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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-04-05T08:44:42Z</updated>
		<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<title>都営バス西葛01系統</title>
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				<updated>2008-08-08T10:07:32Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '江戸川営業所  系統一覧 本 西葛西駅→北葛西５→西葛西駅 4.150km 平朝夕   本線の始終発時刻 西葛西駅発    回数・速度  本 運転間...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;江戸川営業所&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
系統一覧&lt;br /&gt;
本 西葛西駅→北葛西５→西葛西駅 4.150km 平朝夕 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本線の始終発時刻&lt;br /&gt;
西葛西駅発  &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
回数・速度&lt;br /&gt;
 本 運転間隔 所要時間 表定速度 &lt;br /&gt;
平日     &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
変遷&lt;br /&gt;
系統 施行日 所管 距離 概要 &lt;br /&gt;
西葛01 H17. 4. 1 江戸川 4.150km 西葛西駅～北葛西５循環が開通、平日朝夕のみ &lt;br /&gt;
西葛01 H19. 4. 1 江戸川 *** 西葛西駅～北葛西５循環を廃止&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス都01系統</title>
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				<updated>2008-08-08T10:06:00Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '都市新バスのエース 　「都市新バス」とは、昭和50年代末に交通局が今までのバスに対する悪評を打破すべく打ち出した、新しい...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;都市新バスのエース&lt;br /&gt;
　「都市新バス」とは、昭和50年代末に交通局が今までのバスに対する悪評を打破すべく打ち出した、新しいバスサービスである。●待たずに乗れる高頻度のダイヤ、●イライラを解消するバスロケーションシステム、●グレードの高い専用車で運行……という点がセールスポイント。&lt;br /&gt;
その第一弾に選ばれたのが、西麻布、六本木経由で渋谷と新橋を結んだ都電６系統の代替系統、橋89だった。装いも新たに、系統番号も「都01」というエースナンバーを与えられた。このとき、渋谷駅～南青山七丁目間を渋88と経路交換している。路駐の多い骨董通り（南青山五丁目～七丁目間）を通るのは定時性に欠けると判断されたためだろう。&lt;br /&gt;
　従来にないこのサービスは好評で、その後は順調に客足が伸び、アークヒルズの開業で新橋側の客も多くなった。昭和の終わりには深夜バスも開設されて栄華を極めた都01だが、平成９年の銀座線・溜池山王駅開業で新橋側の乗客が落ち込んだ。平成11年のダイヤ改正で渋谷駅～溜池折り返しが増え、さらに平成12年の大江戸線改編では急行バスが新たに開通したものの、２割も本数が減らされてしまった（ついでに溜池折り返しはほぼ全てがアークヒルズ折り返しになった）。それでも昼間6分間隔と、都市新バスのエースの面目は保っている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
六本木ヒルズ&lt;br /&gt;
　五月連休中には延べ300万人ともいわれる「観光客」を集めた六本木ヒルズ。各種ショップ、特に「食」の充実は、行ってみる価値はある。バスから降りもせず森タワー構内センタープールの走行シーンにハァハァしてそのまま渋谷に帰るだけでは勿体ない。&lt;br /&gt;
　帰りのバスに乗るのは、せめて展望台から2003年の東京を一望してからにしてもらいたい。まずは２階から直通エレベーターで50階へ。東京シティービュー(TOKYO CITY VIEW \1,500-)は、新宿、汐留の高層ビルはもちろん、東京タワーの展望台もほぼ水平に見えてしまう。皇居、御苑や青山墓地など、緑の多さも眼に優しい。お台場の「球体」と観覧車も目に飛び込んでくる。一部分、外気に当たれるスペースがあるのも東京では新しい試みであろう。&lt;br /&gt;
　たいていの人はここで帰ってしまうのだが、実は、目立たない位置にさらに上層階へ上がれるエレベーターがある。54Fの東京スカイデッキ（SKY DECK 別料金\1,000-）。夜景が、絶景。筆者から言えることは……恋人のいない方、行くなら物見遊山客の多い今のうちですぞ。&lt;br /&gt;
　（展望台は季節・時間帯により料金が変動するとのこと。各自確認されたい）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　一応、バスの話もしておこう。&lt;br /&gt;
　都営バス渋谷営業所も、ここで稼がねば渋谷営業所の看板が泣く（？）とばかりに、連休中は臨時便を随時運行、面目躍如であった。４月開業時点のダイヤでは、平日65回（毎時4～5回程度）と通勤客に照準を当てた一方、土休日の運行は毎時2～3回と少ないこともあり、６月現在でも土休日のデータイムには適宜増発されているようである。平日ダイヤも20時以降は少ないので、慢性的に混雑する夜間の都06と組み合わせて、渋谷駅→天現寺橋→麻布十番駅→六本木ヒルズ→西麻布→渋谷駅と循環運行してみても面白いのではないか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
朝ラッシュ時には&lt;br /&gt;
　六本木ヒルズ行きも出来て、ラッシュピーク時には１時間に28本運転となる渋谷駅の都01乗り場。もちろん乗り場が一箇所でさばけるわけもなく、通常の乗り場は新橋駅行き専用となり、後方にある渋谷車庫行き乗り場を新橋駅行き以外（赤坂アーク・六本木ヒルズ・南青山七丁目行き）とすることで大量に押し寄せる乗客をさばいている。さらに乗車に時間がかかりすぎないよう、前と後ろの両方の扉を開け、「カードの方は前から～、現金と定期券の方は後ろから～」と整理のおばちゃんが呼びかけ、効率的に乗客を乗せている。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス都02乙系統</title>
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				<updated>2008-08-08T10:02:20Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '便利な路線ではあるのだが 　池袋駅東口を唯一発着する都電、17系統の代替として誕生し、春日駅から神保町・神田橋・東京駅八...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;便利な路線ではあるのだが&lt;br /&gt;
　池袋駅東口を唯一発着する都電、17系統の代替として誕生し、春日駅から神保町・神田橋・東京駅八重洲口を通って有楽町駅（交通会館裏）まで達していた。新番号化されて楽67と名乗ったこの路線、有楽町線が開通していなかった当時は栄えていたようだ。池袋駅東口の乗り場は都電時代を踏襲し、道路の真ん中から発車していた。しかし、地下鉄が開通すると凋落の一途をたどる。昭和57年には乗客の少なかった一ツ橋以南が短縮、池67と変更される。さらに平成2年には都02と併合され、朝の数本を残し全て春日駅（文京区役所）止まりになってしまった。&lt;br /&gt;
　20分間隔を堅持していた本数も、平成12年の改正で崩れてしまい、使いにくさが強まった感がある。池袋駅に直通しているという強みを持っているだけに、都02本線とあわせて何か活性化する案はないものだろうか……。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一ツ橋行き&lt;br /&gt;
　都02乙になり、春日駅行きが本系統となってから既に13年が経った。この間、朝のみ３本（土曜は２本）運転というダイヤはちっとも変わらない。固定客も少しはいるようであるが、ずっとこのままの姿で生き残ってきたのはかなり珍しいと言えるだろう。&lt;br /&gt;
　廃止されるという計画も何回かあったようだが、諸般の事情があったためか、一ツ橋行きは生きながらえてきた。大江戸線改編で茶81（渋谷駅～九段下～御茶ノ水駅・順天堂病院）と水59（巣鴨駅～白山上～一ツ橋）が廃止された結果、神保町交差点に来るバスはこの都02乙だけになってしまっている。現在ではこの辺りの裏道を千代田区コミュニティバス「風ぐるま」が走っているが、一ツ橋行きも何か策はないものだろうか？&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス都03系統</title>
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				<updated>2008-08-08T10:00:41Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: 'いまにも折れそう？ 　都03～05の３系統の愛称は『グリーンアローズ』。これは毛利元就の名言が所以でもあるのだが、そのうちの...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;いまにも折れそう？&lt;br /&gt;
　都03～05の３系統の愛称は『グリーンアローズ』。これは毛利元就の名言が所以でもあるのだが、そのうちの１本は今にでも折れそうな状況である。&lt;br /&gt;
　その路線とは都03。元々は新宿駅西口から晴海埠頭までの路線であったが、都市新バスの中でも見ても営業成績は常に最下位で、営業係数*1も100前後をウロウロしていた。利用客自体は多く、東西をまっすぐに結ぶという利便性は非常に高い路線なのだが、１人あたりの乗車距離が長いために、均一200円という運賃制度ではあまり儲からないのである。&lt;br /&gt;
　平成12年の大江戸線改編で目をつけられ、新宿駅西口～四谷駅が短縮され、所管が杉並営業所から深川営業所へ移管された結果、本数が激減し、乗客も数寄屋橋～四谷駅間では大幅に減少してしまった。&lt;br /&gt;
　平成15年4月には都04が江東営業所から深川営業所に移管され、これらグリーンアローズ３系統の結束も固まったが、この路線の四谷方は朝～昼間以外は乗客が乗っておらず行く末が不安な路線である。一部時間帯の新宿駅乗入復活など、この段階で抜本的な打開策を打たないと、根ぐさりしてしまうのではないかと不安に駆られてしまう。&lt;br /&gt;
*1営業係数…100円の収益を得るのに対して、いくらのコスト必要かを表した数値。&lt;br /&gt;
無論、100未満であればあるほど収益性が高くなるため黒字優良路線となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
四谷駅前&lt;br /&gt;
　四ツ谷駅のバスターミナルを出た晴海埠頭行き、次に停車するのは「四谷駅前」。駅からの便が特段良いわけでもなく、何となく中途半端な感じがする。実はここ、平成12年12月まで新宿駅西口～晴海埠頭間を走っていた旧都03の停留所だった場所。さらに以前、銀86だった頃には「四谷見附」を名乗っており、同系統には「四谷駅前」は無かったのだが、都市新バス化にあたって改称された。都03が四谷駅発着になったのだから、旧名称に戻せばすっきりするのに…と思っていたら、宿75が停まるようになってしまったので、再改称はもう無いだろう。なお、駅名は「ツ」が入り、バス停名には入らない。地名も「ツ」無し。丸ノ内線は「四ツ谷」は入るが「四谷三丁目」は入らない。ややこしい…。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス都04系統</title>
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				<updated>2008-08-08T09:59:42Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '小ぶりな路線だが…… 　もともとは東16（現在の東16とは違う。ご注意を）という路線が母体となっているが、これは朝夕のみの運...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;小ぶりな路線だが……&lt;br /&gt;
　もともとは東16（現在の東16とは違う。ご注意を）という路線が母体となっているが、これは朝夕のみの運転だった。本数が多かったり、都市新バスになったというのは、やはり銀86の力によるところが大きいだろう。当時の交通局のお知らせでは「東16」＋「銀86」→「銀16」となっているが、これは、東16の区間を、そして銀86の本数の多さを継承した……ととらえた方が良いだろう。&lt;br /&gt;
　銀86は渋滞が多く、定時性を守りにくいルートだった。そのときと比べると、かなりの収支改善がなされたようだ。昭和63年には「グリーンアローズ」として都市新バス化がなされ、大躍進した。しかし平成12年の大江戸線勝どき駅開業で打撃を受けている。本数も結構減らされてしまい、先行きがやや不安である……。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
勝どき五丁目経由&lt;br /&gt;
　旧・東16の名残をとどめているのがこれ。新島橋～月島警察署間で大回りし、専用の「勝どき五丁目」停留所を通る。朝の豊海発、夕の東京発の一部便のみが経由する。勝どき五丁目停留所自体は月島警察署からも歩ける距離にあるのだが、律儀に昔の経路をなぞっているのである。　&lt;br /&gt;
　夕方の勝どき五丁目経由に乗車すると、新島橋を渡ってすぐの交叉点を右折する。右折したバスは狭い道を走って突き当たりを左折、そしてすぐ左折すると勝どき五丁目である。バスは勝どき五丁目を出ると、少し走って清澄通りへ右折。何もなかったかのように本来の経路を走っていく。その間所要時間約２分。知らない人からすれば、なぜこんな小路に入るのか驚くであろう。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス都05系統</title>
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				<updated>2008-08-08T09:57:39Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '晴海通りの基幹路線 　東京駅から晴海埠頭への路線としてまず作られたのは、昭和36年開通の東京駅～晴海貿易センターの臨時便...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;晴海通りの基幹路線&lt;br /&gt;
　東京駅から晴海埠頭への路線としてまず作られたのは、昭和36年開通の東京駅～晴海貿易センターの臨時便。その後は毎休日運転となったものの、いつしか廃止されてしまう。&lt;br /&gt;
　廃止からしばらく経った昭和60年ごろ、銀71（新宿駅西口～晴海埠頭／現・都03）の定時性を確保するために、１時間に１本程度運行を開始した。この時点での経路は現在と異なり、都庁前（現東京国際フォーラム）から日比谷を経由して晴海通りに入っていた。昭和63年3月、銀71→都03の都市新バス化でこの折返系統は廃止され、改めて3ヶ月後に開通したのがこの路線。都03・都04の都市新バス化よりも登場が遅れたのは、有楽町線の新木場延伸まで東18（東京駅南口～銀座四丁目～門前仲町）を運行する必要があったためだろう。&lt;br /&gt;
　都03の枝線のような姿の系統だったが、かなりの本数が確保された。　平成5年には、杉並営業所の車も都03の間合いで朝夕を中心に都05の運用に入り始めた。築地・勝どき・晴海と乗降も多かったが、平成12年の大江戸線改編で状況は一変する。本数の多寡で見ても平成11年の時点で都03＜都05だったが、都03が短縮・大減便されたことで、都03が都05の支線のようになってしまった。皮肉なものである。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
晴海会場&lt;br /&gt;
　都03や都05の側面方向幕に、「晴海会場」という表記がある。そのような停留所は存在しないが、一体どこのことだろうか？　実はこれ、現在の「ほっとプラザはるみ入口」のこと。以前は「晴海見本市会場前」という名称であった。「晴海会場」こと国際見本市会場は、大規模な催物会場として永年機能してきた。この当時から、幕の表記は「晴海会場」だった。ところが、時代の変化により、この施設そのものの有明地区への移転が計画され、すべての機能は新しい施設に移されることとなった。それが現在の国際展示場、いわゆる東京ビッグサイトである。&lt;br /&gt;
当然、停留所名改称を余儀なくされたが、とりあえず「晴海会場前」とされた。従来からそのように呼ばれることが多かったため、改称という実感があまりなかったものである。そして、会場跡に新しい施設が完成し、平成13年8月1日、現名称に改称された。それでも相変わらず幕に「晴海会場」を表示しているのは、それだけ定着している名称だ、ということであろうか。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス都06系統</title>
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				<updated>2008-08-08T09:56:49Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '起点と終点は同じでも 　都01と起点と終点だけは同じだが、雰囲気は全く違う（渋88もあるがこの際おいておこう）。都01は六本木...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;起点と終点は同じでも&lt;br /&gt;
　都01と起点と終点だけは同じだが、雰囲気は全く違う（渋88もあるがこの際おいておこう）。都01は六本木通りを走り、垢ぬけた感じがする系統だが、沿線に病院や住宅地を抱えた都06は地元に密着した感じがする。都01より６年遅れで都市新バス化されたものの、この雰囲気は相変らずだ。 &lt;br /&gt;
　こちらも都01と同じく都電代替である。都電34系統は金杉橋までの運転だったが、代替に際して大門を経由して新橋駅まで延長された。当初から本数は多く、麻布十番には鉄道がなかったこともあってバスは盛況。橋85時代は日中も半数の便が赤羽橋折り返しであったが、都市新バス化に伴い全便が新橋駅発着に改められ、新橋方のフリークェンシーも大幅に改善。平成元年には深夜バスも開通した。&lt;br /&gt;
　 平成12年、南北線・大江戸線の開通で城南地区の都営バスは大打撃をこうむったが、地下鉄では渋谷へは直接行けないとあって、ラッシュ時を中心にかなり減便されたものの、日中７～８分間隔と都市新バスらしい利便性を維持し続けている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
渋谷との共管(H14)&lt;br /&gt;
　平成11年より渋谷営業所との共管になった。当初は目黒：渋谷は９：１ぐらいの比率だったと思われるが、大江戸線開通などの動きで余裕が出てきたのか、現在の比率は６：４くらいになっていると思われる。共管の前までは、目黒駅～渋谷駅の出入庫をかなりの本数運行していたが、元々の本数の削減、渋谷の担当比率の増加、目黒の車も食入を渋谷営業所で済ます……などの事象が積み重なり、かなり本数が減ってしまっている。将来はどうなるのだろうか。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス都07系統</title>
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				<updated>2008-08-08T09:55:41Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '江東へ… 　都電代替時から都07は葛西の担当であり、葛西営業所のメインでもあった。長い間安定していたこの路線だが、平成15年...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;江東へ…&lt;br /&gt;
　都電代替時から都07は葛西の担当であり、葛西営業所のメインでもあった。長い間安定していたこの路線だが、平成15年４月に運用の大部分が江東営業所に移管され、葛西の担当分は僅かとなった。確かに葛西営業所は、都07の走る江東区から見て川向こうにあり、出入庫の手間も大きい。それでも境川に操車所があったときは、車を留めておけるので良かったのかもしれないが、平成15年３月いっぱいで境川操車所が閉所されるとそれも叶わぬことになり、大部分の運行が江東担当となった。この移管に合わせ、葛西担当もほぼ全便を錦糸町か門前仲町まで回送で出入庫し、食入（休憩入庫）は江東車庫を使うようになった。&lt;br /&gt;
　しかし、今まで葛西車庫への入庫便を使っていた人にとっては、既得権が奪われる形になってしまった。そのフォローとして、最終便だけは葛西担当で、葛西車庫まで営業運転している。さすがにこれをなくすと、終バスが大きく繰り上がってしまうためだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
車両性能の違い？&lt;br /&gt;
　前述のように都07は共管になったが、ここで実に困った現象が発生している。運行間隔をきちんと取っているはずなのに、団子運転になってしまうということ。しかもラッシュ時間帯だけではなく昼間時間帯もである。&lt;br /&gt;
　この要因を考えると、利用客が多いため客扱いが長引くうち後続車に追いつかれる、そんな簡単な理由だけではなさそうだ。なぜなら葛西単独時代は、団子運転は朝夕ラッシュ時以外では、出入庫便の続行や道路渋滞以外は少なかったからだ。この要因を考えるに、車両性能的な要因もその一つではないかと思われる。&lt;br /&gt;
　江東営業所の大半は日産車で、エンジン出力の割に力がなく、低いギアで中高速域まで引っ張れないが、中高速域の加速が重視と言われる。一方、葛西営業所は日野車で、エンジン出力の割に力があり、低いギアでも中高速域まで引っ張れる性能を持っている。&lt;br /&gt;
　これを証明するかのように、葛西から転属した江東の日野車で運行すると、前車の江東の日産車に追いついたり、後続との間隔が離れるという現象が起こっている。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス都08系統</title>
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				<updated>2008-08-08T09:54:32Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '律儀な出入庫 　里22と都08、どちらも日暮里駅を起点とし、南千住営業所の担当。しかし、営業所への出入庫のルートが全く異なる...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;律儀な出入庫&lt;br /&gt;
　里22と都08、どちらも日暮里駅を起点とし、南千住営業所の担当。しかし、営業所への出入庫のルートが全く異なる。里22運用の出入庫は、里22の経路で荒川区役所を経由して南千住車庫まで営業運行（出庫は泪橋から営業）。都08運用の出入庫は、都08の経路で下谷警察署まで営業運行し、車庫まで回送している。距離的には都08ルートの方がやや短いと思われるが、本線の区間しか営業運行しないのは律儀である。&lt;br /&gt;
　錦糸町駅からの浅草松屋止まり(入庫)も、浅草松屋では江戸通り(東42乗り場)に到着した方が入庫には都合が良さそうだが、きっちり通常の都08乗り場に到着する。ただ、そこまできっちりやるなら二天門まで営業してもらいたい気もする。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス東20系統</title>
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				<updated>2008-08-08T09:52:33Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;== 都営バス東20系統 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''臨海支所'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''経路'''&lt;br /&gt;
東20系統　東京駅丸の内北口 - 日本橋 - 茅場町 - 門前仲町 - 木場駅前 - 東京都現代美術館前 - （←東京都現代美術館←） - 菊川駅前 - 住吉駅前 - 錦糸町駅前　東20系統　門前仲町 - 木場駅前 - 東京都現代美術館前 - （←東京都現代美術館←） - 菊川駅前 - 住吉駅前 - 錦糸町駅前&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''歴史'''&lt;br /&gt;
2001年7月20日：東京都現代美術館への旅客輸送のため、東京駅北口 - 東京都現代美術館および錦糸町駅 - 東京都現代美術館 - 東京駅北口が開業する。（美術館開館時間帯の運行であった）　2005年4月1日：東京駅北口～東京都現代美術館を廃止して、門前仲町～錦糸町駅を開設。同時に江東営業所から臨海支所に移管され、はとバス委託系統となる。（この頃までには生活路線としても定着し運行時間帯も拡大された）　2008年4月1日：東22乙系統の所管先の変更と系統番号の変更（東22乙→東20乙）をする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''沿線'''&lt;br /&gt;
[[都営バス東22系統]]とかなり同じ区間を運行してはいるが、運用は全く独立している。錦糸町駅を出て、住吉駅までは東22系統と同じ区間を走る。新大橋通りを右折して、都営新宿線と菊川駅まで併走する。菊川駅で左折して、三つ目通りを北上する。その途中にMOT（&amp;quot;Museum of Contemporary Art Tokyo&amp;quot;）こと東京都現代美術館ある。この系統は本来、この美術館のアクセスの不便さ（最寄り駅から徒歩で10分、最寄りバス路線も業10のみでいまいち行きにくい美術館であったの）を解消が目的で作られた。さらに北上すると木場公園を掠め、木場駅に着く。ここで右折して、永代通りをまた東22系統と同じ区間を走る。&lt;br /&gt;
　&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E8%88%B931%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=35868</id>
		<title>都営バス船31系統</title>
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				<updated>2008-08-08T09:17:33Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;== 都営バス船31系統 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''臨海営業所（当時）×京成バス奥戸営業所　（共管）'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''経路'''&lt;br /&gt;
船堀駅～船堀スポーツ公園～一之江駅～鹿本中学校～小岩駅　（船堀線）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''歴史'''&lt;br /&gt;
1999年12月15日 船堀駅～小岩駅を試験運行開始、京成と相互乗り入れ（←京成としては初の船堀乗り入れとなった。また、併走する新小20は大幅減便） 2000年12月15日 船堀駅～小岩駅を１年間で廃止 （←併走する新小20の本数はそのまま）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''沿線'''&lt;br /&gt;
江戸川総合区民ホールのある船堀駅を出て、現在の船28系統と同じく船堀スポーツ公園を通り、新大橋通りを右折して、松江6丁目・春江町4丁目・葛西工業高校（←現在の新小29出入と同じ）を経由して一之江駅へ向かう。この先は[[京成バス環07系統]]、を参照にしてください。京成としては初の船堀乗り入れとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>都営バス錦27-2系統</title>
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				<updated>2008-08-08T08:46:21Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;== 錦27-2系統 ==&lt;br /&gt;
＊ここでは、、錦27-2系統について記述します。なお、本系統は[[都営バス錦27系統]]を、この路線の前身は[[都営バス船31系統]]を、[[京成タウンバス小74系統]]など京成の運行に関することは、[[京成タウンバス]]を参考にしてください。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''江戸川営業所・（江東営業所）'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''歴史'''&lt;br /&gt;
2005年3月28日 錦27-2系統を新設する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''沿線'''&lt;br /&gt;
小岩駅 - 船堀駅間を江戸川区役所経由で結ぶ。京葉交差点を直進して船堀駅へ向かう。なお、沿線については、小岩駅 - 江戸川区役所間は[[都営バス錦27系統]]を、江戸川区役所 - 船堀駅間は[[都営バス新小21系統]]を参考にしてください。江戸川区内の地域間アクセスと、小岩駅方面から東京臨海病院アクセスへのを改善すべく、運行を開始した。なお、この両駅間と結ぶ路線としては、別ルート（一之江駅経由）であるが2000年3月から1年間、船31が試験的に運行されたことがある。なお、江戸川担当の運用車両は基本的に全車ノンステップバスである。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E9%8C%A627%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=35800</id>
		<title>都営バス錦27系統</title>
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				<updated>2008-08-08T00:30:14Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''錦27系統'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
''系統一覧''&lt;br /&gt;
小岩駅～鹿本中学校～京葉交差点～錦糸町駅～両国駅 小岩駅～鹿本中学校～京葉交差点～錦糸町駅 ＊錦27-2は別途参照  &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
''歴史''&lt;br /&gt;
1951年2月1日 錦糸町駅～浅草橋～浜町中の橋～茅場町～八丁堀～銀座東８～新橋駅が開通  1951年4月1日　小岩駅～錦糸町駅を延長、京成バスと相互乗入を開始、120系統とする  1971年3月18日水天宮付近の一方通行規制により水天宮→東日本橋駅間を人形町3･問屋町経由に変更 1972年11月12日：都営バス全体での番号変更に伴い、120系統から新番号化して、橋27とする。1974年8月15日：新橋駅 - 箱崎町間を短縮し、錦27とする。1982年12月26日：江戸川営業所に移管 1987年5月5日 今井支所･江戸川営業所を臨海営業所へ新設統合のため、臨海に移管 1988年12月 江東との共管とする 1989年3月 江東に移管 1989年4月24日：小岩駅～両国駅を開設、錦27乙とする。この時点で箱崎町行きは休日日中のみとなる1996年9月7日 小岩駅～両国駅に短縮、京成との相互乗入を廃止。両国駅折り返しを本系統とする 2005年3月28日 本線を江戸川・江東の共管とする&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
総武線に沿って&lt;br /&gt;
　当初は、～東日本橋駅～久松町～浜町中ノ橋～水天宮～蛎殻町～茅場町～と往復同経路だったが、都心の一通規制時に問屋街のあたりをループする経路に変更。さらに昭和49年の短縮時に、なぜか～東日本橋駅→久松町→浜町中の橋→箱崎町→水天宮→人形町３→堀留町→問屋町→東日本橋駅～とループを拡大させた。単に折り返す場所がなかったからかもしれない。 &lt;br /&gt;
　しかし、平成元年の改正で、休日の日中30回(箱崎町発で10:56～16:43)を残しつつ、原則両国駅折り返しへとさらに短縮された。この状態は８年余り維持された(平成5年に26回に減便)が、結局、平成８年の京成の撤退(小松川警察署以東に短縮、小74となる)と同時に都営も箱崎町乗り入れを中止した。ただし、両国駅発着の便については京成便がそっくり減っただけで、都営担当便の運行回数は維持されている。乗客はそれなりにいる、ということであろうか。&lt;br /&gt;
　今でも小74とは区間が全く重複するため、錦27・小74の共通定期券が発売されている。ダイヤもほぼ交互に来るように調整されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ダイヤ&lt;br /&gt;
　江戸川営業所が担当していた時代は、出入庫は京葉交差点行きという設定で、そこから回送になっていた。現在は入庫は小岩駅から錦糸町駅止まりとして運転され、折り返し錦糸町駅～江東車庫は回送となる。しかしこれは数が少なく、もっぱら小岩駅～江東車庫の回送が多いようである。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス錦27-2系統</title>
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				<updated>2008-08-07T10:03:54Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '小岩駅～船堀駅'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;小岩駅～船堀駅&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E9%8C%A627%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=35622</id>
		<title>都営バス錦27系統</title>
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				<updated>2008-08-07T10:02:16Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''錦27系統'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
''系統一覧''&lt;br /&gt;
小岩駅～鹿本中学校～京葉交差点～錦糸町駅～両国駅 小岩駅～鹿本中学校～京葉交差点～錦糸町駅 ＊錦27-2は別途参照  &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
''歴史''&lt;br /&gt;
1951年2月1日 錦糸町駅～浅草橋～浜町中の橋～茅場町～八丁堀～銀座東８～新橋駅が開通  1951年4月1日　小岩駅～錦糸町駅を延長、京成バスと相互乗入を開始、120系統とする  1971年3月18日水天宮付近の一方通行規制により水天宮→東日本橋駅間を人形町3･問屋町経由に変更 1972年11月12日：都営バス全体での番号変更に伴い、120系統から新番号化して、橋27とする。1974年8月15日：新橋駅 - 箱崎町間を短縮し、錦27とする。&lt;br /&gt;
  &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
錦27　 S57.12.26 江戸川 14.563/15.123km 江戸川営業所に移管 &lt;br /&gt;
錦27　 S62. 5. 5 臨海 14.563/15.123km 今井支所･江戸川営業所を臨海営業所へ新設統合のため、臨海に移管 &lt;br /&gt;
錦27　 S63.12頃 江東・臨海 14.563/15.123km 江東との共管とする &lt;br /&gt;
錦27　 H 1. 3頃 江東 14.563/15.123km 江東に移管 &lt;br /&gt;
錦27乙 H 1. 4.24 江東 12.933/12.473km 小岩駅～両国駅を開設、錦27乙とする。この時点で箱崎町行きは休日日中のみとなる &lt;br /&gt;
錦27　 H 8. 9. 7 江東 12.933/12.473km 小岩駅～両国駅に短縮、京成との相互乗入を廃止。両国駅折り返しを本系統とする &lt;br /&gt;
錦27 H17. 3.28 江戸川・&lt;br /&gt;
江東 12.933/12.473km&lt;br /&gt;
*** 本線を江戸川・江東の共管とする&lt;br /&gt;
錦27-2・小岩駅～船堀駅を開設 &lt;br /&gt;
総武線に沿って&lt;br /&gt;
　当初は、～東日本橋駅～久松町～浜町中ノ橋～水天宮～蛎殻町～茅場町～と往復同経路だったが、都心の一通規制時に問屋街のあたりをループする経路に変更。さらに昭和49年の短縮時に、なぜか～東日本橋駅→久松町→浜町中の橋→箱崎町→水天宮→人形町３→堀留町→問屋町→東日本橋駅～とループを拡大させた。単に折り返す場所がなかったからかもしれない。 &lt;br /&gt;
　しかし、平成元年の改正で、休日の日中30回(箱崎町発で10:56～16:43)を残しつつ、原則両国駅折り返しへとさらに短縮された。この状態は８年余り維持された(平成5年に26回に減便)が、結局、平成８年の京成の撤退(小松川警察署以東に短縮、小74となる)と同時に都営も箱崎町乗り入れを中止した。ただし、両国駅発着の便については京成便がそっくり減っただけで、都営担当便の運行回数は維持されている。乗客はそれなりにいる、ということであろうか。&lt;br /&gt;
　今でも小74とは区間が全く重複するため、錦27・小74の共通定期券が発売されている。ダイヤもほぼ交互に来るように調整されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ダイヤ&lt;br /&gt;
　江戸川営業所が担当していた時代は、出入庫は京葉交差点行きという設定で、そこから回送になっていた。現在は入庫は小岩駅から錦糸町駅止まりとして運転され、折り返し錦糸町駅～江東車庫は回送となる。しかしこれは数が少なく、もっぱら小岩駅～江東車庫の回送が多いようである。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E8%91%9B%E8%A5%BF22%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=35621</id>
		<title>都営バス葛西22系統</title>
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				<updated>2008-08-07T09:48:29Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: &lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;== 葛西22系統==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''臨海支所'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''系統一覧'''&lt;br /&gt;
本 葛西駅～雷～今井～一之江駅 出入 葛西駅～臨海車庫  出入 一之江駅～葛西駅～臨海車庫  出入？ 葛西駅～富士公園～コーシャハイム南葛西&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''歴史'''&lt;br /&gt;
1975年8月1日　新小22系統を分割して、浦22系統浦安終点→浦安橋→西瑞江５→今井→浦安橋→浦安終点の循環路線が設定される。1978年11月1日　葛西駅→浦安橋→西瑞江５→今井→浦安橋→葛西駅の循環路線となり、葛西22系統に変更する。1984年11月13日　葛西駅ターミナルの変更による経路変更が行われる。　1986年9月14日　新宿線篠崎延長により亀29の末端部と再編統合、葛西駅～雷～浦安橋～一之江駅に変更。1987年9月14日起終点を逆転、今井支所･江戸川営業所を臨海営業所へ新設統合して、移管。2004年4月1日　はとバス委託系統となる。2004年4月1日　出入庫として一之江駅～葛西駅～臨海車庫、葛西駅～富士公園～コーシャハイム南葛西が設定される。（方向幕上は系統番号なし） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
葛西22系統は環七通りの東側を旧江戸川沿いに走る路線。一之江駅を出ると旧今井支所の脇を通り、今井橋の手前で曲がる。今井交通公園を掠めて瑞穂大橋を渡る。瑞穂大橋から仲町西組までは古い集落（←雷や仲町西組付近など。）や堤防沿いなど狭い道が多いので、深川営業所から転入した9mクラスのノンステップ車が主に運用される。途中の下今井までは新小22系統と併走している。（←分割された名残である。）仲町西組からは環七通りを北へ向かい葛西駅に向かう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
出入系統は臨海支所が誕生してできた路線で、秋26・亀26など葛西駅・一之江駅周辺を起終点とする系統の他系統の送り込みのため運行され、本系統よりも本数が多い。臨海車庫前～一之江駅間で臨海28乙と全く同一の経路をとり、葛西駅までは両系統合わせて5本／時ほど確保されている。。（←沿線については臨海28乙を参照。）もうひとつの出入系統？葛西駅～富士公園～コーシャハイム南葛西間はwikipediaでは免許維持路線として載っていてしかも都バスのガイドから抹消されているが、実際は葛西駅からは平日9時以降15時まで30分～1時間30分間隔で発車している。（←もうひとつの免許維持路線である新小29出入とは大違い。）葛西南高校付近までは出入系統と同じで、葛西南高校は専用のバス停へ止まる。しばらく西へ進んだ後、南へ曲がり富士公園を突っ切って、南葛西中まで行く。南葛西中からは葛西21系統と同じ路線を走って、終点コーシャハイム南葛西に着く。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E6%80%A5%E8%A1%8C06%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=35603</id>
		<title>都営バス急行06系統</title>
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				<updated>2008-08-07T08:29:22Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '江東営業所   系統一覧 本 森下駅～門前仲町～豊洲駅～国際展示場正門駅～日本科学未来館 9.878/10.438km 土休   本線の始終発時刻 森...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;江東営業所 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
系統一覧&lt;br /&gt;
本 森下駅～門前仲町～豊洲駅～国際展示場正門駅～日本科学未来館 9.878/10.438km 土休 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本線の始終発時刻&lt;br /&gt;
森下駅発  テレコムセンター駅発  &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
回数・速度&lt;br /&gt;
 本 運転間隔 所要時間 表定速度 &lt;br /&gt;
土休     &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
変遷&lt;br /&gt;
系統 施行日 所管 距離 概要 &lt;br /&gt;
急行06　 H17. 7.17 江東 9.770/ 9.210km 森下駅～テレコムセンター駅が開通（急行）&lt;br /&gt;
愛称は深川シャトル&lt;br /&gt;
途中停留所は清澄庭園・門前仲町・国際展示場正門駅・パレットタウンのみ &lt;br /&gt;
急行06 H18. 9.30 江東  豊洲駅～国際展示場正門駅を豊洲埠頭（ゆりかもめ下）経由に変更&lt;br /&gt;
豊洲駅・日本科学未来館に追加停車 &lt;br /&gt;
急行06 H19. 3.26 江東 9.878/10.438km 森下駅～日本科学未来館（構内）に変更&lt;br /&gt;
日本科学未来館（路上）は通過するように変更&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス急行05系統</title>
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				<updated>2008-08-07T08:28:10Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '「夢の島」から「夢と魔法の王国」へ。 　夢の島熱帯植物園、葛西臨海公園、そして東京ディズニーランド、舞浜リゾートエリア...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;「夢の島」から「夢と魔法の王国」へ。&lt;br /&gt;
　夢の島熱帯植物園、葛西臨海公園、そして東京ディズニーランド、舞浜リゾートエリア、幕張メッセ…京葉線沿線は行楽スポットが数多いが、城東地区から京葉線沿線に行くのは不便である。前身の夢01（錦糸町駅～新木場駅）は、行楽客輸送を目的として、休日のみの運行でスタートした。錦糸町駅発9:00～17:28まで、午前と夕方が約20分間隔、午後が約40分間隔、計20往復の運行は10年間、ダイヤ改正もなく継続された。&lt;br /&gt;
　それから10年後、週休二日制の普及、お台場の観光地としての発展などを踏まえたのか、廃止・短縮・減便ばかりだったH12.12.12改正での数少ない積極的増収策として、土曜日の運行開始、お台場への延長が実施された。系統番号はなぜか「急行05」となった。なぜ急行なのかは当否も含め語り尽くされていると思うので今回は書かない。&lt;br /&gt;
　この延長は当たりであった。比較的渋滞も少なく40～45分でお台場へ到着するため、都営新宿線経由西大島からの一日券利用者も取り込み、午前の新木場・お台場方向、夕方の錦糸町方向は非常に混雑している。行楽系統ゆえ天候に左右はされるが、逆方向も都07並行区間で稼げるので、収支は悪くないと思われる。デックスやフジテレビ方面に行かないのは不便な気もするが、定時性の確保の面からは現状がベストであろう。&lt;br /&gt;
　一方、平日に新木場に達する唯一の系統、木11（東陽七丁目～東陽町駅～新木場循環）は、平成２年の京葉線東京駅乗り入れ後も運行回数を減らさず、日中などはむしろ増便傾向で推移しており、従来の通勤用片輸送系統から、鉄道線間連絡系統の様相を強めてきた。都07や東22と乗り継いでの利用も多かったのだろう、平成14年12月に、ついに平日の運行を開始したのが「錦18」である。沿線の風景は都07＋木11であり（当たり前だ…）、平日のみ運行系統ということもあって、マニア的にはわざわざ乗りに行こうとは思わないかもしれないが……。&lt;br /&gt;
　担当営業所は急行05と同じ深川で、本数も最小限のスタートとなったが、日曹橋から門前仲町までの距離と新木場駅までの距離を考慮すれば、乗客の定着動向によっては都07の一部を振り替え増便される可能性もありそうである。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス豊洲02系統</title>
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				<updated>2008-08-07T08:25:36Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '深川営業所  系統一覧 本 豊洲駅→日本ユニシス本社→豊洲駅→キャナルコート４街区→豊洲駅 4.500km 平朝夕  折 豊洲駅→日本ユニ...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;深川営業所&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
系統一覧&lt;br /&gt;
本 豊洲駅→日本ユニシス本社→豊洲駅→キャナルコート４街区→豊洲駅 4.500km 平朝夕 &lt;br /&gt;
折 豊洲駅→日本ユニシス本社→豊洲駅→キャナルコート４街区  平朝夕 &lt;br /&gt;
折 キャナルコート３街区→豊洲駅  平朝夕 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本線の始終発時刻&lt;br /&gt;
豊洲駅発  &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
回数・速度&lt;br /&gt;
 本 運転間隔 所要時間 表定速度 &lt;br /&gt;
平日     &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
変遷&lt;br /&gt;
系統 施行日 所管 距離 概要 &lt;br /&gt;
豊洲01 H16. 4. 1 深川 4.500km 豊洲駅→日本ユニシス・キャナルコート循環が開通 &lt;br /&gt;
豊洲01 H19. 3.26 深川 4.500km? 豊洲１公園→豊洲駅を、芝浦工業大学経由に変更&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9AL01%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=35571</id>
		<title>都営バスAL01系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:57:24Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: 'アクセスラインは往く（葛西時代） 　アクセスラインの実験運行第１号として登場したAL01。専用車両も増備され、なかなか好調の...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;アクセスラインは往く（葛西時代）&lt;br /&gt;
　アクセスラインの実験運行第１号として登場したAL01。専用車両も増備され、なかなか好調のようだ。ところでこの専用中型車両、実は平28で平井にも顔を出すことをご存知だろうか？　AL01はピーク時２台運行だが、その前の１台運行の時間帯に、手が空いてるもう１台が平28に化け、平28の朝輸送を補完しているのである。東大島駅小松川口発着仲間同士の連携プレーだが、車両が専用車なのが特異だ。ちなみに、車両はアクセスラインでも平28は平28。運賃は200円です&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス草39系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:55:44Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '水戸街道一直線 　開通当初は、東京駅北口から浅草寿待ちに抜け、そこから水戸街道を一直線に金町駅まで進む路線であった。当...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;水戸街道一直線&lt;br /&gt;
　開通当初は、東京駅北口から浅草寿待ちに抜け、そこから水戸街道を一直線に金町駅まで進む路線であった。当初から東京駅発着はあまり多くなかったようで、浅草寿町発着がメインだったようだ。その後に短縮され、現在の主力となる浅草寿町～金町駅となる。街道をひた走り、比較的長いということもあって、あまり客は多くないのでは……と思うがさにあらず、思った以上に乗客が多い。特に休日は、浅草への行楽・用事のある客を満載して走り、休日が最も本数が多いという構成になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　平成８年に京成の上34系統（上野広小路～市川駅）廃止の影響もあったのか、平日日中の一部便を上野松坂屋まで延長。まるで昭和40年代にあったような、長大路線が誕生した。もっとも効果は今ひとつのようで、それならば全便（特に土休日の昼間）を上野松坂屋まで延長させたほうが良い気もするのだが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中川大橋&lt;br /&gt;
　金町駅を出ると都心に向けて水戸街道を直進する系統だけに、朝の渋滞が避けられない草39。かつては運行ダイヤも相当に渋滞を見込んでいた。金町駅→四ツ木橋南詰の所要時分を見ると、平成11年１月のダイヤ改正では、始発は30分（6:30→7:01）だが、最ピーク時は51分（7:07→7:58）もかかっていた。ちなみに渋滞の全くない終バスでは17分（21:18→21:35）と、実に３倍の所要時間の開きがあったことになる。&lt;br /&gt;
　しかし道路も昔ほど渋滞しなくなり、スピードアップして運転できるようになった。そうなると今度は早発を警戒しなくてはならず、各停留所で時間調整ばかり行うという珍事が毎朝のように繰り返されていた。これでは乗客もストレスがたまるばかりであろう。&lt;br /&gt;
　結局、平成14年に入ってからの度重なるダイヤ改正で朝のダイヤは飛躍的にスピードアップが図られ、現行ダイヤでは最ピーク時でも35分（7:26→8:01）と、現状に合ったダイヤになっている。しかし、青戸車庫から四ツ木橋まで並行する錦37は、現行ダイヤでも青戸車庫から八広まで最ピーク時に30分もかけており、それほどスピードアップしているとは言えない。&lt;br /&gt;
ちなみに四ツ木橋南詰から先の所要時分はこれほどの差はなく、荒川を渡ると明治通り他各方面に交通が分散して、渋滞が解消することがうかがえる。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>都営バス墨38系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:54:16Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '墨田区の、墨(H14) 　墨田区が補助を出して運行している路線。先例としては、東42乙（南千住～秋葉原駅）や青梅支所の系統、そし...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;墨田区の、墨(H14)&lt;br /&gt;
　墨田区が補助を出して運行している路線。先例としては、東42乙（南千住～秋葉原駅）や青梅支所の系統、そして今は廃止された八王子支所の系統がそうである。系統漢字が「墨」なのは、この系統ができた当時は「両」を冠する系統が無かったこと以上に、墨田区の系統だという意味あいもあるのかもしれない。今だったら、両38のなっていたかもしれない。両国を出たバスは裏道を通り、墨田堤にある都の病院へと走っていく。もちろん成績が良いわけもなく、常にワースト５に入っている……のだが、福祉的要素が強いため、補助金が続く限りこのままであろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかもこの系統の面白い点は、千住と青戸の共管という点である。近いという点では、南千住や江東にこそ白羽の矢が立ってしかるべきと思うが、台数や余裕の都合上こうなっているのであろう（ちなみに食入時は南千住車庫へと入庫して休憩となるようだ）。もちろん車庫からリハビリ病院までは回送となっており、結構長い距離を走ってやって来るものである。活性化ということを考えるのであれば、錦糸町駅発着に改めた上で、錦糸町駅～白髭橋～南千住駅東口としても良いように思う。これだとリハビリ病院の停留所位置を少々考えなければいけないのがガンだが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
補助金で走る、墨田区を走る。(H15)&lt;br /&gt;
　墨田区内の南北を結ぶ交通機関の拡充を目的として、墨田区が赤字を補助することにして開設された路線である。地方自治体が運行費用を負担する系統としては昭和56年度から始まった上野～浅草の二階バスが最初である。その後、青梅地区の系統や品98・木11を始めとした臨海部の系統（港湾局負担）、東42乙（台東区）で実施され、この系統もそれに倣って補助を受けてのスタートとなった。&lt;br /&gt;
　もっとも、補助を受けるような系統であるということは独立採算では到底成り立たないということである。交通局が公表した最後の年度である平成５年の収支ランキングでは、は並みいる青梅地区の不採算系統を押しのけて、収支係数265のワースト１を獲得した。もっとも、自治体が補填しているため、運行本数は開通当初からまったく変わっていない（これは東42乙にも言える）。&lt;br /&gt;
　これはもともと採算性の低いところを走っているのに加え、担当が青戸・千住の共管であり、どちらも路線から離れたところにあったためであろう。全運用とも車庫～リハビリテーションの間を回送する出入庫だったが、これのコストもバカにならなかったものと推測される。&lt;br /&gt;
　結局、平成15年４月からは最も近い南千住単独での担当になった。ここならば、白鬚橋か水神大橋を経由して、回送ルートも短距離で済むだろう。どの程度収支が改善していくか、注目である。個人的には、リハビリ病院の停留所を墨堤通り側に移設し、そのまま水神大橋を直進して南千住駅着とし、総武線側も錦糸町駅発着とすれば多少収支が上向くと思うのだが……。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ダイヤ&lt;br /&gt;
　病院側がダイヤの基準となっており、単純に両国駅を往復するだけ。出入庫は前述の通り回送である。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス錦37系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:53:08Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '本田警察署 　平成14年12月10日に、本田（ほんでん）警察署停留所は葛飾警察署という名前に改称された。これは同名の警察署が名...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;本田警察署&lt;br /&gt;
　平成14年12月10日に、本田（ほんでん）警察署停留所は葛飾警察署という名前に改称された。これは同名の警察署が名前を変えたことによるものであるが、住居表示実施より30年が過ぎて「本田」の名になじみが薄くなったことや、読み方を間違えられることが多くなったために、名前を改めることにしたものらしい。新田が「しんでん」ならば、この本田もそれほど難読というわけではないだろうが、致し方ないところか。&lt;br /&gt;
　「本田」は江戸時代からの由緒ある地名で、葛飾郡西葛西領（中川を境に西側の地域）を、江戸期以前に開かれた地域を「本田筋」、それ以外を「新田筋」と呼んだ。「しんでん」に対する名称なので、読み方はもちろん「ほんでん」。明治23年には南葛飾郡立石村を本田村に改称。昭和3年には本田町となり、昭和7年に葛飾区が成立すると本田町の名称は無くなるが、町名には「本田○○町」という形で名前が残され、昭和40年３月と昭和41年12月の2回の住居表示実施まで続いた。&lt;br /&gt;
　ちなみに長寿漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」に出てくる警察署も葛飾警察署である。架空の警察署という設定だったのだが、何と本当に葛飾警察署が出来てしまったのはなかなか面白い。ちなみに葛飾警察署という名前自体は、昭和８年から21年までも存在した。この警察署が２分割されたのが、亀有警察署と本田（葛飾）警察署なのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
新四ツ木橋&lt;br /&gt;
　八広の先、新四ツ木橋のたもとが終点となる。ここの時刻表を見ると、平日・土曜の朝方には特に集中して設定されており、水戸街道・四ツ木橋の渋滞を警戒して手前で折り返している……といったことが読み取れる。平成13年11月までは平23乙折返の浅草寿町行き（墨田区役所経由）も発着していたが、存在意義が薄かったらしく、上23に系統番号が変わるのに伴い廃止されてしまった（→上23参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
嗚呼、踏切通過&lt;br /&gt;
　西武バスや関東バスでは定時運行を妨げる最大の元凶である踏切。都営バスでは意外と少なく、その多くも貨物線や都電のものである。踏切渋滞でダイヤが乱れるのは梅70くらいかもしれない。&lt;br /&gt;
　さて、この錦37（と上23）は、墨田区文花中学校前で東武亀戸線の踏切を渡る。ここの踏切は筆者イチ押しの踏切である。線路と道路が直交しない（40度くらい？）ため、通過時に車体が大きく揺れ、いかにも「今、踏切を渡っているんだ…」という快感が全身を貫いてくれる。十間橋通りの道幅も適度に狭く（片側一車線）踏切待ちをしているバスの姿を外から眺めるのも絵になる光景である。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E9%96%8033%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=35566</id>
		<title>都営バス門33系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:52:03Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '大江戸線にも負けない地元の足 　大江戸線開業時、勝どき～両国まで６駅も並行し、その結果半減させられてしまった門33。しか...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;大江戸線にも負けない地元の足&lt;br /&gt;
　大江戸線開業時、勝どき～両国まで６駅も並行し、その結果半減させられてしまった門33。しかしこの後はバスの底力を見せつけることになる。他の系統がダイヤ改正の度に少しずつ減っていく中で、門33の本数はあまり減っていない。確かに、乗ってみると各停留所での客の入れ替わりが多く、地下鉄の駅以外での乗降も多い。&lt;br /&gt;
　もともと本数が多く、沿線住民がバスに抵抗がなかったことで、手軽なバスの利便性が評価され、それなりの実績を出しているのだろう。山手線内から見ると羨ましい話である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
多彩な折り返し&lt;br /&gt;
　現在の門33は亀戸駅行きと豊海水産埠頭行きしかない。つい最近までは都04の出入庫として緑一丁目～豊海水産埠頭の区間運転があったが、都04が深川に移管された今では消滅した。実は門33には、様々な行き先が存在したのである。&lt;br /&gt;
　まずは豊海水産埠頭～両国駅。清澄通りを都営両国駅前まで北上した後、現在の両28と同じように両国駅を回って折り返していた。朝夕のみ運転だったが、大江戸線改編に伴い消滅した。&lt;br /&gt;
　さらに一時期運転されていたのは豊海水産埠頭～墨田区役所。かつて墨田区役所は両国駅近くにあったが、それが現地に移転したときに設定されたものである。これは２年ほどで消えてしまった。&lt;br /&gt;
　代替当時に存在したのは晴海埠頭行き。勝どきから晴海三丁目を経由して晴海埠頭を終点とするものだが、通勤利用を見込んでいたのだろうか。代替当初は豊海水産埠頭発着90回、晴海埠頭が110回と、晴海埠頭発着のほうが本数が多かったという点も面白い。&lt;br /&gt;
　逆側で見ると、「柳島止まり」というのが目を引く。都電時代の終点だったからであるが、代替当初は実に７割の便が柳島止まりであった。しかし素人目に見ても他系統と連絡のない柳島で止めるなら亀戸駅まで行かせるほうが妥当であり、結局昭和53年に柳島止まりは全廃され、全便亀戸駅まで行くようになったのである。&lt;br /&gt;
　その他、朝ラッシュ時のみ存在した押上始発や、現在も始発のみ残る門前仲町発着など、長いだけあって様々な枝線があった。もっとも今では、花火などで臨時に門前仲町発着を出す程度であろう。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E8%88%B931%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=35565</id>
		<title>都営バス船31系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:50:58Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '船堀線 　江戸川総合区民ホールへのアクセス用として、従来なかった船堀駅と区の北東部を結ぶ路線として、都と京成が一年間の...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;船堀線&lt;br /&gt;
　江戸川総合区民ホールへのアクセス用として、従来なかった船堀駅と区の北東部を結ぶ路線として、都と京成が一年間の試験運行という名目で開設した路線である。京成としては初の船堀乗り入れとなった。船堀駅を出て船28としばらく併走した後、新規区間を通り、環七を経由して小岩駅に至っていた。しかし路線成績はあまり良くなかったのか、結局一年間の試験運行終了時に廃止されてしまう。試験運行だとしても、あまりにもお粗末なダイヤだったことも原因だったのだろう。&lt;br /&gt;
　廃止後、長らく新大橋通りの区間のバス停（松江６・春江町４・河西工業）はそのままの状態でポールが放置されていたが、平成14年夏に新小29出入として一之江駅～東小松川車庫が運行開始され、そのままポールが再利用されることとなった。多分「休止」扱いだったのであろう。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス有30系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:49:26Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: 'かわいそうな環七路線（足立ver.） 　環七の開通で、王49とともに運行を開始した系統。東武バスと手を組んで、足立区の東西連絡...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;かわいそうな環七路線（足立ver.）&lt;br /&gt;
　環七の開通で、王49とともに運行を開始した系統。東武バスと手を組んで、足立区の東西連絡を担っている……はずなのだが、年々本数は減りつづけてしまい、日常的に使うのには苦しい本数になってしまっている。開通当初は我が物顔で走っていたそうだが、環七の渋滞が激しくなったということも、そして元々需要が少なかったということもあるのだろうか。&lt;br /&gt;
　昭和61年に毎日60回あった運行回数は、平成2年改正では平土41回・休日50回、平成6年3月改正で平土33回・休日37回に、そして現行ダイヤでは………答えの出ないまま、今日もバスは走り続ける。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
足立区役所（[王30]）&lt;br /&gt;
　亀有駅方面からのみ設定されている。足立区役所中央本町庁舎開設に伴い運行を開始したものだが、区役所連絡というよりも出入庫の性格が強い。環七から分かれて国道4号に入り、足立区役所前で客を降ろした後、回送で千住車庫まで入庫する（出庫はその逆）。なぜ少し先の千住車庫まで営業運転しないのだろうか？　やはり共同運行路線ゆえに色々と大人の事情があるのか？　謎はつきない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東武は継続したものの&lt;br /&gt;
　環七が通り、昭和45年から都営・東武共同で走り続けてきたこの路線だが、平成15年４月の改編で都営は上記の通り分割された。それではお相手の東武はどうなったかというと、何と「王30」という名で王子駅～亀有駅北口の間を相変わらず走っている。東武は王子から撤退せず、直通利用もある程度見込むという政策を、そして都営は分断することで王49の本数を底上げし、亀有駅にも一応足を伸ばすという政策を採ることになった。この先、本数の異様に少ない有30はどうなるのか、そして東武の王30はどうなるのか。気がかりである。→その後、東武も[王30]を２往復残して廃止し、[足35]足立区役所～亀有駅という同一路線を２往復ほど走らせることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
小右衛門町には停まりません&lt;br /&gt;
　有30は足立区役所を発車すると、日光街道を北上し、環七に右折する。その交叉点の手前に、小右衛門町という停留所がある。有30は、右折車線に入る関係で、交叉点直前の同停留所には停車しないことになっている。これは、王30出入（足立区役所前～亀有駅）として走っていた頃から同様だった。&lt;br /&gt;
　ところが、有30が開業してしばらくの間、車内放送・表示機には小右衛門町がセットされていた。急遽、間に合わせで作製したためのミスだと思われる。運転手が当該部分を手動で送って飛ばして対応していたが、放送に合わせて小右衛門町に寄せてしまう運転手もいた。しばらくして当該部分が修正されて放送からも削除され、小右衛門町は晴れて通過停留所となった。&lt;br /&gt;
環七に入ってすぐの本町五丁目では、足立区役所への下車停留所である旨の放送が入っており、たった今区役所から来たバスや、区役所を行先とするバスの放送としては不自然なものだった。多分、王30本線の放送をそのまま流用したのだろう。これも修正され、今は聞くことができない。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス業10系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:45:29Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '何パターンあるのやら…… 　新橋から業平橋駅まで、比較的長距離の路線。しかし、その路線形態は複雑怪奇である。 　まず、新...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;何パターンあるのやら……&lt;br /&gt;
　新橋から業平橋駅まで、比較的長距離の路線。しかし、その路線形態は複雑怪奇である。&lt;br /&gt;
　まず、新橋の乗り場が普通でない。20時までは、新橋駅の裏の裏からひっそり出発して外堀通りを経由するが、それ以降は新橋駅前市01乗り場から堂々と出発し、中央通りを経由する。これは、数寄屋橋交叉点の一般右折禁止が解除され、右折待ちの車がたまって外堀通り経由のままだと運行の支障となるためである。&lt;br /&gt;
　そして、さらに複雑になっているのが、深川車庫行きの存在。業平橋駅から深川車庫行きが『直通』。新橋から深川車庫行きが『東雲都橋』回り。これは、深川営業所付近の経路の違いで、東16と同じ経路の直通と、東15と同じ東雲都橋経由となっている。経路をあえて統一しないのが、都営バスらしいといえば、らしい。しかも、出庫・新橋行きの始発だけはなぜか業平橋行きと同じ「直通」経由。&lt;br /&gt;
　さらに１日１往復だけの運転となる業平橋駅～東京ビッグサイトという系統や、業10乙という早朝のみ走る月島駅発新橋行きという枝系統も存在し、王40に次ぐ複雑な路線網を形成している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
業10乙&lt;br /&gt;
　平成15年１月まで、業10乙という枝線が存在した。月島駅から清澄通りを南下し、業10本線と合流して新橋へと至る路線で、昭和63年の有楽町線の新木場延伸に伴う改編で廃止された東18（東京駅南口～門前仲町）の代替として出来。当初は両方向あったようだが、そのうち早朝上りのみ（月島駅発6:10・6:30）となり、どの案内からも無視される幻の路線となった。&lt;br /&gt;
この業10乙を廃止前に体験してきたところ、意外や意外、築地までの利用が多いのである。確かに晴海通りを上る路線としては始発にあたる便であり、市場輸送としては適任だったのであろう。&lt;br /&gt;
　ちなみに運用方法も変わっており、何と深川車庫を5:15に出庫後、職員輸送として錦糸町駅から東陽町駅・豊住操車場を回った後に月島→新橋を出張で営業運転し、その後深川車庫に戻って門19を一往復するというものであった。現在ではこの部分がどうなっているのか、ちょっとした謎である。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス錦11系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:43:33Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: 'ジリ貧の路地裏系統 　都電36系統の代替。錦糸町駅から住吉まで出た後は、新大橋通りを築地まで……じゃなくて、蛎殻町から突...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;ジリ貧の路地裏系統&lt;br /&gt;
　都電36系統の代替。錦糸町駅から住吉まで出た後は、新大橋通りを築地まで……じゃなくて、蛎殻町から突然隣の2車線ほどの路地に入る（平成通りというらしい）。鎧橋を渡ればすぐ裏は東京証券取引所、そして証券会社が林立している。こんなところを都電が走っていたのかと思うと驚きである。開業時は築地まで、その後路線再編成で一旦有楽町駅（交通会館）まで延長されたものの、成績も振るわず、晴海通りの渋滞もあって８年ほどで元の状態に戻されてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　と、それはさておき、地味な錦11だが、同じように中央区を走る系統がほぼ全て消滅してしまったなかで残ったのは、地下鉄とうまい具合に路線が重ならなかったからだろう。しかし、輸送成績はあまり芳しくないようで、平成12年の大江戸線全通改正でまた一段と減らされてしまった。15年前と比べると本数は半分以下、昼間は45分間隔というありさま。錦糸町駅の乗り場も駅ビルから最も遠く、歩道橋を使わないと行けないはす向かいの乗り場である。ここは一つ、築地から先をもう一度銀座方面に乗り入れさせ、乗り場をもっとターミナルに近くしてみるというのはどうであろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何とも奇妙な錦糸堀&lt;br /&gt;
　錦糸町駅のすぐ南に、錦糸堀という停留所がある。都電時代には車庫があった由緒ある停留所だが、ここを通る系統のうち、錦28だけがなぜか停車しない。向かい側に降車ポールを持つ江東営業所所管の系統専用かとも思わせるが、深川の錦13も停車しており、謎は深まるばかり。錦11に至っては、錦糸町駅前の乗り場がターミナルから離れた四ツ目通り上にあり、始発停留所と錦糸堀停留所が交叉点を挟んですぐのところに並んでいる。かつては北口発着だった名残りでもあるのだが、ほんの数十メートルで停車するのは無駄と思えなくもない。錦28が停車し、錦11が通過するほうが理にかなっているように思う&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス木11系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:41:36Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '昭和48年から始まった材木業者の木場から新木場への移転。そんな埋め立てたばかりの新木場へのアクセスを担って開通したのがこ...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;昭和48年から始まった材木業者の木場から新木場への移転。そんな埋め立てたばかりの新木場へのアクセスを担って開通したのがこの木11だった。しかし開通当初はタクシーも敬遠するような何もないところ。本数も少なく、昭和59年からは港湾局から補助を受けて運行されている状態で、およそ便利とは言いがたいところだった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし時代が移るにつれて工場や倉庫は増えていき、夢の島や若洲は公園として整備され、開通した当初では考えられない頻度で運転されるようになった。東陽町駅～新木場駅は特に多く、昼間10分毎の運転となっている。ここは鉄道の連絡も兼ねており、大事に育てたのが報われた系統だろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
若洲キャンプ場&lt;br /&gt;
　新木場の先に埋め立てられた十五号地、若洲地区。海浜公園が整備され、平成２年に木11の枝線としてここまでバス路線が開通した（平成12年まで前面幕は若洲キャンプ場行きなのに「若洲海浜公園」だった）。キャンプ場・サイクリングロード・海釣り・ゴルフ場などの施設を備えた公園で、手軽なレジャースポットである。平日と休日で若洲地区の経路が変わるのも面白いところ。&lt;br /&gt;
　ちなみに若洲からは葛西臨海公園・お台場・浜松町に向けて水上バスが出ている（本数少）ので、変化のある乗り継ぎを楽しむことも可能である。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス東12系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:40:14Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '意欲的な中央区 　　中央区には区が運行を委託した銀ブラバス（銀座01）が平成12年まで走っていた。この後を受けて、中央区が新...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;意欲的な中央区&lt;br /&gt;
　　中央区には区が運行を委託した銀ブラバス（銀座01）が平成12年まで走っていた。この後を受けて、中央区が新たに都に要請して走らせたのがこの系統・東12である。晴海地区の大規模再開発によって晴海トリトンスクエアが平成13年に完成し、また晴海会場の跡地近くに中央区の施設「ほっとプラザはるみ」が完成したことに伴い、利便性向上ということでこれらの地区と東京駅を最短経路で結ぶように設定された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　結果的に、トリトンスクエア中央を突き抜け（業10と同様）、清澄通りに抜けて月島駅まで出た後は東16と同じ経路をたどるようになっている。八重洲口側での通勤需要も見込んだということもあるのだろう。これの開業で東16のツインビル折り返しは減少したものの、全体としては東京駅側の本数がかなり増えて便利になっている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ダイヤ&lt;br /&gt;
　区の要請路線ながら、多くの本数が確保されている。特に土休日は終日ほぼ20分間隔で、なかなか分かりやすいと言えるだろう。晴海埠頭～深川車庫間は回送でまわしているようだ。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E9%8C%A613%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=35556</id>
		<title>都営バス錦13系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:38:53Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '急行05との関係(H16年度まで) 　地元密着型の路線で、南側では二股に路線が分かれるが非常に本数が多い。さて、その路線を使って...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;急行05との関係(H16年度まで)&lt;br /&gt;
　地元密着型の路線で、南側では二股に路線が分かれるが非常に本数が多い。さて、その路線を使って急行05が入庫していることをご存知だろうか。夕方に東京テレポートからひた走り、錦糸町駅に着いた急行05は、そのまま錦13・深川車庫行きとして営業入庫するのである。入庫という点では遠回りだし、効率だけ考えれば回送入庫にするのが良いのだろうが、夕刻の錦糸町駅発は乗客が多く、少し遅れると大混雑となることも珍しくない。そういう事情も手伝って、錦13の本線を補完する目的で運行されているのだろう。&lt;br /&gt;
　ちなみに、急行05の出庫は東京テレポート駅か新木場駅まで回送となり、錦13を使用しない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ダイヤ&lt;br /&gt;
　　基本的には甲と乙を交互に繰り返すパターンだが、朝ラッシュ時は豊洲への通勤輸送を考慮したためか豊洲方面が多くなっている。平日・土曜の朝のみには石川島播磨重工止まりがあり、そのまま折り返すことで効率的な運用ができるようになっている。出入庫は乙系統をそのまま使うほか、晴海埠頭～深川車庫という出入庫もある。都05と兼用となっており、時刻表上では一括して「都05」表示だが、方向幕は晴海埠頭行きが都05、深川車庫行きが錦13の表示となっている。なぜだろうか……。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E6%9D%B115%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=35555</id>
		<title>都営バス東15系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:36:36Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '東雲のパイオニア達 　　今や海01やら東16やらで賑わっている東雲付近のバスだが、昭和30年代のはじめにこのバスが開通したとき...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;東雲のパイオニア達&lt;br /&gt;
　　今や海01やら東16やらで賑わっている東雲付近のバスだが、昭和30年代のはじめにこのバスが開通したときは、はっきり言って何もなかったところであった。この61系統が現在の門19に続いて東雲に乗り入れた路線であり、昭和43年には深川車庫の開設により錦13とともに辰巳経由に変更、辰巳・豊洲や晴海から東京駅へと直通する足として非常に重宝されたという。しかし時は進み、湾岸地帯が開発され、路線網が充実するに従い、東15の占める割合は相対的に小さくなっていった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　それに追い討ちをかけるかのように有楽町線が新木場まで全通、住友ツインビルまで開通した枝線も数年経ったら東16と改番してこちらがすっかり主役になってしまった。ちなみに平成６年の聖路加ガーデンのオープン後に、東京駅八重洲口～聖路加病院の折り返し便が設定された。住友ツインビルの二匹目のドジョウを狙ったのだろうが、これは短命に終わっている。すっかり脇役となってしまった感のある東15であるが、今でも中央区・江東区を結ぶ地域の足として走っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東雲経由&lt;br /&gt;
　普通の東15は車庫から東雲都橋経由で豊洲駅に向かうが、朝のみ、東雲駅・辰巳駅を経由する[乙]がある。実は昭和63年の有楽町線全通までは辰巳経由が本線で、現在の経路は橋14（新橋～深川車庫）が走っていたのだが、橋14の廃止で東15は東雲経由に変更された。&lt;br /&gt;
　しかし住民の要望もあったためか、辰巳経由が半年ほどたって復活して現在に至る。方向幕も「辰巳駅」が青地に白ヌキ文字になった専用のものを用いている。朝のみの運転だけだが、休日も運転しているところが面白い。もっとも、本線の本数が減ってしまったため、乙もそれに合わせて本数がほとんどなくなってしまった。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E6%9D%B116%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=35554</id>
		<title>都営バス東16系統</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E6%9D%B116%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=35554"/>
				<updated>2008-08-07T05:34:12Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '帰ってきた東京直通便～ビッグサイト速達を捨てて～ 　東16が、平成15年３月に日本・エアガシス前～フェリーふ頭入口間を経路変...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;帰ってきた東京直通便～ビッグサイト速達を捨てて～&lt;br /&gt;
　東16が、平成15年３月に日本・エアガシス前～フェリーふ頭入口間を経路変更し、海01折と同じ経路になったが、この変更によって東雲都橋～有明テニスの森間では実に十数年ぶりの東京駅直通便の復活となった。&lt;br /&gt;
　今回の速達性を捨てた経路変更の意図を推測すると、突然発生する東雲駅前交差点を先頭にした慢性的左折渋滞を避けるためという理由が考えられるが、それ以外にも何かしらの理由がありそうだ。&lt;br /&gt;
　他に推測できる理由としては、ビッグサイト東駐車場に病院建設の計画があり、それによる道路付け替えという理由も考えられるが、この区間を走る急行05は経路変更をしていないので、これが理由とは考えにくい。&lt;br /&gt;
　まあどのような理由であれ、この変更によって恩恵を受ける人は多いことは確かであろう。テニスの森からの東京駅直通便、また海01の補完的役割を担うことになった東16。これからのさらなる活躍が期待される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
フライング方向幕&lt;br /&gt;
　平成15年３月の経路変更直前に新ルートの方向幕で運行する車両が多く見られた。&lt;br /&gt;
所属車両数の多い深川営業所では、一斉に全車両の方向幕変更作業を行うのは至難の業で、現在でも一部に旧幕車が混ざっている模様だ。そのため非交換車と区別するために幕を交換した車両には合成音声設定機に『新方向幕』(合成音声設定機で方向幕と行き先放送を一括して設定するため)というステッカーを貼っている。このような光景も、ＬＥＤ式行先表示器が登場したら見られなくなるのだろう…。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E9%8C%A618%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=35553</id>
		<title>都営バス錦18系統</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E9%8C%A618%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=35553"/>
				<updated>2008-08-07T05:32:38Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '今後に期待 　りんかい線の全通にあわせて、城東・総武線地域からのアクセスを改善すべく新規に開通した路線。しかしその区間...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;今後に期待&lt;br /&gt;
　りんかい線の全通にあわせて、城東・総武線地域からのアクセスを改善すべく新規に開通した路線。しかしその区間は、かつてレジャー路線として土休日のみ走っていた夢01とまったく同じである。こちらは平成12年に延長され、急行05として発展解消した。つまりこの路線は、現在の急行05の折り返し路線でありながら、違う系統番号（普通の系統番号）を与えられたものである。平日は通勤に徹する江東区南北連絡系統、そして土休日は華々しくお台場までという２つの顔を持っているというほうが正しいだろう。&lt;br /&gt;
　惜しむらくは、本数がかなり少ない船出となったこと。総本数が増やせないというのであれば、他系統からもう少し削ってでも本数を多くできなかったものかと思う。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス門19系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:31:34Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '軒先貸して母屋を取られる 　　門19（昔の東19）はもともと東京駅・門前仲町から豊洲・東雲方面への路線の総称であり、戦後すぐ...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;軒先貸して母屋を取られる&lt;br /&gt;
　　門19（昔の東19）はもともと東京駅・門前仲町から豊洲・東雲方面への路線の総称であり、戦後すぐに開通した東雲～東京駅南口の路線が母体となっている。ここで面白いのは、南口を発着としているくせに北向きの日本橋・永代通りに向けて走っていく点で、ターミナルの容量不足と思われる（北口発着のくせに南に向かうという逆の例も[東91]品川車庫～東京駅北口で存在した）。東雲地区が発展していくにつれ、本数も系統も増え、一時期は甲乙丙丁と4系統を持つ大所帯にまでなった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　しかし門19丁が海01と吸収合併されて朝夕のみ運転されていた乙が廃止されたのがケチの付け始め。超ドル箱だった深川車庫発着路線も有楽町線の新木場開通でその地位を失い、平成7年にはついに本線の甲系統が海01に吸収されて、単なる[海01]有明テニスの森折り返しに化けてしまった。残った深川車庫発着を細々と運行しているが、平成12年の大江戸線改編で本数を減らされてしまい、昔日の面影はほとんどない。ただ一つ挙げるとすれば、終バスの時刻が門前仲町発23:00と非常に遅いことだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
豊洲一丁目経由&lt;br /&gt;
　上でも挙げたように、もともと海01が門19を吸収しながら大きくなっただけあって、この２路線は門前仲町～東雲橋交差点間で完全に並行していた。これでは没個性ということなのだろうか、平成12年の大江戸線開通改編で越中島～豊洲駅間を豊洲一丁目・石川島播磨経由に変更された（甲）。ただし早朝深夜は海01の代替機能もあるため、従来通りの枝川経由で運転されている（乙）。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス西葛20系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:29:32Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '南葛西の動脈 　もともとは旧・新小20として、新小岩と葛西沖を結んでいた路線。その後東西線の開通にあわせるように南に南に...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;南葛西の動脈&lt;br /&gt;
　もともとは旧・新小20として、新小岩と葛西沖を結んでいた路線。その後東西線の開通にあわせるように南に南に路線がシフトし、系統名も葛西20となった。西葛西駅の開業後は朝夕を中心に西葛西駅折り返しが多数設定され、6年後には短縮されたが、系統番号はそのまま。「西葛」20と名乗ったのはさらに２年後のことであった。開通したころとは比べ物にならないほど発展した臨海地区の主要な系統へと成長している。&lt;br /&gt;
　臨海車庫行きの始発が5:20と異様に早いのは沿線に葛西市場を擁しているためであろう。これは既存の江東市場を移転して昭和57年より業務を開始したもので、青果市場と花卉（かき）市場がある。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス新小20系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:28:22Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: 'かわいそうな環七路線（江戸川ver.） 　都営新宿線の篠崎開業で新たにできた路線である。新たに共同運行路線を立ち上げたのがな...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;かわいそうな環七路線（江戸川ver.）&lt;br /&gt;
　都営新宿線の篠崎開業で新たにできた路線である。新たに共同運行路線を立ち上げたのがなかなか興味深いが、これは新宿線の開業で大きく減収となる京成バスがエリア拡大を目論んだという理由もあるのだろう。この路線が出来る以前、環七の鹿本中学校～一之江橋西詰間にはバスがなく、上一色や大杉付近はちょっと不便なところであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　開通当初は京成・都営を合わせて昼間でも20～30分に1本はあったが、新小岩駅の乗り場が北口という不便さも手伝ってか、営業係数の順位はいつでも下から数えたほうが早い状態。結局本数が増えることはなく、平成11年の船31（船堀駅～小岩駅）の試験運行開始でまたガバっと減らされてしまい、平均して1時間ごとという体たらくになってしまった。しかも平成12年に船31が試験運行を終了してもへ本数は元に戻らず、ジリ貧状態のままである。これを見ていると、同じ環七を走る路線ということもあって、お隣の王30を思い起こさせてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東新小岩三丁目止まり&lt;br /&gt;
　開通当初、京成は操車所の関係で東新小岩三丁目止まりであり、都営もそれに合わせていた。つまり都営は三丁目～四丁目の１区間だけムダなことに回送していた。相互乗り入れ系統は本数も区間も厳格に揃える必要があったのだが、平成8年に都営のみ東新小岩四丁目発着に改められた。もはや全てを揃える必要がなくなったのであろう。 &lt;br /&gt;
　都営の東新小岩四丁目の操車所は、蔵前橋通りから少し入ったところにあり、初めて訪れる場合はちょっと分かりにくいかもしれない。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス東20系統</title>
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				<updated>2008-08-07T05:27:17Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: 'MOTにいらっしゃい 　ＭOTの略称で知られる東京都現代美術館。MOTは&amp;quot;Museum of Contemporary Art Tokyo&amp;quot;の略である。 　この美術館は、都立木...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;MOTにいらっしゃい&lt;br /&gt;
　ＭOTの略称で知られる東京都現代美術館。MOTは&amp;quot;Museum of Contemporary Art Tokyo&amp;quot;の略である。&lt;br /&gt;
　この美術館は、都立木場公園内に平成７年に建てられた日本国内や海外の現代美術を紹介する常設展示と、大規模な企画展開催を行う日本初の本格的現代美術館である。室内は現代美術の大規模な作品も展示できる天井高の高い大きな展示空間が特徴で、野外にも様々な現代美術が展示している。&lt;br /&gt;
　企画展も『ジブリがいっぱい　スタジオジブリ立体造型物展』、『横尾忠則展～森羅万象～』『村上隆展～召喚するかドアを開けるか回復するか全滅するか～』『マンガの時代展－手塚治虫からエヴァンゲリオンまで－』などの話題性のある展示を行ってきた。&lt;br /&gt;
　しかしながらこの美術館はアクセスの不便さがネックであり、最寄り駅から徒歩で10分、最寄りバス路線も業10のみでいまいち行きにくい美術館であった。そんな事情を打破すべく平成13年に登場したのが東20。東京駅から現代美術館を経由して錦糸町駅までの路線である。&lt;br /&gt;
　本来なら現代美術館開館時に運行されていてもおかしくないような路線だが、新しい美術館の館長が石原慎太郎都知事に「美術館があっても交通手段がなければ、来る客も来ない」と言ったとかで運行開始となった、ちょっとお粗末なエピソードもある。&lt;br /&gt;
　運行開始当初は美術館開館時間帯の運行であったが、運行開始時からパターンダイヤの導入で美術館の足はもとより生活路線としても定着し運行時間帯も拡大された。&lt;br /&gt;
　東20の運行開始で美術館の面目挽回といったところか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ダイヤ&lt;br /&gt;
　東22と同じ区間を運行してはいるが、運用は全く独立しているようだ。従来の系統と異なり、東京駅側の本数が多いという異例の設定となっているが、東京駅～江東車庫をえんえん回送するというムダとも思える運用も存在した（現行ダイヤは不明）。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス亀21系統</title>
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				<updated>2008-08-04T10:35:20Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '八通り 　　比較的開通が新しい路線なので、「おや？」と思うかもしれない。亀高橋まで丸八通りを直進するが、特に都電がここ...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;八通り&lt;br /&gt;
　　比較的開通が新しい路線なので、「おや？」と思うかもしれない。亀高橋まで丸八通りを直進するが、特に都電がここに走っていたためにバスの開通が遅れていたわけでもない。実は北砂七丁目以北の丸八通りは、昭和40年代までは非常に狭いただの道であり、バスが通れるような環境ではなかった（なので門21の項に挙げた旧・東21は北砂七丁目止まりだった）。道路が開通したので、ようやく系統も開通したということである。平成13年には丸八通りを走る弟分・亀23も開通し、利便性が向上した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元八幡通りのお祭り&lt;br /&gt;
　袖ヶ浦から南砂三丁目にかけての元八幡通りは、もっとも亀21らしさを感じられる部分だと思う。道も狭く、いかにもローカルバスという雰囲気が漂い、どことなくのんびりとしている。&lt;br /&gt;
　ところで、この元八幡通り、年に数回お祭りのために歩行者天国となる。もちろん、バスも通行できなくなるため、亀21は元八幡から北上して葛西橋通りを通り、南砂四丁目から明治通り、という迂回経路を走る。元八幡～福島橋の各停留所は休止となり、迂回経路上に仮設されたり門21の停留所を間借りしたりしている。ところが、毎回のように対応停留所が変わっていたり、仮設停留所が立つ時もあれば無い時もあったりで、どうもやり方が安定しない。迂回する道は変わらないのだが、元八幡から葛西橋通りに出る丁字路交叉点がいつも渋滞し、ダイヤはいつも大幅に乱れる。いっそのこと、東砂六丁目から葛西橋通りに入っちゃえば、とも思うのだが、そうもいかない事情があるのだろう。そこそこ使いやすい亀21も、この日ばかりは、全然来ないイライラバス路線となる。&lt;br /&gt;
　そんなときは、なかなか来ないバスをイライラして待つよりも、お祭りの元八幡通りを歩いてみては？　葛西橋から歩いてもそう遠くないし、明治通りに出ればいくらでもバスが来る。童心に帰って露店をひやかしながら歩くのも楽しいものだ。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス葛西21系統</title>
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				<updated>2008-08-04T10:32:40Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '葛西東側の幹線 　葛西駅からコーシャハイム南葛西といえば、従来は堀江団地経由の葛西24乙であった。しかしイトーヨーカドー...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;葛西東側の幹線&lt;br /&gt;
　葛西駅からコーシャハイム南葛西といえば、従来は堀江団地経由の葛西24乙であった。しかしイトーヨーカドー前の道路が開通し、葛西24乙はそのままその通りに振り替えられて「葛西21」と名乗った。ついでに路線権確保のために運行しているとしか思えない臨海28丙（葛西臨海公園駅～なぎさニュータウン）も吸収、上記のような路線になった。といってもメインは葛西駅～コーシャハイムの路線で、本線である葛西臨海公園駅発着は本数も少なく、扱いはほとんど出入庫である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヨーカドー送迎バス&lt;br /&gt;
　葛西21は葛西駅とコーシャハイム南葛西を経て葛西臨海公園駅前までの路線で、沿線の目玉施設は東葛西８丁目と９丁目の間にある日帰り温泉と、東葛西９丁目の目の前にあるイトーヨーカドー葛西店である。&lt;br /&gt;
　さて、イトーヨーカドー葛西店は、加熱する葛西地区スーパー戦争エリアの東端に、平成11年７月にグランドオープンした。このエリアは競争が激しく、ヨーカドーは既存店舗とは異なる広い店内と、専門店街の充実展開で差別化を行い、さらに平成15年には23時間営業の「インターネットスーパー」の開店を行った。&lt;br /&gt;
　そしてもう一つ注目すべきところは、駅から遠いという立地条件をカバーすべく23区内では珍しいバスを使った送迎バスを運行している。もちろんバスの運行は都営バス。これは、他のイトーヨーカドーではほとんど見られない葛西店のみの独自サービスといえる。&lt;br /&gt;
　以前は葛西駅からの他に土・休日に限り西葛西駅からの送迎バスも運行していた。西葛西駅からは清新町・臨海町２丁目団地を経由し、もちろん客扱いも行ってイトーヨーカドー葛西店まで運行していた。もっとも、これはイトーヨーカドー葛西店をアピールするための運行であるため、短期間で終了となったが、西葛西駅には『イトーヨーカドーへは、葛西駅から送迎バスをご利用ください』という告知がしばらく残っていた。&lt;br /&gt;
　現在、送迎バスは平日は30分、土・休日は15分間隔で運行しており、土・休日になるとバス停には長蛇の列で、バスは超満員という光景も珍しくはない。また送迎バスの乗務員運用は、送迎バスだけでダイヤが組まれているのが特徴で、臨海車庫のみならず、東小松川分駐所から出庫する運用も存在している。&lt;br /&gt;
　いろいろと調べてみると、この他に経路変更も行われている。一口に送迎バスといえども、奥が深いものである。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E9%87%8C22%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=34816</id>
		<title>都営バス里22系統</title>
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				<updated>2008-08-04T10:30:25Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '明治通り 　亀戸駅から明治通りをひたすら走り、山手線と交叉する手前で三河島駅に入り、日暮里駅までを結ぶ路線。非常に歴史...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;明治通り&lt;br /&gt;
　亀戸駅から明治通りをひたすら走り、山手線と交叉する手前で三河島駅に入り、日暮里駅までを結ぶ路線。非常に歴史が古く、終戦時には既に三ノ輪橋～亀戸駅が存在していた。本数も多く、都08（旧・里23）とは区間の上でも系統番号の上でも正に兄弟と呼べる関係である。新小21や里23とともに８番目の都市新バスの候補に挙げられたものの、結局お隣の里23が装いを新しくすることになった。ちなみにバブルが華やかなりし頃、日暮里駅から白鬚地区まで新交通システムを建設するという案があった。今から思えばホントに夢物語である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　平成14年には南千住駅東口のバスターミナル完成に伴って南千48が開業。ほとんど里22の枝線みたいなもので、ダイヤも共通で組まれている。昼間のみの運転だが、1/3程度が南千48に振り替えられたため、里22の全線通しは昼間で約15～20分おきに減ってしまった。余談だが、誤乗防止のために、南千48の方向幕は都04と同じような濃緑地に白抜きとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ダイヤ&lt;br /&gt;
　里22と南千48はダイヤ上はまったく共通で、南千48の運用が終わると、そのまま里22南千住行きとして車庫に帰っていく。南千住駅東口発着で出入庫というのは存在しないようだ。里22入庫は泪橋から分岐して一つ先の南千住まで営業運転するが、出庫は本線上の泪橋から客扱い開始である。上46でも見られるが、このような例はなかなか珍しいと言えるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　亀戸・日暮里双方から出入庫が存在するが、日暮里発着の出入庫がやや多いようだ。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E6%96%B0%E5%B0%8F22%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=34815</id>
		<title>都営バス新小22系統</title>
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				<updated>2008-08-04T10:28:59Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '赤バスはおまけつき 　新小22葛西駅発の終バスは、一之江駅・松江経由で船堀駅行きとなっている。これは東小松川分駐所に入庫...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;赤バスはおまけつき&lt;br /&gt;
　新小22葛西駅発の終バスは、一之江駅・松江経由で船堀駅行きとなっている。これは東小松川分駐所に入庫するためだが、東小松川一丁目から先、新小21の経路で船堀駅まで運転している。なぜ松江あたりで運行を打ち切らないで本線を離れてまで営業しているのか……。どうやら新小21の最終に連絡して新小岩駅まで行けるようにするためらしい。&lt;br /&gt;
　東小松川一丁目の停留所は亀26とそれ以外では大きく離れており、経路の関係で亀26のポールに止まらざるを得ないため、ここで乗り換えると非常に時間がかかってしまう。さらに今井・松江方面から新小岩駅の便はもう終了している。そこで横断歩道を使って簡単に逆側に渡れるような東小松川二丁目等で乗り換えてもらえるように、最終のみ船堀駅まで営業運行しているらしい。面白い試みである。ちなみにこの運行は、船堀駅近くに江戸川営業所があったころから存在した、歴史の長いイレギュラー運行である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ダイヤ&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E8%91%9B%E8%A5%BF22%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=34814</id>
		<title>都営バス葛西22系統</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E9%83%BD%E5%96%B6%E3%83%90%E3%82%B9%E8%91%9B%E8%A5%BF22%E7%B3%BB%E7%B5%B1&amp;diff=34814"/>
				<updated>2008-08-04T10:27:46Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '「雷」 　　仲町～雷～浦安橋の区間。現在は葛西22の区間となっているが、一昔前は亀29の本線がここを通って浦安まで行っていた...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;「雷」&lt;br /&gt;
　　仲町～雷～浦安橋の区間。現在は葛西22の区間となっているが、一昔前は亀29の本線がここを通って浦安まで行っていた。しかしこの雷付近の区間はどうも不採算だったようで、この地区の路線再編の度に槍玉に挙げられていた。本数も少なく、営業係数もビリに近かった。この葛西22は、元は新小22の浦安側を切り離したもので、浦安終点（駅）から東京都に入って今井地区を一周して戻ってくると言う路線であった。しかし切り離されただけあって、この路線もご多分にもれず不採算。千葉県側は切り捨てて葛西駅発着となったが、昭和61年・新宿線延伸再編時に２系統の余った部分をドッキング、現在のような路線が出来上がった。新小22と一之江駅～下今井間で併走しているのが、唯一の分割された名残である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　さて、その「雷」であるが、葛西駅の南にあるものの、ニュータウンらしい他の部分と比べると、どことなく昔の雰囲気が漂っている。&lt;br /&gt;
　江戸川区、葛西駅の南西に位置するバス停留所。東西線よりも南にあるが、古くからの集落だったらしく、戦後すぐの時点で現在の亀29がこの道を通っている。「仲町東組」や「雷上組（いかずちかみぐみ）」などの歴史を感じる停留所名や、整理されていない昔ながらの道路を走っているのを見ると、昔からあったことを実感できる。もとはこの地域の字名であったが、今はバス停等に痕跡を残すのみとなっている。&lt;br /&gt;
　昭和50年代に入るまでは、葛西駅の南を走る路線は基本的にこれしか存在しなかったことからも、ここだけは集落が最初から存在していたことが分かるだろう。現在は普通の住宅地やマンションが広がるが、一歩入ると屋敷があったりして、かつての面影を感じさせる。&lt;br /&gt;
　このほか、地元に古くから伝わるものとして、「雷の大般若」という奇祭がある。女装して本尊を収めた箱を担ぎ、地域の家々を回って歩き、無病息災を祈願するというものである。江戸時代の末期にコレラが流行ったとき、ある和尚が大般若経を背負って家々を回った、コレラの被害が生じなかったことがきっかけで起こったと言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
地ビール製造体験&lt;br /&gt;
　妙見島、という島をご存じだろうか。東西線で旧江戸川の鉄橋を渡るときに見える清掃車の駐車場があるあの島（というか中州）である。ちなみに住所は江戸川区東葛西、市外局番はもちろん東京03。&lt;br /&gt;
　この島の名物が地ビール醸造所「浦安橋ブリューワリー」。しかも、予約すれば自分だけのビールが造れる。モルトを砕いたりする作業も体験可能。ラベルも自分で貼れる。経営は地元では有名な河内屋酒販。&lt;br /&gt;
当たり前のことだが、自家用車で行けばドライバーは試飲できない。地ビール飲みに都バスで行こう。葛西22で浦安橋下車。浦安橋を浦安方向へ渡る途中に、島に上陸する取り付け道路がある。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス錦22系統</title>
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				<updated>2008-08-04T10:23:42Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '出入庫型新路線 　平成16年に、永代通りの延長部分が開通した。明治通りが交叉する日曹橋から先、南砂町・新砂を通り、荒川を...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;出入庫型新路線&lt;br /&gt;
　平成16年に、永代通りの延長部分が開通した。明治通りが交叉する日曹橋から先、南砂町・新砂を通り、荒川を渡って西葛西駅の南までの区間が一気に開通し、力不足となっていた葛西橋と国道357号の荒川河口橋の間に、新たに清砂大橋が架けられた。&lt;br /&gt;
　[錦22]はこの延長区間を走る新設路線であり、江東運転免許試験場から西葛西駅南までの区間は独自区間となっている。[錦22]は平成17年４月１日開業で、所管は臨海（はとバス委託)。錦糸町駅発着の[東20]・[錦11]の２路線が新たにはとバス委託されるのに伴い、出入庫系統として新設された。昨年の[臨海22]臨海車庫～船堀駅に引き続き、出入庫専用系統であるがまだまだ珍しい存在である。&lt;br /&gt;
　錦糸町駅から葛西臨海地域を結び、葛西橋経由の各系統と比べて渋滞もほとんどないためにスムースな移動が可能となっている。しかし、出入庫系統のために運行間隔が非常に偏っているので注意されたい。&lt;br /&gt;
　新設区間には６箇所の停留所が設けられたが、このうち「新砂三丁目アパート」・「江東高齢者医療センター入口」と、「清新町健康サポートセンター」・「西葛西駅南」はそれぞれ非常に近接している。西葛西駅南から先は[西葛20]などと併走するが、西葛西駅ロータリーには入らないため、「清新町健康サポートセンター」・「西葛西駅南」の各停留所を利用することになる。また、西葛西駅南停留所は[西葛20]なども通過するが、停車するのは[錦22]だけである。「南砂町駅入口」から南砂町駅ロータリーまでは歩いて２～３分だが、ここで乗り換える意義はあまりないであろう。&lt;br /&gt;
　また、東陽町駅の臨海車庫行きの乗り場は四ツ目通り上の[東22]の停留所と、永代通り上の[都07]などの停留所と２箇所に停車するのも特徴である。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス平23系統</title>
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				<updated>2008-08-04T10:21:56Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '江戸川区を縦断 　起点が葛西駅、終点が平井操車所。実はどちらも江戸川区である。途中で都営新宿線と交差するのだが、船堀と...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;江戸川区を縦断&lt;br /&gt;
　起点が葛西駅、終点が平井操車所。実はどちらも江戸川区である。途中で都営新宿線と交差するのだが、船堀と一之江のちょうど中間を通っているので連絡していないというのは面白い。昭和20年代に開通したときの当初の起点は昔から町があった三角で、この時点から路線の骨格はほぼ定まっていた。その後、平井駅から先、平井七丁目地区へと延長され、三角側は東西線の開業とともに葛西駅まで延長された。一時期浦安まで延長されたものの、すぐ短縮されている。上の歴史の表ではいろいろな変化が書かれているが、基本的な線は昔から変わらないと言えるだろう。なお、[平23乙]開業後は本家本元ということか[甲]を名乗っていたが、方向幕には記載されなかった。25年が経ち、[乙]が[上23]と改番され、しばらく時間を置いてから正式に系統番号からも甲が抜けた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　変化と言えば、平井側の放射120号と葛西側の折り返し線が挙げられるだろう。前者は京葉道路から平井駅までの区間を新道に切り替えたものである。それまでは昔ながらの路地を通っていて、かなりスリリングだったが、これで改善された。平井駅から先も建設が進んでいる。[上23]の東墨田地区の経路が新道経由となり時間短縮されたのは記憶に新しいが、平井駅～東墨田の間も経路変更がなされるのか要注目である。後者は都営新宿線の一之江駅開業とともに開設された枝線で、基本的に朝夕のみ運転。葛西駅から通常の平23の経路をたどった後、今井街道とクロスするところで左折、一之江駅に向かっていた。しかし乗客は思ったほど定着しなかったのか、平成12年限りで廃止されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　最近、その代わりに開設されたのは平井駅止まり。朝ラッシュ時のみ設定され、平井駅～京葉道路が新道経由になった平成12年より設定された。所要時間を短縮する目的で、平井駅から北側を全て[上23]に任せて撤退する布石かとも噂されたが、その後のダイヤ改正でも特に増えていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平井六丁目交番!?&lt;br /&gt;
　こちらを参照のこと。暇があったら停留所名の変遷を調べてみよう、と思う……&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

	<entry>
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		<title>都営バス上23系統</title>
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				<updated>2008-08-04T10:20:25Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '謎の系統番号 　　もとは41系統として平井駅～押上～東日本橋～東京駅を結んでいた。その後短縮や分割を経て出来たのがこの平23...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;謎の系統番号&lt;br /&gt;
　　もとは41系統として平井駅～押上～東日本橋～東京駅を結んでいた。その後短縮や分割を経て出来たのがこの平23乙である。ここで謎なのは、なぜわざわざ元から存在する平23（前ページ参照）の枝系統であるかのような番号を付けたのかである。もちろんこの２つは出自も別ならば、一緒になっていたという事実もない。路線成績も別建てであり、案内の観点からも一緒の番号というのはいただけない。唯一理由を挙げるとするならば、この名をつけた当時は所管が同じだったことであろうか。いっぺん当時の責任者に話を聞いてみたいものだ。&lt;br /&gt;
　開通当時は押上止まりとあまり利用価値が無かったが、２年後には両国駅まで延長、平成２年には錦37と経路を振り替える形で何と浅草・上野まで延長し、下町を横断する長い路線となった。平成13年には東墨田地区の経路を単純化するのと同時に「上23」と漢字を変更し、これで二重状態はようやく解消されたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
墨田区役所経由&lt;br /&gt;
　平成2年に墨田区役所が両国・横網から吾妻橋のそばに移転し、区役所輸送として門33折返・豊海水産埠頭～墨田区役所が開設された。しかし2年ほどでこれは廃止され、改めて平23乙の枝線として、新四ツ木橋から八広・押上駅・本所吾妻橋・墨田区役所（新四ツ木橋発のみ）を経由して浅草寿町に至る路線が作られた。押上駅付近で通常の平23乙と経由が異なったり、新四ツ木橋を終点としたのは、既存の路線を使っても新・墨田区役所に行けない地域を解消するねらいがあったのだろう。&lt;br /&gt;
　この系統は「平23乙折返」と名付けられた。経路が違うが、行き先が同じ（浅草寿町行きは本家・平23乙にも存在する）という設定はやはり問題があるように感じる。それだったら現在の平23乙も同様に上野方面を全て墨田区役所経由とすれば……と思ったが、そうはならなかった。結局平23乙折返は本数も少なく、乗客も少なかったこともあって上23の改番の際に廃止された。しかし墨田区役所経由は上23・平井駅発として存続した。通常経由の他に押上駅・墨田区役所経由が存在することになり、誤乗防止のために幕が緑色になった。ついでに番号も変えてあげればより良かったと思うのだが……。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
木下川小学校&lt;br /&gt;
「きねがわ」と読む。かなりの難読地名である。向かいの葛飾区にも「きねがわ」の名が見えるが、あちらは「木根川」。どうやら昭和の初期に、読みにくいためか地名の漢字を変更したためらしい。本来は「きけがわ」と呼び、室町時代には「木毛河」と表記していたものの、その後「木毛川」に変化し、訛った結果現在の読み名になったらしい。&lt;br /&gt;
　さて、そこにある小学校が木下川小学校である。平成13年の改編で都道の開通とともに東墨田地区の経路が簡略化それ、新たに入庫用として木下川小学校行きが誕生した。またこの経路変更前は「木下川小学校正門入口」なる停留所も存在し、どんな大きな小学校かと思って行ってみると……その小学校は、児童数30人未満という墨田区でも一番小さい小学校であった。アットホームな雰囲気が売りだったらしいが、結局時代の波には逆らえず、第五吾嬬小・更正小とともに統合され、廃校となった。それでも、バス停の名称は木下川小学校として残っている。行き先にもなっているため、変更したらしたでコストが大きいためであろう。（→その後、東墨田会館に改称された）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
平井操車所行き&lt;br /&gt;
　平成15年４月の改編で、平23が平井操車所～平井駅を短縮するのにともなって出来た代替系統である。もっとも、平井操車所から歩いてすぐのところに平井六丁目交番停留所があるため、影響は少ないと見られたためか、必要最低限の出入庫としての本数しか走っていない。もともと上23は平井駅に到着後、平井操車所まで回送して休憩する運用が存在したが、それを営業運転させることで落ち着いたようである。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス亀23系統</title>
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				<updated>2008-08-04T10:18:31Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '南砂町駅前 　　地下鉄東西線で初めて南砂町駅で下車してみた日のことは、今でも鮮明に覚えている。東出口の階段を上り、地上...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;南砂町駅前&lt;br /&gt;
　　地下鉄東西線で初めて南砂町駅で下車してみた日のことは、今でも鮮明に覚えている。東出口の階段を上り、地上に出た僕の目に映ったのは、正面にある自転車置き場と公園、その向こうに見える低層の団地だけだった。駅前に車の通れる道路がない！　こんな駅は初めてだ。今思うと、視界の端には商店があり、その前までは車も入って来れるのだが、駅前にタクシーの姿も見えない(入って来れない)ことは事実である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　その南砂町駅東出口に、平成13年夏、駅前広場が整備されて都営バスも発着するようになった。とはいえ、駅前広場と反対側(北側)の昔からある階段を上った後に見える光景は今も変わらない。平成14年６月、高齢者に対する高度専門医療を実施する「江東高齢者医療センター」が新砂地区に完成。昨年開通したばかりのこの系統も、延長（日中のみ）、増便がなされた。朝夕は通勤客を満載、そして昼は病院輸送と、新しい系統ながら様々な面を持っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こんな要望も&lt;br /&gt;
　亀23の場合、朝夕は通勤需要の望める亀戸駅～南砂町駅で折り返し運転しており、江東高齢者医療センター行きとなるのは亀戸駅発8:38（平日ダイヤ）からである。最近要望が多いのが、8:24発の南砂町駅行きを医療センターまで延長して欲しいというもの。というのも、8:38発の医療センター行きに乗っても、南砂町に着くのは9:00を少し過ぎたころである。病院で効率よく診察してもらうためには診療開始時刻である9:00前に着くことが欠かせず、延長が所望されているわけだ。はてさて、いったいどうなることやら？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
英語の勉強。&lt;br /&gt;
　geriatric 形．老人病の～&lt;br /&gt;
　派生語：geriatrician　名．老人病学者　geriatrics　名．老人病学&lt;br /&gt;
しかしながら、停留所のローマ字は「Koto-koreisha-iryo-center」だったりする。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス亀24系統</title>
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				<updated>2008-08-04T10:17:27Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '２つに分けられて 　浅草から本所・横川・亀戸駅を抜け、東大島駅・葛西橋まで達する路線で、比較的短い亀戸駅～葛西橋の[甲]...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;２つに分けられて&lt;br /&gt;
　浅草から本所・横川・亀戸駅を抜け、東大島駅・葛西橋まで達する路線で、比較的短い亀戸駅～葛西橋の[甲]と、浅草寿町～東大島駅を走る、長めの[乙]から成り立っている。[上26]の分割以来、亀戸駅を貫通して走る路線はこれだけとなっている。もともとはお察しの通り１つの路線として浅草寿町～葛西橋を走っていたのだが、都営新宿線開通時の再編により、今の形に分割された。亀戸駅で単純に分割せず、甲と乙で重複区間を設けたのは面白い。以後この状態が維持されるが、最近になって[乙]の減り方が大きくなり、ついに平成14年4月より浅草寿町～亀戸駅という折り返し系統が昼間に出現した。このせいで東大島までやってくる[乙]は昼間は1時間に1～2本になってしまっている。これを考えても、地下鉄連絡という視点からも、相変わらず東大島駅バスターミナルを素通りして亀戸駅へと向かう[甲]を乗り入れさせてあげればいい、と思うのだが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
系統番号&lt;br /&gt;
　亀24甲・亀24乙という２つの系統が並存する状態（方向幕などに甲乙の区別はなし）状態が長く続いたが、平成14年５月に何と浅草方の亀24乙を草24と改番した。同時に改番した錦28乙→平28や、平成13年実施の平23乙→上23など、最近は系統番号の付け方のポリシーが多少変わっているようだ。いずれにせよ、旅客にとって分かりやすい系統番号の細分化は歓迎したい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
黒幕&lt;br /&gt;
　上述の草24・亀戸駅発着の方向幕は黒地に白字。これだったら草24全てを黒幕にしたほうが良さそうなものだが、そうなっていない。なぜこれだけ色を変えたのだろうか……。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス草24系統</title>
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				<updated>2008-08-04T10:16:12Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '２つに分けられて 　浅草から本所・横川・亀戸駅を抜け、東大島駅・葛西橋まで達する路線で、比較的短い亀戸駅～葛西橋の[甲]...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;２つに分けられて&lt;br /&gt;
　浅草から本所・横川・亀戸駅を抜け、東大島駅・葛西橋まで達する路線で、比較的短い亀戸駅～葛西橋の[甲]と、浅草寿町～東大島駅を走る、長めの[乙]から成り立っている。[上26]の分割以来、亀戸駅を貫通して走る路線はこれだけとなっている。もともとはお察しの通り１つの路線として浅草寿町～葛西橋を走っていたのだが、都営新宿線開通時の再編により、今の形に分割された。亀戸駅で単純に分割せず、甲と乙で重複区間を設けたのは面白い。以後この状態が維持されるが、最近になって[乙]の減り方が大きくなり、ついに平成14年4月より浅草寿町～亀戸駅という折り返し系統が昼間に出現した。このせいで東大島までやってくる[乙]は昼間は1時間に1～2本になってしまっている。これを考えても、地下鉄連絡という視点からも、相変わらず東大島駅バスターミナルを素通りして亀戸駅へと向かう[甲]を乗り入れさせてあげればいい、と思うのだが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
系統番号&lt;br /&gt;
　亀24甲・亀24乙という２つの系統が並存する状態（方向幕などに甲乙の区別はなし）状態が長く続いたが、平成14年５月に何と浅草方の亀24乙を草24と改番した。同時に改番した錦28乙→平28や、平成13年実施の平23乙→上23など、最近は系統番号の付け方のポリシーが多少変わっているようだ。いずれにせよ、旅客にとって分かりやすい系統番号の細分化は歓迎したい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
黒幕&lt;br /&gt;
　上述の草24・亀戸駅発着の方向幕は黒地に白字。これだったら草24全てを黒幕にしたほうが良さそうなものだが、そうなっていない。なぜこれだけ色を変えたのだろうか……。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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		<title>都営バス葛西24系統</title>
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				<updated>2008-08-04T10:13:42Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;ビッドル: 新しいページ: '渋滞多発 　「みんくるガイド」だけ見ていると遅れとは無縁のところを走っているように感じるが、実は遅れることの多い路線で...'&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;渋滞多発&lt;br /&gt;
　「みんくるガイド」だけ見ていると遅れとは無縁のところを走っているように感じるが、実は遅れることの多い路線である。特に土休日に多い。右左折が多くて信号に引っかかりやすいということもあるが、環七や、葛西中央通り（葛西橋通りとクロスする部分）での渋滞も多いためだ。特に後者は環七の抜け道となっていることで交通量も多く、また途中にあるホームセンター島忠の出入待ちの車で進むのに難儀することもある。&lt;br /&gt;
　そのような影響を少なくするためか、なぎさニュータウンで多少は余裕のある折返し待ち時間を取っている。&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>ビッドル</name></author>	</entry>

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