref&amp;gt;。後にホクロを自らカッターナイフで切り落とし、下唇を小さくするためにハサミで切っている&amp;lt;ref&amp;gt;市橋、自分で下唇切る整形手術…ハサミで　『読売新聞』2011年 1月26日(水)11時49分配信&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後は[[埼玉県|埼玉]]、[[群馬県|群馬]]、[[茨城県|茨城]]などの[[北関東]]周辺を放浪し、[[熱海]]を経て[[静岡県]]の[[駿河湾]]付近まで南下した後に[[青森県]]まで北上することを決める。事件前に[[福岡県]]の知人宛てに近々遊びに行く旨のメールを送信しており、パソコンの記録解析によって南方への逃亡が察知される危険性を考えた行動であった&amp;lt;ref name=&amp;quot;taihokiroku&amp;quot;/&amp;gt;。東京から[[新潟県|新潟]]を経て青森まで移動したが、青森駅前公園で1週間ほど寝泊りするうちに青森の経済状況がよくないことを感じ取り、働いて生活するために[[大阪市]][[西成区]]の職業安定所を訪れた。ここでは職に就くことはなく、すぐに[[岡山県]]を経由して[[四国]]に移動した&amp;lt;ref name=&amp;quot;taihokiroku&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
四国では[[香川県]][[高松市]]から徒歩で[[徳島県]]～[[高知県]]～[[愛媛県]]とお遍路を歩いた。これは贖罪の意味があったとしている&amp;lt;ref name=&amp;quot;kohan6&amp;quot;/&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;taihokiroku&amp;quot;/&amp;gt;。一方で「逮捕されればさらしものになる」「指名手配されると、自首しても減刑にならない」と自主的な出頭は考えていなかった。お遍路の先々にも手配写真が掲載されているのを見て、このままでは逮捕されるのは時間の問題と考え、[[無人島]]での生活を考え始める。高知の図書館で無人島について調べ、滞在地として[[沖縄県]]の[[オーハ島]]を選択した&amp;lt;ref name=&amp;quot;taihokiroku&amp;quot;/&amp;gt;。お遍路を途中で止め、[[松山港]]からフェリーで[[別府港]]に移動し、その後[[鹿児島県]]を経て沖縄に渡った&amp;lt;ref name=&amp;quot;taihokiroku&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
初回のオーハ島渡航は準備不足で1週間ほどで頓挫した。資金が尽きた市橋は、沖縄本島の建設現場で偽名で働き金を稼いだ&amp;lt;ref name=&amp;quot;taihokiroku&amp;quot;/&amp;gt;。沖縄での経験で、市橋はオーハ島と大阪での住み込み労働を繰り返す生活スタイルを考案した。住み込みでの仕事は解体現場や建設現場を選んだ。他にも船に乗る仕事や風俗に女性を派遣する仕事などをしないかと誘われたが市橋は断っている&amp;lt;ref name=&amp;quot;taihokiroku&amp;quot;/&amp;gt;。勤務態度は良好であったが、宿舎の近くに警察らしい車両が止まっていたりすると、身近に捜査が及んでいるのではないかと疑い、所持物を部屋に残したまま逃げ出すことを繰り返した&amp;lt;ref name=&amp;quot;taihokiroku&amp;quot;/&amp;gt;。2008年春には自宅の近隣に所在し、卒業論文のテーマであった[[東京ディズニーランド]]を訪れている&amp;lt;ref name=&amp;quot;taihokiroku&amp;quot;/&amp;gt;。住み込み労働で得た貯金で、2008年10月23日と24日に名古屋の形成外科にて眉間の形成手術を受けた&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== オーハ島での生活 ===&lt;br /&gt;
市橋は、逃亡中に沖縄県の[[沖縄県]][[島尻郡]][[久米島町]]の[[オーハ島]]を4回訪れており最長で3ヶ月ほど滞在した&amp;lt;ref&amp;gt;市橋被告が逃亡生活手記に 『[[報知新聞社]]』 2011年1月25日&amp;lt;/ref&amp;gt;。最初の滞在では海岸近くの岩場に当初潜伏していたが、2回目以降の滞在は海岸近くのコンクリートブロック造りの小屋に移動した&amp;lt;ref&amp;gt;リンゼイさん事件の市橋被告「本に書きたい」読売新聞2011年 1月24日(月)10時27分配信&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;リンゼイさん殺害事件　市橋被告、潜伏の沖縄の離島について図書館やネットで調査 フジテレビ系（FNN）2011年 1月24日(月)12時14分配信&amp;lt;/ref&amp;gt;。オーハ島は[[ダイビング]]スポットや海水浴としては人気があったが、当時居住していたのは70歳代の男性が1人であった。隣の[[久米島]]で仕事を探したが適当な仕事がなく、自給自足の生活をしていた。最初の滞在は準備不足で魚釣りも満足にできず食料調達に失敗し1週間で頓挫した。オーハ島から沖縄本島に戻るときにはフェリーの代金が足りず[[不正乗車#.E3.82.AD.E3.82.BB.E3.83.AB|キセル]]をして職員に捕まっているが、事件の市橋とは察知されず放免されている&amp;lt;ref name=&amp;quot;taihokiroku&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2回目以降の滞在では図書館でサバイバルに関して調査し、魚や蛇、[[ヤシガニ]]を食べたり、野菜を栽培するなどして生活した&amp;lt;ref name=&amp;quot;taihokiroku&amp;quot;/&amp;gt;。飲料水は[[奥武島]]に泳いで渡り、1週間分の飲料水をペットボトルに積めて持ち帰るなどした&amp;lt;ref name=&amp;quot;taihokiroku&amp;quot;/&amp;gt;。燃料となる薪は流木が豊富に得られたので困ることはなかった。逮捕されたときも、この島を目指して移動途中であった。初公判で市橋は、もはや逃げ切れないと思い、オーハ島の小屋で死のうと思っていたと供述した&amp;lt;ref name=&amp;quot;kohan6&amp;quot;/&amp;gt;。2011年1月23日千葉県警は捜査員を派遣して、小屋の残留物を証拠品として押収した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 逮捕 ==&lt;br /&gt;
[[2009年]][[11月5日]]、[[名古屋市|名古屋市内]]の美容形成外科医院が、過去に美容形成術を行った患者カルテの顔写真を整理していたところ、男性には珍しい[[ほくろ]]の除去を不審に感じ報道された市橋との一致部分を確認し、病院スタッフが通報した。県警は骨格などから同市橋と断定。顔写真を公開した。同市橋はすでに整形していて、一重だったまぶたが二重になっているほか、鼻が高くなっていた。下唇は薄くなっていた。指名手配の顔写真は整形後の同院提供の顔写真に差替えられた。なお、同院は、手術前にすでに市橋が顔を整形していた模様であったため、実際の施術にあたっては気付かなかったとしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この手術後の新しい指名手配の報道を見て、同年10月ごろまで[[大阪府]][[茨木市]]の建設会社において同市橋が住込みの土木作業員に従事していたとして、雇用主の建設会社が警察当局に対して通報を行った。2008年2月29日から6月26日までの間、偽名を使って神戸市の建設会社で勤務し、8月20日から10月10日までは大阪府茨木市内の建設会社で勤務した&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。ともに会社の寮で生活していたが、無断で退去していた。なお、同建設会社は市橋を雇用する際に、[[あいりん地区]]に社有車を派遣して求職者を募集し、その場で雇用したという経緯から、当初は同事件の市橋であるとは気付かなかったとしている。イギリスの被害者両親にも市橋発見の報道は届いたが、既に建設会社を奔出した後だったので、日本の警察への不信感はより強まる結果となったと家族は述べている。市橋は福岡のホテルに滞在中にその報道を知った。雲隠れするためにオーハ島（後述）に行くために鹿児島まで移動したが、警察の警備を恐れて神戸からのフェリーで沖縄に移動することを選択した。この過程で制服警官より職務質問を受けているが、逃走に成功している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[11月10日]]、[[神戸市]][[東灘区]]の[[六甲船客ターミナル]]において、同社の従業員が、[[沖縄県|沖縄]]行き航路に搭乗しようとしていた乗客の中に、市橋に似た不審な男性を発見した。当日は、神戸発・沖縄行きの航路は欠航であったため、同日も同航路に就航していた[[大阪府|大阪]][[南港]]発の沖縄行き便を案内すると、市橋と思われる人物が乗船のため大阪南港に向かう旨の発言をしたことから、不審に思った同港担当者は警察当局ならびに大阪南港担当者に通報、大阪南港フェリーターミナルに先回りし待機していた警察官により身柄を確保され、移送された[[住之江警察署|住之江署]]において同事件容疑で逮捕、さらに東海道新幹線を経由して千葉県警行徳署に移送された。市橋が逮捕された2009年[[11月10日]]は、俳優[[森繁久彌]]逝去の報道と報道日時が重複したこともあり、ニュース報道の視聴率が軒並み20%を超えた&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news &lt;br /&gt;
 |url = http://news.livedoor.com/article/detail/4448713/&lt;br /&gt;
 |title = 市橋逮捕のニュース報道の視聴率、20%越え&lt;br /&gt;
 |newspaper = [[シゴトの計画]]&lt;br /&gt;
 |publisher = [[ライブドア]]&lt;br /&gt;
 |date = 2009-11-13&lt;br /&gt;
 |accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}（リンク切れ）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[12月2日]]、[[千葉地方検察庁|千葉地検]]は死体遺棄罪で同市橋を起訴。同年[[12月3日]]、現場に残された精液と同市橋のDNAの一致が確認されたことから、千葉県警行徳署は、[[殺人]]ならびに[[強姦致死]]容疑で再逮捕し、同年[[12月4日]]付、千葉地検あて送検した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
市橋は逮捕後数日間にわたって絶食していたが、同年[[11月24日]]にはじめて食事を摂り、以後は毎日食事を摂っている。取調べに対しては、逮捕初期には黙秘を続けていたが、食事摂取開始に前後して具体的な供述を開始した。&lt;br /&gt;
千葉地検は同年12月23日、殺人と強姦致死の罪で市橋を追起訴した。裁判員裁判で審理される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 市橋の手記 ==&lt;br /&gt;
市橋は、逃亡生活の様子や心境などをまとめた手記&amp;lt;ref&amp;gt;「逮捕されるまで―空白の2年7カ月の記録」[[幻冬舎]]（ISBN 978-4-344-01941-6）&amp;lt;/ref&amp;gt;を、2011年1月26日に[[幻冬舎]]から出版し、手記による収入はすべて遺族への弁済に充てるとした。接見はできないため、間接的な原稿のやりとりだったが、編集担当者は「（被告の）観察眼、感性の豊かさを感じた」と話しているが、英国の遺族は「裁判の前に、こうした本を書くことが許されるのか。強い嫌悪感を抱いており、傷つけられた。私たちが求めているのは公正な処罰だけだ」と話した&amp;lt;ref&amp;gt;被告の手記、26日発売　遺族は嫌悪感　『[[スポーツ報知]]』　2011年 1月25日(火)8時1分配信&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref&amp;gt;[http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110125/crm11012510540137-n1.htm 市橋被告の逃亡手記にリンゼイさん遺族「強い嫌悪感」 - MSN産経ニュース]&amp;lt;/ref&amp;gt;。2011年7月までに印税は1100万円となり、市橋は税引き後の912万円を遺族に渡したいとしたが&amp;lt;ref&amp;gt;「被告、印税1100万をリンゼイさん両親に」　読売新聞　2011年7月4日&amp;lt;/ref&amp;gt;、被害者の両親は「娘を殺したことをネタに金儲けをしている」として、1銭たりとも受け取らない立場を千葉地裁で明らかにした。手記には遺族が受け取らない場合は印税を[[公益]]に代えるように記載されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 公判 ==&lt;br /&gt;
[[千葉地方裁判所]]に於ける初公判は2011年7月4日。[[起訴状]]の[[公訴事実]]は、殺人罪、強姦致死罪、死体遺棄罪。被害者の両親と姉妹の計4人が[[被害者参加制度]]を利用して裁判に参加した。検察側は市橋が事件の発覚を恐れて殺害に至ったとしたが、被告・弁護側は強姦と監禁、死に至らせた事実は認めたが、殺意については否認し&amp;lt;ref&amp;gt;被告、突然床にひざまずき遺族に土下座　読売新聞　2011年7月5日&amp;lt;/ref&amp;gt;、殺人罪と強姦致死罪ではなく、傷害致死罪と強姦罪だと主張した&amp;lt;ref&amp;gt;平成23年 7月21日 千葉地裁 判決 平２１（わ）２７６４号 強姦致死、殺人、死体遺棄被告事件&amp;lt;/REF&amp;gt;&amp;lt;REF&amp;gt;門田成人・法セ 682号133頁&amp;lt;/REF&amp;gt;&amp;lt;REF&amp;gt;仲道祐樹・刑事法ジャーナル 31号76頁&amp;lt;/REF&amp;gt;&amp;lt;REF&amp;gt;中央大学真法会・受験新報 738号20頁&amp;lt;/REF&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
検察側は、市橋は非常に強い力で3分以上に頚部を絞めており殺意は明らかで、蘇生措置をしたというのは被害者の肋骨に損傷がないことから信用できないと主張した。被害者の遺族は、市橋の発言は減刑を意識したパフォーマンスで、反省が見られないとして死刑を求めた&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;が、検察は市橋に前科がなく犠牲者が1人のことから死刑は躊躇せざるを得ないと[[無期懲役]]を求刑した&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 供述内容及び弁護団発表 ===&lt;br /&gt;
* 殺意はなかったが、結果的にリンゼイさんを死なせてしまった。その責任は取るつもりだ&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news &lt;br /&gt;
 | |url = http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110704/trl11070413400002-n1.htm&lt;br /&gt;
 |title = 市橋被告は「殺意はありませんでした」と一部否認　千葉地裁で初公判&lt;br /&gt;
 |newspaper = msn産経ニュース&lt;br /&gt;
 |publisher = 産経新聞社&lt;br /&gt;
 |date = 2011-07-04&lt;br /&gt;
 |accessdate = 2011-07-16&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
* 暴行目的で連れてきたのではなく、あくまでレッスン料を渡すために家に連れてきた&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
* 口をふさいだ時髪の毛が絡まったので切ったら怒られた&lt;br /&gt;
* 浴槽を和室に持ち込んでその中に入れた、毛布をかけてあげた（フジテレビ再現）&lt;br /&gt;
* 英会話をしたりキング牧師の演説をネットで聞いたりジュースを飲んだりした&lt;br /&gt;
* 拘束を一時解くこともあった&lt;br /&gt;
* 人工呼吸をした&amp;lt;ref name=&amp;quot;kouhan_chiba&amp;quot;/&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 一審 ===&lt;br /&gt;
2011年7月21日、千葉地方裁判所は検察側の求刑通り、市橋に無期懲役の判決を言い渡した。検察の主張する殺人罪と死体遺棄罪は認定したが、「首の圧迫は強姦後に相当の時間がたった後で、時間的に接着していない」として、強姦致死罪ではなく、弁護側が主張する強姦罪にとどまるとした。また遺族が死刑を求めた点について触れ、「計画性がなく、更生可能性がないとはいえない」と無期懲役とした理由を説明した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news &lt;br /&gt;
 |url = http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110721-OYT1T00675.htm&lt;br /&gt;
 |title = 読売新聞&lt;br /&gt;
 |newspaper = [[読売新聞社]]&lt;br /&gt;
 |date = 2011-7-22&lt;br /&gt;
 |accessdate = 2011-7-25&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。地裁の判決に対し、被害者の遺族は「4年半、リンゼイのために正義が下される日を待っていた。今日、それに到達できた。とても満足している」とコメントをした&amp;lt;ref&amp;gt;http://www.asahi.com/national/update/0721/TKY201107210681.html リンゼイさん父「正義下され満足」市橋被告無期刑判決&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 二審 ===&lt;br /&gt;
上記の一審判決の後、市橋の弁護側は「刑を確定させるのは反対」と反発。事実認定の誤りと量刑不当などを理由に8月2日に[[東京高等裁判所]]に[[控訴]]した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.47news.jp/CN/201108/CN2011080201000333.html 無期懲役の市橋達也被告が控訴 英国人女性殺害事件] 共同通信47News 2011年8月2日閲覧&amp;lt;/ref&amp;gt;。弁護団と接見した市橋は「自分の言っていることは事実である。どうして信頼できないと言われるのか」とあからさまに不満な表情で話していたという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2012年]][[3月15日]]、東京高等裁判所に於いて控訴審初公判が開廷され、被告人側が殺意を否認する弁論を行ったのに対し、検察側は一審の無期懲役判決を維持して控訴を棄却するよう求める陳述を行った&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.chibanippo.co.jp/c/news/national/73241 市橋被告二審も殺意否認 判決は来月11日 英国人女性殺害遺棄] 千葉日報 2012年3月16日閲覧&amp;lt;/ref&amp;gt;。控訴審審理はこの1日のみで終結した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[4月11日]]、東京高等裁判所は『被告人に真摯な悔恨が見られない』などとして、一審の千葉地方裁判所の無期懲役判決を支持して被告人の控訴を棄却した&amp;lt;ref&amp;gt;[http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120411/trl12041111110001-n1.htm 「真摯な悔恨なし」 市橋被告に2審も無期懲役判決 東京高裁] 産経新聞 2012年4月11日閲覧&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[4月25日]]の上告期限まで検察側弁護側双方が上告せず、判決が確定した。弁護団は市橋に対しこれ以上証拠を見いだせないので上告しない方針を伝えると市橋も上告しない意思を示したという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== その他 == &lt;br /&gt;
; 報奨金&lt;br /&gt;
: 同事件の、市橋逮捕に結びつく重要情報提供に対する報奨金1000万円は、整形手術後の顔写真を提供した名古屋市内の美容整形外科医院、逮捕当日の位置情報を提供したフェリー会社、フェリー会社まで市橋を乗せたタクシー会社の3社に支払われることとなった。&lt;br /&gt;
; ファンクラブ&lt;br /&gt;
: また、逮捕時直後には、同市橋を「イッチー」と呼びファンクラブを標榜する[[mixi]]コミュニティが乱立し、そのモラル面について批判が相次いだ&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news &lt;br /&gt;
 |url = http://sankei.jp.msn.com/economy/it/091119/its0911190757001-n1.htm&lt;br /&gt;
 |title = 【Web】コミュニティーに批判殺到&lt;br /&gt;
 |newspaper = [[産経新聞]]&lt;br /&gt;
 |date = 2009-11-19&lt;br /&gt;
 |accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
; TBS社員逮捕&lt;br /&gt;
: 市橋が送検される際、[[TBSテレビ]]情報制作局所属のディレクターが、送検される車内を撮影すべく、警察官を突き飛ばしたとして公務執行妨害の現行犯で逮捕された&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite news &lt;br /&gt;
 |url = http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20091113-OHT1T00065.htm&lt;br /&gt;
 |title = TBSディレクター、市橋に突撃取材で逮捕&lt;br /&gt;
 |newspaper = [[スポーツ報知]]&lt;br /&gt;
 |publisher = [[報知新聞社]]&lt;br /&gt;
 |date = &lt;br /&gt;
 |accessdate = 2009-12-27&lt;br /&gt;
}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。のちに不起訴となった。その理由について千葉地検は「社会的に制裁を受けていて、反省もしている」などと説明。&lt;br /&gt;
; 裁判費用募金の呼びかけ&lt;br /&gt;
: 大学時代の部活顧問だった千葉大学大学院名誉教授の[[本山直樹]]が「適正な裁判を受けさせる会」を立ち上げ、市橋の自首と募金を呼びかけた。マスコミ報道で大きく報じられたことに胸を痛め、あくまでも適正な裁判を受けさせ、社会復帰への道を、という元教授としての愛情からである。罪状が死体遺棄から強姦致死、殺人へと大きく変わり、国選弁護士として引き続き弁護していくためには費用の面で難しいことを支援の理由に挙げている&amp;lt;ref&amp;gt;[http://naokimotoyama.blogspot.com/ 市橋達也君の適正な裁判を支援する会]&amp;lt;/ref&amp;gt;。募金の合計金額は2011年7月までに340万円に達したが、発足以来いたずら電話や通販を利用した悪質な嫌がらせが300回以上継続していることを法廷で明らかにした。市橋はこのことについて、逃亡中は知らなかった&amp;lt;ref name=&amp;quot;kohan6&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 市橋を雇用した建設会社&lt;br /&gt;
: 建設会社での勤務態度は比較的良好であったが、帽子などで顔を隠す、社内の催しに参加を渋るという態度が見られた。市橋の逮捕後は、指名手配の殺人犯を雇用した会社として契約を断られるなどの風評被害が発生した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 謝罪文&lt;br /&gt;
: 逮捕された市橋は、イギリスの被害者家族に向けて英語と日本語で手書きの4ページの謝罪文を送ったが、被害者家族は裁判対策だとして受け取りを拒否した。謝罪文は[[タイムズ]]2010年10月5日付で、その一部の文章を掲載して報じられた&amp;lt;REF&amp;gt;市橋被告「私は悪だった」＝謝罪文、遺族は受け取り拒否―英　[[時事通信]]2010年10月5日(火)21時6分配信&amp;lt;/REF&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[指名手配]]&lt;br /&gt;
*[[殺人事件被害者遺族の会]]（宙の会）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連書籍 ==&lt;br /&gt;
*市橋達也『逮捕されるまで ―空白の2年7カ月の記録―』[[幻冬舎]] 2011年1月　ISBN 9784344019416&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://naokimotoyama.blogspot.com/ 市橋達也君の適正な裁判を支援する会]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:りんせいあんほかさんさつかいしけん}}&lt;br /&gt;
[[Category:平成時代の殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の全裸殺人事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の警察不祥事]]&lt;br /&gt;
[[Category:捜査特別報奨金制度]]&lt;br /&gt;
[[Category:2007年の日本の事件]]&lt;br /&gt;
[[Category:市川市の歴史]]&lt;br /&gt;
{{Crime-stub}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>Madaminumirai45</name></author>	</entry>

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