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		<title>Yourpedia - 利用者の投稿記録 [ja]</title>
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		<updated>2026-04-05T14:26:55Z</updated>
		<subtitle>利用者の投稿記録</subtitle>
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		<title>ウィキペディア日本語版の管理者</title>
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				<updated>2022-07-12T12:04:31Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;コロナの真実を減ぼす: 韓国統一教会 (トーク) による版 398960 を取り消し&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ウィキペディア日本語版の管理者'''（ウィキペディアにほんごばんのかんりしゃ）とは、[[ウィキペディア日本語版]]において、一般利用者には許されていない特種な操作を許された利用者群の一つ。いわゆるシステムオペレータ（SYSOP）のことである。本ページにおいては便宜上、既に辞任した、もしくは解任された元管理者についても同時に解説する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
当然ながら、全員10年・15年選手のウィキホリックでもある（任期は存在しない。一旦権限を手に入れたらTietewやLonicera、KMTのように失踪したり、W.CCやKs aka 98のように自分から降りたりしない限りいつまでも権利を保持し続けられる）。ウィキペディア日本語版を“おたくWiki”化しようと企む、規約原理主義者、要出典マニア、削除依頼マニア、アスペルガー症候群だらけである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
管理者陣のセンスを物語る上であげられるものとしては、エイプリルフールネタの削除問題である。削除依頼の措置が2009年以降毎年のようにずれこみ、強硬な存続意見があるわけでもないのに5月以降になる年も珍しくない（[https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=Wikipedia:%E5%89%8A%E9%99%A4%E4%BE%9D%E9%A0%BC/2017%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BC%E3%83%AB%E8%A8%98%E4%BA%8B&amp;amp;action=history]-2017年、[https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E5%89%8A%E9%99%A4%E4%BE%9D%E9%A0%BC/2016%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BC%E3%83%AB%E8%A8%98%E4%BA%8B]-2016年）。まともな人間がエイプリルフールから何日もたってエイプリルフールネタの話をしたがるとでも思っているのだろうか（特に居座り続けている[[wiki:利用者‐会話:Miya/subj/エイプリルフールの項目|この管理者]]）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在のところ管理者には誰でも立候補でき、7日間の質疑応答、7日間の信任投票が行われ、75%以上（賛成が反対の3倍）かつ10票以上の信任票を得られれば、誰でも管理者になれる。なお、一度管理者となった人物の適性に疑問が生じた時でも、辞任・解任に追い込むのはシステム上非常に困難である&amp;lt;ref&amp;gt;解任動議は誰でも出すことができるのだが、もし解任投票が行われたとしても、管理者は高々過半数の留任票を得られれば、解任はされない事になっている。就任の際の基準が75%であることに比較して、非常に解任されにくい。&amp;lt;/ref&amp;gt;。事実上、数年がかりでロビー活動を行いログを集め、包囲網を構築せねばならない。このため、時期によっては不良管理者がそれなりに幅を利かせていたりするのもある意味事実である。会話ページに他の管理者から苦言が呈されているような管理者は要注意である&amp;lt;ref&amp;gt;特に削除された記事などは、管理者や削除者でないと見る事ができない。このため、一般利用者は苦言を呈そうにも、そもそもどのような問題行為があったのかすら察知不可能な場合も多々ある。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちなみに正確性は不明ながらある集計によれば、2016年10月時点で歴代135いる管理者のうち、19人が'''複数の'''「良質な記事」の主執筆者となっているという。あまりに数が多くなりすぎるので(良質な記事は1000本以上ある)集計には1本のみの人物は含まれていないため、それを含めた「良質な記事」執筆管理者の実数は不明。やはり優秀な執筆者は、管理者に選出されやすいようだ。ちなみに1位はSumaruの28本、2位がMaximusM4の23本、3位はPeccaflyの14本であるとのこと。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==現在の管理者==&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Araisyohei}}===&lt;br /&gt;
Ohgiの推薦で立候補した管理者。活動開始はなんと！！！！！2003年！！！！！古巣である。活動頻度はそこそこ。管理者就任後は編集合戦なのに半保護としたり、存命人物記事や新規利用者についての方針の理解に欠けていたためコメント依頼が提出されたが、多くの指摘によって改善されたのでまあよし。しかし古巣なのに理解欠けてるなんて…また唐澤貴洋にも似ている&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Faso}}===&lt;br /&gt;
「OCNの広域ブロックに精を出す管理者」との批判がなされている。mixiはすでに退会済みだが、かつては猿壱號という名義で登録してあった。wikichekerによれば、主に日中に活動している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
東大、東工大など一流大学のIPアドレスを全てブロックした{{要出典|date=2016-12}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かつてはCU権限を持っていた。しかしウィキメディア財団への本人証明を拒否し、CU権限を剥奪されてしまったらしい{{要出典|date=2016-12}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Halowand}}===&lt;br /&gt;
静岡県在住。19歳のころからウィキペディアに参加し、22歳で管理者となる中毒者。午前1-5時の編集が多く、昼は寝て夜は起きているという生活をしているのだろうと推測される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Infinite0694}}===&lt;br /&gt;
アニメ記事を執筆するがアニオタではない。スレではインフィニと呼ばれてる。2017年5月16日、食道癌が悪化し引退宣言したが、良性のものだったとして同月23日には復帰した。因みにこれは管理者就任前のことである。7月には管理者に立候補、見事当選する。また、グローバルでは巻き戻し者や管理者を務めているという重鎮。一括保護や一括版指定削除のツールを作成したのもこの管理者。すごい…さらに2020年には騒動を起こし退任した[[rxy]]と交代する形でチェックユーザー、オーバーサイトなどの上位権限に立候補し信任され、強大な権力を掌握。実質的にウィキペディア日本語版の「最高指導者」のひとりとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Jkr2255}}===&lt;br /&gt;
アカウント作成が2005年と、かなりの古参組。2011年より管理者・ビューロクラット。何故か署名の'''22'''の部分が色つきである。相当なご年齢であろうから、署名についても落ち着きを持って貰いたいものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Kanjy}}===&lt;br /&gt;
ビューロクラット・チェックユーザー保持者の中で一番の人格者。だがリアルの仕事が忙しいのか活動頻度は高くなく、廃人共からは役立たず呼ばわりされている。しかしウィキでは珍しいまともな人らしく、管理権限を与えるなり基地外になる他の連中と対比するとずっと安心出来る良管理者と見て良いようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Kinori}}===&lt;br /&gt;
「各種方針を無視し、管理者としての権限を好き勝手に濫用する人物」という真実をついた発言が、他の利用者から出ている{{要出典|date=2016-12}}。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Kubou}}===&lt;br /&gt;
2回管理者に立候補し2回目で当選した（1回目の立候補地点での投稿回数は309回だった）。特に悪意もなく管理者に立候補したのだが、投稿回数が少ない等の理由から偉そうな管理者・偉そうだが偉くない自警利用者・管理者ではないが、管理者同然に振舞う者達によっていじめられてしまった。活動頻度は中。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Kurihaya}}===&lt;br /&gt;
2007年から務める有数の長期在任者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Marine-Blue}}===&lt;br /&gt;
{{2組}}ありふれた名前だと知りつつMarine-Blueの名を登録し他方で他人が「マリン」、「ブルー」、「蒼海」などと付く名を名乗るのは認めないという自己中心的との指摘がある。他人が類似のアカウントを取得すると即座に飛んでいって警告する。これに関連し、アカウントユーザーをいきなり無期限ブロックを行ったらしいがソースは不明。「ウィキメディア関連で400以上もアカウントを持っているらしい」と威張っている。好物は餃子らしい。2010年6月にCUに立候補した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
数少ないCU係でありながら依頼を長期間放置し、ログが見つからないとの理由でブロック該当者を見逃すが、見付からなかったなら仕方ない。また他の管理者からも目をつけられていたユーザーがソックパペットを見抜かれ、チェックで同一人物であることが明白になったにもかかわらずブロックに反対{{要出典|date=2016-12}}。もはや覗き見目的でCU係を続けているとしか言えない状態である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2017年6月9日に一度管理者を辞任したが、2021年7月22日に管理者に復帰した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|MaximusM4}}===&lt;br /&gt;
{{Main|MaximusM4}}&lt;br /&gt;
アカウントは自身が使っているPCのMB名にちなむという。2012年9月に信任ラインギリギリで管理者就任。比較的多く記事を長期間（≒無期限）の半保護に掛ける・広域ブロックと称して全く関係のないIPアドレスまで無期限ブロックに巻き込んでいる、模様（？）で 荒らしではない普通の利用者や悪意のないユーザーでも記事を書けなくなるという問題が発生しているらしい。事実とすればある意味[[海獺 (利用者)|海獺]]の後継者、鉄オタ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Miya}}===&lt;br /&gt;
'''2004年から'''務める最長在任の管理者。過去に、現役管理者であるにも関わらずChatamaに投稿ブロックされた事がある筋金入りの荒らし&amp;lt;ref&amp;gt;恐ろしい事に、現役管理者がブロックされると言うケースはそれほど珍しいものではないのだ・・・。&amp;lt;/ref&amp;gt;。「他人のコメントや都合の悪いエントリーをはてなダイアリーから一括削除したことで有名になった女性」と言う「武勇伝」が飛び交っている。悪名高きLoniceraの追放に反対した事でも知られるウィキペディア日本語版の酒井法子であり、ブロックした利用者からブラクラを踏まされて嘲笑された事がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いまだに（いつ時点？）たまに改行の仕方がおかしかったりする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
猫森日記に「co.kyoto=hatukanezumi=aphaia」とコメント欄に投稿すると必ず削除される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
対外インフォメーション係も務めているため(現在はOTRSと言う。info-jaと言っても通じる){{WP2|イオンド大学}}の旧版と{{WP2|平和神軍観察会事件}}を「“大学”から申し入れがあった」という理由で保護し、イオンドについては新版を初めからやり直すことを余儀なくさせた大馬鹿でこれが因で有名人となった。詳細な経緯は{{WP2|ノート:イオンド大学}}を参照。他には引退した元AV女優の項目を独断で削除するなりした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今ではもう剥がしているが、かつては「'''Wikiって略すな'''」という画像を貼っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Wiki:LTA:SANNET|LTA:SANNET]]のことをよく知らず投稿ブロック依頼とある店舗を保護し、長期の荒らしであるにも関わらず安易に荒らしと呼ぶべきではないと注意している。しかもそいつが彼女の会話ページに泣きついてくるので、{{WPuser|Cpro}}によって会話ページを保護される。しかし全く気にしないので、やはり相手にする気はないようである。基本的には素っ気ないタイプのようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Mobnoboka}}===&lt;br /&gt;
かつてはじゆにちとか名乗っていたらしい。古風な喋り方をすることから脳味噌が中世でストップしているのかもしれないし、または仏教関係者かもしれない。「モブの馬鹿」と言われると怒る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Muyo}}===&lt;br /&gt;
2008年に就任。本名・藤田拓也。福岡県在住の鉄ヲタ、バスヲタ。Wikipediaの外では「かもめみどり」などの名義を使って活動している。名前は「無用」と読み、自分で自分の事をいらない子と名乗っている卑屈なマゾヒストであることが窺える。ありがとうございます。&lt;br /&gt;
ハンドルネーム（Muyo=無用）のとおりの削除主義者。活動は正午から翌日の午前3時までに集中する昼夜逆転のウィキ廃人。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近なんJにより潰されたようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本人的には「記事やページを守るため」と思っているのだろうが、実際はただの削除主義者にすぎない。会話ページでは、不適切な裁量による即時削除を、他の管理者に指摘されている姿がまま見られる&amp;lt;ref&amp;gt;一般利用者は削除された記事を見られないため、詳細はわからず、即時削除の妥当性のチェックについては管理者および削除者同士の相互監視に任せるしかない。会話ページから察するに、どうやら「削除したい」が先にあり、そこに無理矢理即時削除の方針を拡大解釈し適用しているようである。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Nnh}}===&lt;br /&gt;
神社関連の記事などを編集している古参管理者。「記事を執筆するよりも人の悪口を書くのが好き」との批判がある。自己満足のために必ず旧仮名遣い風で[[インターネット]]に書き込んでいる。最近は経度や緯度の記事作成が主である。また平日の昼間っから編集していることからニート疑惑がある。また[[LTA:SLIME]]に以前喧嘩を売りそれを買ったLTA:SLIMEと大喧嘩となった。最近は全ての荒らしがLTA:SLIMEに見える病にかかっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Ohgi}}===&lt;br /&gt;
{{main|青木高校生}}&lt;br /&gt;
筆名：'''篠田陽司'''。6回目の立候補でついに管理者となる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Panpulha}}===&lt;br /&gt;
めったに権限行使をしない幽霊管理者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Peccafly}}===&lt;br /&gt;
{{2組2|トリップ：◆DTTXbb.KUY}}&amp;lt;del&amp;gt;ソビエト・ソヴィエト・ソヴェト&amp;lt;/del&amp;gt;サヴィェート連邦の歴史に詳しい。祖父は&amp;lt;del&amp;gt;シベリア・サイビィーリャ&amp;lt;/del&amp;gt;スィビーリ抑留経験者。&amp;lt;del&amp;gt;ロシア&amp;lt;/del&amp;gt;ラスィーイスカヤ語以外の外国語にも堪能。いわゆる海外組の1人で、日本人ではない可能性が高い。自分の自論・珍論が通らないと不満プンプンになって投稿ブロックをかけまくり、改名の議論をすべて遮り押し通すのが大好きな困った巨尻フェチ（；゜∀゜）。包摂主義グループの一味。我儘が過ぎてウィキペディアを去りかけた{{WPuser|Hideokun}}を憐み時々思い出しては2ちゃんねる世界史板・ちくり板等で泣き落しを試みたが、同調する者もなく自演が板についた頃にHideokunは復帰。白人女性を偏愛するなど{{WPuser|Yassie}}（[[八島良太]]）との共通点も多々見られることから、八島のソックパペットである可能性も極めて高い。八島とはちくり板で頻繁に対話しているが、その際は両者ともにわざとらしくトリをつけて現れる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Penn_Station|Penn Station}}===&lt;br /&gt;
新着記事投票常駐者。名前が鉄オタを連想させるせいか故・Nekosuki600からはChatamaの手下と思われていたため立候補に強く反対された。削除依頼処理マシーン&amp;lt;ref&amp;gt;2016年12月現在、堂々の歴代一位。&amp;lt;/ref&amp;gt;。間違ってもPenis Station などと呼んではいけない。チェックユーザー・オーバーサイト・ビューロクラットなど、管理者以外にも様々な権限を持つやり手である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Sumaru}}===&lt;br /&gt;
ノストラダムスと世界遺産関連の項目を中心に編集している他、長期荒らしの一人である{{WPuser|Haruno_Akiha|Haruno Akiha}}のお守りを率先して担当する物好き。&lt;br /&gt;
おまるが手放せない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Taisyo}}===&lt;br /&gt;
その名の通りへっぽこ大将であり、サル山の大将である。&lt;br /&gt;
近藤真彦の大将がカラオケの十八番である。&lt;br /&gt;
それ以上でも以下でもない。固定IPらしいのでソックパペッターの可能性は薄いが、他の管理者の走狗である可能性は十二分にある。その場合大将ではなくなり、看板に偽りありということになる。[[Wiki:市営基町高層アパート]]などの良質記事も執筆し、選出後の同記事ではarch-hiroshimaなる外部サイトを数箇所で使用して末尾にも参考サイトとして掲載しているが、このサイトには「このサイトは教科書ではなく、ただの個人サイトです。文章はあくまで主観的であり、勝手に推測した箇所もありますし、必ずしも本質を突いていない箇所もあるでしょう。レポートや論文作成の参考とする際には、当サイトの記載を鵜呑みにせず、必ず一次資料（建築家本人が執筆した文章など）に目を通すようにしてください」との注意書きもなされていることが指摘されたものの、「多用は極端」と論破して事なきを得ている。だが、2017年7月に歴史関連で粘着かつ身勝手な自警行為を行っていた[[オオミズナギドリ]]を厳しく咎め、断固とした態度を取ったことは唯一評価できる点である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|VZP10224}}===&lt;br /&gt;
{{WP2|Wikipedia:管理者への立候補/VZP10224_20100605|2010年6月9日}}から管理者。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|W.CC}}===&lt;br /&gt;
初投稿からたった7ヶ月、編集回数1,257回という少なさで2010年に管理者権限を獲得。1年後、編集回数を1000回上乗せした上でビューロクラットに就任するなどしている。2018年6月に全ての権限を返上したが、2020年6月に管理者に復帰した。&lt;br /&gt;
Twitterでは他人の中傷ばかりを繰り返しているキチガイ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Y-dash}}===&lt;br /&gt;
{{Main|Y-dash}}&lt;br /&gt;
2度管理者となった。夜明あおいという歌手のマネージャーをしてたりもする。2010年4月の立候補時点での年齢は未成年。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Yapprina}}===&lt;br /&gt;
2013年に活動開始し数々の優良記事を立ち上げた。2020年に管理者に立候補し当選。グッドラック。d(・∀&amp;lt;）推薦で管理者に立候補されたが、推薦をしたReiwa periodは[[wiki:LTA:SUZU]]として無期限ブロックとなっている。やっぱりな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|青子守歌}}===&lt;br /&gt;
日和見主義者。一利用者としても資質に問題ありすぎな人物であったが、どういうわけか事故的に管理者に選出された。実態としては反対者の靴下が足らなかっただけと思われ、世の中こうした事を通じて歯車が狂って行くそれを説明する好例と言える。通称は「青子」であり、評判の悪いiwaimと仲がいい。アホ子などとも呼ばれたり。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|アルトクール}}===&lt;br /&gt;
最も活動的に働いている管理者の一人でありビューロクラット又はCU係への立候補が予想される。2014年8月の管理者就任以来、2015年11月25日から翌年1月14日までの一時失踪期間を除きほぼ毎日投稿していた。&lt;br /&gt;
一時期、ミラー・ハイトからストーカー行為を受けていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|伊佐坂安物}}===&lt;br /&gt;
主に日本中世史などを中心に活動。彼が執筆した「立憲民主党 (ロシア)」は秀逸な記事に選ばれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|えのきだたもつ}}===&lt;br /&gt;
{{警}}Mirinanoの後継者とされるアニオタ・声優オタ自警。理不尽な編集合戦を仕掛けているが、管理者権限を濫用して、無期限ブロックや短期ブロックをして暴れ回っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:%E6%8A%95%E7%A8%BF%E8%A8%98%E9%8C%B2/2400:4070:13A2:F400:0:0:0:0/64 これ]'''が事例。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「'''NHKの取材に応じている映像の何処が「根拠のない独自研究」なのかを是非とも教えていただきたいですな'''」という発言の何処が暴言なのか全く理解不能。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その前に'''[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BE%E9%A6%AC%E4%B8%B8_%E2%80%94%E3%81%95%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AA%E3%82%89%E6%B2%96%E7%B9%A9%E2%80%94 このページ]'''を作成した'''花いかだ'''が同様の理由で些細な発言を暴言扱いしていることから、'''花いかだ'''とは同一人物の可能性が高い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かつての独裁者・[[海獺]]と行動が似ているため、海獺が名前を変えて活動している可能性も考えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|おはぐろ蜻蛉}}===&lt;br /&gt;
{{2組}}ウィキペディア日本語版におけるサブカルチャー記事作成の急先鋒。特に[[声優]]の記事に固執することでも知られ、その声優に不利と思われる書き込みがあるとすぐさま特定版削除へ持ち込む。そしてあげくのはてに保護する&amp;lt;ref&amp;gt;ただし声優記事に加筆されるものは、ろくでもないものが非常に多い。典拠無し・些末な情報がむしろスタンダードであると言っていいくらいである・・・。方針くらいざっと読んでから書き込もう。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また某カービィの漫画を某漫画本に連載していた漫画家の記事の「ガキごときの・・・」部分を消したりしていたので某出版会社の回し者かと某掲示板でうわさされたことがある&amp;lt;ref&amp;gt;どの様な経緯でどのようなものが削除されたのかは、削除された以上謎であるが、著作権を侵害していた案件だとすれば、どの管理者でも間違い無く100%削除する。当然だ。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
管理者が増えて欲しいという一心でマルチポストの絨毯爆撃を行いIsh-kaに苦言を呈された。そして勧誘した人物からは悉く断られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|霧木諒二}}===&lt;br /&gt;
普通の管理者。普通すぎて特筆性に欠けるため管理者権限がそのうち除去されるかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|玄海093}}===&lt;br /&gt;
主な作成記事が北朝鮮関連の人物ばかりであり、もはや工作員と疑われてもおかしくないレベルの危険人物。コミュニティでほとんど知名度がなかったにもかかわらず反対1票のみで管理者に選出された。5chのウィキペディアスレでは「限界奥様」と呼ばれることがあるとか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|健ちゃん}}===&lt;br /&gt;
潔癖症で、管理者としての資質をコミュニティに問うため3度もコメント依頼を提出した。構ってちゃんなのかもしれない。&lt;br /&gt;
ケンちゃんラーメンが主食で、一日三食を三ヶ月連続で食べている。&lt;br /&gt;
その為、他のインスタントラーメンに対しては否定的で、ケンちゃんラーメンが売っていない店へいくと、｢ケンちゃんラーメンこそが大正義である！｣と騒ぎ出す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|さかおり}}===&lt;br /&gt;
'''[[チームさかおり]]'''総統。本名・小野渉。[[またーり]]亡きあと[[山梨県]]関連記事の充実化を図っている優良執筆者、2012年10月より管理人となる。記事の充実化に積極的であり、特に「地方病 (日本住血吸虫症)」の記事に関しては記事の内容もさることながら時間をかけて充実を図り、かつわかりやすい内容から'''プロジェクトXレベル'''と称賛される、jawpで最も著名な記事の一つ。管理人として不慣れな点もあったが無難にこなしており、現時点では数少ない優良管理人の一人。&lt;br /&gt;
またジジイで毒親のくせに偉そうにしているカス。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|多摩に暇人}}===&lt;br /&gt;
{{警}}2016年1月に管理権獲得。要約欄の内容が常に上から目線であることで知られる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|東京特許許可局}}===&lt;br /&gt;
鉄オタでありChatamaやCassiopeia-sweetとつるんでいることが多いが、時々一匹狼的な行動をすることもある。立候補の際、「現在の管理者の中には明らかに管理者に相応しくない奴がいる」と言い放った気骨のある人物。しかしこんなことを言ったもんだから、就任後はこの発言を言質に取られて少しでも不適切な行動をする度に譴責されている。とあるブロック依頼を切欠にはるひとの関係が悪化し、その後提出されたはるひの解任動議では賛成票を投じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|㭍月例祭}}===&lt;br /&gt;
署名は「柒月例祭」を使用。どうやら漢字の「㭍」は環境によって表示できないため、「柒」を「㭍」の代わりに署名に使っている。文章がやたらと長いことで知られており、コメントや投票理由の際は箇条書きがよくみられる。ちなみに本人は短所であること。筑紫太郎により付き纏われており、投稿ブロック依頼までされているが即時終了。因みに本人はそれに気づいていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|ネイ}}===&lt;br /&gt;
記事翻訳が大好きな管理者。当然ながら、管理者の権限を使う機会が少ない。地味だが、編集フィルター編集者・インターフェース管理者兼務。管理者立候補の結果は賛成票27票、反対票1票、無効票1票だった。この立候補についてはコメントや質疑は少ない。記事翻訳がメインのため、毎日のように記事を作成する。&lt;br /&gt;
またTwitterでは偉そうなツイートしかして居ない陰キャである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==元管理者==&lt;br /&gt;
{{Main|ウィキペディア日本語版の元管理者}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==管理者ではないが、管理者同然に振舞う者==&lt;br /&gt;
{{Main|管理者互助会}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Aiwokusai}}===&lt;br /&gt;
2015年6月に突如現れ、3ケ月後、怒涛の如くにコメント依頼・ブロック依頼を提出しまたリバートを続けるザ・自警。手際の良さから初心者ではなく、失踪した誰か（一説には登場と同時期に消えたCHELSEA ROSE）の生まれ変わりと見られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Avanzare}}===&lt;br /&gt;
{{Main|A～Gから始まるウィキペディア日本語版の利用者一覧#Avanzare（会話/履歴）}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
後述の{{WPuser|Fromm}}と同型の異常者。活動全盛期の頃はFrommや[[海獺]]の荒らし行為に面白がって便乗し、[[七之輔]]や[[須磨寺横行]]といった著名な独裁ユーザーとグルになって悪質な荒らし行為を繰り返していた。自らの生年月日が[[1972年]][[9月12日]]であることを公言しているので、2012年現在47歳。いい歳してものの分別が付かない典型的なネット中毒者。とにかく、他人の荒らし行為に便乗する。例として「{{WPfullurl|n=篠原信一|p=diff=39959104&amp;amp;oldid=38978934|s=篠原信一の誤審問題}}」や「{{WPfullurl|n=ももへの手紙|p=diff=42330404&amp;amp;oldid=42294821}}」に関する記事を意味も無く削除している。最近は出現頻度が減っているものの、2019年現在も断続的に荒らし活動を継続中。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Dr_jimmy|Dr jimmy}}===&lt;br /&gt;
{{Main|Dr jimmy}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ユアペディアにおいても[[利用者:Dr jimmy|アカウントを持つ]]ウィキペディアン。削除厨、かつ抹消・粛清主義者。ウィキペディア創世記から現在に至るまで、長期に亘って削除と荒らしを繰り返し続けている引き籠りの無職ニートである。ウィキペディア日本語版投稿数歴代最多（ボット除く）。ただし「依頼失効につきテンプレート除去」「対処済み・終了案件の除去」といった除去編集は4回/分（＝15秒に1回）という高速の編集のもあるため、ボットを使っている可能性もある。'''一日中ウィキペディアしかしていない'''ので、ずっと同じ姿勢でイスに座り続けることにより脊柱管狭窄症を患っており、長期にわたる[[パソコン]]の使い過ぎで脳が萎縮し、寿命も大幅に縮まっているに違いない。2013年9月27日には、1日に248回もの編集を行っている。平均して6分に1回投稿ボタンをクリックした計算になる（ja.wikichecker.comより）。Dr jimmyのパソコンはウィキペディアの回覧の履歴がいっぱいになり、パソコンの容量などいくらあっても足りないのでディスクのクリーンアップをしたほうがいいだろうが、やはりウィキペディア以外のことに手が回らない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし、多少乱暴なところはあるものの、ウィキペディアのルール上は大きな瑕疵が無いからため、未だブロック歴は0である。何故か依頼の除去は彼に一任されており、進行するべき議論が彼によって滞ることも少なくない&amp;lt;ref&amp;gt;実は彼が除去してくれないと他の人が除去しなければならず、いないといないで多分困る。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尊大な態度から管理者と錯覚しそうだが、ただの'''知ったかぶり'''であり、全く違う。追跡削除を執拗に繰り返す並外れたネットストーカーである。これら追跡削除の履歴を見れば解かるように、彼にとって記事の正確性などはどうでもよく、自分に逆らうユーザーや敵対するユーザーが記事を書くこと自体が気に入らないだけなのである。「'''Wikipediaを出典として使用することはできない'''」などとエラソーな理由を引っ付けて削除しているが、まさしくその通りなのであるから、管理者が手出しはできない。Frommと同じように削除理由を述べずに削除することもしばしば。下手するとFrommのソックパペットの可能性もあるが、チェックユーザー依頼は出されていない。「要出典」タグや「独自研究」タグをほとんど用いようとせず、コメントアウトすら用いず機械的に削除ばかり行う印象があるが、それらのタグで「猶予期間」を設ける事は義務化などされておらず、やはりウィキペディアのルールには反していないのである&amp;lt;ref&amp;gt;基本的で最重要方針の一つ、「検証可能性」には、出典の無い記述は除去されても文句は言えませんと、冒頭で明記されているのである。&amp;lt;/ref&amp;gt;。{{WP2|特別:投稿記録/Dr_jimmy|此処}}を参照すれば解る通り、加筆らしい加筆はまるで行わず削除を連発している。記事の分割に関しても基準が極めて厳しく、大抵反対票を投じて阻止される事が多い（[[WikipediaにおけるDr jimmyによる分割規制問題]]も参照）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2014年8月に行われた、{{WP2|Wikipedia:権限申請/削除者/Dr_jimmy/20140804|削除者立候補投票}}では多くのjawpのトップ利用者たちが投票に参加し注目された。最初は賛成多数だったが、会話ページのコメントの影響などにより反対票が増加。投票終了直前にRxyが反対票を投じ、勝手に投票を終了させたため29対10で1票差の敗北という予想外の結果となったのである。やはり乱暴であると言う点は否めなかったか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Yahoo!知恵袋では、コイツに対する不満をぶつける粘着と思われる勢力からの質問投稿が少なくとも10件は存在する。逆に言えば、知恵袋なんぞで愚痴をたれるアホが少なくとも述べ10名ないると言うことで、呆れるしかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かつての海獺やVigorous actionと同様、「1年365日、24時間体制」（やや誇張）でウィキペディアに貼り付いている「生体bot」。運営側としては色々やってくれるので助かる感じ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Fromm}}===&lt;br /&gt;
{{Main|fromm (ウィキペディア)}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
知識が全くなく、人々の書く記事を盲目的に疑い、自分の目よりもどこかのウェブページに書かれているか否かの方を信用し（出典が存在する事と検証可能性が重要だそうな）、とにかく無意味な差し戻しや記事の引きはがし、自分の気に入らない記述の全文削除（独自研究と決め付けて）を執拗に繰り返す並外れたキチガイ編集者。嘗て'''{{WPuser|ホワイト・ジャック}}'''という熱心なユーザーがいたが、彼を無期限ブロックに追い込んだ首謀者の一人であり、ウィキペディアの体質にショックを受けたホワイト・ジャックに自殺までさせた'''&amp;lt;font color=red size=5&amp;gt;人殺し&amp;lt;/font&amp;gt;'''である。ホワイト・ジャックが自殺したという情報は、ホワイト・ジャックの現実社会での友人でもある榊原生徒（ウィキペディアでは主にIPユーザーとして活動）等によって告知されているが、それを耳にしながらも、なお不当な差し戻し行為を未だに行い続けている。なお、究極のバカなのか、数々のIPユーザーを何の根拠も無くホワイト･ジャックと同一人物視している。そもそも、{{WPfullurl|n=特別:ログアウト|p=returnto=大野義夫|s=このようなページ}}が在り、このページによると複数のアカウントを獲得し、遣い別けること自体はウィキペディアにおける規約違反ではないことが解かる。すなわち、ブロック逃れを理由にして相手を葬る行為の方が規約違反に当たる。それを率先して行っているのがfrommである。管理者になりきれない典型的なキチガイである。ユアペディアユーザー・アンサイクロペディアユーザーは是非ともfrommの活動経歴を参照し、彼が如何に異常者であるかを知っておいた方が良い。その異常なまでの独善・独裁ぶりから、「'''{{WPuser|海獺}}と肩を並べる存在'''」「'''海獺の次期後継者'''」「'''いずれは海獺を喰う存在'''」ともいわれる。なお、投稿する記事には時をほぼ同じくして{{WPuser|Avanzare}}も参入してくるため、Avanzareと同一人物である可能性が高い。またリンク先を閲覧すれば解かるように「'''台湾に参加しているウィキペディアン'''」と記載されているほか、漢字の使用頻度が極めて多いため中国人または台湾人の可能性が非常に高い、全世界でも極めて稀有な危険人物である。en-2を自称しているが英語は全く読めないし書けない。管理者は非日本語話者との対話も必要とされるため、このようなバカでは務まらない。法的記事すらも法を学んだ試しもないのに差し戻す力技を披露する。しかし、もちろん他の編集者はこんなの相手にしていない。言えば言うほど墓穴を掘る自爆型の典型。ユアペディアにおいても[[利用者:Fromm|アカウントを持ち]]、「[[ネット左翼]]」を執拗にウヨ寄りに編集し続けていることから、当人も[[ネット右翼]]、もしくはネット右翼のいう「親日」と見られる。なお'''ユアペディアにおけるfrommの詳細は[[fromm (荒らし)]]を参照。'''2014年11月を最後に失踪。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|JapaneseA}}===&lt;br /&gt;
{{main|JapaneseA}}&lt;br /&gt;
{{警}}{{WPuser|Sutepen_angel_momo|Sutepen angel momo}}という副アカウントを悪用するユーザー。管理者や多くの利用者からアカウントを1つに絞れといわれて「分かりました」と応じたにも関わらず、実際は平気で使い分けを行っている極悪さである。なお多重アカウントは隠していれば多くの場合で即時無期限ブロックになるが、公開している場合は勿論、発覚したとしてもサーセンでしたもう副垢使いませんと言えば、大抵はすぐに解除される。2019年4月末、自警同士であったはずの{{WPuser|Aiwokusai}}にコメント依頼を出されたのにブチ切れて引退を表明、副アカもろとも失踪した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|Uaauaa}}===&lt;br /&gt;
{{Main|Q～Zから始まるウィキペディア日本語版の利用者一覧#Uaauaa（会話/履歴）}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元{{WPuser|Uaa}}。パスワードを盗まれたと称して乗り移ったが、それと同時に自身のブロック歴も抹消した卑劣漢である。要約欄での暴言多数、編集は軍ヲタ丸出しであり、活動は自警しているか軍事、勲章関連の編集をしているかどっかである。当然ながら軍事関連記事でも自警っぷりを発揮しているのは、ノートページの編集の多さを見ても一目瞭然である。[[産経新聞]]に不利な記述の存在を絶対に許さない[[ネット右翼]]にしてシモネタ好き。2018年末に失踪。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==={{WPuser|須磨寺横行}}===&lt;br /&gt;
''詳細は[[須磨寺横行]]も参照''&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
ウィキペディアにおける極めて悪質なユーザー。本人によれば、名前はエロゲーのキャラの名前からとったものである。大阪府堺市北区在住。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
誌面や新聞などの記事で正式に公開された情報しか投稿を容認せず、他人が独自で得た（動画サイトも含む）情報は「真実の情報なら何でも公表すればいいというものではない」などと言い出し、時と場合によってコロコロと主張が変わる異常者。しかも、自分ルールを他人に対しても要求するため、多くの利用者から嫌われてきた独裁者である。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
野球記事には特に固執しており、球界にとって都合の悪いことは公式な報道機関によって記載された事実であっても全て荒らし扱いするキチガイ。br&amp;lt;&lt;br /&gt;
行き過ぎた編集だったと謝罪を入れるなどの下手に出るユーザーに対し、なおもこれ見よがしに事を荒立てる{{要出典|date=2016-12}}。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
「対話」と称しては相手を挑発するコメントを繰り返し、執拗に相手の言動を問題視する。それによって相手の感情を逆撫でし、冷静さを欠いた相手のコメントを「暴言」などの名目で投稿ブロックに追い込む非常に悪質極まりない手口を採る。その手口はFrommやVigorous Actionらのそれに酷似している。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
Frommらと同じ派閥に属するか、もしくは異名による同一人物という可能性もある。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
早朝・昼夜・深夜のいずれの時間帯にも現れ、何時間にもわたって削除行為を繰り返したり、相手の投稿に対応しているため、常識皆無の無職ニートだと思われる。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
Yahoo!知恵袋でも「'''anago_34'''」のユーザー名で悪質な投稿を繰り返している&amp;lt;ref&amp;gt;[http://chiebukuro.yahoo.co.jp/my/anago_34 anago_34]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
かつてYahoo!知恵袋の[http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14111788284 この質問]に須磨寺横行が「anago_34」のユーザー名でコメントしたことがある。その際、質問者を既に故人である「ホワイト・ジャック」だと決めつけ、ゴミ以下の存在として扱うなど、名誉棄損で告訴されてもおかしくない荒らし行為で回答を削除されている。無論、この質問で行ったような回答行為は個人を特定する違法行為であり、なおかつ質問者を愚弄する名誉棄損でもあり、&amp;lt;font color=red size=5&amp;gt;犯罪&amp;lt;/font&amp;gt;である。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
そもそも、このヤローは回答時に「寝ず見」と「ホワイト・ジャック」を同一人物と断定しているが、「寝ず見」と「ホワイト・ジャック」は&amp;lt;b&amp;gt;&amp;lt;font size=3&amp;gt;全くの別人&amp;lt;/font&amp;gt;&amp;lt;/b&amp;gt;である。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
何故なら、「寝ず見」の編集方針は「ホワイト・ジャック」の編集方針と相反するからである。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
無論、[http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14111788284 上で紹介したYahoo!知恵袋の質問]を質問している質問者が「ホワイト・ジャック」と同一人物であることも在り得ない。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
「ホワイト・ジャック」はFrommに罵倒されたことを切っ掛けとして既に自殺しており、2008年頃の時点で既に故人だからである。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
これらの回答の仕方が荒らしと見做し得る根拠は、そのベストアンサー率である。通常、マトモな回答をしていればベストアンサーが30パーセントを下回ることは有り得ない。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
しかし、コイツは2015年6月20日現在で2608件に及ぶ回答をしていながら、ベストアンサー率は僅か530件しか無い。中にはマトモな回答をしている物も在るだろうが、基本的に回答の仕方が質問者を愚弄するないようであるため、このような結果になっている。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
こういった言動から、人格に問題があることは明らかであり、ウィキペディアにおいても迷惑ユーザーであると断言できる所以である。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
2013年8月15日には、遂にユアペディアにも「須磨寺横'''暴'''」として現れ、ウィキペディア同様にさまざまな記事を消し去る暴挙を繰り返した。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
まさに狂っているとしか言いようがない。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
本人は[http://ja.yourpedia.org/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:%E9%A0%88%E7%A3%A8%E5%AF%BA%E6%A8%AA%E6%9A%B4&amp;amp;action=history ここ]を見れば解かるように「'''まもなく無期限ブロックされる予定 無論、他のアカウント取得で復活しますがw'''」と声明を出している。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
多重アカウントユーザーとして荒らすことを自ら公言するとは。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
ウィキペディアにおいて多重アカウントの使用を問題視し、人様のことを憶測だけでブロック逃れ呼ばわりした分際で、自分は多重アカウントで活動することを公言するなど、正気の沙汰ではない。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
本当にウィキペディアのキソクに則って多重アカウントの使用を良しとしないなら、ユアペディアでも同様の主義を貫くはずだからである。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
須磨寺はウィキペディアでも何十・何百という数の多重アカウントを持っているものと考えるべきであろう。下手すると、あのFrommよりも厄介かもしれない。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
そもそも須磨寺にまともに抗議しても売り言葉に買い言葉となるだけなので、本人が携わっている項目にはなるべく手を付けたり下手に抗議しないよう強く推奨するbr。&lt;br /&gt;
しかし、2014年5月、とうとう須磨寺に「お前はWikiをどうする気だ」と{{WP2|利用者:Sspbxdh5592|自分の会話ページでケンカを吹っ掛けた勇猛果敢なユーザー}}が出現！！&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
激しい戦闘を繰り広げるも何者かに横槍を入れられて敗戦しウィキブレイク（ウィキブレイクは、このヤローの逃げる時の常套手段である）。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
しかもブレイク後に協調路線に取り込んでしまったものだからまあ恐ろしい。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
しばらく身を潜めていたが、2014年4月16日より再び{{WP2|特別:投稿記録/須磨寺横行|荒らし削除}}を再開した。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
2015年4月、nanafaとの喧嘩に敗れて逃げるように引退。以後は音沙汰なしだが、後述の'''大道フェニックス'''が後継アカウントだと思われる。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
その後、大道フェニックスは多重アカウントの容疑で無期限ブロックに掛けられ、遂にウィキペディアから永久追放された。&amp;lt;br&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== {{WPuser|大道フェニックス}} ===&lt;br /&gt;
極めて悪質な削除主義者。経歴によると、最古の活動は '''2015年5月10日 (日) 05:22''' であることが判っている。&lt;br /&gt;
* {{WPfullurl|n=special:{{PAGENAMEE:投稿記録/大道フェニックス}}|p=offset=20150704225837&amp;amp;limit=500|s=活動開始当初}}より削除行為がメインである。&lt;br /&gt;
* 活動の開始時期が須磨寺横行の引退直後（引退から1ヶ月足らずの間に出現している）であること。&lt;br /&gt;
* 削除方針が須磨寺横行に酷似していること。&lt;br /&gt;
* 初心者であるはずにもかかわらず、活動開始当初からウィキペディアのルールを熟知しているかのような態度であること。&lt;br /&gt;
** そもそも、新たに編集活動を始めたばかりならウィキペディアの編集ルールを幅広く理解しているはずがない。&lt;br /&gt;
* 鉄道・野球関係の記事に現れやすい。&lt;br /&gt;
* 上から目線で話をし、自分の非を認めず、絶対に謝罪しない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以上のことから、須磨寺横行本人である可能性が&amp;lt;font color=red&amp;gt;極めて高い&amp;lt;/font&amp;gt;。2016年11月、多重アカウント使用の廉で無期限ブロック。どのアカウントを使ったのか・誰のソックパペットだったのかはブロックを実施した管理者からは明らかにされなかったが、{{WPuser|XYZ-0990}}というアカウントが同時にブロックされており、同一人物・多重アカウントだったと考えられる。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
==={{WPuser|森藍亭}}===&lt;br /&gt;
{{Main|あかさ行から始まるウィキペディア日本語版の利用者一覧#森藍亭（会話/履歴）}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
“しんらんてい”と読む。現実の糞同然の人生の憂さを晴らすように、初心者ユーザーを潰したりいじめたりするのが趣味の極めて悪質な人間。典型的なネット弁慶の馬鹿である。事情のよくわからない人は管理者と間違う程、偉そうにしているのが特徴である。一度、目をつけた相手は徹底的に潰すことを目標にする極めて残忍な人間で、その性格を英語で表すと「'''Most Evil wikipedian'''」である。まさに鬼畜の所業である。2020年11月消滅。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==管理者に立候補したが落選した主な人物==&lt;br /&gt;
*{{WPuser|Tiyoringo}} - 詳細は[[Tiyoringo]]を参照&lt;br /&gt;
*{{WPuser|端くれの錬金術師}}&lt;br /&gt;
*{{WPuser|いすか}}&lt;br /&gt;
*{{WPuser|あるふぁるふぁ}} - 無期限ブロック済&lt;br /&gt;
*{{WPuser|朝姫}}&lt;br /&gt;
*{{WPuser|目黒の隠居}}&lt;br /&gt;
*{{WPuser|Infinite0694}} - 後に管理者、チェックユーザー等に就任&lt;br /&gt;
*{{WPuser|ドデカイラーメン}} - 詳細は[[ドデカイラーメン]]を3参照&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[ネット右翼]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキホリック]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア日本語版の恐怖]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディアの管理者が勝手に保護した記事の一覧]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア八分]]&lt;br /&gt;
*[[ウィキペディア川柳]]&lt;br /&gt;
*[[ベター・ウィキペディア]]&lt;br /&gt;
*[[洗脳戦隊ウィキレンジャー]]&lt;br /&gt;
*[[2ちゃんねる組]]&lt;br /&gt;
*[[管理者互助会]]&lt;br /&gt;
*{{WP2|Wikipedia:管理者}} - ウィキペディア&lt;br /&gt;
*{{WP2|特別:登録利用者の一覧/sysop}} - ウィキペディア&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{利用者}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ういきへていあにほんこはんのかんりしや}}&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディア|かんりしや]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアの管理者|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアで隠蔽された真実]]&lt;br /&gt;
[[Category:管理者]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディア日本語版の利用者一覧|管]]&lt;br /&gt;
[[Category:ネット右翼]]&lt;br /&gt;
[[Category:独裁者]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>コロナの真実を減ぼす</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2&amp;diff=399074</id>
		<title>エンペディア</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2&amp;diff=399074"/>
				<updated>2022-07-12T12:03:56Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;コロナの真実を減ぼす: 韓国統一教会 (トーク) による版 398962 を取り消し&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''エンペディア'''（'''Enpedia'''）とは情報源倉庫として[[2009年]][[4月21日]]に設立されたウィキサイトで、現在は良質な情報源を持つ百科事典となるべく方針の調整や記事作成が行われている。創設者失踪の為[[2010年]][[12月1日]]に'''enpedia'''.myht.orgから'''enpedia2'''.myht.org（およびenpedia.rxy.jp）へ移設された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==概要==&lt;br /&gt;
エンペディアは[[ウィキペディア]]の信頼性を高めるために不可欠な堅苦しさ、[[ニコニコ大百科]]に月数百円払うこと、[[アンサイクロペディア]]のネタが浮かばなくなった、などの理由から逃れるために創立された。記事は事実を書いてさえいれば出典の必要がなく、ある程度個人の主観が記事に反映されることも許されている。また馴れ合いやまとめWikiでやるべき内容にも寛容であり、自由度が高い。&amp;lt;!---志を同じくしつつも荒廃した[[Yourpedia]]を反面教師として目下方針の充実や、規模の拡張などの努力が続いている。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
エンペディアは創立から1年が経過しマイナーな語句の検索結果はある程度上位に出て来れるようになっているが相変わらずその立場としては辺境惑星そのもので、他のプロジェクトのようなヲチスレも（立たなくていいが）立ってはいない。正確に言えば、立った事はあるがレスが入らず過去ログ逝きになっているようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな中の数少ない話題から分かる事だが、エンペディアは[[ウィキペディア]]や[[アンサイクロペディア]]等から駄目なユーザーが行くべき'''ゴミ箱のような扱い'''をされており、日々サイトの適合性の無いユーザーの名が挙げられては「エンペディアに行くべき」等と批判を浴びせられている（因みに元々その様な扱いを受けていたウィキプロジェクトと言えば[[Yourpedia]]が挙げられていた）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また[[2011年]][[7月4日]]、正体と目的が不明である[http://enpedia1.myht.org/index.php/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8 新しいEnpedia]が作成され、同年[[8月23日]]に本家エンペディア側のウェブマスターはこれを報告、同時に本家を騙ることが目的であると推測していた。作成者は本家エンペディアの利用者である村立さくらんぼ中学校と同名のアカウントを持っており、同一人物である可能性があるようである。このサイトの設立目的はウェブマスターの解任を要求することであり、同サイト内でウェブマスターの解任投票も行われた。解任投票は設立者による賛成票の1票のみが投票されてウェブマスターの解任が決定したが無論本物のエンペディア側にその結果が反映されることはなく、何の成果もあげることなく閉鎖した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==経歴==&lt;br /&gt;
エンペディアの創設者失踪から現在の新エンペディアに移設されたあとに創設者である[[User:オレリ|オレリ]]が自身の利用者ページにて記述した情報（[[User:オレリ|こちら]]）によると、かつて、創立当時のエンペディアは創設者であるオレリの個人サイトに近い形の運営方式で運営されていた。特に、創設直後にオレリ氏の個人サイトからコピーされて作られた記事[[ドナルド・マクドナルド]]や[[キャプテン・クォーク]]等から、かつてはオレリ個人のみで作られたページを誰でも編集できるように置き場にしていたという形の運営方法をとっていたと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかし様々なウィキ百科事典の運営方式に対する解決方法を探るため、「他サイトで削除されそうになっている、もしくは削除されてしまった価値ある情報をかき集め、更にウィキペディアでは載せさせてもらえない情報も付加した自由度の高いウィキ百科事典を作る」という風に方針を制定した事によって、現在の「自由度の高いWiki百科事典」という目標を持ったWikiサイトとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
但し、いつまで経っても利用者の増えなかったエンペディアはスパムや荒らしが対処の追いつかないレベルまでエスカレートした結果、創設者によって他の僅かな有力利用者に管理者権限が無断で付与されるという事件もあった。これに関しては、同じメディアウィキサイトであるアンサイクロペディアでもかつてこのような事があったと言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在に至るまでにエンペディアは管理者権限を付与された有力利用者達によって運営方式が整えられ、かつてのエンペディアとは大幅に運営方式や方針が変更されている。特に、拡張機能の追加によってスパムなどの投稿が一切無くなったというのは大きな進歩であると言える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なにやら荒らしに対する規制強化が議論されるようになった。あまり加熱すぎた場合、ウィキペディアみたいになってしまうことが懸念される。というか既になってある模様だ。このままでは第二のウィキペディアになってしまうのでないかと懸念される。と思ったら自警管理者[[プログラマリオ]]が「エンペディア性」(ゆるさ)の侵害を理由に管理者権限剥奪&amp;amp;追放されるなど、揺り戻しの動きもみられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==管理者==&lt;br /&gt;
創立者は[[利用者:オレリ|オレリ]]でエンペディアが移設される少し前までは管理者もオレリのみで独裁を行っていたが、「'''I retired Enpedia'''」のメッセージを残して失踪してしまった為、[[利用者:Hosiryuhosi|Hosiryuhosi]]がウェブマスターとして代わりにエンペディアを受け継ぐ形で新しいエンペディアを創設。合わせてエンペディアもenpedia2.myht.org（およびenpedia.rxy.jp）へと移設された（跡地には「旧エンペディア（OldEnpedia）」としてメインページ等を除く元々のエンペディアが残っており、管理者のみ操作・変更可能、新規アカウント登録不能という状態になっている）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
エンペディアの管理者は、他サイト（主に八百科事典サイト「アンサイクロペディア」）での活動をしている、所謂[[アンサイクロペディアン]]が多いのが特徴である。これらの管理者は、エンペディアの議論に於いても積極的に発言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現在は創設者も復活しているが長き失踪故に管理者権限を剥奪された上、自身も失踪の際に他の数多くの利用者に権限を分けてしまった事や利用者がかなり増加した事から以前のような独裁はしておらず、活動としてはしばしば議論に参加したり記事の作成や編集をしたりしている。本人いわく「これからは創設者として、エンペディアの利用者としての信頼をすっかり取り戻せるよう努力しようと思っています」とのこと。現在はコミュニティでの決議によって管理者としての権限は行使できないようにされているが、創設者であることを証明するためにウェブマスターから[[Enpedia:創設者|創設者]]なる権限グループが与えられている。&amp;lt;!--これの持っている特殊な権限は「半保護のページが編集できる」程度の能力で実際の目的は「このアカウントグループに所属する事でエンペディアの創設者である事を証明し、万が一記事に於ける名誉棄損などの理由でエンペディアが起訴された場合は創設者が法的責任を負う事になる」という事である。つまり、かつて旧エンペディアを構築したオレリは実質エンペディアを操作したりなどする権限を失っていながら'''法的責任は未だに負っている'''という事になる。--&amp;gt;この権限は後に「特別スタッフ」権限に変更された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
他、エンペディアには'''ウェブマスター'''という特殊な権限が存在している。これは、エンペディアにおけるシステムなどのサポートを担当するシステムエンジニア的な存在と思われる。ウェブマスターには現在、ウィキペディアの管理者でもあるHosiryuhosiが就任しており、外部サイトEnpediaSupportCenter（エンペディアサポートセンター）を開設している他、一定期間ごとにアクセス統計文書を公開したりもしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==厳選された珠玉の記事==&lt;br /&gt;
[[2015年]][[10月27日]]現在、エンペディアの記事数は12533であり、かなり記事数が増加している。[[アニメ]]、[[声優]]、[[サッカー]]、[[歴史]]などの分野が特に増加している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
尚、[[2016年]][[10月4日]]現在、エンペディアの記事数は16,672である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
記事に関してはサッカーが停滞しているが、アニメ、歴史、地理などが確実に増えており、中にはWikpediaより参考文献を使っていたり、良質な記事もある模様である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2017年]][[5月18日]]現在、記事数は18836と増大している。記事の内容も、Wikipediaにはない記事が歴史、地理、アニメ、子役などで生まれている模様である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2017年]][[10月]]頃、記事数が20,000を突破したようである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それからゆるゆると記事は増え続け、2021年8月25日をもって記事は53,000件を突破した。この頃になると某鉄道ファンの某記事立項がきっかけで大量の鉄道ファンのツイッタラーにより彼らやその仲間の記事が立つようになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2022年]]頃にマリオカート界隈が発生、マリオカート関連の記事が増えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==一向に増えないユーザーと記事==&lt;br /&gt;
[http://enpedia.rxy.jp/w2/index.php?title=%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%A0:%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%81%AE%E9%81%8E%E7%96%8E%E3%81%A3%E3%81%B7%E3%82%8A%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%AB%E9%96%A2%E4%BF%82%E3%81%99%E3%82%8B%E5%95%8F%E9%A1%8C&amp;amp;t=20111220153922 エンペディアの過疎っぷりとそれに関係する問題]では管理者たちが論じており、それはあたかも山奥の過疎小学校の新聞委員が「いかにして読者と部員を増やすか」を話し合っているようで、実に微笑ましい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2015年現在、利用者は平均して20人前後である。&lt;br /&gt;
2016年現在、利用者は平均して30人前後である。一応増えている。記事に関しては2016年12月時点で17465件と増えつつある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ユーザーが増えない理由としてあまり当サイトが有名ではないからとみる説もある。もっと有名だったら利用者が増える……かな❓&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところがその後2021年3月頃に[[黒澤マンガン]]というユーザーがゆーかブロック祭り2020の項目を立項しそれがきっかけで鉄道界隈に知られ大量にユーザーを増やす結果となった。これについて[[シュヴァルツ]]などの一部利用者は快く思っていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[Enpedia:エンペディアについて]] - エンペディア公式の方針文書&lt;br /&gt;
*[[百科事典]]&lt;br /&gt;
*[[過疎ペディア]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:えんへていあ}}&lt;br /&gt;
[[Category:エンペディア|*]]&lt;br /&gt;
[[Category:MediaWikiプロジェクト]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>コロナの真実を減ぼす</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%B3&amp;diff=399072</id>
		<title>ラーメン</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%B3&amp;diff=399072"/>
				<updated>2022-07-12T12:02:52Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;コロナの真実を減ぼす: 韓国統一教会 (トーク) による版 398963 を取り消し&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:ラーメン屋1.jpg|500px|thumb|ラーメン屋]]&lt;br /&gt;
[[Image:ラーメン屋2.jpg|500px|thumb|ラーメン屋]]&lt;br /&gt;
'''ラーメン'''は、[[中華麺]]と[[スープ]]、[[食材|具]]を組み合わせた麺[[料理]]。[[大正|大正時代]]頃から日本各地に広まり、日本の[[国民食]]と呼ばれるほど一般的な食べ物となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本で独自の発達をした中華料理であり、現在の中国に日本のラーメンに類似する料理はなく、中国・[[台湾]]では'''日式拉麺'''または'''日本拉麺'''と呼ばれ区別される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
漢字表記は'''拉麺'''、'''老麺'''または'''柳麺'''。別名は'''中華そば'''および'''支那そば'''・'''南京そば'''など。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 販売 ==&lt;br /&gt;
ラーメン専門店、[[中華料理]][[店]]、[[レストラン]]、[[屋台]]などの外食がある。{{要出典範囲|またすべてを自宅で作成する事は少なく、[[小売|小売店]]から買ってきたものを調理して食べる。数は少ないが茹で麺を自動調理して提供する[[自動販売機]]も存在する（[[埼玉県]]等の24時間オートレストランなど）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 起源・語源・名称 ==&lt;br /&gt;
ラーメンは[[江戸時代]]末に開港した[[横浜市|横浜]]・[[神戸市|神戸]]・[[長崎市|長崎]]・[[函館市|函館]]などの[[中華街]]（当時は南京町と呼ばれた）で食べられていた中国の[[麺]]料理をルーツとするものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
明治43年（1910年）、東京[[浅草]]に日本人経営者による日本人向けの中華料理店として初めて「来々軒」が開店し、人気となった。この店の成功を受けて日本に続々と[[中華料理]]店が開店したが、その主力メニューがラーメンだった（ただし当時は南京そば・支那そばなどと呼ばれた）。[[第二次世界大戦|戦後]]は中国からの引揚者によるラーメン[[屋台]]も多く出現した。この約100年の歴史の中で、さまざまなアレンジが加えられ、中国の麺料理とは異質な日本独特の麺料理に発展・変化した（''詳細は後述の[[#歴史|歴史]]の節を参照''）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 名称 ===&lt;br /&gt;
別称はいくつもあり、「ラーメン」の語源も複数あり定かではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 語源 ====&lt;br /&gt;
語源は諸説あるため、複数記述する。1つは中国西北部に位置する[[蘭州市|蘭州]]の麺の一種「[[拉麺]]（lā miàn ラーミェン）」（[[繁体字]]で「{{lang|zh-hant|拉麵}}」、[[簡体字]]で「{{lang|zh-hans|拉面}}」）が由来という説である。なお、[[中国語]]の「拉」とは「引っ張る」という意味で、拉麺は[[蕎麦]]や[[うどん]]のように刃物で切り分けて細長い形にするのではなく、手で引っ張り伸ばして細長い麺の形を形成する手打ちの技法で作られる。2つは老麺（ラオミェン）を由来とする説で、一部の辞典は「老麺」という漢字表記を採用している。老麺とは中国で[[マントウ]]や[[包子]]を作る際に用いり、寝かせた発酵生地を[[酵母]]種として使用する。しかし中華麺はマントウのように酵母で膨らませる必要がないため、老麺法はラーメンに用いる技法ではない。3つは、[[1922年]]([[大正]]11）[[北海道]][[札幌市]]に開店した、「竹屋（食堂店主・大久保昌治）」が命名したとする説で、竹屋食堂は後に中華料理も扱う店となるが、妻（大久保たつ）が[[厨房]]の中国料理人に向かって「好了（ハオラー）」と声をかけるアクセントが耳に残り、「ラーメン」という料理名にしたとの説。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
起源・語源とは別に、ラーメンという呼称を広めたのは、昭和33年（[[1958年]]）に[[日清食品]]が発売した世界初のインスタント麺「チキンラーメン」といった説もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
現代では名称は「ラーメン」「らーめん」と表記されていることが多い。「中華そば」と表記されていることもあるが、呼び方が違うだけで料理は同じものである。時代とともに南京そば→支那そば→中華そば、と変化したと言われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 麺・スープ・具 ==&lt;br /&gt;
=== 麺 ===&lt;br /&gt;
[[Image:ラーメン屋3.png|350px|thumb|ラーメン屋]]&lt;br /&gt;
{{main|中華麺}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[小麦粉]]を原材料とし、[[かん水]]（鹹水）というアルカリ塩[[水溶液]]を添加するのが大きな特徴である。そのため同じ小麦粉で作った麺でも、日本の[[うどん]]や中国の多くの麺料理と異なる独特の色・味・食感をもつ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この小麦粉に水を加えて、細長い麺とする。多くの場合は「製麺機」で製麺し、製麺会社が製造する麺を使用する店も多いが、1990年代以降小型の圧延機などが流通するようになり、ラーメン専門店では自家製麺を行う店が増えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
風味を増したり独特の麺とするために、小麦粉へ[[蕎麦粉]]や[[唐辛子]]などをブレンドする場合もある。工場生産の場合、[[プロピレングリコール]]を添加して食感を良くしているものもある。また、かん水独特の臭気と苦味を嫌って、かん水に代えて[[鶏卵]]をつなぎに用い、「無かん水麺」あるいは「玉子めん」「鶏卵めん」等と称したものもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ちぢれを作った麺を「縮れ麺」と称し、ちぢれのない麺を「ストレート麺」と称することがある。また、麺の太さによって「太麺」「中細麺」「細麺」などと称することがある。これを組み合わせ、マニアがラーメンの麺を評する際に「中細ストレート麺」などと称することもあるが、感覚的な呼称であることが多い。博多ラーメンの細い麺からうどんより太い麺まで多種多様である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== スープ ===&lt;br /&gt;
[[Image:ラーメン屋4.jpg|350px|thumb|ラーメン屋]]&lt;br /&gt;
ラーメンの汁は「スープ」と呼ぶ。丼に入れたタレを[[出汁]]（ダシ）で割ってスープを作る（出汁をさしてスープと呼ぶこともあるが、この項では混同を避けるため区別して記述する）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スープはラーメンの味を決定する非常に重要な要素であり、手間暇をかけ工夫したスープを使用するラーメン店がほとんどである。ラーメンは、スープが絡んだ麺を食べる時にちょうど良い味付けとなっているため、単なるスープとして飲むには[[塩|塩分]]が濃く、酸化した油が多量に含まれていることもあり、健康上の観点からスープを飲み干すことは問題である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
タレを入れたスープを煮込み続けない理由は、風味が飛んで煮詰まって味が濃くなってしまうからであり、そのためにダシとタレは分けて調理を行う。&lt;br /&gt;
;出汁&lt;br /&gt;
:スープの素となる。出汁は複数の素材からとる事が多く、日本のラーメン原点ともされる醤油ラーメンでは、[[鶏肋|鶏ガラ]]を基本に、野菜と削り節や煮干しを利用し味を整えたものが主流である。また、{要出典範囲|ち「昔風」を標榜しているラーメンも同様のダシを使用する事が多い。&lt;br /&gt;
:[[鶏肋|鶏ガラ]]、[[豚骨]]、[[牛骨]]、[[削り節]]、[[コンブ|昆布]]など様々な材料がダシの素材として使用されている。臭み消しに[[タマネギ]]、[[ネギ|長ネギ]]、[[ショウガ|生姜]]、[[ニンニク|大蒜]]などの[[薬味|香味野菜]]を使う。[[豚骨]]をベースにした店も多く、ほかに牛骨や、削り節・[[煮干し]]・[[トビウオ|あご]]などの魚介をベースにする店も増えている。昆布と削り節を組み合わせることで旨みの[[相乗効果]]が生まれることはよく知られている。煎り[[大豆]]、[[シイタケ]]、[[リンゴ]]など、独自の材料を使用する例もある。&lt;br /&gt;
;タレ&lt;br /&gt;
:'''[[かえし]]'''とも呼ばれる。かつての中華料理店などでは'''醤油'''・'''塩'''・'''味噌'''の3種類のタレを用意する店が多かったが、現在のラーメン専門店は店の看板ラーメンとなっている一種類のタレで営業する店が多い。味噌の場合はペースト状、塩の場合は粉末状という場合もあり、必ずしも液状ではない。&lt;br /&gt;
:[[うま味調味料]]（化学調味料）は複数のダシをまとめるとき、味を整えるために大きな役割をはたすが、[[健康ブーム]]の影響などもあり、化学調味料を使用しない「無化調」を売りにする店も増えている。&lt;br /&gt;
;香味油&lt;br /&gt;
:タレを出汁で割ってスープを完成させたあと、店によってはさらに香味油を加える。&lt;br /&gt;
:コクや旨味を強調するために、スープに油を加えることは、従来から盛んに行われていた。[[ラード]]や[[バター]]が使われることが多かった。[[旭川ラーメン|旭川]]や[[酒田ラーメン|酒田]]、[[燕三条系ラーメン|燕]]など寒冷地で、スープが冷めないように油膜を作ったのがルーツであると言われる。&lt;br /&gt;
:2000年頃には、醤油ラーメンのスープに豚の背脂の塊を浮かべる「背脂チャッチャ系」が流行した。&lt;br /&gt;
:[[鶏油]]、[[胡麻油]]、[[ヘット]]など以外にも、香味野菜や魚介で香り付けした各店独自の香味油が使われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 具 ===&lt;br /&gt;
[[Image:ラーメン屋5.jpg|350px|thumb|ラーメン屋]]&lt;br /&gt;
[[Image:ラーメン屋6.png|350px|thumb|ラーメン屋]]&lt;br /&gt;
醤油ラーメンでは[[叉焼]]（チャーシュー）と[[メンマ]]（シナチク）と[[ネギ]]が、比較的定番であり、豚骨ラーメンでは、叉焼とネギ、[[キクラゲ]]が、比較的定番である。[[鶏卵|卵]]（生卵、[[ゆで卵]]、煮卵）、[[海苔]]、[[鳴門巻き]]（ナルト）、野菜（煮野菜、[[野菜炒め]]）なども多く見られる。具はトッピングとして追加するか、もしくは追加される具によって「野菜ラーメン」「ネギラーメン」など別個のメニューとなっている。地方や店舗によってはスープと刻みネギ程度のほとんど具の無いラーメンを'''素ラーメン'''と称することもある。&lt;br /&gt;
;[[叉焼]]（チャーシュー）&lt;br /&gt;
:本来の焼豚であることは少なく、多くの場合は煮豚を使用する。部位はモモ、ロース、[[ばら肉|バラ]]が多い。[[燻製]]にしたり、載せる前に表面を炭火やバーナーで炙って本来の叉焼に似た香ばしさを付けることもある。[[軟骨]]の部分を煮込んだ物、薄切りバラ肉の煮込み、[[角煮]]風に仕上げた塊の豚バラ肉や豚[[挽肉]]を使用する店もある。その店の標準より多くトッピングした物は'''チャーシューメン'''と呼ばれる。&lt;br /&gt;
;[[鶏卵|卵]]&lt;br /&gt;
:[[ゆで卵]]・[[半熟卵]]が使われるほか、これらを調味液に漬けて味付けした味玉（煮卵）や燻製液に漬けた薫玉が使われることも多い。半分に切ったり[[スライス]]した状態でトッピングされる。また、生卵を割りいれて[[月見#月見の料理|月見]]とすることもある。&lt;br /&gt;
;[[ネギ]]&lt;br /&gt;
:薄く小口切りした白ネギを薬味とするのが伝統的であるが、白ネギを[[繊切り]]した「白髪ネギ」、それをさらに[[豆板醤]]や[[コチュジャン]]などで和えた「辛ネギ」もある。また、博多ラーメンを中心に刻んだ[[小ねぎ]]も用いられる。&lt;br /&gt;
;[[メンマ]]（支那竹/シナチク）&lt;br /&gt;
:[[タケノコ|筍]]の一種である麻竹（マチク）を[[発酵]]させたもの。&lt;br /&gt;
;青物&lt;br /&gt;
:醤油ラーメンで主流。[[ホウレンソウ]]や[[ワカメ]]など。香りと歯触りを添える。近年では[[豆板醤]]等に漬けた[[ニラ]]を入れることもある。&lt;br /&gt;
;[[鳴門巻き]]&lt;br /&gt;
:渦巻き模様の[[蒲鉾]]で、彩りを添えるために用いられる。蒲鉾を用いる地域もある。&lt;br /&gt;
;[[海苔]]&lt;br /&gt;
:青海苔や板海苔で独特の風味が加わる。&lt;br /&gt;
;野菜&lt;br /&gt;
:味噌ラーメンが主流で、[[モヤシ]]、[[キャベツ]]、[[ニンジン]]、[[タマネギ]]などの[[野菜炒め]]が使われる。茹でモヤシが単独で使用されることもある。&lt;br /&gt;
;[[キクラゲ]]・[[紅しょうが]]・[[ゴマ]]・[[高菜]]&lt;br /&gt;
:キクラゲは豚骨ラーメンでよく使われトッピング感覚で用いられる。紅生姜は酸味が豚の脂のしつこさをさっぱりさせると言われるがトッピングとしてでなく食後の口直しとして用いる場合もある。ゴマは胡椒と同様に香辛料感覚で用いられる。高菜は[[漬け物]]にした「高菜漬け」を細かく切って油炒めにしたもので、[[唐辛子]]を一緒に漬け込んだり、炒める際に唐辛子を加えた「辛子高菜」を用いることが多い。&lt;br /&gt;
;[[ニンニク]]&lt;br /&gt;
:ニンニク絞りで潰したもの、刻んだもの、すり下ろしたもの、揚げたものが使われる。&lt;br /&gt;
その他、地域にもよるが、[[イカ]]、[[エビ]]などの魚介類に[[挽肉]]、生[[豚肉]]、[[鶏肉]]などの肉類や[[トウモロコシ]]、[[麩]]、刻み[[沢庵漬け|タクアン]]や[[キムチ]]など店舗・家庭の好みによって多岐にわたる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 分類 ==&lt;br /&gt;
[[Image:ラーメン1.jpg|500px|thumb|ラーメン]]&lt;br /&gt;
麺と同等以上に重要視されているのが汁（スープ）で様々な種類があり、その為ラーメンの種類は汁により分類されることが多い。また、麺以外に様々な食材（トッピング）を入れる事がある事からそれらの種類は非常に多いものとなっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
各ラーメンは、その汁に使われる出汁の種類とタレの種類により様々に分類される。また地方独特であったり地方の好みの特徴があるなど、地方差が大きい。各地域毎のラーメンは[[#おもな各地方のラーメン]]節を参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
各地方で地物や好みに合わせて発展した料理でもあり、各地方で「町おこし」で新しく開発されるラーメンもある事から似通ったラーメンも地域名や特産物を冠としたものや商標登録されたラーメンもあるなど、種類は多い。[[中華麺#中華麺を使った料理]]も参照。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== タレの種類による分類 ===&lt;br /&gt;
;[[醤油ラーメン]]&lt;br /&gt;
:[[醤油|醤油]]味のスープのラーメン。[[東京ラーメン]]を代表とする、広く主流となるオーソドックスな味のラーメンであり、鶏ガラや野菜をベースとした伝統的なスッキリとした物から豚骨を多く使用したり背脂などの脂分が多いこってりとした物まで幅が広い。魚介系の出汁や、醤油を味醂などと合わせて煮る事もあり、地域性を反映している（後述の[[#おもな各地方のラーメン]]節を参照）ラーメンが多くある。&lt;br /&gt;
;[[塩ラーメン]]&lt;br /&gt;
:[[塩]]によって味付けされたスープのラーメン。塩には香りも色も無いので、他素材の香りや色彩が現れやすい。鯛骨を使用するスープや魚介類を多く使用するなど、繊細な味や海の香りを重視するラーメンがあり、強火でラード炒めした野菜炒めをのせるラーメンにおいても多く使用される。&lt;br /&gt;
;[[味噌ラーメン]]&lt;br /&gt;
:[[味噌]]によって味付けされたスープのラーメン。昭和29年頃に[[札幌市|札幌]]で誕生した、比較的新しいラーメン。味噌の香りとコクが特徴となり、唐辛子を入れた刺激的な味や脂の多いこってりとしたラーメンも多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 出汁の種類による分類 ===&lt;br /&gt;
;豚骨ラーメン&lt;br /&gt;
:溶け出した骨髄のコラーゲンにより白濁したスープが特徴。諸説あるが、戦前福岡県[[久留米市|久留米]]のラーメン屋台において、豚骨の煮込みの時間と強さを間違えて、強火で長く煮込みすぎたのが発祥といわれ、これが[[博多]]・[[玉名]]・[[熊本]]などに伝播し、九州で最もポピュラーなラーメンとなった。白に茶色が掛かった物や黒ゴマ豚骨という黒いものもある。白濁したスープを「白湯」と称し、白濁するほど煮立たせていない透明なスープを「清湯」と称することがある。&lt;br /&gt;
:;豚骨醤油ラーメン&lt;br /&gt;
::白濁した豚骨スープに醤油のタレを加えたもの。[[近畿地方]]の一部（[[和歌山]]など）・[[中国地方]]・[[四国]]（[[徳島県]]など）に多く見られる。通常の九州地方に多い九州系の豚骨ラーメンでも味付けには醤油は使うが、隠し味的に若干量使うことが多く（薄口醤油や白醤油を使う場合もある）、これらはスープの色が比較的白っぽいものが多いのに対して、スープの色が一目瞭然として茶褐色であるのが特徴。透明な清湯スープは、通常豚骨醤油ラーメンとは呼ばないことが多い。&lt;br /&gt;
;魚介系ラーメン&lt;br /&gt;
:鰹節を始めとした魚介類をベースとしたラーメン。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 具による分類 ===&lt;br /&gt;
具の内容によって次のような名称が伝統的なラーメン店で用いられたが、最近は急速に減少している。&lt;br /&gt;
;チャーシュー麺&lt;br /&gt;
:前述。[[叉焼]]を数多くトッピングしたラーメン。&lt;br /&gt;
;[[ワンタン麺]]&lt;br /&gt;
:[[ワンタン]]を具に用いたラーメン。&lt;br /&gt;
;広東麺&lt;br /&gt;
:中華あんかけを具に用いたラーメン。[[広東省]]との繋がりは特にない。&lt;br /&gt;
;天津麺&lt;br /&gt;
:カニ玉を具に用いたラーメン。[[天津市]]とのつながりは特にない。&lt;br /&gt;
;五目麺&lt;br /&gt;
:肉・野菜・魚介・玉子など複数の具を用いた関東に多いラーメン。「五目そば」ともいう。&lt;br /&gt;
;[[パーコー麺]]&lt;br /&gt;
:揚げた[[ばら肉]]または衣を着けて天ぷら状・または豚カツ状に揚げた[[豚肉]]を載せたラーメン。&lt;br /&gt;
;チャンポン麺&lt;br /&gt;
:肉・野菜炒めを玉子でとじたものを具材料とするラーメン。チャンポンとは言うものの[[長崎ちゃんぽん]]とは全く別種のもの。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
;タンメン&lt;br /&gt;
:[[タンメン]]は、茹でた麺の上に、炒めた肉野菜を入れたスープをかけた、塩味の汁麺。スープは鶏ガラベースで澄んだ塩味。塩ダレをスープで割る日本の塩ラーメンとは調理法が異なり、麺や具材も[[長崎ちゃんぽん]]とは違う。また中国でいう湯麺とも意味が異なる。&lt;br /&gt;
{{main|タンメン}}&lt;br /&gt;
;インスタントラーメン&lt;br /&gt;
:湯を注ぐ、もしくは湯で煮るだけで食べられる即席の[[インスタント食品]]。（''詳細は「[[インスタントラーメン]]」の項目を参照''）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
=== 沿革 ===&lt;br /&gt;
日本で最初に中華麺を食べたのは[[徳川光圀]]（[[水戸黄門]]）であるとする説がある。[[1659年]]（万治2年）に[[明]]から亡命した[[儒学者]]の[[朱舜水]]が[[水戸藩]]に招かれた際に、所持品リストに中華麺を作る際に使うものが含まれるから、中国の汁麺を献上したとの記録はないものの、実際に作ったに違いないという。[[1697年]]（元禄10年）には、光圀の隠居所である[[西山荘]]を訪れた僧や家臣らに中華麺がふるまわれたとの記録もある。この説に基づき復元したラーメンは[[新横浜ラーメン博物館]]にある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本への伝播としては、[[明治]]時代を迎えると[[神戸市|神戸]]や[[横浜市|横浜]]などの港町に[[中華街]]が誕生し、そこで提供された南京そばに始まるとされる。[[1884年]]（明治17年）に[[函館新聞]]（当時）に函館の船場町にある中華料理店養和軒が南京そばを15銭で提供を始める広告を出し、[[大正]]の頃まで提供したとされているが、証拠が乏しく当時の関係者もすでに亡くなっているため、養和軒の南京そばが今のラーメンと同種の食べ物であると断言できていない状況である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1910年]]（明治43年）には、[[横浜税関]]を退職した尾崎貫一が南京町（現・横浜中華街）から中国人コックをスカウトして、[[東京]]の[[浅草]]にラーメンをメインにした庶民的な中華料理店「[[来々軒]]」を開店（当時の来々軒を写した写真には「[[広東|廣東]]支那蕎麦 來々軒」「支那御料理 シナソバ、ワンタン、シウマイ」という看板が見える）、味は醤油スープで、1杯6銭（2007年現在で約300円相当）という値段も手頃で連日行列ができる人気は[[1976年]]（昭和51年）に暖簾を下ろすまで続いたという。開店当時は手延べ式の麺で、昭和に手打ちとなる。この「来々軒」の流れを現在に受け継いでいる店は同店で最後に修行した宮葉進が[[1966年]]（昭和41年）に千葉市稲毛区に開店した「進来軒」だけとなっている。[[1914年]]（大正3年）には東京[[茅場町]]の「中国料理 大勝軒」が開店、東京に現存する最古のラーメン店として「[[シルシルミシル]]」のお初店調査で東京のラーメン店のお初に番組認定されている。[[札幌市|札幌]]では[[1922年]]（大正11年）、現・[[北海道大学]]正門前に[[仙台市]]出身の元警察官の大久昌治・タツ夫婦が「竹家食堂」を開店。そこで働く中国[[山東省]]出身の料理人の[[王文彩]]が作る本格的な中華料理が評判となって店は繁盛し、常連客であった北大医学部教授（後の北大総長）の[[今裕]]（こんゆたか）の提案で店名も「支那料理 竹家」に改名。麺作りは初めは手で引っ張り伸ばす手打ち製法だったが、客が増えたため後に製麺機になった。当初、竹家のメニューの中でラーメンは中国人留学生には人気があったが、店のメイン料理ではなかった。そこで日本人の口にも合うようにと大久タツが店の料理人の李宏業、李絵堂の2人に相談し、2人はそれまでの油の濃かったラーメンから麺・スープ・具を改良、試行錯誤の末、[[1926年]]（大正15年）の夏に醤油味でチャーシュー、メンマ（シナチク）、ネギをトッピングした現在のラーメンの原形を作り出した（ただ、当時の竹家のラーメンは現在の札幌ラーメンとは異なる）。当時、先述の浅草来々軒でもチャーシュー、メンマ、ネギを入れていたという醤油ラーメンがあり、横浜南京街でも同様の具を入れたラーメンができていたといい、各地で現在一般的になったラーメンの基本型ができていった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日のラーメンの普及には大きく2つの流れが存在する。第一に、中国からの移住者の営む中華料理屋や戦後の大陸からの引揚者を中心に始められた日本風の'''中華料理屋'''におけるメニューである。ここでは[[モヤシ|もやし]]そばや[[タンメン]]、[[ワンタン麺|ワンタンメン]]、広東メンなどラーメンの調理法を基準としてメニューが区別されている。味噌や塩ラーメンもメニューにある店舗も多い。この他、[[チャーハン]]、[[野菜炒め]]、[[麻婆豆腐]]、[[餃子]]などラーメン類以外のメニューも供されており、一般的にラーメンのバリエーションが豊富である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
第二に、[[屋台]]における販売である。近年は減少しつつあるが、深夜時間帯を中心に「流し」といわれる屋台で販売される。屋台は、古くは[[江戸時代]]からの夜鳴き蕎麦屋の風習にのっとり、[[リヤカー]]の後ろに調理器具を積み、市中を回りつつ売ったものであった。[[チャルメラ]]を鳴らして歩いたことから、屋台の俗称もまた「チャルメラ」という。近年は[[軽自動車]]や[[商用車]]に調理器具を積み、椅子を並べ、主に繁華街などで固定販売することが行われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
屋台で評判を得た店がその後に固定店舗を開設し、'''ラーメン専門店'''に転じた例も少なくない。専門店の店舗形態としてはカウンターのみ、あるいはテーブルとカウンターからなるものが多い。専門店では味噌や醤油、豚骨などスープの味によって、メニューが区別されていることが多い。特定のスープの味に特化した専門店も多い。また、後述するご当地ラーメンのように、地域全体で独特なスープや味付け・食材が主流となっているという地域も多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これらラーメン専門店のラーメンは麺とスープの製法に各店独自の工夫を凝らすことで様々な個性が生じ、独自の発達を遂げた。特にスープは多くの場合、レシピについて門外不出の「秘伝」とされ、[[暖簾分け]]という形での伝授や、法人化した店舗では[[チェーンストア|チェーン]]展開による指導などを通じて広まっていった。他方、チェーン展開や[[フランチャイズ]]展開を行っているラーメン店の場合、スープなどは企業秘密のまま本社の工場で生産して、末端店舗は本部から卸されたスープを本部に決められたレシピ通りに使用するだけ、という形が採られることも多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 呼称の変遷 ===&lt;br /&gt;
昭和20年代までは「[[支那]][[蕎麦|そば]]」という呼称が一般的で、「[[ちゃんころ|チャン]]そば」、「[[南京 (曖昧さ回避)|南京]]そば」（「南京」は「南京錠」などの語源と同様に「中国の」あるいは「外来の・舶来の」程度のニュアンスで、都市としての中国[[南京市]]を指すものではない）、あるいは単にそば、汁そばなどと呼ばれることもあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このため、最近までは単に「そば」「おそば」というとラーメンを指し、[[蕎麦]]はわざわざ「日本そば」と呼称していた地域（総じて[[四国地方|四国]]や九州など蕎麦食があまり普及していなかった地方）もある。現在も[[西日本]]の地方の高齢者の中にはこの呼び方をする人も多く、蕎麦屋を起源としているわけではないのに店名に「そば」を冠するラーメン屋も西日本を中心にしばしば見受けられる。また、ラーメンという呼称を使用する店でも、品目によっては「五目そば」「もやしそば」などという言い方をすることは多い。なお、独自のラーメンが開発され普及した[[北海道]]や、ラーメンと起源を同じくするものの似て非なる[[沖縄そば]]（うちなーすば）が発展した[[沖縄県]]では、中華そば、支那そばとはほとんど呼ばれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
戦後になり、支那という単語の使用自粛が要請されたことから、'''中華そば'''という名称が生まれた。当初は多数派であった中華そばに代わり'''ラーメン'''という呼称が優勢となったのは、[[1958年]]（昭和33年）8月に[[日清食品]]から'''[[チキンラーメン]]'''が発売され、「[[インスタントラーメン]]」という言葉が誕生したことも一つの理由とされる。&lt;br /&gt;
*現在も地域によっては中華そばのほうが通りが良く、ラーメンと中華そばを区別して認識される場合もある。&lt;br /&gt;
*ラーメンという名の誕生した時期や場所は不明だが、語源は一般に中国語の'''拉麺'''（ラーミェン）、あるいは'''老麺'''（ラオミェン）の日本語読みに由来するとされる。&lt;br /&gt;
*近年ではラーメンの多様化を受けて、懐古的な意味合いから昔風のラーメンを支那そばまたはあえて中華そばと呼ぶ店も増加している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== ご当地ラーメンブームと「ラーメン本」 ===&lt;br /&gt;
{{要出典範囲|[[1960年代]]から[[1970年代]]にかけて、日本の全国各地に形成されていた地域毎の独特のラーメンの味付けやラーメン文化の存在が次第に知られるようになった|date=2013-4}}。{{要出典範囲|[[1980年代]]後半以降、日本全国の各地の多様なラーメンの文化に注目が集まる様になり、[[地域おこし]]の手段として注目され、各地で名物ラーメンのPRが行われるようになった|date=2013-4}}。{{要出典範囲|これが「'''ご当地ラーメン'''」と称される食品群である|date=2013-4}}。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これには、1960 - 70年代から既に高い知名度を持っていた[[札幌ラーメン]]などが観光に大きく寄与していたことも与っている。「札幌ラーメン」を謳ったチェーン店が全国に展開したり、[[インスタントラーメン]]の呼称に使われたりして、{{要出典範囲|まず札幌ラーメンの存在が全国に知られるようになった|date=2013-4}}。{{要出典範囲|その後、[[福岡県]]の[[博多ラーメン]]や[[福島県]]の[[喜多方ラーメン]]などがブームとなった|date=2013-4}}。これらは「ご当地ラーメン」などと称され、観光資源として雑誌媒体、テレビマスコミでのPRなどに用いられる事が見られる様になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、これら「ご当地ラーメン」の個性を楽しむ人たちが増え、現在でもマスコミの取材などをきっかけとして地域毎にラーメンブームの様相を呈することは珍しくない。また、これによって現在では[[旅行ガイドブック]]ジャンルを細分化したジャンルの一つとして「'''ラーメン本'''」が成立しており、観光地のみならず、東京都内など大都市圏の多ジャンルのラーメン店舗間の競合の激しい地域でも、この本の情報を頼りにラーメンを食べ歩く者が{{要出典範囲|多く見られている|date=2013-4}}。同様にインターネットで参加者によって[[口コミ]]的にラーメン店を評価する[[ホームページ]]やグルメ系[[ポータルサイト]]なども{{要出典範囲|多数存在しており、やはり食べ歩きの参考としてこれらの情報を利用する者も多い|date=2013-4}}。また、[[スーパーマーケット]]や[[コンビニエンスストア]]などで販売される生ラーメンや[[カップラーメン]]でも、人気のご当地ラーメン風の味付けをされた製品や、有名人気ラーメン店やその店主が[[タイアップ]]したラーメンが数多く販売されている。そして、これらの市場拡大によって&amp;lt;!--[[石神秀幸]]などに代表される様な--&amp;gt;ラーメン専門のフード[[著作家|ライター]]や評論家という、ラーメンを食べて評し、記事を書く事を職業とする人物さえ幾人も登場している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この様なご当地ラーメンが時に大きな市場や経済効果を作り出してきた一方で、「ご当地ラーメン」には、単にラーメン店の店舗数が人口や市街地の規模に比して多いだけで、その地域の固有といえる特段の共通の特徴がなかったり、マスコミに特集されるほどの質（味に加えて接客サービスなど）が伴っていない地域も存在している。ブームに便乗しようとする者も多く、{{要出典範囲|近年では[[観光]]振興、地域特産の農作物・水産物・[[調味料]]といった「ご当地食材」の知名度向上や消費振興などを意図して、地元の商工団体や食品メーカーなどが企画した「ご当地ラーメン」が作り出され、[[地方公共団体]]の観光課や観光協会、「ご当地食材」の生産者団体などと連携して過剰なマスコミ露出・宣伝活動を展開しているケースもある。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ライターの[[速水健朗]]によれば、このご当地ラーメンブームは[[三浦展]]のいう「[[ファスト風土化]]」（主に[[1970年代]]辺りから[[モータリゼーション]]とともに日本の風景が均一化していったとする議論）と密接に結び付いていると述べている。すなわち、一見すると食文化の多様化を意味しているとも思えるご当地ラーメンブームは、実際のところその地方固有の郷土料理に替わって観光化に適したラーメンが各地で登場するという画一化・均一化の象徴であるという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ご当地ラーメン ==&lt;br /&gt;
特定の地域で食べられているそれぞれ何らかの独自性があるラーメンを'''ご当地ラーメン'''という。しかし、必ずしも、周辺地域の店が同じような味とは限らない。その地域の名を冠して呼称されることが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 北海道 ===&lt;br /&gt;
{{see also|北海道のラーメン}}&lt;br /&gt;
;[[旭川ラーメン]]（[[旭川市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|魚介類と豚骨、鶏ガラなどで出汁を取ったスープに醤油を合わせる。寒冷地であるため、ラーメンの熱が逃げないように脂で蓋をするような意味合いでかなり高温になるまで焦がしたラードをスープに使用するが、味は淡泊。麺は細めの縮れ麺で加水率が低いため、スープによく絡む。味噌味仕立ての物は、コクと甘みが主張する独特な味で、札幌の味噌味とは異なる。近郊の上川町には「[[上川ラーメン]]」があるが、基本は同じ。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
[[ファイル:Ganso Ramen Street by zezebono in Sapporo, Hokkaido.jpg|thumb|right|200px|札幌ラーメン横丁]]&lt;br /&gt;
;[[札幌ラーメン]]（[[札幌市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|中国からの料理人の作るあっさりした塩味の汁麺に始まったが、戦後に満州からの引揚者によってこってりした醤油味となり、永らく醤油ラーメンが広く主流であった。だが後に味噌ラーメンが考案されると、これが一躍人気となり全国に知られるところとなり、今や札幌ラーメンの代名詞となった。味噌ラーメンは濃厚な辛口の味噌にニンニクを用いる。大量のラードとニンニクで炒めた具の野菜類をスープと一緒に煮込み、それに味噌を溶いてできたスープを器に注ぎ麺を入れ炒め煮込んだ具を盛りつけるというスタイルのものが多い。麺は加水率がかなり高く、コシがある。味噌味以外の醤油味、塩味も大抵の店で出されているが、他の地方と比べるとやや塩辛さが強く寒冷地の土地柄もありカロリー摂取を目的に比較的多めのラードを使用する。観光客向けの店を中心に、[[トウモロコシ]]や[[バター]]を載せることも多い。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;室蘭ラーメン（[[室蘭市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|従来からの醤油ラーメンと近年の[[カレーラーメン]]があり、前者は地元特産の根昆布、鰹節をベースにした醤油味に、太めの縮れ麺を用いたもので、味は淡泊。後者は、ちぢれ麺と、チャーシュー、野菜やワカメなどが特徴となっている。|date=2013-4}}&amp;lt;!--[[カレーラーメン]]の特徴を記入のこと。活動はその項目で--&amp;gt;&lt;br /&gt;
;[[函館ラーメン]]（[[函館市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|国内でも相当に長い歴史を持つラーメンの一つと言われ古くから今も変わらず塩味のスープが一貫して主流で函館で単にラーメンというと塩ラーメンのことを指す。そのため醤油味のラーメンは函館ではわざわざ「醤油ラーメン」と呼ぶ。弱火で炊き込んだ器の底まで透き通るほど透明で薄味の豚骨がベースとなっており、そこに塩で軽く味付けする。他の北海道のラーメンとは異なり、麺は細ストレート麺が多い。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;滝川ラーメン（[[滝川市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|特産の[[合鴨]]を使用した合鴨ラーメン。出汁に、合鴨のがらを使用し、風味を活かす薄味のあっさりした塩ラーメン。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[地獄ラーメン]]（[[北広島市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|唐辛子味噌と唐辛子粉を加えた辛いラーメン。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[釧路ラーメン]]（[[釧路市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|鰹出汁をベースに、昆布、煮干しなどの魚介類、豚骨、鶏ガラなどを合わせすっきりとした醤油ラーメン。麺は極細の縮れ麺で、加水率が高い。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 東北 ===&lt;br /&gt;
;[[津軽ラーメン]]（[[青森県]][[弘前市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|煮干し、鶏ガラであっさりした醤油スープが多い。煮干しではなく、焼き干しを使用する店もあるが、煮干しに比較して高価なため数は少ない。また、十三湖周辺のしじみラーメンもよく知られている。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[八戸らーめん]]（青森県[[八戸市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|南部地鶏と白銀産の煮干しでダシを取った特製の醤油味のスープで、名川産の長ネギや高級品として知られる田子産のニンニクなどと言った地元の食材を使い、麺は手もみの縮れ麺が特徴。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[十文字ラーメン]]（秋田県[[横手市]]十文字町 = 旧・[[十文字町]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|焼き干し、鰹節、昆布などの魚介類のみから出汁を採る透き通ったスープ。麺は極細の縮れ麺で、かん水はほとんど用いないため白みがかっている。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[大船渡さんまらーめん]]（[[岩手県]][[大船渡市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|[[サンマ]]をトッピングしたラーメン。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[仙台ラーメン]]（[[宮城県]][[仙台市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|[[仙台味噌]]を使った味噌ラーメンが多い。豚骨や鶏ガラなどで出汁をとった味噌ラーメン。麺は中太の縮れ麺を使用しているところが多い。|date=2013-4}}&amp;lt;!--ラーメンではない&lt;br /&gt;
;[[冷やし中華]]（宮城県仙台市）: 最初は[[トマト]]、キャベツ等の野菜とチャーシューを載せていた。戦後他地方を経て今の冷やし中華の形になった。仙台発祥であり、当初は涼拌麺（リャンパンミェン）と呼ばれていた。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
;[[酒田ラーメン]]（[[山形県]][[酒田市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|魚介類と豚足、鶏ガラなどで出汁をとった醤油スープ。スープ作りの段階で背脂を入れるため独特のコクとまろやかさがある。麺は細い縮れ麺で、加水率が高くモチモチ感がある。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[とりもつラーメン]]（山形県[[新庄市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|鶏の[[もつ]]を甘辛く煮たものを載せたラーメン。地元で祝い事があると頂く。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;鳥中華（山形県[[天童市]]ほか）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|鳥蕎麦の麺が中華麺に変わった和風中華そば。暖かいのと冷たいものがあり、主に蕎麦屋のメニューとして置いてある。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[冷やしラーメン]]（冷たいラーメン）（[[山形市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|氷の浮いた冷たいスープのラーメン。スープに浮いている脂は冷たいスープでも凝固しないように植物系（主に[[ごま油]]）が使用されている。北海道で冷やし中華が“冷やしラーメン”と呼ばれているので、地元では混同しないように'''冷たいラーメン'''と呼ばれる。また、地元の訛りを入れて'''つったいラーメン'''と呼ぶ場合や、地域により'''冷丼（ひやどん）'''と呼ばれている。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;赤湯ラーメン（山形県[[南陽市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|基本は味噌スープだが唐辛子を使った辛味噌が載り、好みに応じて溶かして食べる。麺は太く縮れた麺が特徴。昭和35年に誕生した。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[米沢ラーメン]]（山形県[[米沢市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|スープの系統は喜多方と似ており、煮干し、豚骨、鶏ガラをベースにした淡泊な醤油味。麺は加水率の高い縮れ麺で、縮れ麺では珍しく細麺であるのが特徴。麺を干してから更に手揉みで拵えるため、ちりちりに縮れている。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[喜多方ラーメン]]（[[福島県]][[喜多方市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|スープは豚骨のベースと煮干しのベースを別々に作り、それをブレンドしたもので、淡泊だが強い醤油味。麺は太めの平打ち縮れ麺で、加水率が高くコシが強い。ラーメン屋というスタイルで店舗を構えていないのが特徴で、「○○食堂」という風に大衆食堂の店構えをしているものが多い。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[白河ラーメン]]（福島県[[白河市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|鶏ガラ、豚ガラを中心とした醤油ベースのスープだが[[喜多方ラーメン]]や[[米沢ラーメン]]と比較すると醤油味が濃厚で、東京ラーメンに似ている。麺は手打ちの縮れ麺が主流で、麺を包丁で切った後に手で揉む。具に鳴門巻き、メンマなどのほかチャーシューを用いる。チャーシューは、生肉の表面を炭火で軽く燻製にした後、醤油で煮込む。また、縁を食紅で赤く染めるのが標準である。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 関東 ===&lt;br /&gt;
;[[スタミナラーメン (茨城)|スタミナラーメン]]（[[茨城県]][[水戸市]]など）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|醤油味のラーメンにあんかけが載せられる。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[水戸藩ラーメン]]（茨城県水戸市）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|麺にレンコン粉を練りこむのと、「五辛」（ニラ、ラッキョウ、ネギ、ニンニク、ショウガ）という薬味を添えるのが特徴である。レンコン粉が加えられているために、麺は全体に茶色で黒い点がある。|date=2013-4}}''詳細は[[水戸藩ラーメン]]を参照''&amp;lt;!--詳細は各記事にて。五辛は漢方医学に由来しており、薬膳の性格を持つ。さらに、陰陽五行思想に基いて、叉焼など肉を具にする時には、肉と兄弟分とされるシイタケも添える。スープの出汁や具に鶏や豚など肉類を使うが、徳川光圀は当時はタブー視されていた肉食を嫌っておらず、生類憐れみの令も無視したため、考証として必ずしも不自然ではない。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
[[ファイル:Sanoramen.jpg|thumb|250px|佐野ラーメンの特徴、青竹打ち]]&lt;br /&gt;
;[[佐野ラーメン]]（[[栃木県]][[佐野市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|青竹を使って打った麺に特徴があり、加水率が高く、中太の縮れ麺が一般的。[[名水百選]]にも選ばれた[[出流原弁天池|出流原弁天池湧水]]の水を使って延ばす製麺所もある。透き通った醤油スープで、味はすっきりとして淡泊。スープは鶏ガラ、香味野菜をベースにしている。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;藤岡ラーメン（[[群馬県]][[藤岡市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|「上州藤岡ラーメン」とも。鶏ガラをベースにした醤油味。麺は中太の縮れ麺でコシが強く、同県内の[[水沢うどん]]からの流れからか自家製手打ち麺を提供している店が多い。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[スタミナラーメン (埼玉)|スタミナラーメン]]（[[埼玉県]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|醤油味で豆板醤のあんかけが載っている。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[竹岡ラーメン]]（[[千葉県]][[富津市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|醤油にチャーシューの煮汁を加えたスープで麺を茹でた茹で汁を使う、味は淡泊。タマネギの細切りが具に載る。発祥の店では、麺に乾麺を使用している。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[勝浦式タンタンメン]]（千葉県[[勝浦市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|いわゆる[[坦々麺]]であるが、ゴマや[[芝麻醤]]を用いずラー油や唐辛子で炒めたタマネギや挽肉が具に載る。当地の海女や漁師に、寒い季節に冷えた体を温めるために好んで食されてきたとされる。勝タンとも呼ばれる。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[東京ラーメン]]（[[東京都]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|やや濃いめの醤油味で、透明な鶏ガラスープに鰹出汁を加え、各店独自の醤油ダレを併せるのが基本。麺は中細縮れ麺を用いる。具は[[焼豚]]、鳴門巻き、ホウレンソウ、ゆで卵、海苔、メンマ、刻みネギなど。[[荻窪ラーメン]]・恵比寿ラーメン・[[八王子ラーメン]]は東京ラーメンの一種で、俗にいう背脂チャッチャ系など東京都内には様々なスタイルのラーメン店もある。老舗店には蕎麦からの転向店もあり海苔や麩などに蕎麦店時の名残を残す。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[八王子ラーメン]]（東京都[[八王子市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|ストレート細麺で具に刻み[[タマネギ]]が載り、その辛味の調整に油が加えられる。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[ラーメン二郎]]（東京都）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|太麺で、豚肉を多く使ったスープに醤油タレ、無料トッピングに「ニンニク・ヤサイ・アブラ・カラメ」がある有名店。のれん分け以外に、フランチャイズ店、独立店、模倣店が存在する。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
;[[油そば]]（東京都）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|煮豚チャーシューの煮汁と油を少量のスープでのばし、茹で上がった麺に絡めたもの。縮れた中太麺がタレに絡まり、こってりとした変わり種のラーメンといえる。|date=2013-4}}&amp;lt;!--要出典 武蔵境の珍々亭が発祥といわれる。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
;[[サンマーメン]]（[[神奈川県]][[横浜市]]および[[湘南]]地方の一部）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|塩もしくは醤油ベースのスープに細麺を用い、もやしをベースとした炒め野菜の「あんかけ」ラーメンの一種。横浜の中華街および近傍の中華料理店または中華食堂などがルーツとされる。|date=2013-4}}&amp;lt;!--戦前から存在しする。横浜市内および周辺の旧来の中華料理店や中華食堂などを中心にサンマーメン（生馬麺）が現在も普及している。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
;[[家系ラーメン]]（横浜市）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|濃厚な豚骨醤油がベースで、鶏油を用いる。極太ストレート麺。具はチャーシュー、ネギ、ホウレンソウのほか、大判の焼き海苔が2、3枚載る。「吉村家」という屋号をつけた店がのれん分けをしたり、模倣の同様の屋号の店の増加から屋号に「家」が付くに加え同様の特徴を持つラーメンを出す店が総じて俗に「家系」と称されるようになった。|date=2013-4}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 中部 ===&lt;br /&gt;
;[[燕三条系ラーメン]]（[[新潟県]][[燕市]]・[[三条市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|極太麺。煮干しを主とした鯖節、鰹節等の魚介スープ。大量の豚の背脂が載せられ、具にタマネギのみじん切りが載る。俗にいう背脂チャッチャ系の元祖。燕三条背脂チャッチャ系ラーメンともいう。|date=2013-5}}&lt;br /&gt;
;[[新潟あっさり系ラーメン]]（[[新潟市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|煮干し、鶏ガラ、豚ガラなどを使い、すっきりとした味で、塩ラーメンに近い薄い醤油色のスープ。麺は縮れの細麺もしくは極細麺。新潟市中心部の[[新潟島]]発祥。そのため新潟島系ラーメンともいう。|date=2013-5}}&lt;br /&gt;
;[[新潟濃厚味噌ラーメン]]（新潟市）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|濃い味噌のラーメン。味噌の濃さを調節できるよう、別丼で割りスープが付くのが特徴。現・新潟市[[西蒲区]]域の旧・[[巻町]]発祥。|date=2013-5}}&lt;br /&gt;
;[[長岡系ラーメン]]（新潟県[[長岡市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|豚ガラを多く使い、比較的油っこい醤油味のスープに生姜の風味が強く利いている。長岡生姜醤油系ラーメンともいう。|date=2013-5}}&lt;br /&gt;
;[[富山ブラック]]（[[富山県]][[富山市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|醤油をベースにしており、墨汁のように黒いのが語源。麺は少し固めの太麺。薬味として黒[[コショウ|胡椒]]が振り掛けられている。富山県内が中心。|date=2013-5}}&lt;br /&gt;
;富山ホワイト（富山県富山市）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|豚骨ラーメンで、富山県内では徐々に[[知名度]]が上がってきている。|date=2013-5}}&lt;br /&gt;
;[[入善ブラウンラーメン]]（富山県[[入善町]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|味噌ラーメンで、海老味噌スープに入善町で造られた深層水使用の麵が特徴。|date=2013-5}}&lt;br /&gt;
;[[おやべホワイトラーメン]]（富山県[[小矢部市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|肉みそが載っている白い[[豚骨]]ラーメン。|date=2013-5}}&lt;br /&gt;
;[[敦賀ラーメン]]（[[福井県]][[敦賀市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|豚骨と鶏ガラの2種類を併せた醤油味のスープが主流。|date=2013-5}}&lt;br /&gt;
;[[高山ラーメン]]（[[岐阜県]][[高山市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|鰹出汁と煮干しをベースにしたスープと醤油、[[みりん]]などで併せたたれを直接[[寸胴]]に入れて、スープとたれを混ぜ、煮込んで作るという他に類を見ない製法。本来は醤油味のみで、かなりあっさりしている。ただ、最近は味噌味や塩味のものを出す店もある。比較的細い麺を使う店が多い。飛騨ラーメンとも呼ばれる。地元では単に「そば」と呼ばれることも多い。|date=2013-5}}&lt;br /&gt;
;[[台湾ラーメン]]（[[愛知県]][[名古屋市]]及び[[中京圏]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|鶏ベースの醤油味だが、具に挽肉、ニラ、唐辛子たっぷりとニンニクで炒めたものをスープにいれてかけて出すためとても辛い仕上がりである。今池の飲食店・味仙が発祥とされる。名古屋で独自に発祥したラーメンで、台湾には無い。台湾ラーメンと呼ばれるゆえんは、料理人曰く「台湾人店主が作ったラーメンだから」である。もやし・ニラをメインに唐辛子・ひき肉を炒めたものを載せる店舗もある。|date=2013-5}}&lt;br /&gt;
;[[ベトコンラーメン]]（愛知県[[一宮市]]・岐阜県[[岐阜市]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|ニンニクをたっぷり使ったラーメン。「ベスト・コンディション・ラーメン」の略、あるいは「ベトナム戦争中の時期に生まれ、[[南ベトナム解放民族戦線|ベトコン]]の名前にちなんだ」とも言われる。|date=2013-5}}&lt;br /&gt;
;[[志太系ラーメン]]（静岡県[[藤枝市]]・[[焼津市]]・旧[[大井川町]]）&lt;br /&gt;
:{{要出典範囲|そばつゆのようにあっさりとした鰹出汁がベースの醤油味のスープ。あつ（温）とひや（冷）がある。具はチャーシュー・海苔・メンマ・ネギ。ひや（冷）には紅しょうがとワサビも載る。早朝、茶畑や漁の仕事を終えた人たちが帰りがけに食べていたため、提供する店は朝の8時頃から開店し昼過ぎには閉めてしまう店が多い。|date=2013-5}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 近畿 ===&lt;br /&gt;
;[[京都ラーメン]]（[[京都市]]及び、[[京都府]]南部・[[滋賀県]]南部地域）&lt;br /&gt;
:{{main|京都ラーメン}}麺は、細めのストレート角麺が多く、比較的柔らかめに茹でる傾向にある。具は、焼豚、メンマ、九条葱（これに加えてもやしをのせる店も多い）が載る。スープは、豚骨豚肉をベースにした色目の相当に濃い溜まり醤油味の清湯スープ、甘みの強い鶏ガラベースの醤油味のスープ（このスープは通常、豚の背脂が振られる）、鶏ガラや野菜がドロドロになるまで煮込んで作られる独特な白濁スープなどがある。何れもスープの味付けはかなり濃厚である。&lt;br /&gt;
;[[神戸ラーメン]]（[[兵庫県]][[神戸市]]・[[阪神間|阪神地域]]）&lt;br /&gt;
:{{main|神戸ラーメン}}現在は[[大阪府|大阪]]と同じように様々なラーメンが混在しているが、以前は「京都ラーメンから派生したこってり系」（京都ではあっさり系と呼ばれる豚骨清湯スープ）と、「古典的な関西風あっさり中華」（清湯スープ。いわゆる中華料理のガラスープである。関東の中華そばと違い、魚介出汁をミックスすることはなく、醤油も淡口醤油を使用している）の2つに大別できた。&lt;br /&gt;
;[[大阪ラーメン]]（[[大阪府]][[大阪市]]・泉州地域）&lt;br /&gt;
: 泉州たまねぎの入った極太麺と醤油味のスープが特徴。エースコックは産経新聞と提携した「大阪ラーメン」というカップ麺を2015年2月に発売している。&lt;br /&gt;
;[[高井田ラーメン]]（[[大阪府]][[大阪市]][[東成区]]・[[東大阪市]]）&lt;br /&gt;
:極太麺が特徴的。スープは濃い醤油味で、鶏ガラと昆布ダシを併せたものを使用。&lt;br /&gt;
;[[天理ラーメン]]（[[奈良県]][[天理市]]）&lt;br /&gt;
:豚骨、鶏ガラをベースにした薄味の醤油ラーメンを下地に、大量の豆板醤（入れない店もある）、ニンニクを入れた辛口ラーメン。具に白菜、ニラ、炒めた豚バラ肉が載る。「中」「大」を注文したときのボリュームの増加割合が半端ではなく、店によっては「鍋」と呼ばれる、家庭から容器となる鍋を持ち込んでそこに盛り付けてもらうスタイルでテイクアウトできる店もあり、「鍋」で「大」を注文して一家の夕食のメインとするスタイルもある。「スタミナラーメン」「[[サイカラーメン]]」とも呼ばれる。&lt;br /&gt;
;[[和歌山ラーメン]]（[[和歌山市]]など[[和歌山県]][[紀北|紀北地方]]）&lt;br /&gt;
:豚骨醤油スープ。ドロドロになるまで煮込んだ豚骨スープに醤油を合わせていく製法と、醤油で炊き込むことによって味を染みこませた豚骨を炊いてスープを採る製法がある。[[新横浜ラーメン博物館]]館長の武内伸が分かりやすく、前者を「井出系」、後者を「車庫前系」と名付けたため、一時期その呼称で呼ばれることが多かったが、現在、この呼称はあまり使われなくなっている。又、このどちらの系統にも属さない店舗も存在する。特徴的な具として蒲鉾。サイドメニューとしてラーメンが供されるまでの待ち時間をしのぐため早寿司（鯖寿司）、ゆで卵、おでん、どて焼きなどを置いている店が多く、逆に餃子や炒飯などの中華系サイドメニューを置いている店は少ない。和歌山にほど近い[[湯浅町|湯浅]]が醤油発祥の地とされており、濃厚な醤油味であるのも、その影響とされる。地元では和歌山ラーメンとは呼ばずに、単純に「そば」、あるいは「中華そば」と呼ぶのが一般的。&lt;br /&gt;
;[[播州ラーメン]]（[[兵庫県]][[西脇市]]・[[加東市]]・[[多可町]]）&lt;br /&gt;
:醤油味だが甘みがあるのが大きな特徴。播州産の淡口醤油を使い、播州地鶏・豚骨・野菜をじっくりと煮込んだものが多い。[[織物]]など、繊維産業が盛んだった頃に[[出稼ぎ]]の[[女工]]が多くおり、女性の口に合った甘口の味付けにしたのが始まりといわれる。&lt;br /&gt;
;播州赤穂塩ラーメン（[[兵庫県]][[赤穂市]]）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 中国・四国 ===&lt;br /&gt;
; [[岡山ラーメン]]（[[岡山市]]）&lt;br /&gt;
:鶏ガラベースに醤油スープが多く、ストレートな中細麺を用いる。しかしながら濃厚な豚骨醤油の老舗店も少なからずある。またサイドメニューにデミグラスカツ丼などの洋食メニューがある老舗店もごく一部ある。これは「食堂」または「大衆食堂」から始めた店が比較的多いためである。&lt;br /&gt;
;[[笠岡ラーメン]]（[[岡山県]][[笠岡市]]）&lt;br /&gt;
:鶏ガラベースの醤油味で、豚肉チャーシューの代わりに「かしわ」と呼ばれる鶏肉を使うのが特徴。昔、笠岡には[[養鶏|養鶏場]]が多く存在し、そこで安く手に入れられた鶏肉を使用したため、鶏肉をふんだんに使用している。&lt;br /&gt;
;[[福山ラーメン]]（[[広島県]][[福山市]]）&lt;br /&gt;
:極めて[[尾道ラーメン]]に近い店が多い。ルーツは戦前の支那そば。&lt;br /&gt;
;[[尾道ラーメン]]（広島県[[尾道市]]）&lt;br /&gt;
:本来は鶏ガラ・豚骨ベースのみの醤油味で、色目も透明で淡白。ただし近年はこれに加え小魚系の素材をスープに加える店が多い。豚の背油が[[クルトン]]のように浮かんでいるのが[[尾道]]のラーメンの大きな特徴。麺は平直麺の使用がほとんど。始祖店といわれる店では自店のものを[[尾道ラーメン]]とは決して呼ばない。&lt;br /&gt;
;[[広島ラーメン]]（[[広島市]]）&lt;br /&gt;
:豚骨ベースに醤油ダレを合わせた茶褐色のスープがである場合が大多数で、味は豚骨ベースながら淡白な店が多いが一部には極めて濃厚な店もある。麺は比較的色目の白い細直麺が主流。客の多くはラーメンとは呼ぶが古くからある店には暖簾やメニューには「中華そば」と書いてある店が多く店側も「そば」または「中華そば」と呼ぶ。具はチャーシュー、細もやし、ネギが一般的である。店名に、すずめ・つばめ・うぐいす、ちゃぼ、巣箱など小鳥や鳥に関係する名前の付くものが多い。現在では少ないが古くからの店の場合、寿司店に中華そばがある（あった）のも独特。サイドメニューにおでんがある店がほとんどであるのも特徴である。焼肉店で暖簾に「焼肉・ラーメン」と冷麺でなくラーメンをサイドメニューとして表に出すケースが多いのも広島の特色。&lt;br /&gt;
;呉ラーメン（広島県[[呉市]]）&lt;br /&gt;
:基本的には[[広島ラーメン]]と一緒ではあるがスープ自体は濃厚系が多いながらも味付け自体は若干薄味で具材にワカメを使う店やコショウに加えて香辛料に唐辛子漬けの酢「酢辛子」が用意され、これをコショウの代わりに入れる者も多いという広島市内にはない独特な習慣がある。通常のラーメンよりワンタン麺が好まれる傾向があるのも独特。それ以上にラーメン類よりは「[[呉冷麺]]」と呼ばれる他地区にない独特の冷やし系中華麺が好まれるのも特徴。&lt;br /&gt;
;[[鳥取牛骨ラーメン]]（[[鳥取県]]）&lt;br /&gt;
:牛骨で出汁をとったスープを使うラーメン。スープに牛骨独特の甘い香りと芳ばしさがあり、醤油ダレが基本となっている。鳥取県中部。&lt;br /&gt;
;[[宇部ラーメン]]（[[山口県]][[宇部市]]）&lt;br /&gt;
:濃厚な豚骨をベースに魚介系の醤油でアクセントをつけたもの。九州の久留米ラーメンの影響が強く、広島ラーメンと久留米ラーメンの中間に位置する。&lt;br /&gt;
;[[徳島ラーメン]]（[[徳島市]]）&lt;br /&gt;
:豚骨醤油スープ。味付けは甘辛く、関西のすき焼き風。チャーシューの代わりに載る甘辛く煮込んだ豚バラ肉のトッピングに、生卵を落とす物が主流だが地域により様々な物がある。地元では徳島ラーメンとは呼ばずに「中華そば」と呼び、徳島ラーメンをおかずにご飯を食べるのが習慣となっている。徳島で豚骨が主流となったのは、[[ハム]]製造会社（当時の[[日本ハム|徳島ハム]]）から大量の豚骨が提供されたためともされている。&lt;br /&gt;
;[[鍋焼きラーメン]]（[[高知県]][[須崎市]]）&lt;br /&gt;
:鶏ガラをベースにしたあっさり醤油味で、[[琺瑯]]の[[鍋]]で提供される。具に鶏肉、ネギ、[[竹輪]]、そして生卵を落とす。ご飯と一緒に食べる習慣があり、沢庵漬けも一緒に出される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 九州・沖縄 ===&lt;br /&gt;
;[[博多ラーメン]]（[[福岡市]]）&lt;br /&gt;
:基本はさらりとした豚骨白湯スープが多い。味は豚骨ラーメンの中では比較的淡泊。が、極めて濃厚な老舗店も少なからず存在する。発祥時は当時の全国的な傾向もあって平麺が多かったが現在は長浜ラーメンの影響を受けストレート極細麺が主流。麺が極細麺であるために提供までの時間が短い反面、伸びやすく、少量ずつ茹でていたため長浜ラーメンから影響を受けて広まった[[替え玉]]という麺のおかわりがある店が大多数。ただし一部の店では替え玉によってスープの味が変わるのを嫌って替え玉を用意していない店もある。麺の硬さが好みに合わせて「やわ」「ふつう」「かた」「ばりかた」「はりがね」「こなおとし」などの呼び方で選べるが、「ふつう」でも他地域のラーメンに比べると硬めのことが多い。好みで白ゴマ、辛子高菜、紅生姜、潰しにんにくのトッピングを用いる。&amp;lt;!--また、「小金ちゃん」という屋台が発祥の博多ラーメン系の亜種で、麺と具を鉄板で炒め、豚骨スープとウスターソースで味付けたスープのない一見焼きそば風の[[焼きラーメン]]という変種メニューもある。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
;[[長浜ラーメン]]（[[福岡県]][[福岡市]][[中央区 (福岡市)|中央区]]）&lt;br /&gt;
: 福岡市湾岸部の長浜のラーメン。&amp;lt;!--独自研究　博多ラーメンと区別して「長浜ラーメン」呼ばれるものがある。博多ラーメンと基本的には極めて同じ特徴だがスープが博多ラーメンと比べると屋台発祥がゆえと客層の関係で深夜・早朝に訪れる客が多かったためか若干淡白な傾向。トッピングは博多に比べ比較的シンプルでネギと薄切りの煮豚少々のみなどという店もいくつかある。これは屋台での飲食後の最後の締め、さらには深夜・早朝の客向けにという考えから生じたためと思われる。現在の博多（いわゆる福岡市内）ラーメンの主流であるストレート極細麺と[[替え玉]]はこの長浜ラーメンが起源。タレ（素ダレ）を使って味を調節できるのも、もともと[[替え玉]]発祥ゆえに長浜ラーメンからはじまったものだが後に[[替え玉]]・極細麺が博多ラーメン全般にも広まったため、このタレの部分も現在では長浜固有の特徴ではない。長浜ラーメンは博多ラーメンに大きく影響をあたえており今や--&amp;gt;博多ラーメンと、ほとんどの部分が同じ特徴を備えるため一見して両者の差異は相当に微妙であいまいだが福岡では今でも博多は博多、長浜は長浜、と別物であるという意識が根強く「博多ラーメン長浜屋（※架空の例）」などという店名には福岡市民は違和感を覚えるという。ちなみに麺の硬さやスープのこってりさの指定については博多とは全く違う独特の指定の仕方（麺に関しては「ズン」・指定なし（普通）「カタ」・「ナマ」、スープの濃さに関しては「ナシ」・無言（普通）「ベタ」）、またトッピングに関しては指定なし（普通）「ネギヤマ」などの独特の指定の呼称がある長浜を代表する有名店が存在する。 &lt;br /&gt;
;[[久留米ラーメン]]（[[福岡県]][[久留米市]]）&lt;br /&gt;
:豚骨ラーメンの発祥の地である。&amp;lt;!--独自研究 発祥店の店主が長崎出身のため長崎ちゃんぽんの影響があるのではないか言われているが実情は不明。多量のラードを使い、基本的には--&amp;gt;作ったスープを当日中に使い切る博多とは違い、減った分に新たに炊いたものを継ぎ足し続けながら作る独特な濃厚豚骨スープが多い。そのため博多ラーメンに比べてこってりしてかなり濃厚なものが多い。独特の臭みがあるのは、豚骨を割って髄が出た状態でスープを煮込むためである。ストレート細麺が主流。ただし博多のものより若干太めである。もともと[[替え玉]]はなかったが近年は博多の影響で替え玉を提供する店も多い。ただし現地ではこれを[[替え玉]]とは呼ばず[[替え麺]]と呼ぶ。薬味に白ゴマ、下ろしニンニクなどがある。&lt;br /&gt;
;[[玉名ラーメン]]（[[熊本県]][[玉名市]]）&lt;br /&gt;
:濃厚な豚骨スープと中細ストレート麺が特徴。&lt;br /&gt;
;[[熊本ラーメン]]（[[熊本市]]）&lt;br /&gt;
:戦後久留米から玉名を経て伝わった。濃厚で透明感のない白濁スープは、豚骨系で鶏ガラをブレンドしている。中太ストレート麺を使用する。一般的な具は煮卵、チャーシュー、メンマ、キクラゲ、海苔などで、辛子高菜や紅生姜はあまり使用されない。[[マー油]]をスープの表面に垂らすものが多い（あるいは油で揚げたニンニクチップ等を使う）。近年は表面を覆うほどのマー油を特徴として売り出すラーメンが熊本に限らず見られるが、オーソドックスな熊本ラーメンのマー油は表面に散らして香りづけをする程度である。&lt;br /&gt;
;あごだしラーメン（[[長崎県]]北部）&lt;br /&gt;
:焼きあごを使ったあっさりしたスープが特徴。「焼きあご」とは当地名産のトビウオ（「あご」と言う）を焼いたもの。[[平戸市]][[生月町]]（旧[[北松浦郡]]生月町）が発祥。&lt;br /&gt;
;[[宮崎ラーメン]]（[[宮崎県]]）&lt;br /&gt;
:豚骨をベースしたあっさりとしたスープに鯖節、ソーダ節、醤油や塩が加わる。麺は加水率が高い。薬味のニンニク醤油とラーメンと一緒に出される沢庵漬けが特徴。&lt;br /&gt;
;[[鹿児島ラーメン]]（[[鹿児島県]]）&lt;br /&gt;
:豚骨+鶏ガラの半濁スープに野菜を使うスープ（豚の頭骨のみ、また焼豚（煮豚）を一緒に入れている場合もある）に、かん水を使わない白っぽい中太ストレート麺。具に焦がし葱や木耳。白い急須に入ったお茶、大根の漬物が一緒に出されることが多い。ニンニク（おろし&amp;amp;乾燥ニンニクの醤油漬け）・紅しょうがを置いている店もある。ただ、他県と比べて具体性も曖昧な点があり、清湯スープや魚介系スープなどを使用する店舗もあり、特に新規店に多い。&lt;br /&gt;
;[[沖縄そば]]（[[沖縄県]]）&lt;br /&gt;
:{{main|沖縄そば}}一般的には「ラーメン」と見なされないが、本土のラーメンと同じルーツを持つ料理として沖縄そば（うちなーすば）がある。麺は一般的な中華麺と同じ製法である小麦粉100%の麺でカンスイ（本来は灰汁）を用いており、公正競争規約の上でも「中華めん」に分類されている。うどんやきしめんのように太く、茹でた後に油処理されたゆで麺を用いるため、独特の食感がある。スープは豚と鰹のブレンドで、チャーシューではなく甘く煮付けた豚のばら肉や骨付き肉の塊が載せられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 日本国外のラーメン事情 ==&lt;br /&gt;
日本国外では「[[インスタントラーメン]]」が「ラーメン」であると認識している所が多く、本来のラーメンが存在する国は少ない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== アジア ===&lt;br /&gt;
近年では[[台湾]]や[[タイ王国|タイ]]、[[中華人民共和国|中国]]などのアジア諸国を中心に日本式のラーメン店が人気を呼んでいる。少し変わった所では、シンガポール（屋台街）が挙げられる。ここでは、麺は生麺でスープがインスタントラーメン風という組み合わせにしばしば遭遇する。中華人民共和国のラーメン（拉麺）は、「南飯北麺」と呼ばれるように、米の生産ができない華北地方で多く食べられており、今日の日本のラーメンとスープの味と麺の作り方に大きな違いが見られる。中華人民共和国では塩味が大半で脂がたくさん使われることが多い。具はミンチ肉であったり、[[コリアンダー|香菜]]と呼ばれる香草だけの場合もある。中華文化圏で「ラーメン（拉麺）」は、本来生地をそのまま伸ばして（これを拉と呼ぶ）細長い麺にしたものを指す。他に中国の中華文化圏には、生地を切った「切麺」（日本のラーメンや[[うどん]]がこれに近い）、小麦粉の塊を刀で削る「[[刀削麺]]」がある。[[大韓民国|韓国]]の飲食店で出されるラーメンはほとんどが市販のインスタントラーメンを店が調理したもので、日本国内にある[[韓国料理]]店でも麺料理の麺はインスタントという店舗が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[1990年代]]以降、[[香港]]の繁華街に、日本のラーメン（現地では'''日式拉麺'''または'''日本拉麺'''と呼ばれる）を提供するラーメン店が誕生して多くの香港人客が訪れるようになり、日本食としてのラーメン・ブームが広がっている。[[スーパーマーケット]]などで売られているラーメンは[[インスタント食品]]と見られることが多いようだが、日本ラーメン専門店のラーメンはそれとは別物と区別されることが多い。同じ中華文化圏の[[台湾]]でも高い人気を誇っている。中華文化圏では麺を食べるのがラーメンであり、スープは飲まないことが多かったため、日本のラーメンのスープの旨さは新鮮なようである。中でも豚骨ラーメンの人気は高く、熊本の[[味千ラーメン]]のフランチャイジーが400店近くを中国国内に展開しており、日本の外食チェーン店としては最も多い。[[タイ王国|タイ]]では、首都の[[バンコク]]を中心に、[[8番らーめん]]や味千ラーメン、山小屋ラーメン、ばんからラーメンなど、日本の多店舗型ラーメン店の進出が目立つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 米州・ヨーロッパ ===&lt;br /&gt;
[[1970年代]]以降は、[[アメリカ合衆国]]の[[ロサンゼルス]]や[[ニューヨーク]]などに日本人駐在員向けのラーメン屋が多く設けられた。現在は、[[寿司]]と並ぶ日本食として新聞や雑誌の記事にされることが少なくなく、日本食の浸透に伴い多くの現地人が訪れている。また、[[日系人]]の多い[[ブラジル]]の[[サンパウロ]]や、日本文化への関心が高い[[イギリス]]の[[ロンドン]]、[[フランス]]の[[パリ]]などにおいても多くの店舗がみられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
欧米では、人肌より熱いものを飲む習慣が少ないため、スープの温度を日本のより下げて出すことがある。[[ノルウェー]]国王[[ハーラル5世 (ノルウェー王)|ハーラル5世]]に出されたラーメンは、スープの入った容器を氷水に浸けて[[うちわ]]で扇いで65°Cぐらいまで冷ました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 類似の料理 ==&lt;br /&gt;
=== 中華料理 ===&lt;br /&gt;
*[[担担麺]] - 中国[[四川省]]発祥の麺料理。&lt;br /&gt;
*[[担仔麺]] - [[台湾]]の料理。肉味噌と香菜を上に載せる。&lt;br /&gt;
*排骨麺 - 台湾の料理。[[排骨]]を上に載せる。&lt;br /&gt;
*[[牛肉麺]] - 中国四川省を源流とする台湾の料理。台湾では最もポピュラーな麺料理の一つ。高雄県岡山鎮が発祥の地とされる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 中華麺を使った日本の料理 ===&lt;br /&gt;
ラーメンと同様な麺を使用するがラーメンに分類されることはほとんどない料理。&lt;br /&gt;
*[[焼きそば]]（[[炒麺]]・炸麺）&lt;br /&gt;
*[[ローメン]]&lt;br /&gt;
*[[冷やし中華]]&lt;br /&gt;
*[[ちゃんぽん]]　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== その他 ===&lt;br /&gt;
*[[サイミン]] - [[ハワイ州|ハワイ]]の郷土料理。ラーメンとほぼ同じ麺を使用し、基本的なトッピングも日本のラーメンに酷似している。スープには[[エビ]]などの出汁が用いられ、油分の少ないあっさりとした仕上がりである。&amp;lt;!--起源にはいくつかの説が存在し、一説では明治以前から入植していた中国人から中華麺の製法を学んだ日系移民が広めたという。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
*[[ライスヌードル]] - [[米]]を原料とした麺。[[東アジア]]や[[東南アジア]]においてラーメンと似た食べ方をされる。。ベトナム料理[[フォー]]など。&lt;br /&gt;
*[[らーめん缶]] - ラーメン風に仕立てたこんにゃく麺を缶詰にしたもの。通常のラーメンを缶詰にするとスープで麺がのびてしまうため、こんにゃく麺を使用している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== ラーメンのフードテーマパーク ==&lt;br /&gt;
*[[あさひかわラーメン村]] （北海道旭川市）&lt;br /&gt;
*[[札幌ら〜めん共和国]] （北海道札幌市）&lt;br /&gt;
*[[札幌ラーメン横丁]] （北海道札幌市[[中央区 (札幌市)|中央区]]）&lt;br /&gt;
*[[エルムの街|津軽ラーメン街道]]　（[[青森県]][[つがる市]]）&lt;br /&gt;
*らーめん七福人 （埼玉県さいたま市）&lt;br /&gt;
*[[武蔵浦和ラーメンアカデミー]] （埼玉県さいたま市）&lt;br /&gt;
*[[船橋駅#駅構内・駅ビル|船橋ラーメン横丁]] （[[千葉県]][[船橋市]]）&lt;br /&gt;
*[[麺達七人衆 品達ラーメン]] （東京都港区）&lt;br /&gt;
*[[ラーメン国技館]] （東京都港区）&lt;br /&gt;
*[[ラーメンスクエア]] （東京都立川市）&lt;br /&gt;
*ラーメンSymphony （神奈川県川崎市）&lt;br /&gt;
*[[新横浜ラーメン博物館]] （神奈川県横浜市）&lt;br /&gt;
*ときめきラーメン万代島 （新潟県新潟市）&lt;br /&gt;
*[[名古屋駅#駅周辺の施設|名古屋・驛麺通り]]（愛知県名古屋市）&lt;br /&gt;
*桑名らーめん街道 （三重県桑名市）&lt;br /&gt;
*[[京都ラーメン#チェーン店・テーマパーク|京都拉麺小路]]（京都府京都市）&lt;br /&gt;
*麺ロード（兵庫県神戸市）&lt;br /&gt;
*高松拉麺築港（香川県高松市）&lt;br /&gt;
*[[ラーメンスタジアム2]] （福岡県福岡市）&lt;br /&gt;
*ラーメンチャンピオン（シンガポール共和国）&lt;br /&gt;
;廃館・閉館&lt;br /&gt;
*[[ショッピングタウンあいたい#ラーメン甲子園|全国ご当地店センバツ ラーメン甲子園]] （神奈川県横浜市）&lt;br /&gt;
*名古屋麺屋横丁（愛知県名古屋市）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 注釈 ===&lt;br /&gt;
{{reflist|group=注}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 出典 ===&lt;br /&gt;
&amp;lt;references&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;ref name=&amp;quot;広辞苑&amp;quot;&amp;gt;広辞苑（岩波書店）による記述の変遷。第1版（昭和30年）[老麺]（中国音 laomien）、第2版（昭和46年）及び第2版補訂版（昭和51年）[老麺]（中国語）、第3版（昭和58年）及び第4版（平成3年）[拉麺・老麺]（中国語から）、第5版（平成10年）及び第6版（平成20年）[拉麺]（中国語から）&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;/references&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*食器&lt;br /&gt;
**[[丼]]（どんぶり） - ほとんどのラーメンはこの食器で供される。特に四角い渦巻きが繋がった模様（[[雷文]]）のついた丼が多用される。&lt;br /&gt;
**[[散蓮華]]（レンゲ）&lt;br /&gt;
*人物&lt;br /&gt;
**[[山岸一雄]] - ラーメン料理人。[[つけ麺]]を考案したといわれている。&lt;br /&gt;
*メーカー&lt;br /&gt;
**[[日清食品]]&lt;br /&gt;
**[[サンヨー食品]]&lt;br /&gt;
**[[明星食品]]&lt;br /&gt;
**[[東洋水産]]&lt;br /&gt;
**[[エースコック]]&lt;br /&gt;
**[[寿がきや食品]]&lt;br /&gt;
**[[徳島製粉]]&lt;br /&gt;
**[[イトメン]]&lt;br /&gt;
**[[マルタイ (企業)]]&lt;br /&gt;
**[[大黒食品工業]] （マイフレンド、大黒、AKAGIの商品ブランド）&lt;br /&gt;
**[[東京拉麺]]&lt;br /&gt;
**[[とかち麺工房]]&lt;br /&gt;
*団体&lt;br /&gt;
**[[日本ラーメン協会]]&lt;br /&gt;
*宗教&lt;br /&gt;
**[[空飛ぶスパゲッティ・モンスター教]] - このパロディ宗教において麺類は神聖な食物とされているため「ラーメン」が祈りの言葉となっている。&lt;br /&gt;
ドラマ&lt;br /&gt;
平成夫婦茶碗。ラーメン屋が舞台だった&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://www.kanmen.com/ 全国乾麺協同組合連合会]&lt;br /&gt;
*[http://www.tokyochukamen.or.jp/ 東京都中華麺製造業協同組合]&lt;br /&gt;
*[http://www.raumen.co.jp/home/study.html 新横浜ラーメン博物館 ラーメン知識学]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{麺}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:らあめん}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の麺料理]]&lt;br /&gt;
[[Category:ファーストフード]]&lt;br /&gt;
[[Category:ラーメン|*]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>コロナの真実を減ぼす</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%BA&amp;diff=399071</id>
		<title>アンコモンズ</title>
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				<updated>2022-07-12T12:01:24Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;コロナの真実を減ぼす: 韓国統一教会 (トーク) による版 398965 を取り消し&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[ファイル:Uncyclomedia Commons.png|サムネイル|ロゴ]]&lt;br /&gt;
'''アンサイクロメディア・コモンズ'''、通称「'''アンコモンズ'''」、蔑称「'''ウンコモンズ'''」とは、全世界のクソたわけどもからかき集めた画像を保管する死体置き場。[[アンサイクロメディア財団]]が運営するプロジェクトの一つである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
アンコモンズは画像なら全世界同じ言語でも大丈夫だろうということで、各言語版を用意せず、アンサイクロペディアの本拠{{要出典}}英語版のみ存在するため、英語以外が母語の人間に求められる精神的レベルが相当高い、と思われるアンサイクロペディアの姉妹ページである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これは六カ国語が公用語として認められるいる[[国際連合]]よりもひどいじゃないかとたびたび抗議されているが、画像というものは文字情報と比べると格段に重いため、そんなのを各言語版ごとに複製してたら鯖がいくらあっても足りないと却下されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 記事数 ==&lt;br /&gt;
一応、[[アンサイクロメディア財団]]の記事には、ウィキから見捨てられた画像の保管庫と謳っているが、あの知的レイシズムばりばりのページが見捨てた画像であるからして、大変に痴的なことは間違いない。なお、[[2009年]]11月現在、約20万件の画像が保管されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2020年]]12月現在、画像は26万件まで増えたが折れ線グラフで考えると増加率は鈍化していると言わざるを得ない。ただ、貴重な鯖資源を考えるとどこかほっとする部分があるのも事実である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 終わりに ==&lt;br /&gt;
なお、この記事はここで終わりである。画像という大変に分かりやすい窓口を利用し、世界中の狂人どもにいけにえをささげることは、一般人にヤクを勧めているような気がして大変に心苦しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[ウィキメディア・コモンズ]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディア]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロメディア財団]]&lt;br /&gt;
**[[アンディクショナリー]]&lt;br /&gt;
**[[アンニュース]]&lt;br /&gt;
**[[アンブックス]]&lt;br /&gt;
**[[アンチューンズ]]&lt;br /&gt;
*[[アンサイクロペディアヒッチハイク・ガイド]]&lt;br /&gt;
*[[面白画像]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
*[http://commons.uncyclomedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8 アンコモンズ日本語版の入り口]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あんさいくろめていあこもんす}}&lt;br /&gt;
[[Category:パロディ (アンサイクロペディア)‎]]&lt;br /&gt;
[[Category:画像]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>コロナの真実を減ぼす</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%97&amp;diff=399070</id>
		<title>ジュライカップ</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%97&amp;diff=399070"/>
				<updated>2022-07-12T11:59:31Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;コロナの真実を減ぼす: 韓国統一教会 (トーク) による版 398966 を取り消し&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''ジュライカップ'''（'''July Cup Stakes'''）とは[[イギリス]]・[[サフォーク州]]ニューマーケットの[[ニューマーケット競馬場]]の芝6[[ハロン (単位)|ハロン]]（約1207[[メートル]]）の直線コースで行われる[[競馬]]の[[競馬の競走格付け|G1]][[競馬のレース|レース]]である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
7月に行われるイギリスのスプリント路線の第2戦で、6月の[[アスコット競馬場]]でのロイヤルアスコット開催の[[キングズスタンドステークス]]や[[ダイヤモンドジュビリーステークス]]の優勝馬や出走馬が参戦する。また格の位置付けとしては[[ヨーロッパ]]で最も格の高いスプリントレースに指定されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2000年]]には[[日本]]調教馬の[[アグネスワールド]]が[[武豊]]騎手を背に優勝したレースでもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2008年]]には[[グローバル・スプリント・チャレンジ]]の第4戦に組み込まれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史 ==&lt;br /&gt;
* [[1876年]] 創設&lt;br /&gt;
* [[1902年]] - [[1904年]] [[サンドリッジ]]が3連覇する&lt;br /&gt;
* [[1917年]] [[第一次世界大戦]]により中止&lt;br /&gt;
* [[1926年]] ダイオメデスとファラロスの2頭が同時に1位入線、1着同着となる&lt;br /&gt;
* [[1940年]]、[[1942年]] - [[1944年]] [[第二次世界大戦]]により中止&lt;br /&gt;
* [[1971年]] [[グレード制|グループ制]]導入によりG2に格付けされる&lt;br /&gt;
* [[1978年]] G1に昇格&lt;br /&gt;
* [[2000年]] 日本調教馬のアグネスワールドが優勝、[[武幸四郎]]騎手はウイニングヴェンチャー（Winning Venture）に騎乗して7着に終わる&lt;br /&gt;
* [[2008年]] [[グローバル・スプリント・チャレンジ]]に組み込まれる&lt;br /&gt;
=== 歴代優勝馬 ===&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
!回数!!施行日!!優勝馬!!style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|性齢!!タイム!!優勝騎手!!管理調教師!!馬主&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第1回||[[1876年]]月日||Springfield||牡3||||T.Osborne||J.Ryan||J.Houldsworth&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第2回||[[1877年]]月日||Springfield||牡4||||T.Osborne||J.Ryan||J.Houldsworth&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第3回||[[1878年]]月日||Trappist||牡6||||H.Counstable||J.Cannon||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第4回||[[1879年]]月日||Phoenix||牡4||||J.Goater||T.Jennings||Comte F.de Lagrange&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第5回||[[1880年]][[7月8日]]||Caribert||牡4||||F.Webb||[[マシュー・ドーソン|M.Dawson]]||6th Viscount of Falmouth&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第6回||[[1881年]]月日||Caribert||牡5||||[[フレッド・アーチャー|F.Archer]]||M.Dawson||6th Viscount of Falmouth&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第7回||[[1882年]]月日||Tristan||牡4||||F.Archer||T.Jennings Jr.||L.Stuart &amp;amp; Corporation&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第8回||[[1883年]]月日||Clairvaux||牡3||||T.Cannon||J.Porter||F.Johnstone&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第9回||[[1884年]]月日||Geheimniss||牡5||||F.Archer||J.Porter||Lord Stamford&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第10回||[[1885年]]月日||Energy||牡5||||F.Archer||J.Jewitt||E.Blanc&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第11回||[[1886年]]月日||Melton||牡4||||F.Archer||M.Dawson||Load Hastings&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第12回||[[1887年]]7月日||[[オーモンド|Ormonde]]||牡4||||T.Cannon||J.Porter||1st Duke of Westminster&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第13回||[[1888年]]月日||Fullerton||牡5||||F.Webb||R.Marsh||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第14回||[[1889年]]月日||Mephisto||牡6||||M.Cannon||T.Jennings||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第15回||[[1890年]]月日||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|Queen of the Fairies||牝2||||R.Colling||W.Allen||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第16回||[[1891年]]月日||Memoir||牝4||||J.Watts||G.Dawson||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第17回||[[1892年]]月日||Workington||牡6||||J.Watts||J.Enoch||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第18回||[[1893年]]月日||Prince Hampton||牡5||||F.Webb||P.Peck||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第19回||[[1894年]]月日||Best Man||牡4||||F.Webb||J.Dawson||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第20回||[[1895年]]月日||Woolsthorpe||牡7||||M.Cannon||C.Waugh||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第21回||[[1896年]]月日||Worcester||牡6||||M.Cannon||J.Cannon||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第22回||[[1897年]]月日||Kilcock||牡5||||J.Watts||S.Darling||Capt Greer&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第23回||[[1898年]]月日||Ugly||牡6||||J.Watts||R.Marsh||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第24回||[[1899年]]月日||Eager||牡5||||M.Cannon||J.Ryan||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第25回||[[1900年]]月日||Running Stream||牝2||||J.Reiff||S.Darling||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第26回||[[1901年]]月日||Lord Bobs||牡3||||S.Loates||W.Waugh||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第27回||[[1902年]]月日||Sundridge||牡4||||M.Cannon||J.Cannon||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第28回||[[1903年]]月日||Sundridge||牡5||||M.Cannon||C.Morton||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第29回||[[1904年]]月日||Sundridge||牡6||||M.Cannon||C.Morton||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第30回||[[1905年]]月日||Delaunay||牡4||||O.Madden||P.Gilpin||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第31回||[[1906年]]月日||Thrush||牡4||||H.Randall||E.Robson||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第32回||[[1907年]]月日||Dinneford||牡5||||D.Maher||A.Taylor Jr.||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第33回||[[1908年]]月日||Lesbia||牝3||||D.Maher||G.Blackwell||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第34回||[[1909年]]月日||Jack Snipe||牡4||||W.Higgs||S.Darling||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第35回||[[1910年]]月日||Amore||牝3||||W.Higgs||C.Leader||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第36回||[[1911年]]月日||Sunder||牡4||||D.Maher||C.Peck||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第37回||[[1912年]][[7月5日]]||Spanish Prince||牡5||||F.Wootton||C.Morton||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第38回||[[1913年]]月日||Spanish Prince||牡6||||F.Wootton||C.Morton||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第39回||[[1914年]]月日||Golden Sun||牡4||||W.Huxley||C.Morton||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第40回||[[1915年]]月日||Volta||牡3||||S.Donoghue||R.Dawson||　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第41回||[[1916年]]月日||Torloisk||牡4||||J.Childs||R.Dawson||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第42回||[[1918年]]月日||Irish Elegance||牡3||||F.Fox||H.Cottrill||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第43回||[[1919年]]月日||Diadem||牝5||||S.Donoghue||G.Lambton||Lord D'Abernon&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第44回||[[1920年]]月日||Diadem||牝6||||G.Colling||G.Lambton||Lord D'Abernon&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第45回||[[1921年]]月日||Tetratema||牡4||||B.Carslake||H.Persse||D.McCalmont&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第46回||[[1922年]]月日||Pharmacie||牝4||||S.Donoghue||H.Cottrill||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第47回||[[1923年]]月日||Golden Corn||牝4||||J.Childs||C.Boyd-Rochfort||Mr. Field&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第48回||[[1924年]]月日||Drake||牡4||||M.Beary||H.Cottrill||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第49回||[[1925年]]月日||Diomedes||牡3||||J.Leach||H.Leader||S.Beer&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第50回||[[1926年]]月日||Diomedes&amp;lt;BR&amp;gt;Phalaros||牡4&amp;lt;BR&amp;gt;牡4||||J.Leach&amp;lt;BR&amp;gt;T.Weston||H.Leader&amp;lt;BR&amp;gt;G.Lambton||S.Beer&amp;lt;BR&amp;gt;　&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第51回||[[1927年]]月日||Highborn||牡4||||H.Beasley||O.Bell||H.Cunliffe-Owen&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第52回||[[1928年]]月日||Golden Oracle||牡3||||J.Childs||H.Ussher||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第53回||[[1929年]]月日||Tiffin||牝3||||F.Fox||F.Darling||Lord Ellesmere&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第54回||[[1930年]]月日||Sir Cosmo||牡4||||G.Swann||W.Walters||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第55回||[[1931年]]月日||Xandover||牡4||||C.Elliott||F.Holt||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第56回||[[1932年]]月日||Concerto||牡4||||H.Wragg||H.Leach||H.Cunliffe-Owen&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第57回||[[1933年]]月日||Myrobella||牝3||||[[ゴードン・リチャーズ|G.Richards]]||F.Darling||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第58回||[[1934年]]月日||Coroado||牡4||||H.Gunn||W.Easterby||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第59回||[[1935年]]月日||Bellacose||牡3||||P.Beasley||R.Colling||A.Cotton&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第60回||[[1936年]]月日||Bellacose||牡4||||P.Beasley||R.Colling||A.Cotton&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第61回||[[1937年]]月日||Mickey the Greek||牡3||||H.Wragg||H.Leach||&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第62回||[[1938年]]月日||Shalfleet||牡7||||R.Perryman||H.Leader||H.Leader&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第63回||[[1939年]]月日||Portobello||牡3||||T.Lowrey||R.Colling||P.Dunne&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第64回||[[1941年]]月日||Comatas||牡4||||W.Nevett||O.Bell||Miss K.Farrar&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第65回||[[1945年]][[7月15日]]||Honeyway||牡4||||E.Smith||J.Jarvis||1st Baron of Milford&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第66回||[[1946年]]月日||The Bug||牡3||||C.Smirke||H.Wellesley||N.Wachman&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第67回||[[1947年]]月日||Falls of Clyde||牡3||||S.Wragg||E.Williams||Ms P.Vaughan&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第68回||[[1948年]]月日||Palm Vista||牡3||||E.Smith||P.Beasley||E.Broadbelt&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第69回||[[1949年]][[6月29日]]||Abernant||牡3||||G.Richards||N.Murless||R.Macdonald-Buchanan&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第70回||[[1950年]][[6月28日]]||Abernant||牡4||||G.Richards||N.Murless||R.Macdonald-Buchanan&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第71回||[[1951年]]月日||Hard Sauce||牡3||||G.Richards||N.Bertie||V.Sassoon&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第72回||[[1952年]]月日||Set Fair||牡3||||E.Smith||W.Nightingall||C.Bell&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第73回||[[1953年]]月日||Devon Vintage||牝3||||G.Richards||R.Colling||R.Boucher&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第74回||[[1954年]]月日||Vilmoray||牡4||||W.Snaith||B.Bullock||A.Green&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第75回||[[1955年]]6月29日||Pappa Fourway||牡3||||W.Carr||W.Dutton||E.Goldson&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第76回||[[1956年]]月日||Matador||牡3||||W.Rickaby||J.Waugh||J.Ferguson&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第77回||[[1957年]]月日||Vigo||牡4||||[[レスター・ピゴット|L.Piggott]]||W.Dutton||T.Farr&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第78回||[[1958年]]月日||Right Boy||牡4||||L.Piggott||W.Dutton||G.Gilbert&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第79回||[[1959年]][[7月4日]]||Right Boy||牡5||||L.Piggott||H.Rohan||G.Gilbert&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第80回||[[1960年]][[7月2日]]||Tin Whistle||牡3||||L.Piggott||H.Rohan||B.Graininger&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第81回||[[1961年]]月日||Galivanter||牡5||||W.Carr||W.Hern||L.Holliday&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第82回||[[1962年]]月日||Marsolve||牡4||||W.Rickaby||R.Day||M.McAlpine&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第83回||[[1963年]]7月4日||Secret Step||牝4||||G.Lewis||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|P.Hasgings-Bass||P.Mellon&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第84回||[[1964年]][[7月9日]]||Daylight Robbery||牡3||||A.Breasley||A.Budgett||R.Budgett&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第85回||[[1965年]]7月8日||Merry Madcap||牝3||||R.Hutchinson||F.Maxwell||Mrs. H.Frelinghuysen&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第86回||[[1966年]]月日||Lucasland||牝4||||E.Eldin||J.Waugh||J.Baillie&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第87回||[[1967年]]月日||Forlorn River||牡5||||B.Raymond||W.Stephenson||W.Richardson&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第88回||[[1968年]][[7月11日]]||So Blessed||牡3||||F.Durr||M.Jarvis||D.Robinson&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第89回||[[1969年]]月日||Tudor Music||牡3||||F.Durr||M.Jarvis||D.Robinson&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第90回||[[1970年]]7月9日||Huntercombe||牡3||||A.Barclay||A.Budgett||H.Renshaw&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第91回||[[1971年]]7月8日||Realm||牡4||||B.Taylor||J.Winter||R.Boucher&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第92回||[[1972年]]月日||Parsimony||牡3||||R.Hutchinson||R.Houghton||E.Holland-Martin&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第93回||[[1973年]]7月5日||Thatch||牡3||||L.Piggott||[[ヴィンセント・オブライエン|M.V.O'Brien]]||J.Mulcahy&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第94回||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|[[1974年]]7月11日||Saritamer||牡3||||L.Piggott||M.V.O'Brien||C.St George&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第95回||[[1975年]][[7月10日]]||Lianga||牝4||||Y.Saint-Martin||A.Penna||[[ダニエル・ウィルデンシュタイン|D.Wildenstein]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第96回||[[1976年]]7月8日||Lochnager||牡4||||E.Hide||M.Easterby||C.Spence&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第97回||[[1977年]][[7月7日]]||Gentilhombre||牡4||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|1:11.40||P.Cook||N.Adam||J.Morrell&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第98回||[[1978年]][[7月13日]]||Solinus||牡3||1:11.87||L.Piggott||M.V.O'Brien||R.Sangster&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第99回||[[1979年]][[7月12日]]||Thatching||牡4||1:13.16||L.Piggott||M.V.O'Brien||R.Sangster&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center; white-space:nowrap&amp;quot;|第100回||[[1980年]]7月10日||Moorestyle||牡3||1:12.89||L.Piggott||R.Armstrong||Moores International Furnishing Corporation&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第101回||[[1981年]]7月9日||Marwell||牝3||1:14.10||style=&amp;quot;white-space:nowrap&amp;quot;|W.Swinburn||M.Stoute||Sir E.J.Loder&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第102回||[[1982年]]7月8日||Sharpo||牡5||1:11.74||P.Eddery||A.J.Tree||M.Sheriffe &lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第103回||[[1983年]]7月7日||Habibti||牝3||1:12.11||W.Carson||J.Dunlop||M.Mutawa&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第104回||[[1984年]]7月12日||Chief Singer||牝3||1:11.75||R.Cochrane||R.Sheather||J.Smith&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第105回||[[1985年]]7月11日||Never So Bold||牡5||1:11.86||S.Cauthen||R.Armstrong||E.Kessly&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第106回||[[1986年]]7月10日||Green Desert||牡3||1:12.25||W.Swinburn||[[マイケル・スタウト|M.Stoute]]||[[ムハンマド・ビン＝ラーシド・アール＝マクトゥーム|S.Mohammed]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第107回||[[1987年]]7月9日||Ajdal||牡3||1:11.02||W.Swinburn||M.Stoute||S.Mohammed&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第108回||[[1988年]]7月7日||Soviet Star||牡4||1:12.55||C.Asmussen||A.Fabre||S.Mohammed&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第109回||[[1989年]]7月13日||Cadeaux Genereux||牡4||1:09.82||P.Eddery||A.Scott||M.Al Maktoum&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第110回||[[1990年]]7月12日||Royal Academy||牡3||1:11.46||J.Reid||M.V.O'Brien||Classic Thoroughbred Plc&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第111回||[[1991年]]7月11日||Polish Patriot||牡3||1:12.98||R.Cochrane||G.Harwood||R.Kirstein&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第112回||[[1992年]]7月9日||Mr.Brooks||牡5||1:11.80||L.Piggott||R.Hannon||P.Green&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第113回||[[1993年]]7月8日||Hamas||牡4||1:13.08||W.Carson||P.Walwyn||H.Al Maktoum&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第114回||[[1994年]]7月7日||Owington||牡3||1:10.96||P.Eddery||G.Wragg||Baron G.von Ullmann&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第115回||[[1995年]]7月13日||Lake Coniston||牡4||1:12.42||P.Eddery||G.Lewis||Highclere Thoroughbred Racing Ltd.&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第116回||[[1996年]]7月11日||Anabaa||牡4||1:10.63||F.Head||C.Head||Mrs. A.Head&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第117回||[[1997年]][[7月1日]]||Compton Place||牡3||1:12.10||S.Sanders||J.Toller||Duke Of Devonshire&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第118回||[[1998年]]7月9日||Elnadim||牡4||1:09.72||R.Hills||J.Dunlop||H.Al Maktoum&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第119回||[[1999年]]7月8日||Stravinsky||牡3||1:09.51||[[マイケル・キネーン|M.Kinane]]||A.O'Brien||M.Tabor &amp;amp; Mrs. J.Magnier&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第120回||[[2000年]]7月13日||[[アグネスワールド|Agnes World]]||牡5||1:13.18||[[武豊]]||[[森秀行]]||[[渡辺孝男]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第121回||[[2001年]]7月12日||[[モーツァルト (競走馬)|Mozart]]||牡3||1:09.86||M.Kinane||A.O'Brien||M.Tabor &amp;amp; Mrs. J.Magnier&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第122回||[[2002年]]7月11日||Continent||騸5||1:13.00||D.Holland||D.Nicholls||Lucayan Stud&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第123回||[[2003年]]7月10日||[[オアシスドリーム|Oasis Dream]]||牡3||1:09.94||R.Hughes||J.Gosden||K.Abdulla&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第124回||[[2004年]]7月8日||Frizzante||牝5||1:11.51||J.Murtagh||J.Fanshawe||Mrs. J.Hopper &amp;amp; Mrs. E.Grundy&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第125回||[[2005年]]7月7日||Pastoral Pursuits||牡3||1:11.86||J.Egan||H.Morrison||The Pursuits &amp;amp; National Stud Partnership&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第126回||[[2006年]][[7月14日]]||Les Arcs||騸6||1:11.16||J.Egan||T.Pitt||W.McKay&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第127回||[[2007年]]7月13日||[[サキーズシークレット|Sakhee's Secret]]||牡3||1:10.77||S.Drowne||H.Morrison||Miss B.Swire&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第128回||[[2008年]]7月11日||[[マルシャンドール|Marchand D'Or]]||騸5||1:11.01||D.Bonilla||F.Head||J.Giral&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第129回||[[2009年]]7月10日||Fleeting Spirit||牝4||1:09.58||T.Queally||J.Noseda||The Searchers&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第130回||[[2010年]]7月9日||Starspangledbanner||牡4||1:09.81||J.Murtagh||A.O'Brien||M.Tabor, D.Smith, Mrs. Magnier, Ms Massey&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第131回||[[2011年]]7月9日||[[ドリームアヘッド|Dream Ahead]]||牡3||1:10.66||H.Turner||D.Simcock||K.Dasmal&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第132回||[[2012年]]7月14日||Mayson||牡4||1:15.90||P.Hanagan||R.Fahey||D.Armstrong&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第133回||[[2013年]]7月13日||Lethal Force||牡4||1:09.11||A.Kirby||C.Cox||A.Craddock&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第134回||[[2014年]]7月12日||Slade Power||牡5||1:12.40||W.Lordan||E.Lynam||S.Power&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第135回||[[2015年]]7月11日||[[ムハラー|Muhaarar]]||牡3||1:09.34||P.Hanagan||C.Hills||H.Al Maktoum&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第136回||[[2016年]]7月9日||Limato||騸4||1:09.97||H.Bentley||H.Candy||P.Jacobs&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第137回||[[2017年]]7月15日||[[ハリーエンジェル|Harry Angel]]||牡3||1:11.25||A.Kirby||C.Cox||[[ゴドルフィン|Godolphin]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第138回||[[2018年]]7月14日||[[ユーエスネイビーフラッグ|U S Navy Flag]]||牡3||1:11.32||[[ライアン・ムーア|R.Moore]]||A.O'Brien||M.Tabor, D.Smith, Mrs. Magnier&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第139回||[[2019年]]7月13日||[[テンソヴリンズ|Ten Sovereigns]]||牡3||1:09.31||R.Moore||A.O'Brien||M.Tabor, D.Smith, Mrs. Magnier&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第140回||[[2020年]]7月11日||Oxted||騸4||1:09.59||C.Fallon||R.Teal||S.Piper, T.Hirschfeld, D.Fish&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第141回||[[2021年]]7月10日||[[スターマン (競走馬)|Starman]]||牡4||1:10.11||T.Marquand||E.Walker||D.Ward&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第142回||[[2022年]]7月9日||[[アルコールフリー|Alcohol Free]]||牝4||1:09.47||R.Hornby||A.Balding||J.Smith&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 日本調教馬の成績 ===&lt;br /&gt;
{| class=&amp;quot;wikitable&amp;quot;&lt;br /&gt;
!回数!!施行日!!参戦馬名!!英語表記!!性齢!!騎手名!!管理調教師!!着順&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第120回||2000年7月13日||アグネスワールド||Agnes World||牡5||rowspan=&amp;quot;2&amp;quot;|武豊||rowspan=&amp;quot;3&amp;quot;|森秀行||1着&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第124回||2004年7月8日||[[シーキングザダイヤ]]||Seeking The Dia||牡3||rowspan=&amp;quot;2&amp;quot;|12着&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第125回||2005年7月7日||[[キーンランドスワン]]||Keeneland Swan||牡6||[[アンドレアス・スボリッチ|A.スボリッチ]]&lt;br /&gt;
|-&lt;br /&gt;
|style=&amp;quot;text-align:center&amp;quot;|第142回||2022年7月9日||[[キングエルメス]]||King Hermes||牡3||[[坂井瑠星]]||[[矢作芳人]]||11着&lt;br /&gt;
|}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://www.britishhorseracing.com/ イギリス競馬公社] - イギリス競馬統括団体&lt;br /&gt;
* [http://www.newmarketracecourses.co.uk/website/index.html ニューマーケット競馬場] - 施行競馬場の公式サイト&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{グローバル・スプリント・チャレンジ}}&lt;br /&gt;
{{Keiba-stub}}&lt;br /&gt;
[[カテゴリ:イギリスの競馬のレース]]&lt;br /&gt;
{{Wikipedia/Ja}}&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>コロナの真実を減ぼす</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%99%8B%E4%B8%89&amp;diff=399069</id>
		<title>安倍晋三</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%99%8B%E4%B8%89&amp;diff=399069"/>
				<updated>2022-07-12T11:58:44Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;コロナの真実を減ぼす: 韓国統一教会 (トーク) による版 398956 を取り消し&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;[[Image:Abe Bush Heiligendamm G8 2007 002 (cropped).jpg|200px|thumb|2007年]]&lt;br /&gt;
[[Image:安倍 晋三と西田昌司.jpg|350px|thumb|安倍晋三と[[西田昌司]]([[JK画像3|JK]]とともに2012年12月)]]&lt;br /&gt;
'''安倍 晋三'''（あべ しんぞう、[[1954年]]（[[昭和]]29年）[[9月21日]] - [[2022年]]（[[令和]]4年）[[7月8日]]）は、[[日本]]の政党専従活動家。[[衆議院|衆議院議員]]（10期）、[[内閣総理大臣]]（[[第1次安倍内閣|第90代]]、[[第2次安倍内閣|第96代]]、第97代、第98代）、[[自由民主党総裁]]（第21代、第25代）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[自由民主党幹事長]]（第37代）、[[内閣官房長官]]（[[第3次小泉改造内閣|第72代]]）、[[内閣官房副長官]]などを歴任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
親族に政治家が多く、父方の[[おじいさん|祖父]]の[[安倍寛]]（元衆議院議員）、母方の祖父の[[岸信介]]こと佐藤信介（第56・57代内閣総理大臣）、大叔父の[[佐藤栄作]]（第61 - 63代内閣総理大臣）、父の[[安倍晋太郎]]（元[[外務大臣 (日本)|外務大臣]]）、弟の[[岸信夫]]（[[国会議員|参議院議員]]）などがいる。妻は[[森永製菓]]社長令嬢の[[安倍昭恵]]。&lt;br /&gt;
[[岸要蔵]]の[[インブリート]](4×4)を持つ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大学卒業後、[[神戸製鋼所]]社員、[[外務大臣 (日本)|外務大臣]]（当時は実父・晋太郎）[[秘書官]]を経て衆議院議員となる。[[内閣官房副長官]]、自由民主党幹事長、同幹事長代理、内閣官房長官等を歴任。2006年に自由民主党総裁、内閣総理大臣に就任。2007年9月26日に内閣総理大臣を退任。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 来歴 ==&lt;br /&gt;
=== 出生 ===&lt;br /&gt;
[[1954年]][[9月21日]]、当時[[毎日新聞]]の[[記者]]だった[[安倍晋太郎]]とその[[妻]]、洋子の次男として[[東京]]で生まれる（[[本籍|本籍地]]及び現住所は山口県[[長門市]]（旧・大津郡油谷町）。 父方の祖父は衆議院議員の[[安倍寛]]（この時既に故人）、母方の祖父は後の首相・[[岸信介]]で、大[[おじ|叔父]]にはやはり後の[[首相]]・[[佐藤栄作]]がいる、[[政治家]]一族であった。安倍は「幼い頃から私には身近に[[政治]]がありました」と回想している。幼い頃は、[[野球選手]]や[[刑事]]になることに憧れていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===学生時代===&lt;br /&gt;
[[成蹊学園]]を卒業。なお小学校から大学まで無試験のエスカレータ進学。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[小学校|小学]]4年生から5年生にかけての[[1964年]]から2年間[[平沢勝栄]]（後の衆議院議員、[[北朝鮮による日本人拉致問題|日本人拉致問題]]で助言したと言われる）が[[家庭教師]]についていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[高等学校|高校]]で[[クラブ活動|クラブ]]は[[地理]]研究部に所属。高校卒業後、成蹊大学に進み[[行政学]]を学ぶ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大学では[[アーチェリー]]部に所属し、準レギュラーだった。大学生の頃は人付き合いが良く、親に買って貰ったアルファ・ロメオで通学をしていた。[[1977年]]春に渡米し、[[カリフォルニア州]][[ヘイワード (カリフォルニア州)|ヘイワード]]の英語学校に通うが、勉強に障害があると判断して通学を止め、その後[[イタリア系アメリカ人]]の家に下宿しながら[[ロングビーチ (カリフォルニア州)|ロングビーチ]]の語学学校に通った。秋に[[南カリフォルニア大学]]への入学許可が出され[[1978年]]に入学。[[政治学]]を専攻するが、[[1979年]]に[[退学|中退]]していた事実が後に発覚する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===サラリーマン時代===&lt;br /&gt;
[[1979年]]4月に帰国し、[[神戸製鋼所|神戸製鋼]]に縁故で入社する。[[ニューヨーク]]事務所、[[神戸製鋼所加古川製鉄所|加古川製鉄所]]、東京本社で勤務した。加古川製鉄所での経験は、「私の社会人としての原点」、あるいは「私の原点」だったと回顧している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===政界へ===&lt;br /&gt;
神戸製鋼での3年間勤務の後、[[1982年]]から当時[[外務大臣 (日本)|外務大臣]]に就任していた父・晋太郎の下で[[秘書官]]等を務め、数々の各国首脳との会談に同席するなど父の後継者としての政治家修行を行う。[[1987年]]に松崎昭雄・[[森永製菓]]社長の娘で[[電通]]社員の[[安倍昭恵|昭恵]]と[[結婚]]する。その際の[[仲人|媒酌人]]を務めたのが、[[福田赳夫]]元[[内閣総理大臣|総理]]だった。[[1991年]]に総裁候補の最有力と目されていた父・晋太郎が急死。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===衆議院議員===&lt;br /&gt;
[[1993年]]に亡父の地盤を引き継ぎ、[[第40回衆議院議員総選挙]]に山口1区（当時）より出馬し、初当選。父が[[自民党の派閥|派閥]]会長を務めていた[[清和政策研究会|清和会]]（当時[[三塚博|三塚]]派、後の森派→町村派）に属す。[[1997年]][[自民党青年局長]]就任し同次長には同い年で親友で同じ派閥の[[下村博文]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Image:Robert Zoellick meets Shinzo Abe 2006-01-23.jpg|200px|thumb|[[2006年]][[1月]]、アメリカ合衆国国務副長官[[ロバート・ゼーリック]]と握手を交わす安倍晋三]]&lt;br /&gt;
派閥領袖の[[森喜朗]]首相が組閣した[[2000年]]の[[第2次森改造内閣 (中央省庁再編前)|第2次森改造内閣]]で、[[小泉純一郎]]に推薦され、[[内閣官房副長官]]に就任。森政権の後を受け、[[2001年]]に成立した[[第1次小泉内閣]]でも引き続き内閣官房副長官を務める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2002年]]、小泉首相の[[朝鮮民主主義人民共和国|北朝鮮]]訪問に随行し、小泉首相と[[金正日]][[総書記]]との[[首脳会談]]では「安易な妥協をするべきではない」と強硬論を繰り返し主張した。拉致被害者5人の帰国は実現したものの、この[[北朝鮮による日本人拉致問題|日本人拉致問題]]は日本側の納得する形では決着せずに難航した。内閣[[参与]]の[[中山恭子]]と共に北朝鮮に対する[[経済制裁]]という強硬路線を主張した。拉致被害者の北朝鮮帰国方針にも中山と共に頑強に反対した&amp;lt;ref name=&amp;quot;naz2&amp;quot;/&amp;gt;。対話路線などの慎重論を唱える議員が多かった中で、安倍の姿勢は多くの支持を得た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2003年]]9月、小泉首相によって[[自由民主党幹事長|自民党幹事長]]に抜擢された。自民党は総幹分離の原則が長く続いており、総裁派閥幹事長は1979年の[[大平正芳]]総裁時代の[[斎藤邦吉]]幹事長以来24年ぶりであった。[[国務大臣|大臣]]経験もない若手議員が第一与党幹事長に就任するのは極めて異例のことであるが、苦戦が予想される同年11月の[[第43回衆議院議員総選挙|総選挙]]のために安倍の「人気」が必要とされたためと見られた。11月の総選挙で与党は[[安定多数|絶対安定多数]]の確保に成功したが自身と93年初当選同期で同じ清和研属す[[高市早苗]]や[[中村力]]は小選挙区敗北し[[比例復活]]すらならなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
幹事長時代には自民党内で恒常化していた「餅代」「氷代」（[[派閥]]の長が配下の者に配る活動資金）の廃止、自民党候補者の公募制の一部導入など党内の各種制度の改正を行った。[[2004年]]4月[[埼玉8区]][[補欠選挙]]で自民党史上初の全国的な候補者公募実施し合格した新人[[柴山昌彦]]が当選（同公募には[[佐藤ゆかり]]も最終選考に残った）、同年夏の[[第20回参議院議員通常選挙|参議院選挙]]では目標の51議席を下回れば「一番重い責任の取り方をする」と引責辞職を示唆。結果は49議席で、しばらく現職に留まった後で辞任した。同年9月から後任の幹事長・[[武部勤]]の強い要請を受ける形で党幹事長代理に就任。幹事長経験者が幹事長代理に格下げになるということも大変異例なことだった。その幹事長代理として迎えた[[第44回衆議院議員総選挙|05年衆院選]]では[[保守]]派[[弁護士]]の[[稲田朋美]]を「[[小泉劇場#刺客|刺客]]」（「[[郵政民営化関連法案]]に反対した元自民党候補」に対する対抗馬、[[福井県第1区|福井1区]]の[[松宮勲]]への対抗馬）にスカウトした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== ポスト小泉 ====&lt;br /&gt;
[[Image:Shinzo Abe Sep06.jpg|thumb|200px|[[2006年]][[9月24日]]、[[両国国技館]]にて[[大相撲]][[本場所|九月場所]]表彰式に出席]]&lt;br /&gt;
小泉政権末期の早い段階から自民党内の「ポスト小泉」の最有力候補の一人と言われ、[[2005年]][[10月31日]]付で発足した[[第3次小泉改造内閣]]では[[内閣官房長官]]を務める。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]]9月1日に自民党総裁戦への出馬を表明。[[憲法改正]]や[[教育改革]]、[[財政]]健全化に取り組む方針を示す。また、[[2006年自由民主党総裁選挙|総裁選]]に当選し次第、所属する派閥の森派を離脱する考えを示した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2006年]][[9月20日]]、小泉の任期満了にともなう総裁選で[[麻生太郎]]、[[谷垣禎一]]を大差で破って自由民主党総裁に選出、[[9月26日]]の[[臨時会|臨時国会]]に於いて内閣総理大臣に指名される。[[戦後]]最年少で、戦後生まれとしては初めての内閣総理大臣であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===内閣総理大臣===&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 安倍内閣 ====&lt;br /&gt;
[[Image:Shinzo Abe 2006-Nov-18.jpg|200px|left|thumb|2006年のAPECでの安倍晋三]]&lt;br /&gt;
就任表明では「美しい国」というテーマのもとに「[[戦後体制|戦後レジーム]]からの脱却」「[[教育バウチャー]]制度の導入」「[[ホワイトカラーエグゼンプション]]」などといったカタカナ語を連発し、議員からは「わかりにくい」と揶揄された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
安倍は小泉前首相の[[靖国神社問題|靖国参拝問題]]のために途絶えていた[[中華人民共和国|中国]]、[[大韓民国|韓国]]への訪問を表明。[[2006年]][[10月]]に中国・[[北京市|北京]]で[[胡錦濤]][[国家主席]]と会談、翌日には、[[盧武鉉]][[大統領 (大韓民国)|大統領]]と会談すべく韓国・[[ソウル特別市|ソウル]]に入り、小泉政権下で冷え切った日中・日韓関係を改善を目指した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
北朝鮮が[[北朝鮮の核実験 (2006年)|核実験]]を実施したことに対しては「日本の[[安全保障]]に対する重大な挑戦である」として非難声明を発するとともに、[[国際連合|国連]]の[[国際連合安全保障理事会決議1718|制裁決議]]とは別に、より厳しい[[北朝鮮の核実験 (2006年)#各国などの対応|経済制裁措置]]を実施した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
同年[[9月]]から[[11月]]にかけ、小泉時代の負の遺産とも言える、[[郵政造反組復党問題]]が政治問題化する。[[12月]]には、懸案だった[[教育基本法]]改正と[[防衛省|防衛庁]]の[[省]]昇格を実現した。一方で、同月、安倍が肝いりで任命した[[本間正明]][[政府税制調査会|税制会長]]が[[公務員宿舎]]への入居と愛人問題で、[[佐田玄一郎]][[内閣府特命担当大臣|行改担当大臣]]が、架空事務所費計上問題で辞任、この後、閣内でスキャンダルが相次いだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Image:33rdG8Leaders.jpg|200px|thumb|[[第33回主要国首脳会議|ハイリゲンダム・サミット]]で各国首脳らと]]&lt;br /&gt;
[[Image:Bush Abe, Camp David.jpg|200px|thumb|[[2007年]][[4月27日]]、記者会見時に[[アメリカ合衆国大統領]][[ジョージ・W・ブッシュ]]と握手を交わす安倍晋三]]&lt;br /&gt;
[[2007年]][[3月]]の安倍の慰安婦発言が「二枚舌」と欧米のマスコミから非難されたが、[[4月]]下旬には米国を初訪問し、小泉政権に引き続いて[[日米関係史|日米関係]]が強固なものであることをアピールした。[[5月28日]]、以前から様々な疑惑のあった[[松岡利勝]][[農林水産大臣|農水大臣]]が[[議員宿舎]]内で、首を吊って[[自殺]]。官邸で訃報に接した安倍は涙を流し「慙愧に耐えない」と会見し、その晩は公邸で妻の昭恵に「松岡さんにはかわいそうなことをした」と語っている。また[[年金記録問題]]が大きく浮上した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こうした中で、[[6月]]当初の内閣支持率は小泉政権以来最低になったことがメディアに大きく報じられた。同月6日～8日には首相就任後初の[[主要国首脳会議|サミット]]である[[第33回主要国首脳会議|ハイリゲンダム・サミット]]に参加、[[地球温暖化]]への対策を諸外国に示した。また、議長総括に[[北朝鮮による日本人拉致問題]]の解決を盛り込ませた。[[7月3日]]には[[久間章生]][[防衛大臣]]の[[久間章生#「原爆投下はしょうがない」発言|原爆投下をめぐる「しょうがない」発言]]が問題化。安倍は当初続投を支持していたが、批判の高まりにより、久間に厳重注意を行なった（久間は翌日辞任）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 参議院議員選挙、内閣改造 ====&lt;br /&gt;
[[2007年]][[7月29日]]の[[第21回参議院議員通常選挙]]へ向けての与野党の舌戦開始早々、自殺した松岡の後任である[[赤城徳彦]]農林水産大臣にもいくつかの[[赤城徳彦#不祥事|事務所費問題]]が発覚。安倍はこういった閣僚の諸問題への対応が遅いと非難された。選挙中に発生した[[新潟県中越沖地震]]では発生当日に遊説を打ち切り現地入りした。2007年の[[第21回参議院議員通常選挙|参議院選挙]]では「年金問題」の早期解決を約束し、「野党に改革はできない、責任政党である自民党にこそ改革の実行力がある」とこれまでの実績を訴えた。選挙前、安倍は「そんなに負けるはずがない」と楽観視していたが、結果は37議席と連立を組む[[公明党]]の9議席を合わせても過半数を大きく下回る歴史的大敗を喫した。これまで自民党が強固に議席を守ってきた、[[東北地方]]や[[四国地方]]で自民党が全滅、勝敗を左右する[[参議院一人区]]も、軒並み民主党候補や野党系[[無所属]]に議席を奪われた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
安倍は選挙結果の大勢が判明した時点で総理続投を表明したが、これについては、応援演説において「私か[[小沢一郎|小沢さん]]か、どちらが首相にふさわしいか」と[[有権者]]に「政権選択」を迫るような趣旨の発言をしていたことから内外から続投に対する厳しい批判が出た。また、参院選直後の[[7月31日]]の[[自由民主党総務会|自民党総務会]]においても、「決断されたほうがいい」などと党内からも退陣を促す声が出た（[[安倍おろし]]）。同日、アメリカ下院では[[アメリカ合衆国下院121号決議|慰安婦非難決議]]が議決されていた。翌[[8月1日]]には赤城農相を更迭したが、「遅すぎる」と批判された。この頃から安倍は食欲の衰えなど体調不良を訴え始め、[[8月19日]]から[[8月25日]]の[[インドネシア]]、[[インド]]、[[マレーシア]]3ヶ国訪問後は下痢が止まらなくなり、症状は次第に悪化し始めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 安倍改造内閣 ====&lt;br /&gt;
[[Image:Shinzo Abe Sept. 8, 2007 full.jpg|thumb|200px|[[2007年]][[9月8日]]、[[アジア太平洋経済協力]]首脳会議にて、[[アメリカ合衆国大統領]][[ジョージ・W・ブッシュ]]と握手を交わす安倍晋三]]&lt;br /&gt;
選挙結果や批判を受け、[[8月27日]]に内閣改造、党役員人事に着手した（[[安倍改造内閣]]）。ところが組閣直後から再び閣僚の不祥事が続き、求心力を失う。9月9日、[[オーストラリア]]・[[シドニー]]で開催された[[アジア太平洋経済協力|APEC]]（アジア太平洋経済協力会議）首脳会議の終了にあたって開かれた記者会見において、テロ特措法の延長問題に関し[[9月10日]]からの臨時国会で自衛隊へ給油が継続が出来なくなった場合は、[[内閣総辞職]]することを[[マニフェスト|公約]]した。この間も安倍の健康状態は好転せず、体調不良によりAPECの諸行事に出席できない状況となり、晩餐会前の演奏会を欠席した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2007年]][[9月10日]]に[[第168回国会|第168回臨時国会]]が開催され、安倍首相は[[所信表明演説]]を行った。その中で安倍首相は「職責を全うする」などという趣旨の決意を表明した。なお、この表明では自身の内閣を「政策実行内閣」と名づけ、「[[美しい国]]」という言葉は結びに一度使ったのみであった。午後には「（改正案を通すのは）厳しいでしょうか」と辞任を示唆する発言を[[麻生太郎|麻生幹事長]]に漏らしていたが、麻生から「テロ特措法があがった後でよろしいのではないですか。絶対今じゃないです。」と慰留された。[[9月11日]]には妻の昭恵に対し「もうこれ以上、続けられないかもしれない」と語ったが、辞任の具体的な日程までは一切明かさなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 辞意表明 ====&lt;br /&gt;
[[2007年]][[9月12日]]午後2時（[[日本標準時|JST]]）、「[[内閣総理大臣]]及び[[自由民主党総裁]]を辞する」と退陣を表明する記者会見を行った。これにより同日予定されていた衆議院本会議の代表質問は中止となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
安倍は辞任の理由として「[[テロ対策特別措置法|テロ特措法]]の再延長について議論するため民主党の小沢代表との党首会談を打診したが、事実上断られ、このまま自身が首相を続けるより新たな首相のもとで進めた方が良い局面になると判断した」「私が総理であることが障害になっている」などとした（小沢代表は記者会見を開き「打診を受けたことは1回もない」と否定。なお、小沢は党首会談について報じられてからも「意見を変える気はない」と明言している）。一方で、自身の健康に不安があるという理由も[[与謝野馨]][[内閣官房長官]]が同日中会見で述べている。24日の記者会見では本人も健康問題が辞任の理由の一つであることを認めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もともと胃腸に持病を抱えているといわれており、辞意表明当日の[[読売新聞]]・特別号外でもそのことについて触れられていた。また、辞意表明前日には記者団から体調不良について聞かれ、風邪をひいた旨を返答している。なお、辞任に追い込まれた実質的原因については、本人が記者会見をこなしていることもあり、健康問題ではないとする見方をする論者も、立花隆を初めとして存在する。ちなみに、自身の健康問題で辞任した首相は過去に、[[石橋湛山]]や[[小渕恵三]]などがいるが、彼らは[[脳梗塞]]など重い病に侵されたためであり、記者会見が可能だった安倍とは比べものにならないほどの病状だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== 突然の辞意表明に対する批判 =====&lt;br /&gt;
[[臨時会|臨時国会]]が開幕し内政・外交共に重要課題が山積している中で、かつ所信表明演説を行って僅か2日後での退陣表明は、各界各方面から批判を浴びた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
野党側は安倍の辞意表明について「無責任の極み」であるとして次のような批判をおこなった。　　&lt;br /&gt;
*「40年近くの政治生活でも、過半数を失って辞めず、改造し、所信表明をし、そして代表質問の前に辞職と言う例は初めてで、本当にどうなっているのか、総理の心境・思考方法については良く分かりません」（民主党・[[小沢一郎]]代表)&lt;br /&gt;
*「参院選の後に辞めていればよかった。こういう形の辞任は国民に失礼」（民主党・[[鳩山由紀夫]]幹事長）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*「所信表明直後の辞任は前代未聞」（共産党・[[志位和夫]]委員長）&lt;br /&gt;
*「タイミングがあまりにひどい、無責任です。『ぼくちゃんの投げ出し内閣』だ。小沢代表との会談が断られただけで辞任するのは子供っぽい理由」（社民党・[[福島瑞穂]]党首）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
与党側でも[[古賀誠]]元自民党幹事長などから退陣に至る経緯・理由が不透明であるという批判や、その他議員からも「なぜ今日なのか、無責任だ」という批判が出た。[[塩川正十郎]]元財相も「非常に無責任な辞め方。熱意と努力で乗り切ってもらいたくて支えてきた。支えてきた者から見たらこんな辞め方は無い」と批判した。また、公明党の[[北側一雄]]幹事長からも「なぜこの時期に辞意表明なのか、非常に理解しがたい」と批判された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[麻生太郎]][[自由民主党幹事長|自民党幹事長]]は同日の会見において、記者からの「総理はいつ辞任を決断していたのか」との問いに対し、「2日くらい前といえばそうだし、昨日と言えばそうだし…、この3日間意向は全くかわらなかった」などと述べ、安倍の辞任を2日前（安倍晋三が臨時国会でテロ特措法の延長ができなければ内閣総辞職すると述べた日と同日）にはすでに知っていたことを明らかにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[9月13日]]に[[朝日新聞社]]が行なった緊急世論調査では、70%の国民が「所信表明すぐ後の辞任は無責任」と回答している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== 国外の反応 =====&lt;br /&gt;
日本国外のメディアもトップニュースで「日本の安倍首相がサプライズ辞職」、「プレッシャーに耐えきれなかった」（アメリカ[[CNN]]）などと報じた。欧米諸国の報道では批判的な意見も多かったが、安倍内閣の下で関係が良好だった[[中華人民共和国]]、[[大韓民国|韓国]]、[[台湾]]のマスコミは同情的な意見が目立った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 入院・内閣総辞職 ====&lt;br /&gt;
退陣表明の翌日（9月13日）、[[慶應義塾大学病院]]に入院。検査の結果、胃腸機能異常の所見が見られ、かなりの衰弱状態にあると[[医師]]団が発表した。これについても海外メディアで報道され、イギリス[[英国放送協会|BBC]]は「昨日官邸をチェックアウトした安倍首相は、今日は病院にチェックインした」「日本は1週間以上も、精神的に衰弱しきった総理大臣を抱えることになる」と報じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[遠藤武彦]]農相に不正な補助金疑惑が発覚した際、遠藤の辞任の流れを[[与謝野馨]][[内閣官房長官]]と麻生幹事長の2人だけで決めて安倍を排除したことから、安倍が「麻生さんに騙された」と発言したと言われる。 この内容について[[9月14日]]の[[報道ステーション]]が麻生にインタビューで問い質したところ、麻生は「（9月14日に安倍氏の見舞いに行った時）『そんなこと言われて与謝野とふたりで困っている』と安倍総理に言ったら、『そんなこと言ってない』と笑っておられました。どなたかが意図的に流した[[噂#デマ|デマ]]でしょう」と反論をしている。同日の[[NEWS ZERO]]は、番組終盤に安倍の「麻生さんに騙された」という発言を速報という形で伝え、麻生と安倍との間に不穏な空気が流れていたとする報道を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、自民党の若手による「麻生-与謝野クーデター説」について与謝野官房長官は、[[9月18日]]の閣議後の会見において明確に否定した。さらに麻生幹事長は[[9月19日]]に「事前に安倍首相の辞意を知っていたのは自分だけではない」とし、与謝野官房長官も同日「[[中川秀直|中川（秀直）]]さんは11日（辞任表明の前日）に安倍さんに会っていて、知っていてもおかしくない」と、中川前幹事長も事前に安倍の辞意を知っていたことを示唆した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[安倍内閣メールマガジン]]は[[9月20日]]配信分において「国家・国民のためには、今身を引くことが最善と判断した」とのメッセージのもと、これをもって最終号を迎えた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なお、病院側は、安倍首相の容体は回復軌道には入っているものの退院できる状態ではないとした。病室内では新聞は読まずテレビも基本的には視聴せず、外部の情報をシャットアウトした環境下で治療を行った。9月21日は安倍首相53歳の誕生日だが、病院で誕生日を迎えることになった。このように安倍首相は退陣まで公務復帰できなかった状況だが、与謝野官房長官は「首相の判断力に支障はない」と[[内閣総理大臣臨時代理]]は置く予定はないという方針をとっていた。20日の官房長官会見では「首相は辞任と病気の関係を説明するべき」としていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
入院中、妻の昭恵から政治家引退を勧められたが、安倍は「いや、それは違う」と答え、議員辞職は拒否した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[9月23日]]に行われた自民党総裁選には欠席して前日に不在者投票を行い、前総裁のあいさつは[[谷川秀善]]両院議員総会長が代読した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[9月24日]]17時、[[慶應義塾大学病院]]にて記者会見を行い、自身の健康状態及び退陣に至る経緯について「意志を貫くための基礎体力に限界を感じた」と釈明し、政府・与党、国会関係者並びに日本国民に対して「[[所信表明演説]]後の辞意表明という最悪のタイミングで国会を停滞させ、多大な迷惑を掛けたことを深くお詫び申し上げたい」と現在の心境を開陳、謝罪した。また、自民党若手による「麻生クーデター説」については本人の口から改めて否定された。さらに、首相としての公務に支障があったにも関わらず[[内閣総理大臣臨時代理|臨時代理]]を置かなかったことについては「法律にのっとって判断した」としたが、これについては政府内でも批判の声があった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[9月25日]]、安倍内閣最後の閣議に出席し、国会へ登院して衆議院本会議での[[内閣総理大臣指名選挙|首班指名選挙]]に出席する意思を明らかにした。[[9月25日]]の安倍内閣最後の閣議で閣僚全員の辞職願を取り纏めて[[内閣総辞職]]した。安倍前首相は最後の閣議の席上、全閣僚に対して一連の事態に対する謝罪及び閣僚在任に対する謝意を述べた。26日には[[皇居]]で行われた[[福田康夫]]首相の親任式に出席した後、再び病院へと戻った。なお、安倍内閣の在職日数は1年あまりとなる366日であり、[[日本国憲法]]下では歴代7位の短期政権となった。改造内閣はわずか31日の短命に終わった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 内閣総理大臣退任後 ===&lt;br /&gt;
==== 健康の回復 ====&lt;br /&gt;
その後、入院していた慶應義塾大学病院から「一時帰宅」し、東京・富ヶ谷の私邸で自宅療養に入った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[11月13日]]に[[テロ対策海上阻止活動に対する補給支援活動の実施に関する特別措置法|新テロ特措法案]]の採決を行なう[[衆議院]][[本会議]]には「はってでも出たい」と出席し、白票（賛成票）を投じた。後の記者会見において安倍前首相は「回復しました」と元気な様子を見せた。また、同採決を地方出張のため棄権した民主党代表小沢一郎に対して、「無責任じゃないですか。本当は（小沢は）賛成だったんじゃないかという人もいますがね」と強く批判した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年1月、『[[文藝春秋 (雑誌)|文藝春秋]]』に手記を寄稿。2007年9月の退陣に関し、体調悪化のため所信表明演説で原稿3行分を読み飛ばすミスを犯したことが「このままでは首相の職責を果たすことは不可能と認めざるを得なかった。決定的な要因のひとつだった」と告白するなど、辞任の主な理由は健康問題だったとしている。しかし現在は韓国料理屋で焼肉屋キムチやマッコリを食すなど、あまりに脅威的な回復であるため、辞任直前に問題となった脱税疑惑のカモフラージュではないかという疑念を持たれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年には[[第169回国会]]会期中に妻の昭恵と[[スキー]][[旅行]]や[[選抜高等学校野球大会]]の観戦に出かけるなどしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 政治活動の再開 ====&lt;br /&gt;
[[Image:Shinzo Abe and James Zumwalt 20090620.jpg|thumb|200px|[[2009年]][[6月20日]]、[[東京都]]にて[[臨時代理大使|日本駐箚アメリカ合衆国臨時代理大使]][[ジェームス・ズムワルト]]（右から1人目）と安倍（右から2人目）]]&lt;br /&gt;
2007年末、産経新聞のインタビューにて、「『美しい国』づくりはまだ始まったばかり」と述べ、2008年からは活動を本格的に再開し「ジワジワと固まりつつある良質な保守基盤をさらに広げていく」と答えている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年以降は政治活動を徐々に本格化させ、中華人民共和国国務委員の[[唐家セン|唐家璇]]と会談するなど外交への取り組みも再開した。同年1月、参院選時の公約への根強い批判に反論し、年金記録の照合作業を2008年3月までに終わらせると公約したが国民一人一人への支払いを保証したわけではない、と主張した。また、本来は国民各自が責任を持って年金記録を管理すべきと指摘し、政府に頼る風潮に疑問を呈した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2008年[[3月5日]]、安倍は勉強会「クールアース50懇話会」を立ち上げ、塩崎恭久や[[世耕弘成]]らが入会した。設立総会において、安倍は「[[第34回主要国首脳会議|北海道洞爺湖サミット]]を成功させるのは私の責任」と語り、同懇話会の座長に就任した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[3月6日]]、清和政策研究会（町村派）の総会に出席し、「首相として1年間、美しい国づくりに全力を傾注してきたが、残念ながら力が及ばなかった。私の辞任に伴い、みなさんに風当たりも強かったのではないか。心からおわびを申し上げたい」と述べて所属議員に謝罪した。この総会にて安倍の派閥への復帰が承認され、清和政策研究会相談役に就任した。[[4月28日]]に「主権回復五十六周年記念国民集会」でスピーチ、[[4月30日]]には「中国の人権状況を考えるシンポジウム」に参加した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[2008年]][[8月15日]]朝、首相在任中に果たせなかった[[終戦の日|終戦記念日]]の[[靖国神社]]参拝をおこなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 2度目の総裁就任 ====&lt;br /&gt;
[[2012年]][[9月12日]]、谷垣総裁の任期満了に伴って行われる[[2012年自由民主党総裁選挙]]への出馬を表明。自らが所属する[[清和会]]の会長である[[町村信孝]]の出馬が既に取り沙汰されていたこともあり、前会長の森からは出馬について慎重な対応を求められていたものの、これを押し切る形での出馬となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当初は、清和会が分裂選挙を余儀なくされた事や5年前の首相辞任の経緯に対するマイナスイメージから党員人気が高かった[[石破茂]]、党内重鎮からの支援を受けての出馬となった[[石原伸晃]]の後塵を拝していると見られていた。しかし、[[麻生派]]、[[高村派]]が早々と安倍支持を表明した事などが追い風となり、[[9月26日]]に行われた総裁選挙の1回目の投票で2位に食い込むと、決戦投票では、1回目の投票で1位となっていた石破を逆転。石破の89票に対し108票を得て、総裁に選出された。一度辞任した総裁が間を挟んで再選されるのは自民党史上初、決選投票での逆転は[[1956年12月自由民主党総裁選挙]]以来となった。なお、安倍はこの時、自身の体調に関して前回の総理大臣辞任後に発売された特効薬によりほぼ寛解したと説明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 内閣総理大臣に再就任 ===&lt;br /&gt;
[[2012年]][[12月16日]]の[[第46回衆議院議員総選挙]]で自民党が294議席を獲得して圧勝、政権与党に復帰。同年12月26日に第96代内閣総理大臣に選出され、第2次安倍内閣が発足。1度辞任した内閣総理大臣の再就任は、戦後では[[吉田茂]]以来2人目である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 第2次安倍内閣 ====&lt;br /&gt;
===== TPP問題 =====&lt;br /&gt;
2012年11月14日の[[野田佳彦]]首相の解散表明により選挙の争点として浮上した[[環太平洋戦略的経済連携協定]](TPP)について、自民党はASEANでのTPP参加表明に反対し、「聖域なき関税撤廃」を前提とした交渉参加には反対するとしていた。一方、安倍は日本商工会議所会頭の岡村正との会談では交渉に含みをもたせ、「TPP推進に対して強い交渉力を発揮して頂けるという強い意気込みは感じたので心強く思う」と評価された。この岡村とのやりとりについて、経団連会長の[[米倉弘昌]]も「いいことだ」と歓迎している。しかし、その後の記者会見では「交渉参加に前向きというのはあくまでミスリードだと思います。」と否定し、その結果として衆院選では160人超の候補者が、TPP交渉参加反対を訴える農協（JA）系の政治団体から推薦を受け当選した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2012年12月26日に発足した第2次安倍内閣では農水大臣に農政になじみの薄い[[林芳正]]を起用し、[[甘利明]]、麻生太郎など経済関係の主要閣僚にもTPP賛成派を配置。さらに外交政策に関して助言を行う[[内閣官房参与]]には「（東日本大震災に対して）日本がんばれと言っているのではないかと思う。こうした声援に応えるためにも、日本は積極的にTPPに参加すべきである。」(2011年12月）「（TPPは）日本が飛び乗るべきバス」(2010年12月）との発言をしている[[谷内正太郎]]を起用した。また、TPP賛成派の[[岡素之]]や[[大田弘子]]をそれぞれ内閣府[[規制改革会議]]議長及び議長代理とし、さらに新設の[[日本経済再生本部]]に設置された[[産業競争力会議]]のメンバーにも[[日本維新の会]]と関係の深いTPP賛成派の[[竹中平蔵]]や、TPP早期実現要請を行なっていた[[三木谷浩史]]を加えた。経済全般のマクロ政策を決める経済財政諮問会議の民間議員も全員TPP賛成派で、[[高橋進 (経済学者)|高橋進]]は構造改革派の論客として野田佳彦民主党政権の方針を力強く後押ししていた人物。[[伊藤元重]]にいたっては「TPPに参加できないなら、農村部にある多くの工場は閉鎖を余儀なくされる」というのが持論で、野田佳彦民主党政権の「社会保障制度改革国民会議」のメンバーでもあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2013年2月23日、日米首脳会談後に共同声明を出した。それまでの関税に関する見解（カークUSTR代表と玄葉外務大臣との会談）は「物品関税の最終的な扱いについてはTPP交渉プロセスのなかで決まっていくもの」であったが、今回の共同声明は「一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ約束することを求められるものではないことを確認する」との表現になった。この会談の結果、主要全メディアにおいてTPP賛成が増加し、共同通信63%、FNN53%、テレビ朝日51%、日本経済新聞47%などとなった一方、ニコニコ動画では46.5%が反対と回答した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2013年3月8日、日本政府が[[野田佳彦]]内閣当時の昨年3月の段階から『TPP交渉参加後発組に出された3条件』を把握していたにもかかわらず、国民に条件を告知することなく交渉参加を推進していたことが判明した。安倍はこの問題に関して衆院予算委員会で答弁を拒否し、質問した日本維新の会の[[松野頼久]]国会議員団幹事長が「政府が交渉参加のルールを探って議会に説明するのは当然の責任だ」と批判した。また岸田文雄外相は「少なくともわが国には、そうした条件の提示は全くない。引き続き情報収集に全力を挙げる」と答弁していたが、9日になって安倍は「ルールを作っていく上で、最初に入った人たちが後から入った人に議論を覆されたら困るというのは、それはそうだろうと思う」と述べた。安倍政権はこの3条件を政権移行直後に把握したが公表はしていなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2013年3月14日、自民党のTPP対策委員会が「重要5品目等や国民皆保険制度などの聖域の確保を最優先」し、それが確保できないと判断した場合は「脱退も辞さない」とする決議をまとめた。ただ自民党執行部はこの決議に関して「彼らも地元に帰って反対してきたと言えるだろう」と慎重派のガス抜きであることを認めており、政府高官は今後の政府の交渉を縛らないと明言している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「交渉参加に前向きというのはあくまでミスリードだと思います。」との発言からちょうど120日目にあたる2013年3月15日、TPP交渉参加という形で決着が図られることとなった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2013年4月12日に決着したTPP交渉参加に向けた日米事前協議は大手各紙上でも『高い「入場料」』という言葉が飛び交い、米側に譲りに譲ったものとなった。日本政府のTPP交渉担当者が「なんとしても7月中には交渉に加わりたいのだが……」とあせりの色を隠せない中での事前協議であり、交渉に入る前から通商条件で大幅な譲歩を迫られる可能性があったが、現実のものとなった。焦点の自動車・保険分野では双方とも大幅譲歩であり、自動車分野では自動車関税について当面は乗用車・トラックの関税を維持した上、撤廃時期はTPPが認める範囲で最大限遅らせることで決着、保険分野ではかんぽ生命のがん保険など新商品の申請を事実上凍結したため、投資家に訴える新規事業への参入が不可欠な2015年秋までの株式上場は計画の見直しが不可避となり、政府が復興財源として期待していた日本郵政株式の売却収入4兆円が見通せなくなってしまった。のみならず、非関税措置について9つの分野で日米間で継続協議とされたため、1990年代に経験した日米構造協議、包括経済協議と同様に2国間の枠組みを使って日本に市場開放の圧力をかける構図が繰り返されることになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== 労働市場の構造改革（日本版「ワッセナー合意」）=====&lt;br /&gt;
企業が賃上げを促進し、政府は賃上げ企業への優遇や失業者対策を進め、労働者は労働市場流動化に同意し失業増を受け入れるという日本版「ワッセナー合意」が構想されていることが明らかになった。ただし、オランダで起こった[[ワッセナー合意]]は「労組は賃金の抑制」「政府は企業の社会保障負担を低減し労働者のための減税を実施」「経営者は仕事を分かち合い雇用を確保」という内容的には逆とも言えるものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本版「ワッセナー合意」は、むしろ[[第1次安倍内閣]]で提唱された[[労働ビッグバン|日本版オランダ革命]]に近いものであり、[[日本維新の会]]のブレーンで[[聖域なき構造改革|小泉構造改革]]の中心人物であった[[産業競争力会議]]メンバー[[竹中平蔵]]の主張である「再就職支援金の支払いを条件に従業員の解雇を認めるといった解雇ルール」や「正規と非正規の中間的な雇用形態の導入」などが盛り込まれている。これについては、失業増を受け入れる労働組合はもちろん経済界も難色を示しているとされる。[[竹中平蔵]]は[[第1次安倍内閣]]の際には、著書の中で「[[既得権益]]を失う[[労働組合]]や、保険や年金の負担増を嫌う[[財界]]の反対で頓挫した」と述べていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===== 日台漁業交渉問題 =====&lt;br /&gt;
2013年4月に台湾との間で尖閣諸島沖の漁業範囲に関する取り決めを行った。この協定は官邸の独断で成立が決定されたため、水産庁や外務省などと事前協議を行っていた地元の漁協は強く反発し、「いずれこの漁業範囲から日本船が締め出され中国船や台湾船しかいなくなる」、と強い懸念を出している。実際に台湾漁船は当協定の成立が決定すると、協定の発行前から認められる予定の漁業範囲さえ超えた範囲で操業を開始した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 参議院議員選挙での圧勝 ====&lt;br /&gt;
''詳しくは「[[第23回参議院議員通常選挙]]」を参照。''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2013年（平成25年）[[7月21日]]、[[7月28日|同月28日]]の任期満了に伴う第23回参議院議員通常選挙が行われた。自由民主党が政権を奪還し、第2次安倍内閣になってから初めての大型国政選挙となった。第1次安倍政権時に大敗を喫した第21回参議院議員通常選挙（[[#参議院議員選挙での敗北|前述]]）以降、[[参議院]]では政権[[与党]]が過半数を下回る[[ねじれ国会]]が続いており（2009年の[[第45回衆議院議員総選挙]]から2010年の[[第22回参議院議員通常選挙]]までの期間を除く）、非改選議員と合わせて与党が過半数を確保できるかが最大の焦点とされていたが、結果、前年12月の衆院選で大勝し政権与党に返り咲いた自民・公明両党が合わせて過半数を超える議席を獲得して大勝をおさめ、「ねじれ」を解消させることに成功。ここに安倍自身にとってもかつての雪辱を果たすことが叶った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 以降 ====&lt;br /&gt;
それなりに長く政権を維持しているが何やってんだかよくわかんない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 略歴 ==&lt;br /&gt;
* [[1954年]]9月21日:[[東京都]]に生まれる。本籍地は[[山口県]][[大津郡]][[油谷町]]（現・[[長門市]]）。&lt;br /&gt;
* [[1977年]][[3月]]:[[成蹊大学]][[法学部]]政治学科卒業&lt;br /&gt;
* [[1977年]][[4月]]:[[アメリカ合衆国|米国]][[カリフォルニア州]][[ヘイワード (カリフォルニア州)|ヘイワード]]の英語学校に入学。その後、[[ロングビーチ (カリフォルニア州)|ロングビーチ]]の語学学校に転校した。&lt;br /&gt;
* [[1978年]]4月:[[南カリフォルニア大学]]に入学。[[政治学]]を専攻し春・夏・秋学期を履修し、[[1979年]]に[[退学|中退]]。&lt;br /&gt;
* [[1979年]]4月:株式会社[[神戸製鋼所]]入社&lt;br /&gt;
* [[1982年]]11月:神戸製鋼所退社、[[外務大臣 (日本)|外務大臣]]（[[安倍晋太郎]]）秘書官に就任&lt;br /&gt;
* [[1993年]]7月:衆議院議員初当選（旧・山口1区）&lt;br /&gt;
* [[1993年]]7月:衆議院議員初当選&lt;br /&gt;
* [[1999年]]10月:衆議院厚生委員会理事&lt;br /&gt;
* [[2000年]]7月:[[第2次森改造内閣]]で[[内閣官房副長官]]に就任&lt;br /&gt;
* [[2001年]]4月：引き続き[[第1次小泉内閣]]で内閣官房副長官に就任&lt;br /&gt;
* [[2003年]]9月:[[自由民主党幹事長]]に就任&lt;br /&gt;
* [[2004年]]9月:自由民主党幹事長代理に就任 党改革推進本部長に就任&lt;br /&gt;
* [[2005年]]10月:[[第3次小泉改造内閣]]で[[内閣官房長官]]に就任&lt;br /&gt;
* [[2006年]]9月:[[自由民主党総裁]]に選出、第90代[[内閣総理大臣]]に就任&lt;br /&gt;
* [[2007年]]9月:[[自由民主党総裁]]及び[[内閣総理大臣]]を辞職&lt;br /&gt;
* [[2007年]]9月:[[安倍改造内閣|安倍内閣]]総辞職&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 主な所属議員連盟 ==&lt;br /&gt;
*[[日韓議員連盟]]&lt;br /&gt;
*[[日本会議]]国会議員懇談会&lt;br /&gt;
*[[日本の前途と歴史教育を考える議員の会]]&lt;br /&gt;
* [[公共放送のあり方について考える議員の会]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 政見・政策 ==&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 国家像 ===&lt;br /&gt;
; [[美しい国]]&lt;br /&gt;
: 総裁戦直前の[[2006年]][[7月19日]]に自らの政治信条を綴った自書『美しい国へ』を出版し、10刷・51万部以上を発行する[[ベストセラー]]になった。政権[[スローガン]]も「'''美しい国日本'''を作る」とし、自身の政権を「美しい国づくり内閣」と命名した。自身の政権の立場を“「'''[[戦後レジーム]]'''（体制）」からの新たな船出”と位置づけている。現行憲法を頂点とした行政システムや教育、経済、[[安全保障]]などの枠組みが時代の変化についていけなくなったとし、それらを大胆に見直すとしている。&lt;br /&gt;
: これまでの日本の歴史認識を自虐的な[[東京裁判史観]]とする[[保守]]層からは好意的に迎えられる一方、[[左派]]からは内閣発足当初から[[集団的自衛権]]を容認しアメリカに追従する[[軍国主義]]的な体制を作ろうとするものではないかという懸念が示されている。また「美しい国」という理念について、何が・また何をもって“美しい”とするのかはっきりせず、抽象的であるとする批評もある。さらには任期中においては「美しい国作り」と言う'''目標として掲げたもの'''であったが、当時の社会問題などのニュースなどの締めに「これが美しい国の正体」などと'''現在進行形の問題'''を持ってくる報道も少なからず存在していた。&lt;br /&gt;
; アジア・ゲートウェイ構想&lt;br /&gt;
: 第165回国会の所信表明演説にて「日本がアジアと世界の架け橋となる『アジア・ゲートウェイ構想』を推進します」と述べ、内閣官房に「アジア・ゲートウェイ戦略会議」を設置した。第166国会の[[施政方針演説]]では、2007年5月までに「アジア・ゲートウェイ構想」を取りまとめると明言したが、この構想の議論が本格化すると、閣内で対立が尖鋭化する。2007年5月、内閣官房長官[[塩崎恭久]]、[[内閣府特命担当大臣]]（経済財政政策担当）[[大田弘子]]、特命担当大臣（規制改革担当）[[渡辺喜美]]、[[内閣総理大臣補佐官]]（経済財政担当）[[根本匠]]の四者がこの構想について協議した際には、意見の相違から渡辺が根本に掴み掛かるなど混乱し、塩崎が仲裁する事態に発展した。&lt;br /&gt;
; 地方自治&lt;br /&gt;
: [[道州制]]の導入を検討。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 憲法 ===&lt;br /&gt;
総裁選では施行60周年を迎えた[[日本国憲法]]を改正すると宣言し、総理就任後の国会で、「現行の憲法は、日本が占領されている時代に制定され、60年近くを経て現実にそぐわないものとなっているので、[[21世紀]]にふさわしい日本の未来の姿あるいは理想を憲法として書き上げていくことが必要と考えている」と述べた&amp;lt;ref name=&amp;quot;k20061003&amp;quot;&amp;gt;衆議院　本会議　平成18年（2006年）10月3日）「在任中に憲法を改正をしたい」との考えを述べた。（平成18年12月19日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。また“私は、国会議員になった当初から改憲論者だが、3つの点で憲法を改正すべきだと主張してきた。第一の理由だが、現行憲法は占領軍の手によって、憲法の専門家ではない人たちによって2週間そこそこで書き上げられた、と言われており、やはり国の基本法である限り、制定過程にもこだわらざるを得ない”と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
改憲のための[[国民投票法案]]（[[日本国憲法の改正手続に関する法律]]）の整備をおこなうが、選挙に向けて野党の反対を押し切り成立させたためメディアでは法案の不備について批判が出た。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 安全保障 ===&lt;br /&gt;
日本版「[[国家安全保障会議]]」（NSC）構想を推進した。総理就任以前は[[憲法改正]]に関しては[[集団的自衛権]]の容認を打ち出して来た。総理就任後は、防衛庁を[[防衛省]]へ格上げした。これは「戦後レジーム（体制）から脱却し、新たな国造りを行うための第一歩」と意義付けられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2006年11月14日、安倍内閣は閣議で、核保有についての[[鈴木宗男]]の[[質問主意書]]に対して、「政府としては、[[非核三原則]]の見直しを議論することは考えていない」と強調しながらも、「[[核兵器]]であっても、自衛のための必要最小限度にとどまれば、保有は必ずしも憲法の禁止するところではない」との[[答弁書]]を出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 教育 ===&lt;br /&gt;
[[Image:Shinzo Abe with KSG Students.jpg|thumb|200px|[[総理大臣官邸]]を訪れた[[ハーバード大学]]学生らと[[内閣官房長官]][[塩崎恭久]]と安倍晋三]]&lt;br /&gt;
2006年12月に[[教育基本法]]を改正し、教育の目標の一つとして[[愛国心]]という言葉を盛り込んだ他、[[義務教育]]9年の規定や[[男女共学]]の項を削除した。[[内閣府]]直属の「[[教育再生会議]]」を立ち上げ、2007年6月には[[教員免許更新制]]を導入した。その他、[[学校週五日制]]の見直しや[[大学]]進学の条件として社会[[奉仕]]活動の義務化を提唱した。その他の政策としては、[[教育バウチャー]]制度の導入を検討、「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクト」の座長を務め、自民党の[[山谷えり子]]らと共に[[ジェンダーフリー]]教育に対する批判等を行った。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
改正後の教育基本法については、「一見、立派なことが書いてあるが、家族・郷土・歴史・伝統・文化・国など、私たちが大切にしなければいけないものが抜け落ちている。日本人として生まれたことに誇りを持つためには、そうしたことを子どもたちに教えていくことが大切ではないか」「“世界から尊敬されている”ということも、誇りが持てるということにとって大切だ。世界に貢献していく際に“日本はこういう理想を持っており、こういう世界を実現していきたい”と述べていく必要がある」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 公務員改革 ===&lt;br /&gt;
[[内閣府特命担当大臣]]（規制改革担当）に[[渡辺喜美]]を置き、官僚主導の政治体制、公務員の給料制度、[[天下り]]、業界の談合体質など官僚にまつわる諸悪を摘出し、政官業の関係を健全化しようと国家公務員法改正を打ち出した。同改正法に基づいて（1）官民人材交流センター（人材バンク）の制度設計（2）キャリア制度の見直し、という２つの作業が開始され、それぞれについて有識者懇談会が設けられた。安倍も[[成田空港]]社長に官僚OBがなることを却下したり、[[東京証券取引所]]への天下り人事にも横槍を入れるなどの行動を見せていたが、官僚や自民党内から激しい抵抗が起るようになる。渡辺喜美行政改革担当相が、自民党行政改革推進本部の会合に出席し、各省庁による天下り支援を禁止する案を説明すると、党側に『各省にあっせん機能を残すべきだ』と猛反発されたり、天下り規制の懇談会にて天下りをしている元事務次官7人のヒヤリング調査をしようとしたところ、担当官僚が元事務次官に懇談会出席の要請すらしない等の抵抗が見られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この公務員改革で安倍は、特に社会保険庁改革（社保庁民営化）に力を入れていた。その理由としては年金行政への信頼回復とともに、社保庁の民営化によって公務員削減の突破口にしたいとの狙いがあった。しかしここでも激しい抵抗にあった。[[田原総一郎]]によれば、安倍が社保庁民営化を目指していたことで、社保庁がクーデターを起こし、社保庁の年金が酷い状態であるということを社保庁自らが民主党やマスコミに選挙前に広め、「いかに安倍が危機管理ができないか」と国民に思わせて退陣を狙う「自爆テロ」を行い、そしてマスコミもそれに乗った、と指摘された。しかし、第二次安倍政権では安倍の肝いり人事でまたもや日本年金機構の情報流出事件が起こり、安倍自身の年金問題に関しての危機管理が甘さが問題となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 労働政策 ===&lt;br /&gt;
;再チャレンジ政策&lt;br /&gt;
:小泉政権下によって生じた都市と地方の歪や不安定[[雇用]]の増加やいわゆる[[格差社会]]の是正を掲げ、[[再チャレンジ]]政策の一環として[[フリーター]]を[[正社員]]として採用するよう企業に要請したが、2006年8月の [[日本経済団体連合会|経団連]]が会員企業に行なったアンケートによると、フリーターの正規社員採用に約9割が消極的であるとの結果であり、期待通りの成果は出なかった。「[[ワーキングプア]]と言われる人たちを前提に言わばコストあるいは生産の現状が確立されているのであれば、それはもう大変な問題であろう」と述べ、「企業も[[非正規雇用]]者が[[正規雇用|正規社員]]へ常にチャレンジができるように積極的に取り組むことが、中、長期的には企業への信頼感、活力も高まる」という旨の考えを示しており、[[偽装請負]]等に関しても、「[[法令]]、[[労働基準法]]に反していれば厳格に対応していく」旨を述べている&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/165/0014/16510130014003c.html|title=第165回国会 参議院 予算委員会 第3号|date=2006-10-13|accessdate=9月26日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
;[[ホワイトカラーエグゼンプション]]（事務職残業手当適用除外制度）&lt;br /&gt;
:「[[日米投資イニシアチブ報告書]]」に基づき、この制度を導入する予定であったが、 [[マスメディア|メディア]]で「[[時間外労働|残業]]代ゼロ法案」と批判的に報じられ、反対世論が強まったため、[[2007年]]1月17日、「現段階では国民の理解を得られない」として、国会提出を断念した。&lt;br /&gt;
;「[[最低賃金]]」&lt;br /&gt;
:最低賃金の抜本的引き上げは、「[[中小企業]]を中心に労働コスト増で、かえって雇用が失われ非現実的だ。」とした&amp;lt;ref name=&amp;quot;k20070130&amp;quot;&amp;gt;{{cite web|url=http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/000116620070130004.htm|title=第166回 衆議院本会議 4号|date=2007-01-30|accessdate=9月26日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。2007年3月の参議院の[[予算委員会]]では、「最低賃金制度を[[生活保護]]以上にしていくという改正を行ない、成長力底上げ戦略を進めていく中で、中小企業と労働者の生産性を上げることによって、最低賃金も上げるという二段構えの仕組みを検討している」考えを示した&amp;lt;ref name=&amp;quot;k20070319&amp;quot;&amp;gt;第166回国会 参議院 予算委員会 第12号 平成19年（2007年）3月19日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
;格差問題&lt;br /&gt;
:「[[格差社会|格差]]はいつの時代もあるわけであって、格差を全くなくすことはこれは不可能であろう」、「努力した人が報われる社会をつくっていく、汗を流した人、頑張った人が、知恵を出した人が報われる社会をつくっていかなければいけない」、「結果平等の社会をつくろうとは全く思っていない」、「格差においては、これは不公平、不公正な競争の結果であってはならないし、また、社会的にこれはやはり容認できないという格差であってはならない」、「格差が固定化されてはならない」と述べている&amp;lt;ref name=&amp;quot;k20070301&amp;quot;&amp;gt;{{cite web|url=http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/001816620070301017.htm|title=第166回国会 衆議院 予算委員会 17号|date=2007-03-01|accessdate=9月26日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 治安政策 ===&lt;br /&gt;
[[組織犯罪処罰法]]（いわゆる「共謀罪法案」）について、「国際社会で組織犯罪に対応していく役割を果たす上で早期に「[[国際組織犯罪防止法条約]]」を」批准をする必要がある」として2007年1月25日召集の[[通常国会]]で成立を図るよう指示したが、反対する世論や自民党内からの反発も強いため、継続審議となった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 党運営 ===&lt;br /&gt;
[[郵政民営化]]時の造反[[議員]]を復党させた（[[郵政造反組復党問題]]）。これに対しては国民から強い反発が出たため、支持率はその後低下した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 社会保障 ===&lt;br /&gt;
; 中国残留孤児&lt;br /&gt;
: [[中国残留孤児]]問題における訴訟では請求を取り下げられた[[原告]]団に面会し、新たな支援を検討していくことを確認した。&lt;br /&gt;
; [[慈恵病院]]の「こうのとりのゆりかご」&lt;br /&gt;
: 2007年[[2月23日]]に、[[熊本市]]の[[慈恵病院]]が[[赤ちゃんポスト]]の設置を計画していることについて、「[[ポスト]]」という名前や匿名で子供を置いていけるものだということに大変抵抗を感じると反対の意向を示した。&lt;br /&gt;
; 年金問題&lt;br /&gt;
: [[年金記録問題]]では民主党の[[小沢一郎]]との[[党首討論]]で「[[宙に浮いた年金記録|消えた年金]]はどうするのか」という野党からの追及に対し「年金は消えたわけではない」として年金時効撤廃特例法案など具体的な救済案を提示した。該当者不明の年金記録5000万件の照合作業については「三千万人の方々とこの二千八百八十万件を一年間のうちに突合いたします」「一年間で私たちはすべて突合を行うということをお約束をする」と断言、当初2年程度を想定していた調査期間を前倒しすると表明し、自民党の公式HPでも宣伝した。第21回参議院議員通常選挙の際は、安倍自身が「最後の一人まですべての記録をチェックし、まじめに保険料を払ってきた人の受給を保障する」と各地で演説した。&lt;br /&gt;
: メディアや専門家からは、その公約の実現性に対して当初から懐疑的な意見が出されていた。[[社会保険庁]]は年金記録の照合作業を進めたものの、[[2008年]][[3月]]末までに持ち主が判明するのは1000万人程度に留まり、名寄せ困難な記録が1975万件に達すると発表された（人数や件数は[[2007年]][[12月]]時点での推計値）。安倍の公約実現は絶望的となり、後任の首相である福田康夫が謝罪する事態となった。福田は「（当時の）安倍総理は割合ときちんと言っているんじゃないかと思います」と安倍を擁護したが、内閣官房長官の[[町村信孝]]は「亡くなった方もいる。『最後の一人まで』ということはありえない。もとより無理」と述べ、安倍の公約の問題点を指摘した。&lt;br /&gt;
: 2008年1月、安倍はマスコミとの懇談の席上、「年金ってある程度、自分で責任を持って自分で状況を把握しないといけない。何でも政府、政府でもないだろ」と指摘した。公約違反との批判に対しては「今になって（参院選の）選挙演説の『最後の一人までチェックして支払います』が公約違反と言われるけど、俺は一言も三月までに支払うとは言ってないんだぜ」と反論している。&lt;br /&gt;
: 2008年3月、社会保険庁の照合結果が公表され、1172万件分の持ち主が特定できたが、名寄せ困難な未解明記録は2025万件に達したことが明らかになった。&lt;br /&gt;
: なお、国民皆年金制度は祖父・[[岸信介]]が首相時代に策定したものである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 外交 ===&lt;br /&gt;
[[Image:APEC2006 Roh Bush Abe (2).jpg|thumb|200px|[[2006年]]の[[アジア太平洋経済協力|APEC]]にて、[[大韓民国大統領]][[盧武鉉]]、[[アメリカ合衆国大統領]][[ジョージ・W・ブッシュ]]と、安倍晋三]]&lt;br /&gt;
[[Image:DickCheney visits ShinzoAbe in Tokyo, 2007Feb21.jpg|thumb|200px|[[2007年]][[2月21日]]、[[総理大臣官邸]]にて[[アメリカ合衆国副大統領]][[ディック・チェイニー]]と会談する安倍晋三]]&lt;br /&gt;
''下記の[[安倍晋三#歴史認識|歴史認識]]も参照''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日中・[[日韓問題|日韓関係]]を改善し、[[東アジア共同体]]の構想に強い意欲を示す。[[新自由主義]]政策・[[グローバル資本主義]]を推進した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
;[[大韓民国]]&lt;br /&gt;
:韓国の[[親米保守]]勢力（現在は[[ハンナラ党]]）とは韓国が[[朴正煕]][[軍事独裁]]政権だった頃から[[国際勝共連合]]などを通じ代々親しく、父親の安倍晋太郎も日本政界きっての[[親韓派]]だった安倍も首相になってから「韓国はまさに日本と同じ価値観を持っております。」と[[親韓]]的な発言をしている。&lt;br /&gt;
;[[中華人民共和国]]&lt;br /&gt;
:2006年の[[自民党総裁選]]では、ありのままの日本を知ってもらう為に多くの[[中華人民共和国|中国人]][[留学生]]を受け入れるべきと主張し、小泉政権時に悪化した日中関係の改善に意欲を見せた。首相就任後、真っ先に訪中して[[胡錦濤]][[中華人民共和国主席|国家主席]]と会談する。この訪中は中国側から「氷を砕く旅（破氷之旅）」と呼ばれて[[評価]]された。&lt;br /&gt;
;[[朝鮮民主主義人民共和国]]&lt;br /&gt;
:2007年[[2月12日]]に来日した[[ディック・チェイニー|チェイニー]]米副大統領に、拉致問題が解決するまで北朝鮮に対する[[テロ支援国家]]指定の解除をしないように要請した。3月1日、[[六者会合|6者協議]]の[[日朝国交正常化]]に関する作業部会への対応について「拉致問題の完全解決、前進を目指して全力を尽くすように」と指示し、エネルギー支援の参加についても「我々が判断をして決めていきたい。北朝鮮が決めることではない。我々が（拉致問題で）納得できなければ前進とは認めない」と強調し、拉致問題を安倍政権の最重要課題とする従来の姿勢を確認した。&lt;br /&gt;
;[[アメリカ合衆国]]&lt;br /&gt;
:小泉政権により強化された[[日米安全保障条約]]をさらに充実させるため[[在日米軍]]と[[自衛隊]]の一体化を目指しており、[[集団的自衛権]]行使のための[[憲法改正]]も視野に入れている。&lt;br /&gt;
;[[オーストラリア]]&lt;br /&gt;
:オーストラリアとは「基本的価値観を共有する国家として連帯強化を目指している。[[日豪FTA]]の交渉を開始し、2006年12月に合意した。2007年[[3月13日]]には[[安全保障協力に関する日豪共同宣言]]に[[ジョン・ハワード]]首相と共に署名した。この宣言には[[国際連合平和維持活動|PKO]]などの海外活動や対[[テロリズム|テロ]]対策、北朝鮮問題などで日豪が協力する、安全保障協議委員会の設置などが明記されていた。「豪との共同宣言が中国狙ったものでない」とした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 歴史認識==&lt;br /&gt;
===戦争責任・村山談話===&lt;br /&gt;
総裁選を目前に控えた2006年9月7日、「[[戦後50周年の終戦記念日にあたっての村山首相談話|村山首相談話]]」について、「基本的にその精神を引き継いでいく」とした。その一方で、2006年10月6日、衆議院[[予算委員会]]で、[[A級戦犯]]について、「[[戦争犯罪]]人である」と明言した小泉前総理の答弁を修正し、「国内法的には犯罪者ではない」との見解を示し、[[戦争責任]]については「当時の指導者であった人たちについてはより重たい責任があるが、その責任の主体がどこにあるかということについては、政府としてそれを判断する立場にはない」旨を述べた&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/001816520061006003.htm|title=第165回国会 衆議院 予算委員会 第3号|date=2006-10-06|accessdate=9月26日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。2006年10月5日、衆院予算委員会で、[[東条内閣]]の[[商工大臣]]だった岸信介が対米英開戦の詔書に署名したことへの認識を問われ「指導者には祖父を含め大きな責任があった。政治は結果責任だから当然、判断は間違っていた」とも述べている&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/001816520061005002.htm|title=第165回国会 衆議院 予算委員会 2号|date=2006-10月-05|accessdate=9月26日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===慰安婦問題・河野談話===&lt;br /&gt;
日本のこれまでの歴史教育に異議を唱え、「[[新しい歴史教科書をつくる会]]」を支援して来た自民党内部の[[議員連盟]]「[[日本の前途と歴史教育を考える議員の会|日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会]]」（1997年2月27日結成）の元事務局長。現在[[中川昭一]]と共に顧問を務める。同会は特に「侵略戦争」や「[[慰安婦]]」問題の教科書記述に批判的であり、証拠もないまま旧日本軍による慰安婦の[[強制連行]]を認めた「[[慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話|河野談話]]」を発表した[[河野洋平]]を会に呼んで、談話の撤回を要求したこともある。1997年の国会でも、慰安婦の強制連行の根拠とされて来た[[吉田清治 (文筆家)|吉田清治]]の証言が虚偽であることが判明したため、「河野談話」および教科書への「慰安婦」の記述を載せることは問題であると指摘している&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/140/0414/14005270414002c.html|title=第140回国会 衆議院 決算委員会第二分科会 第2号|date=1997-05-27|accessdate=9月26日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。自民党幹事長代理時代の2005年3月27日の講演会でも、「従軍慰安婦は作られた話」と語っている&amp;lt;ref&amp;gt;『[[中央日報]]』　2005年4月2日付2面。&amp;lt;/ref&amp;gt;。総理就任後の2006年10月5日には、これまでの主張を封印し、「河野談話」を「私の内閣で変更するものではない」とし、政府としては引き継いでいくことを明言。[[2007年]]3月1日、河野談話に関する記者の質問に「旧日本軍の強制性を裏付ける証言は存在していない」と語った。米下院に提出された慰安婦問題をめぐる対日非難決議案について、同年3月5日の参院予算委員会において「決議案は客観的事実に基づいていない。」「決議があっても謝罪することはない」との見解を述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
社民党の[[辻元清美]]の慰安婦問題に関する[[質問主意書]]&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a166110.htm|title=安倍首相の「慰安婦」問題への認識に関する質問主意書|date=2007-03-08|accessdate=9月26日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;に対して、政府は2007年3月16日の閣議で、「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述は見当たらなかった」とする答弁書&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b166110.htm|title=衆議院議員辻元清美君提出安倍首相の「慰安婦」問題への認識に関する質問に対する答弁書|date=2007-03-16|accessdate=9月26日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;を出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「慰安婦」問題については存在しないとする立場を従来からとってきたことと、自民党有志でつくる「[[日本の前途と歴史教育を考える議員の会]]」による[[河野談話]]見直し発言&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web | title=「軍の慰安婦強制連行なかった…自民有志が見解表明要求 | work=読売新聞 | url = http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070301ia01.htm | accessdate=3月1日 | accessyear = 2007年 }}{{リンク切れ|date=2009年3月}}&amp;lt;/ref&amp;gt;が一部マスコミの反発を招いた。2007年3月4日テレビ朝日の番組に出演した[[世耕弘成]]首相補佐官は、「河野談話を継承する」と発言&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web | title=「河野談話は継承＝世耕補佐官 | work=時事通信 | url = http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&amp;amp;k=2007030400072 | accessdate=3月4日 | accessyear = 2007年 }}{{リンク切れ|date=2009年3月}}&amp;lt;/ref&amp;gt;し鎮静化を図ったが、近隣アジア諸国を中心に非難が巻き起こった&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/03/02/AR2007030200235.html|title=Growing Chorus Slams War-Brothel Remarks|work=ワシントン・ポスト AP通信社|language=英語|date=2007-03-2|accessdate=3月2日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。安倍はその後、慰安婦について日本の責任を認める発言を繰り返し&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web | title=「安倍首相：従軍慰安婦で日本の責任認める　米メディアに | work=毎日新聞 | url = http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070421k0000e010063000c.html | accessdate=4月21日 | accessyear = 2007年 }}{{リンク切れ|date=2009年5月}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、2007年4月27日には海外メディアのインタビューに答えて、「極めて痛ましい状況に慰安婦の方々が強制的に置かれたことについて大変申し訳なく思う」（I feel deeply sorry that they were forced to be placed in such extremely painful situations.） 　「私たちは、戦時下の環境において、そうした苦難や苦痛を受けることを強制された方々に責任を感じている」（We feel responsible for having forced these women to go through that hardship and pain as comfort women under　the circumstances at the time.）とお詫びを表明した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/6598289.stm|title=Abe explains sex slave comments|work=BBC News|language=英語|date=2007-04-27|accessdate=9月26日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。同日の日米首脳会談で、ブッシュ大統領との会談で「人間として、首相として、心から同情している。申し訳ない思いだ」と謝罪&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web | title=「日米首脳会談 安倍首相、慰安婦謝罪具体的表現なし」 | work=中央日報 | url = http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=86960&amp;amp;servcode=200&amp;amp;sectcode=200 | accessdate=4月28日 | accessyear = 2007年 }}&amp;lt;/ref&amp;gt;した。しかし、欧米のマスコミからは「二枚舌」(Double Talk)と非難された&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/03/23/AR2007032301640.html ワシントンポスト2007年3月24日]&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[第21回参議院議員通常選挙]]敗北直後の2007年7月31日、アメリカ下院で[[アメリカ合衆国下院121号決議|慰安婦非難決議]]が採択された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 靖国神社参拝 ===&lt;br /&gt;
首相の[[靖国神社]]参拝について「国のために殉じた人たちに対して国のリーダーが尊崇の念を表するのは当然だ。お参りすべきだと思う」と述べている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[歴史認識]]を巡って[[反日]]騒動が起こった[[中華人民共和国|中国]]と[[大韓民国|韓国]]の態度を批判し、外国が靖国神社参拝について抗議するのは[[内政干渉]]だという見解を持っている。官房長官時代の2006年8月4日の記者会見で、同年4月15日朝に、密かに靖国神社を参拝していた（「内閣官房長官 安倍晋三」と記帳し、ポケットマネーで玉ぐし料を収めた）ことについて質問された際には「参拝したかしないかについては申し上げるつもりはない」と述べた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
首相就任後も参拝を続ける意向を示し、2007年1月17日の自民党大会で決定された運動方針でも「靖国参拝を受け継ぐ」ことが明記されたが、外交問題や政治問題になるのを避けるため自身の参拝については明言しない考えを改めて示した。首相在任中は参拝を行わなかったが、安倍はこれについて首相退任後に「『主張する外交』を展開する中で、日本のための将来の布石を打つため大きな決断をした」と説明している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 問題の指摘 ==&lt;br /&gt;
=== 団体や人物との関係 ===&lt;br /&gt;
; [[統一協会]]・[[国際勝共連合]]&lt;br /&gt;
: 母方の祖父[[岸信介]]と父[[安倍晋太郎]]が統一教会及びその関連団体である[[国際勝共連合]]と関わりが深いと言われていた（''詳細は[[岸信介#勝共連合・統一教会との関係|岸信介の当該記事]]や[[安倍晋太郎#関係する人物や団体|安倍晋太郎の当該記事]]を参照''）こともあり、晋三が次期総理候補として取り沙汰されるようになって以降、統一教会との関係を指摘をする雑誌等の記事が散見される。&lt;br /&gt;
: 官房長官当時の[[2006年]]、統一教会系列の団体である「[[天宙平和連合]]」 (UPF) の集会（[[合同結婚式]]も行われたとも言われたが統一教会は否定&amp;lt;ref&amp;gt;統一教会系列の韓国の『[[世界日報 (韓国)|世界日報（セゲイルボ）]]』はこの大会は、「韓日男女二千五百組の合同結婚が併せて行われた」と報じ、日本の統一教会の機関誌『中和新聞』（2006年6月1日付）も（合同結婚式の主要[[儀式]]である）「『聖水式』と『聖婚問答』が行われました」と報じたが、『セゲイルボ』は同月28日付で、合同結婚が行なわれたとしたのは誤報だったとして訂正文を掲載した。[http://www.uc-japan.org/hodo.aspx?id=364&amp;amp;pg=0 「『週刊現代』9月30日号記事に対する抗議及び謝罪・訂正要求」]&amp;lt;/ref&amp;gt;）のイベントに[[祝電]]を寄せた（[[保岡興治]]やその他の自民党議員も）ことが新聞、雑誌等で伝えられ&amp;lt;ref&amp;gt;この祝電の件について、『[[週刊現代]]』、『[[週刊ポスト]]』、『[[週刊文春]]』、『[[週刊新潮]]』などは取り上げなかった。&amp;lt;/ref&amp;gt;、社会的に問題の多い団体と関係することへの批判を呼んだ。映像は[[インターネット]]上の[[動画]][[ウェブサイト|サイト]][[youtube]]にアップロードされ、ネット上で広く話題になった。このイベントで司会者が晋三を「岸信介元総理大臣のお孫さんでらっしゃり」と、岸信介時代からの親密振りをアピールして紹介していた。この件に関して安倍の事務所は「秘書に確認している」との理由でしばしコメントしなかったが、後に「私人としての立場で地元事務所から『官房長官』の肩書で祝電を送付したと報告を受けた。誤解を招きかねない対応で、担当者に注意した」とのコメントを出した。統一教会に批判的な[[ジャーナリスト]][[有田芳生]]によれば、安倍は統一教会は拉致問題などを行った北朝鮮を経済的に支援しており、[[霊感商法]]などの問題で日本の公安当局の監視対象である団体であることから、面会を求められても会わないようにしているという方針を取っていると語っており&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://s03.megalodon.jp/2008-0602-2353-32/saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2006/09/post_92eb.html|title=安倍晋三と統一教会（1）&amp;lt;魚拓&amp;gt;|date=2006-09-12|author=[[有田芳生]]|work=有田芳生の酔醒漫録|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、また「目的のためなら平気で祝電を捏造するような組織ですから、勝手に名前を使うのもありうる話です」と解説している&amp;lt;ref&amp;gt;週刊朝日 2006年6月30日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
: [[霊感商法]]被害対策に取り組んで来た「[[全国霊感商法被害者対策弁護士連絡会]]」が安倍と保岡に対し、真意や今後の姿勢を問う「公開質問状」を送ったが、二人とも回答をしていない&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www1k.mesh.ne.jp/reikan/japanese/siryou/shitumon/060619.htm|author=全国霊感商法対策弁護士連絡会|title=公開質問状|date=2006-06-19|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
; [[生長の家]]&lt;br /&gt;
:第2代生長の家[[総裁]]の[[谷口清超]]の著書の第1部は「美しい国」から始まる。また、政治[[評論家]]の[[有馬晴海]]は、「生長の家の政策部門の別働隊に[[日本政策研究センター]]がある。ここの[[伊藤哲夫]]所長こそ安倍首相の[[ブレーン]]です。安倍首相の考え方はほぼすべて伊藤所長の考えと同じと考えていい。首相は生長の家の信者ではないと思いますが、その教えには心酔していると思います」述べている。&lt;br /&gt;
; [[公明党]]・[[創価学会]]&lt;br /&gt;
: 父、晋太郎と祖父の岸信介は創価学会・公明党と関係が深かったと言われ、晋太郎は1985年、[[大石寺]]の[[正本堂 (大石寺)|正本堂]]完成記念の祝典に岸信介の代理で出席して以来、[[池田大作]]と何度も面会したという&amp;lt;ref&amp;gt;創価学会機関紙『[[聖教新聞]]』（2001年3月）&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
: 晋三は、創価学会から支援をもらっていたが、小選挙区制度が導入され、二大政党制に近づけば、創価学会は自分から離れてゆくとの判断から、1994年に創価学会と公明党に批判的な宗教団体や有識者で結成された「[[四月会]]」（代表幹事:[[俵孝太郎]]）&amp;lt;ref&amp;gt;「四月会」は自民党が野党に転落した1994年に、自民党を支持する宗教団体（「[[立正佼成会]]」、「[[霊友会]]」、「[[仏所護念会]]」などを中心に結成され、創価学会と公明党の関係を「政教一致だ」と批判してきたが、一部の教団が公明党と連立を組んだ自民党との関係修復に乗り出したことで2001年3月に解散した。&amp;lt;/ref&amp;gt;の集会などに参加したこともあった&amp;lt;ref name=&amp;quot;sgkaibou&amp;quot;&amp;gt;[[朝日新聞]][[AERA|アエラ]]編集部 『創価学会解剖』（[[朝日新聞社]] 2000年1月1日） ISBN 978-4022612861 &amp;lt;/ref&amp;gt;。創価学会に関する自民党の勉強会『憲法20条を考える会』に参加した次の日、自身の選挙区の公明党の大幹部から電話で釘を刺されたことで、政治的野望を持った創価学会が政界での影響力を拡大して行くことを危険視していたという&amp;lt;ref name=&amp;quot;sgkaibou&amp;quot;/&amp;gt;。1989年に死去した池田大作の次男&amp;lt;!-- 著名活動をしていないと思われるので本名を記載しないで下さい。 --&amp;gt;は成蹊高校時代の同期生である&amp;lt;ref name=&amp;quot;faki&amp;quot;&amp;gt;{{cite web|url=http://www.forum21.jp/2006/11/post_33.htm|work=FORUM21|title=特集/安倍・小泉新旧首相の池田大作詣で|date=2006-11-01|author=乙骨正生|accessdate=9月26日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
: 首相就任直前の[[2006年]]9月22日に安倍晋三は、極秘裏に東京都内の創価学会の施設で、[[池田大作]]創価学会名誉会長と会談を持ったと主要新聞&amp;lt;ref&amp;gt;『[[日経新聞]]』・『[[毎日新聞]]』・『[[朝日新聞]]』・『[[読売新聞]]』や『[[週刊文春]]』などが報じた。毎日は20日と報道。&amp;lt;/ref&amp;gt;「『[[産経新聞]]』を除く」を初め各種[[マスメディア|メディア]]が伝えた。面会は安倍自身の要望だとも伝えられている。祖父、岸信介と創価学会第2代会長の[[戸田城聖]]が、父、安倍晋太郎と池田が親しかったことが話題となり、安倍は池田に父がお世話になったお礼を述べ、参院選での公明党、創価学会の協力を要請し、池田は協力を約束したという。また、日中関係の早期改善ということで意見の一致を見たという。同月30日には公明党大会に来賓として出席し、祖父も父も公明党とは交友関係が深かったとして「何か特別な運命を感じる」と語った&amp;lt;ref&amp;gt;『[[毎日新聞]]』 2006年10月8日付&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
: その後、国会で池田と面会した事実があったかという[[野党]]の質問に対して安倍は「そういうことはございません。」という答弁を繰り返した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/165/0014/16510110014001c.html|title=第165回国会 参議院 予算委員会 1号|accessdate=2007-10-06}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。2007年2月13日の衆議院[[予算委員会]]でも同様に否定した&amp;lt;ref name=&amp;quot;k20070213&amp;quot;&amp;gt;{{cite web|url=http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/001816620070213007.htm|title=第166回国会 衆議院 予算委員書会 7号|accessdate=2008-05-14}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;kmovie20070213&amp;quot;&amp;gt;{{cite web|url=http://www.shugiintv.go.jp/jp/wmpdyna.asx?deli_id=33410&amp;amp;media_type=wn&amp;amp;lang=j&amp;amp;spkid=901&amp;amp;time=07:17:50.0|title= 「インターネット審議中継」[[亀井静香]]の安倍晋三への質疑（第166回国会 衆議院 予算委員会 7号|author=衆議院|accessdate=2007-10-06}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
; 安晋会&lt;br /&gt;
: {{See also|安晋会}}&lt;br /&gt;
: 国会で、 [[小嶋進]] [[ヒューザー]]社長（当時）が自分は「安晋会」の会員で、「安晋会」会長の紹介で安倍の[[国会議員政策担当秘書|政策秘書]]を紹介してもらい、「[[構造計算書偽造問題|耐震偽装問題]]」に関して[[国土交通省]]への対応を働きかけてもらったことを[[証人喚問]]で認めた&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/009916320060117014.htm|title=第163回国会 国土交通委員会 第14号|accessdate=2007-10-06}}&amp;lt;/ref&amp;gt;ことでその存在が知られることになった。この私設後援会の代表はかつては[[バブル景気]]の際に自己[[破産]]した[[デベロッパー (開発業者)|デベロッパー]]会社会長であり、建設・不動産業者を中心とした「[[UDI経営者連合会]]」という政治団体の理事長の[[杉山敏隆]]（[[ヒューザー]]の[[ウェブサイト]]を運営していた&amp;lt;ref&amp;gt; {{cite web|url=http://web.archive.org/web/20050302234744/http://www.goalnet.co.jp/company/company.html|title=ゴールネット株式会社の公式サイト|accessdate=2008-05-14}} [[ウェブアーカイブ]]に保存されたもの&amp;lt;/ref&amp;gt;ゴールネット株式会社会長（息子の杉山剛太が社長））で、副会長は [[APAホテル]]会長の[[元谷外志雄]]（[[イーホームズ]]の[[藤田東吾]]社長がAPAホテルの耐震偽装の告発した直訴状を安倍晋三に直接手渡そうとしたが追い返された後にその偽装が発覚した）である。また、 耐震偽装事件とも関連があるとの説もあり、[[ライブドア事件]]の最中に不審死を遂げた[[エイチ・エス証券]]副社長であった野口英昭が[[理事]]（経理）になっていた&amp;lt;ref&amp;gt;『[[週刊ポスト]]』（2006年2月10日号）&amp;lt;/ref&amp;gt;ことが判明したことなどから、「安晋会」は安倍の秘密後援会であり、安倍は耐震偽装問題に関して、業者の利益のために[[国土交通省]]に働きかけたのではないかなどの疑惑が出た。安倍は記者会見や国会で小嶋社長またヒューザー社とは一切関係がなく、国交省に対する働きかけは一切していないと明言し、国会では小嶋社長の証言の多くに嘘があると述べた。そして「『安晋会』は後援会とか政治団体ではなく、自分や自分の事務所が管理をしている団体ではない」、「慶應義塾大学の同窓生たちの親睦会で、自分が招待された際に自分の名前をとって『安晋会』と命名した」と説明した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/001816420060126002.htm#p_honbun|title=第165回国会 衆議院 予算委員会 2号|accessdate=2007-10-06}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.netlaputa.ne.jp/~ken2net/sub100.htm|title=第165回国会 参議院 本会議 5号|accessdate=2007-10-04}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
; [[アサリ]]輸入業者&lt;br /&gt;
: 現在輸入が禁止されている北朝鮮産のアサリを不正に輸出していた業者が、安倍との関係で摘発を逃れていたとする[[怪文書]]が2007年にマスコミで騒がれていた。実際、過去に父の安倍晋太郎と件のアサリ業者との癒着はあったが、安倍晋三との関係は無かったとされる&amp;lt;ref&amp;gt;「北」産? アサリ輸入業者と安倍一族の関係]」[[読売ウイークリー]] 2007年4月1日号&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
;[[コムスン]]&lt;br /&gt;
:[[グッドウィル・グループ]]のグループ会社で福祉介護ビジネスを行う株式会社[[コムスン]]（数々の不正を起こし、厚労省により全業務停止の処分をされている）と親密であったことが知られている。安倍晋三が[[内閣官房副長官]]時代には[[折口雅博]]会長と対談しており&amp;lt;ref&amp;gt;[http://megalodon.jp/?url=http%3A%2F%2Fwww.comsn.co.jp%2Fcomsnpress%2Ftsushin%2Fct-10%2Fp-n10-6-11.html&amp;amp;date=20070609194523 折口雅博と安倍晋三との対談 - The Comsn Times（現在、コムスン側に該当ページを削除されたためウェブ魚拓のリンク）]&amp;lt;/ref&amp;gt;、安倍晋三は「コムスンは一生懸命やっておられる。」とコムスンを賛美している。対談では2人が笑顔で固い握手を交わす写真も掲載されている。&lt;br /&gt;
; [[在日本朝鮮人総聯合会]]&lt;br /&gt;
: 2008年1月26日、首相当時の番記者を集めた地元山口での[[オフレコ]]懇親会において、「朝鮮総連の山口の幹部とも俺は仲がいいんだよ。やっぱり幹部は金持ちだしね。いろいろと子弟の就職の世話とかを頼まれるんだよ」&amp;lt;ref name=bunshun20080221/&amp;gt;と述べている。&lt;br /&gt;
;[[在日韓国人]]系[[パチンコ]]業者&lt;br /&gt;
:韓国の[[親米保守]]勢力（現在は[[ハンナラ党]]）とは韓国が[[朴正煕]][[軍事独裁]]政権だった頃から[[国際勝共連合]]などを通じ代々親しく、父親の安倍晋太郎も日本政界きっての[[親韓派]]だった。その繋がりのため、安倍の[[下関]]事務所は、日本で[[パチンコ]]事業を展開する[[在日韓国人]]系の[[七洋物産]]（東洋エンタープライズ）関連のビルを借りている。&amp;lt;ref&amp;gt;http://s01.megalodon.jp/2008-1001-0529-46/www.chosunonline.com/article/20060921000027&amp;lt;/ref&amp;gt;また下関の2000坪の実家は七洋物産から提供を受けており、地元下関（大規模なコリアンタウンがある）ではパチンコ御殿と呼ばれている。&lt;br /&gt;
;[[慧光塾]]&lt;br /&gt;
: [[光永仁義]]（[[1947年]][[11月3日]]-[[2005年]][[7月13日]]）が[[1993年]]に設立した[[経営コンサルタント]]会社。社長の光永は安倍の祖父の岸信介、父の晋太郎とも関係していたと言われ、安倍は父、晋太郎の秘書官時代に光永の設立した「光カメラ販売」（[[1991年]]倒産）では取締役に、「光国際通信」では「安晋会」代表の杉山敏隆と共に役員に就任していた&amp;lt;ref&amp;gt;「{{cite web|url=http://straydog.way-nifty.com/yamaokashunsuke/2005/07/post.html |title=『慧光塾』“教祖”と安倍晋三代議士との只ならぬ関係を物語る決定的証拠|work=情報紙「[[ストレイ・ドッグ]]」（山岡俊介取材メモ）|author=[[山岡俊介]]|date=2005-07-08|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
; [[日興コーディアルグループ]]&lt;br /&gt;
: [[2006年]]、[[金融庁]]・[[証券取引等監視委員会]]の調査により日興コーディアルグループの不正[[会計]]処理が発覚した。同様の不祥事が起きた[[クラシエホールディングス|カネボウ]]は[[上場廃止]]となっており、日興も上場廃止基準に抵触すると見られたが、[[東京証券取引所]]は日興に上場廃止処分を下さず、[[監理ポスト]]に割り当てた。東京証券取引所は、[[赤字]]を[[黒字]]にしたのではないこと、組織的、意図的でないこと、を理由として挙げている。日興については、『[[サンデープロジェクト]]』に出演した[[山田厚史]]が「日興には安倍事務所に強い[[常務]]がいる」&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2008-02-21|url=http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200802210279.html|title=中国新聞ニュース|publisher=[[中国新聞社]]|language=日本語|accessdate=[[2月21日]]|accessyear=[[2008年]]}}&amp;lt;/ref&amp;gt;と指摘している。&lt;br /&gt;
: なお、山田の発言に関しては、上場維持に安倍が関与したと誤解される表現だと主張し、安倍の[[公設秘書]]が山田と朝日新聞社を[[東京地方裁判所]]に訴え3400万円の[[損害賠償]]と[[謝罪]][[広告]]の掲載を要求した。2008年2月、山田が「テレビでの発言で、原告らが誤解するような表現があったとすれば遺憾」と表明し、公設秘書は損害賠償請求や謝罪広告の掲載を放棄する、とした[[和解]]が成立した&amp;lt;ref&amp;gt;{{Cite web|date=2008-02-21|url=http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080221/trl0802212157008-n1.htm|title=安倍前首相秘書と朝日元編集委員が和解 - MSN産経ニュース|publisher=産経デジタル|language=日本語|accessdate=[[2月21日]]|accessyear=[[2008年]]}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 問題を指摘された行動 ===&lt;br /&gt;
==== NHKへの圧力疑惑 ====&lt;br /&gt;
{{Main|NHK番組改変問題|女性国際戦犯法廷#外国からの政治的影響を指摘する批判}}&lt;br /&gt;
イギリスの新聞紙「Times」がNHKの内部文書を暴露した。Timesが暴露した文章によると、NHKは安倍政権から南京大虐殺や慰安婦問題などへの言及を禁止されていたとのこと。安倍政権側はNHKに強く日本の保守的な民族主義と政府の立場を反映するように命令し、NHKもそれに従っていたと報じられた。&lt;br /&gt;
Timesは「イギリスでは話題になっている情報も取り上げられない」と述べ、安倍政権とNHKが癒着していることの問題性を指摘した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.thetimes.co.uk/tto/news/world/asia/article4239769.ece}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 脱税疑惑 ====&lt;br /&gt;
[[週刊現代]]は2007年9月29日号（9月15日発売）において、安倍が[[相続税]]を[[脱税]]していたとの記事を掲載した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
週刊現代は安倍の辞意表明当日に、以前から脱税疑惑についての取材を安倍に申し入れていたことを明らかにした&amp;lt;ref&amp;gt;「『脱税疑惑』全くの誤り＝週刊誌取材に安倍首相事務所」時事通信 2007年9月13日&amp;lt;/ref&amp;gt;。一方で安倍の事務所は「事実無根である」と反論し、週刊現代を発行する[[講談社]]に対して、該当記事を掲載しないよう「警告文書」を送った。事務所の関係者によると、父である晋太郎が個人資産を政治団体に寄付し、相続税の支払いを免れたのではないか、との質問が週刊現代からあったという。同事務所は、「収支報告書には、あくまでも第三者からの寄付を晋太郎氏名義で記載しているにすぎない」として、全面的に否定している。総理大臣辞任に関して、健康問題は子の脱税問題をカモフラージュするためであるとの指摘もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本件は[[刑事事件]]としては既に時効が成立しているが、週刊現代は財務省相続税担当官の話として「これが事実なら明らかに脱税」、「自主的に納めていただきたい」などと掲載した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== 危機管理 ====&lt;br /&gt;
; [[えひめ丸事件]]&lt;br /&gt;
: [[2001年]][[2月10日]]、アメリカ合衆国[[ハワイ州]]沖にて、[[愛媛県立宇和島水産高等学校]]所属練習船「[[えひめ丸]]」が[[アメリカ海軍]]所属[[原子力潜水艦]]「[[グリーンヴィル]]」に衝突され沈没する事件が発生した。[[第2次森改造内閣 (中央省庁再編後)|森政権]]では、緊急事態発生時には内閣総理大臣、危機管理担当大臣、[[内閣官房長官]]、[[内閣官房副長官]]のいずれかが休日であっても30分以内に総理大臣官邸に参集し即応する危機管理体制を取っていた。えひめ丸事件発生時には、内閣総理大臣[[森喜朗]]、[[防災担当大臣]]（危機管理担当兼務）[[伊吹文明]]と内閣官房長官[[福田康夫]]は東京を離れており、緊急事態発生時の官邸参集は内閣官房副長官の安倍が担当だった。しかし、都内の自宅にいた安倍は事件発生後30分以上経っても官邸に出向かず、ゴルフ場にいた[[森喜朗]]に対し官邸側からその場を離れないように指示するなど対応が混乱し、後に大きな批判を浴びることになった&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/001815120010216007.htm 第151回国会 予算委員会 第7号（平成13年2月16日（金曜日））]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
; [[イラク日本人人質事件]]&lt;br /&gt;
: 2004年4月8日、イラクで日本人3名が武装勢力によって誘拐され、犯行声明が出された際、小泉首相は読売新聞編集委員の橋本五郎、毎日新聞特別顧問の岩見隆夫など、複数の大手新聞社の幹部と懇談していた。そこに同席した安倍には、逐一、携帯電話で状況が報告されたが、会食が終わるまで小泉首相には報告しなかった。&lt;br /&gt;
; 能登半島地震&lt;br /&gt;
: 2007年[[3月25日]]、[[石川県]][[輪島市]]沖の日本海で[[マグニチュード]]6.9の[[能登半島地震]]（最大[[震度]]6強）が発生した。地震発生から数分後には総理大臣官邸の危機管理センターに対策室が設置された。しかし、安倍は週末や休日は公邸ではなく私邸で過ごすことが多く、地震発生の日も私邸に滞在していたため、発生から2時間後に官邸に到着した。衆議院議員の[[江田憲司]]は「東京直下型地震やテロが発生したら、道路事情等で迅速に官邸入りできない可能性もある」&amp;lt;ref name=shukanasahi20070511&amp;gt;関百合子・喜多克尚「勤務は『9時〜9時』夜は自宅でDVD首相就任200日、アベちゃんの『平凡なる総理ライフ』徹底分析」『[[週刊朝日]]』112巻22号、[[朝日新聞社]]、[[2007年]][[5月11日]]、34頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;と指摘し「危機管理の最高責任者である総理が、官邸のオペレーションルームに寄せられる生の情報をもとに瞬時に判断を下せないと意味がない。首相としての自覚があるなら、私邸に泊まるのは控えるべき」&amp;lt;ref name=shukanasahi20070511/&amp;gt;と批判した。なお、安倍内閣発足から204日間のうち、安倍が公邸に引っ越してから週末・休日に就寝した場所の内訳は公邸34%、私邸49%となる&amp;lt;ref&amp;gt;関百合子・喜多克尚「勤務は『9時〜9時』夜は自宅でDVD首相就任200日、アベちゃんの『平凡なる総理ライフ』徹底分析」『[[週刊朝日]]』112巻22号、[[朝日新聞社]]、[[2007年]][[5月11日]]、33-35頁。&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
; 平成19年台風第4号&lt;br /&gt;
: 2007年[[7月14日]]、[[平成19年台風第4号]]（[[サファ・シンプソン・ハリケーン・スケール|SSHS]]カテゴリー4）が[[鹿児島県]]に上陸した。この[[台風]]は、[[沖縄県]]接近時に[[那覇市]]で最大瞬間風速56.3[[メートル]]（日本国内の7月の観測史上最大）を記録し、本土上陸時中心気圧は945[[ヘクト]][[パスカル]]（7月に日本に接近した台風としては観測史上初）を記録したことから、極めて大きな被害が予想された。同日、官邸で開かれた災害対策関係省庁局長会議にて安倍は「人命救助を最優先してほしい」と指示した。しかし、内閣府特命担当大臣（防災担当）の[[溝手顕正]]は自身の[[第21回参議院議員通常選挙|選挙]]運動のため帰郷したまま東京に戻らず、安倍も溝手に対し帰京する指示を出さなかったことから、防災対策の最高責任者が不在のままとなり論議を呼んだ。なお、この台風により全国各地で大規模な被害が発生したため、[[激甚災害法]]に基づき[[激甚災害]]（いわゆる「本激」）に指定された。&lt;br /&gt;
; 新潟県中越沖地震&lt;br /&gt;
: 2007年[[7月16日]]、[[新潟県]]沖の日本海でマグニチュード6.8の[[新潟県中越沖地震]]（最大震度6強）が発生した。[[第21回参議院議員通常選挙]]の遊説中に地震発生を知らされた安倍は、いったん官邸に戻ってから、地震発生当日にもかかわらず震度6強を記録した柏崎市を訪問した。余震の発生が懸念される中で首相自らが震源地に程近い現地を訪問したことは、危機管理の観点から議論を呼んだ。&lt;br /&gt;
: 元[[経済企画庁長官]]の[[堺屋太一]]は「現場に行ったときに果たして正確な情報が得られるのか。総理大臣は通信情報の拠点におられた方が良かった」&amp;lt;ref name=jiji20070722&amp;gt;{{Cite web|date=2007-07-22|url=http://www.tbs.co.jp/jijihoudan/last/070722.html|title=時事放談|publisher=[[東京放送]]|language=日本語|accessdate=[[7月22日]]|accessyear=[[2007年]]}}&amp;lt;/ref&amp;gt;と指摘し、衆議院議員の[[加藤紘一]]は「担当大臣を派遣するっていうのが本来の第一歩だと思います。総理大臣は大将ですから、一番官邸にいて指示を出すっていうのがいい対応」&amp;lt;ref name=jiji20070722/&amp;gt;と指摘した。さらに、安倍の行動については「首相が発生直後に行けば、現場が首相への対応に人手を割かなければいけなくなり、行っても混乱するだけだ」&amp;lt;ref&amp;gt;「首相『危機管理』に懸命――政権発足後、初の大地震」『[[讀賣新聞]]』47518号、[[読売新聞東京本社]]、[[2008年]][[6月15日]]、4面。&amp;lt;/ref&amp;gt;との指摘もなされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
=== 問題を指摘された発言 ===&lt;br /&gt;
; 原子爆弾の保有・使用&lt;br /&gt;
: [[2002年]][[2月]]、[[早稲田大学]]での講演会（非公開）における[[田原総一朗]]との質疑応答で、「小型であれば[[原子爆弾]]の保有や使用も問題ない」、と発言したと『[[サンデー毎日]]』 （2002年6月2日号）が報じて物議を醸したが、安倍は同年6月の国会で「使用という言葉は使っていない」と報道の間違いを指摘し、政府の“政策”としては[[非核三原則]]により核保有はあり得ないが、憲法第九条第二項は、国が自衛のため戦力として核兵器を保持すること自体は禁じていないとの憲法解釈を示した[[第2次岸内閣|岸内閣]]の歴史的答弁（1959年、1960年）を学生たちに紹介したのであると説明した。&lt;br /&gt;
; 民主党を「中国の拡声器」&lt;br /&gt;
: 2002年5月19日中国・[[瀋陽総領事館北朝鮮人亡命者駆け込み事件]]に関して、テレビ番組において民主党を「中国の拡声器」と呼んで中傷した。安倍は、2日後の5月21日、参議院[[外交防衛委員会]]において、民主党の激しい反発にあい、発言を[[撤回]]した。&lt;br /&gt;
; 土井たか子と菅直人に対し「マヌケ」&lt;br /&gt;
: 2002年10月19日[[広島市]]・[[岡山市]]の講演において「[[1985年]]に韓国入国を図り逮捕された[[辛光洙]]（シン グァンス）容疑者を含む政治犯の釈放運動を起こし、[[盧泰愚]]政権に要望書を出した人たちがいる。それが[[土井たか子]]、あるいは[[菅直人]]だ」「この2人は、[[スパイ]]で原さんを拉致した犯人を無罪放免にしろといって要望書を出したという、極めてマヌケな議員なんです」と発言した。この発言は両議員から抗議を受け、同月21日の衆院議院運営委員会の理事会で取り上げられ、社民党の日森文尋衆院議員が抗議した。また、土井党首も記者団に「人格とか品格の問題にかかわる」と不快感を示した。結局、安倍が自らの発言を「不適切」と認めたことで、同月25日の衆院議院運営委員会の理事会にて決着した。大野功統委員長が安倍に「適切さを欠く表現があったと思われるので注意して欲しい」と伝え、 安倍は「官房副長官という立場を考えると、不適切な発言だったので、今後十分注意する」と述べたという。 その後、大野委員長が、このやりとりを理事会で報告し、民主、社民両党も了承した&amp;lt;ref&amp;gt;『[[朝日新聞]]』 2002年10月26日付{{cite web|url=http://www.asahi.com/politics/update/1025/005.html|title=安倍副長官、「間抜け」発言を不適切と認める|accessdate=2002-10-25}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
; カタカナ語&lt;br /&gt;
: [[所信表明演説]]や[[施政方針演説]]において「[[外来語|カタカナ語]]」を使い過ぎているとの指摘を受けた&amp;lt;ref&amp;gt;「ゲートウェイ」、「グランドデザイン」、「[[リバースモーゲッジ|リバースモーゲージ]]」、「ホワイトカラー・エグゼンプション」、「新健康フロンティア戦略」、「[[イノベーション]]」、「セーフティーネット」、「パートナーシップ」、「[[バイオマス]]」、「[[同一性|アイデンティティー]]」など所信表明演説では109語、施政方針演説では90語の「カタカナ語」を使った。&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;『朝日新聞』（2007年1月22日付夕刊） コラム「窓」&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
; 漢字一文字で「責任」&lt;br /&gt;
: 2006年末に記者から「今年を漢字一文字で表すと？」と質問された際に、「それは…『責任』ですかね」と、二文字の漢字を回答した。&lt;br /&gt;
; ときわ台駅での警察官の殉職&lt;br /&gt;
: [[東武東上線]][[ときわ台駅 (東京都)|ときわ台駅]]で[[自殺]]しようとした女性を救おうとして[[殉職]]した、[[警視庁]]板橋署の[[巡査部長]]を[[2007年]][[2月12日]]夜に弔問した際、故人の勇気ある行為を讃えるコメントで、名前を2度にわたって間違えた。首相公邸連絡調整官（妻・[[安倍昭恵|昭恵]]の補佐員）と混同したのでは、と言う声が上がっている。これについて、作家の[[吉川潮]]は産経新聞のコラムで「『名前ぐらい、ちゃんと覚えて行け!』と叱りたくもなる」「総理の人間性にも問題があるのではないかと思ってしまう」と批判をしている。&lt;br /&gt;
; 長崎市長射殺事件&lt;br /&gt;
: 2007年[[4月17日]]、[[長崎市長射殺事件]]が発生し[[長崎市]][[市長]][[伊藤一長]]が射殺されると、安倍は「捜査当局において厳正に捜査が行われ、真相が究明されることを望む」との短い総理談話を発表した。[[国際連合事務総長]]や与野党の党首・幹事長らが[[民主主義]]に対する[[テロ]]や[[暴力]]を強く非難する声明を発表するなか、安倍の談話が簡単なコメントに留まったことから、与野党から総理談話が不十分ではないかと疑問視する意見が出された。この指摘に対し、安倍は「こういうことで互いを非難するのはやめた方がいい」などと応えたため、批判の声が殺到した。&lt;br /&gt;
{{See also|長崎市長射殺事件}}&lt;br /&gt;
; 石川遼&lt;br /&gt;
: 2007年[[5月23日]]、「安倍首相自身が『会ってみたい』と対面を希望し」ていた[[杉並学院高等学校]]の[[石川遼]]との会談が実現し、安倍は[[総理大臣官邸]]にて揮毫を手渡した。しかし、石川は[[5月25日]]から中間テストを受ける予定であり、大事な時期に総理大臣官邸に呼びつけた安倍に対し批判がなされた。さらに、[[第21回参議院議員通常選挙|参議院議員選挙]]に向けた話題づくりとして、[[投票権]]すらない高校生を利用してよいのかといった指摘がなされた。この問題に対し、[[直木三十五賞]]を受賞した[[作家]]の[[重松清]]は「『[[教育]]』を[[政策]]の柱に掲げる首相が、[[平日]]に高校生を官邸に呼びつけるというのは、やはりスジが通らない」と批判し、安倍が「真実一路」と記された[[色紙]]を石川に渡したことについて「この[[言葉]]を真に渡すべき相手、他にいるんじゃないですか?」と評した。ちなみに、「真実一路」とは、安倍内閣の[[農林水産大臣]]でさまざまな不祥事が指摘された[[松岡利勝]]の座右の銘でもある。&lt;br /&gt;
; 松岡利勝の自殺&lt;br /&gt;
: [[松岡利勝]][[農水相]]自殺に関して、「慚愧に堪えない」（恥ずかしくて仕方がない）とコメントした。首相周辺は「こういう結果に至ったことへの自らの責任を、この言葉に込めた」と解説しているが、メディアなどで不適切なコメントだと批判され、「慚愧」の意味を取り違えていたのではないかと推測されている。また、同時に「捜査当局から『松岡大臣や関係者の取り調べを行っていたという事実もないし、これから取り調べを行うという予定もない』と発言があったと聞いている」などとコメントし、捜査当局から首相官邸に連絡があったかのようなコメントであるとして話題になった。&lt;br /&gt;
; 2007年の参議院選挙&lt;br /&gt;
: 2007年参院選期間中の講演等で「（今回の選挙で）私と小沢さん、どちらが首相にふさわしいかを国民に問いたい」といった発言を繰り返した。選挙の結果、自民党は惨敗したが首相続投を表明し、自民党内からも批判の声が相次いだ。&lt;br /&gt;
; 2008年の衆議院補欠選挙&lt;br /&gt;
: 2008年4月、[[山口県第2区]]の衆議院議員補欠選挙にて、[[岩国市]]で[[山本繁太郎]]を支援する演説を行った際に、[[光市母子殺害事件]]の被害者家族について「[[光市]]の街頭演説には本村さんがいらっしゃいました。本村さんは私に『頑張ってください、山本さん（自民党公認候補）を応援しています』とおっしゃった。本村さんは山本繁太郎さんに賭けたのです!」と発言した。さらに、犯罪被害者支援問題について「お嬢さんを無惨に殺された本村さん。そのお嬢さんの[[遺影]]を持って私の所にやってきて『どうか安倍さん、この法律を通してください』と涙ながらに訴えたのです!」と発言した。&lt;br /&gt;
: しかし、本村洋は「演説で名前を出されて本当にビックリしました。（山本候補を応援した事実は）まったくありません」と否定しており、犯罪被害者支援問題についても「陳情したのは私ではない。遺影とかは出していませんが、[[小泉純一郎|小泉]][[内閣総理大臣|総理]]にお願いに行ったことはあります。安倍さんには光市での演説のときに初めて（聴衆の一人として）お会いしました」と説明したうえで、安倍の演説について「私がいないところでそういう発言をされたことはどうかと思います」と語っている。&lt;br /&gt;
: 安倍晋三事務所では「『お嬢さんを殺されたお母さん』と明確に述べたのであって、本村氏のことを述べたものではありません」と反論しており、本村との面識については「光市における街頭演説後、安倍が会場の多くの聴衆とマスコミの中で本村氏と挨拶をし、安倍が本村氏と会話をした」と主張している。そのうえで、この問題を報道した[[文藝春秋]]に対し抗議文を送付した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 人物像 ==&lt;br /&gt;
;身体&lt;br /&gt;
:[[血液型]][[ABO式血液型|B型]]、[[身長]]175cm、[[体重]]70kg&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.kantei.go.jp/jp/abeprofile/index.html|title=安倍総理プロフィール|author=首相官邸|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
;座右の銘&lt;br /&gt;
: [[吉田松陰]]の「至誠にして動かざるもの、これいまだあらざるなり」&amp;lt;ref name=&amp;quot;j3270mmi&amp;quot;&amp;gt;「自民党総裁選：3候補、20日投票へ火花 703票の争奪戦-2006総裁選」『朝日新聞』2006年9月9日&amp;lt;/ref&amp;gt;。「初心忘るべからず」&amp;lt;ref&amp;gt;「安倍 晋三氏 自民総裁選 特集」『読売新聞』2006年9月8日付&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
;愛読書&lt;br /&gt;
:[[古川薫]]の『留魂録の世界』（留魂録は吉田松陰の著作である）&amp;lt;ref name=&amp;quot;j3270mmi&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
;尊敬する人物やファンである人物&lt;br /&gt;
: [[幕末]]期の思想家[[吉田松陰]]を尊敬する。彼の地元・山口県には松陰の[[松下村塾]]があり、そこの門下生だった[[高杉晋作]]から「晋三」の名が付けられた&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.gov-online.go.jp/topics/livetalk/livetalk_20061102.html |title=安倍総理のライブ・トーク官邸 第4回「教育再生」|author=内閣府大臣官房政府広報室&lt;br /&gt;
|work=[[政府広報]]オンライン|date=2006-11-02|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
:現在では非常に親しい間柄である（後述）[[アグネス・チャン]]は、2、30代のころファンだった&amp;lt;ref name=&amp;quot;fsuka&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
;好物&lt;br /&gt;
: 安倍の好物は[[焼き肉]]、[[ラーメン]]、[[アイスクリーム]]、[[スイカ]]&amp;lt;ref name=&amp;quot;jp06921&amp;quot;&amp;gt;{{cite web|work=人民網日文版|date=2006-09-21|url=http://j.peopledaily.com.cn/2006/09/21/jp20060921_63241.html|title=安倍総裁の素顔は? まめな兄貴、妻は元DJ|accessdate=9月26日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;j3270mmi&amp;quot;/&amp;gt;子供の頃から変わらない好みらしい&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.gov-online.go.jp/topics/livetalk/livetalk_20061116.html |title=安倍総理のライブ・トーク官邸 第6回「みんなで毎日朝ごはん」|author=内閣府大臣官房政府広報室|work=[[政府広報]]オンライン|date=2006-11-16|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。甘党として知られ、フジテレビ系の深夜番組「[[百識〜百で知るひとつの知識〜]]」によれば、[[ナポリアイスクリーム]]のPUPUと、東京の[[両国 (墨田区)|両国]]の洋菓子店MARRY'Sの[[マンゴープリン]]が好物だという（MARRY'Sの[[パティシエ]]は安倍の同級生）&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.venture-ac.ne.jp/seminar/detail/20070115155330.html|title=月例セミナー「伝統を生かした商品開発」|author=[[日本ベンチャー学会]]|date=2007-01|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
:2007年4月下旬の昼に総理官邸の大会議室に番記者を招き昼食を食べながら懇談したが、食事は政治家の昼食会合の定番のカレーライスだったが、安倍だけは[[ハヤシライス]]であった。政界では安倍のハヤシライス好きは有名であり、また、カレーのような辛いものは下痢になりやすい体質なので苦手であることを記者団に語った&amp;lt;ref&amp;gt;「ハヤシライスが大好きな安倍首相の健康問題」”FACTA” 2007年6月号&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
;[[ファッション]]&lt;br /&gt;
[[Image:Shinzo Abe &amp;amp; George W Bush, 2007Apr27.jpg|thumb|200px|[[2007年]][[4月27日]]、カジュアルな装いで[[アメリカ合衆国大統領]][[ジョージ・W・ブッシュ]]（右）と]]&lt;br /&gt;
: 寒がりである&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.gov-online.go.jp/topics/livetalk/livetalk_20061207.html|title=安倍総理のライブ・トーク官邸 第8回「ウォームビズから始めます」|work=政府広報オンライン|author=内閣府大臣官房政府広報室&lt;br /&gt;
|date=2006-12-07|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;ため、[[小池百合子]][[環境大臣]]の音頭でスタートした[[クール・ビズ]]の一環である「国会内は[[ワイシャツ]]・ノー[[ネクタイ]]」が導入された当初は背広で通していた。&amp;lt;ref&amp;gt;「美しい国、日本」をファッションで表現 安倍晋三・新総理を勝手にスタイリング「美しい泣きっ面」に似合う服はコレだ!」『WWDジャパン』10月2号&amp;lt;/ref&amp;gt;。しかし、東京新聞の政治ネットモニター調査では、クールビズが似合う政治家第二位となった&amp;lt;ref&amp;gt;「夏服の着こなしは 小泉首相、貫録勝ち?」『東京新聞』2006年7月30日付&amp;lt;/ref&amp;gt;。2002年、清潔感を大切にしたファッションを心がけていることが評価され、政治経済部門で[[ベストドレッサー賞]]を受賞。「いつも私の服をチェックしてくれる妻が受賞したようなもの」とコメントした&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.mfu.or.jp/bestdresser2002.html|title=第31回 ベストドレッサー賞（2002年）|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。一族では大叔父の[[佐藤栄作]]が1973年、兄嫁の父である[[牛尾治朗]]が1981年に受賞している。&lt;br /&gt;
;[[アーチェリー]]&lt;br /&gt;
: 大学時代アーチェリーをしていた安倍は、2005年に[[全日本アーチェリー連盟]]の第6代会長に就任している（前任は同じく首相経験者の[[海部俊樹]]、父の安倍晋太郎も第4代会長である）&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.archery.or.jp/ajaf/enkaku.html|title=沿革|author=社団法人全日本アーチェリー連盟|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。2007年[[3月25日]]に連盟は総会で再び会長に推薦することを決定し&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.nikkansports.com/sports/f-sp-tp0-20070325-175016.html|title=アーチェリー連盟、安倍首相を会長に推薦|work=ニッカンスポーツ|date=2007-03-25|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、これを受託したため、14日の理事会で2期目を務めることとなった&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.nikkansports.com/sports/f-sp-tp0-20070414-184516.html|title=安倍首相アーチェリー連盟会長2期目へ|work=ニッカンスポーツ|date=2007-04-14|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。首相であるため、職務は副会長が代行することになっている&amp;lt;ref&amp;gt;「安倍会長を再任＝アーチェリー連盟」時事通信、2007年4月14日&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
: 2006年[[4月28日]]の[[フジテレビジョン|フジテレビ]]のバラエティ番組では、[[明石家さんま]]とアーチェリーで対決、その腕前をテレビで初めて披露した&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://newtop.s-abe.or.jp/janews/5fc5898b-4ee38b7058eb306e30a230fc30c130a730ea30fc59ff521d516c958b|title=必見! 代議士のアーチェリー姿初公開|work=安倍晋三公式サイト|date=2006-04-27|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
;[[アグネス・チャン]]&lt;br /&gt;
:アグネス・チャンとは20年も親交がある友人で&amp;lt;ref name=&amp;quot;aakt&amp;quot;&amp;gt;{{cite web|url=http://www.daily.co.jp/gossip/2007/03/19/0000275610.shtml|title=安倍総理がアグネスに歌詞提供|work=[[デイリースポーツ]]|date=2007-03-19|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;agsd&amp;quot;&amp;gt;「安倍首相が作詞家デビュー」[[スポーツ報知]] 2007年3月19日付&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://akie-abe.jp/index.php?ID=18|title=クリスマス|work=安倍昭恵のスマイルトーク|date=2007-02-05|author=安倍昭恵|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、よく食事を共にする&amp;lt;ref name=&amp;quot;sb2031009&amp;quot;&amp;gt;『週刊文春』（2003年10月9日号）161ページ&amp;lt;/ref&amp;gt;。2、30代の頃、彼女の熱心なファンであったが&amp;lt;ref name=&amp;quot;fsuka&amp;quot;&amp;gt;{{cite web|url=http://news.livedoor.com/article/detail/3040505/|title=紀香に政界入りの噂、影には安倍首相の後ろ盾?|author=新華通信社|work=新華社NEWS|date=2007-02-21|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}}&amp;lt;/ref&amp;gt;、外交官秘書時代にテレビ番組で知り合った&amp;lt;ref name=&amp;quot;gendainet07022420&amp;quot;&amp;gt;「恐るべしアグネス・チャン?!」 ゲンダイネット（2007年3月23日）&amp;lt;/ref&amp;gt;。アグネスは安倍の結婚式に出席して祝辞を述べ&amp;lt;ref name=&amp;quot;sb2031009&amp;quot;/&amp;gt;、「草原の輝き」を歌った&amp;lt;ref name=&amp;quot;gendainet07022420&amp;quot;/&amp;gt;。安倍も彼女の結婚式に出席したが、彼女の結婚にがっかりしたという&amp;lt;ref name=&amp;quot;fsuka&amp;quot;/&amp;gt;。&amp;lt;!--アグネスの政界入りの噂にも、背後に安倍との関係があったとされる&amp;lt;ref name=&amp;quot;fsuka&amp;quot;/&amp;gt;。---&amp;gt;また、2007年にはアグネスのデビュー35周年を記念する[[アルバム]]のために、安倍は「平和」をテーマにした[[歌詞]]を[[作詞]]した&amp;lt;ref name=&amp;quot;aakt&amp;quot;/&amp;gt;&amp;lt;ref name=&amp;quot;agsd&amp;quot;/&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 家族 親族 ==&lt;br /&gt;
[[Image:PM and Mrs Abe arrive at WH 26 April 2007 cropped 1.jpg|thumb|200px|[[2007年]][[4月26日]]、[[ホワイトハウス]]にて妻[[安倍昭恵]]（右から2人目）を伴い[[アメリカ合衆国大統領]][[ジョージ・W・ブッシュ]]夫妻と]]&lt;br /&gt;
*先祖に[[安倍宗任]]、[[平知貞]]、[[佐藤忠信]]ら。[[佐藤信寛]]（政治家）、[[本堂恒次郎]]（軍医）、[[大島義昌]]（軍人・[[陸軍大将]]、[[子爵]]）等がいる&lt;br /&gt;
* 祖父 [[安倍寛]]（政治家）、[[岸信介]]（官僚、政治家・首相）&lt;br /&gt;
* 大叔父 [[佐藤栄作]]（官僚、政治家・首相）&lt;br /&gt;
* 父 [[安倍晋太郎|晋太郎]]（新聞記者、政治家）&lt;br /&gt;
* 母 洋子（[[岸信介]]長女）&lt;br /&gt;
* 兄 寛信（三菱商事執行役員、妻は[[ウシオ電機]]会長[[牛尾治朗]]の娘）&lt;br /&gt;
* 弟 [[岸信夫|信夫]]（岸家へ養子、政治家）&lt;br /&gt;
* 妻 [[安倍昭恵|昭恵]]（[[森永製菓]]創業家の出身。創業者・[[森永太一郎]]から数えて6代目）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
; 家庭&lt;br /&gt;
: 昭恵夫人は[[韓流]]スターや[[韓国ドラマ]]が大好きで[[朝鮮語|韓国語]]までも習得したほどである。[[ファーストレディ]]の親韓的な姿勢は、小泉政権時代に悪化した[[日韓問題|日韓関係]]の改善につながるものと期待された。安倍の首相就任後の訪韓の際にも同行し、その流暢な韓国語で好意的に迎えられた。&lt;br /&gt;
: 昭恵夫人との間に子供はいないが、[[ダックスフント|ミニチュアダックスフント]]の愛[[イヌ|犬]]・ロイがいる。ロイは安倍が[[首相官邸]]に引っ越す際に、安倍夫妻の環境の変化への不安を理由に、私邸で留守番をすることになった（現在も留守番中）&amp;lt;ref&amp;gt;「安倍首相夫妻、公邸へ 昭恵さん、内装リフォーム-知りたい!」[[毎日新聞]] 2006年11月25日付&amp;lt;/ref&amp;gt;。ロイはこのことが非常に辛いようである&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://akie-abe.jp/index.php?ID=28|title=「週末」|author=安倍昭恵|work=安倍昭恵のスマイルトーク|date=2007-02-05|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}} ロイの写真あり&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
; 岸信夫&lt;br /&gt;
: 実弟の[[岸信夫]]が[[第20回参議院議員通常選挙]]に立候補した際、安倍は秘書に対して岸の出馬に反対する発言をしたと報道された&amp;lt;ref&amp;gt;松田賢弥「安倍晋三『空虚なプリンス』の血脈」『[[週刊現代]]』[[講談社]]、[[2006年]]。&amp;lt;/ref&amp;gt;。当時の秘書は「虚偽の事実を書かれ、地元での声望は地に落ちた」&amp;lt;ref name=asahi20080327&amp;gt;{{Cite web|date=2008-03-27|url=http://www.asahi.com/national/update/0327/SEB200803270010.html|title=asahi.com：安倍前首相の元秘書の請求棄却　週刊現代名誉毀損訴訟 - 社会|publisher=[[朝日新聞社]]|language=日本語|accessdate=[[3月27日]]|accessyear=[[2008年]]}}&amp;lt;/ref&amp;gt;として筆者であるジャーナリストの[[松田賢弥]]を訴えたが、[[山口地方裁判所]]下関支部は「原告の発言内容がおおむねその通りに掲載されている」&amp;lt;ref name=asahi20080327/&amp;gt;として秘書の訴えを棄却した。&lt;br /&gt;
; 系譜&lt;br /&gt;
: 安倍家は、山口県大津郡日置村（後に油谷町に分割→現[[長門市]]）の大[[地主]]であり[[酒]]や[[醤油]]の[[醸造]]を営んでいた。祖父の[[安倍寛]]が日置村村長、山口県議会議員などを経て、1937年、衆議院議員に当選し政治一家となった&amp;lt;ref&amp;gt;『閨閥 改訂新版 &amp;lt;small&amp;gt;特権階級の盛衰の系譜&amp;lt;/small&amp;gt;』 216-217頁&amp;lt;/ref&amp;gt;&lt;br /&gt;
: 「[[共同通信社]]」出身のジャーナリスト[[古沢襄]]によると、安倍晋太郎は自分たち安倍家の[[ルーツ]]は岩手県（[[安倍氏 (奥州)]]）であり、[[安倍宗任]]の末裔だと言っていたという。安倍宗任は[[1051年]]の[[前九年の役]]にて[[源頼義]]、[[源義家]]率いる[[源氏]]に破れ、[[大宰府]]に配流された奥州（[[陸奥国]]）の[[豪族]]である。『閨閥 改訂新版 &amp;lt;small&amp;gt;特権階級の盛衰の系譜&amp;lt;/small&amp;gt;』216-217頁に｢家系図をひもとくと安倍家は、[[鎌倉時代]]以前の奥州征伐などで名高い[[阿倍比羅夫]]、[[前九年の役]]の[[安倍貞任]]にまで繋がる歴史ある[[名門]]である｣とある。安倍家の元[[家政婦]]は東北地方に飛び、安倍一族の関係地と言われた地域の市町村役場などを丹念に回りながら、各地に古くから伝わる[[家系図]]を調べ歩いた。その結果、[[油谷町]]に住み着いた一族が[[安倍宗任|宗任]]の流れをくむ者たちであること､[[青森県]][[五所川原]]の石搭山･荒覇吐(あらはがき)神社に始祖である宗任が眠っているらしいことを調べ上げた。元家政婦からの報告を聞いた晋太郎は[[昭和]]62年（[[1987年]]）7月末､出馬表明した総裁選の全国遊説の折､妻洋子と[[安倍晋三|晋三]]夫妻を伴い同神社に出向き、先祖供養を果たした。なお案内役を兼ねて晋太郎たちに同行したのが画家の[[岡本太郎]]であり、岡本もまた安倍一族の流れをくむ一人として、自らのルーツに関心を持って調べたことがあったという&amp;lt;ref&amp;gt;『気骨　&amp;lt;small&amp;gt;安倍晋三のDNA&amp;lt;/small&amp;gt;』　41-44頁&amp;lt;/ref&amp;gt;。[[平成]]元年（1989年）に発刊された『安倍一族』(盛岡タイムス社編纂)という一冊に晋太郎は『わが祖は「[[安倍宗任|宗任]]」』と題する､次の序文を寄せている。“[[安倍宗任|宗任]]より四十一代末裔の一人として自分の志した道を今一度省みながら華咲かしてゆく精進を続けられたら､と願うことしきりです”&amp;lt;ref&amp;gt;『気骨　&amp;lt;small&amp;gt;安倍晋三のDNA&amp;lt;/small&amp;gt;』　44頁&amp;lt;/ref&amp;gt;。但し、安倍晋三にとり女系の祖先にあたり、父系は[[平氏]]であり平知貞の系譜をひく。平家滅亡により子孫の迫害を恐れ女系の安倍姓を称したという。また、母方の祖父　岸信介、[[佐藤栄作]]兄弟は源義経の郎党　[[佐藤忠信]]の末裔とされる&amp;lt;ref&amp;gt;{{cite web|url=http://www.kajika.net/furusawa/20060709-2.htm|title=安倍宗任と安倍晋三|author=古沢襄|accessdate=10月6日|accessyear=2007年}} &amp;lt;/ref&amp;gt;。[[家紋]]は「丸に立梶の葉」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┏昭和天皇━━━━━━━━━今上天皇&lt;br /&gt;
　　　　明治天皇━━━大正天皇━━━━━┫&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┗三笠宮崇仁親王━━━━━━寬仁親王&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　┏彬子女王&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┣━━━━━┫&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　麻生太賀吉　　┃　　　　　┗瑶子女王&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　┏信子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┣━━┫&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　┗麻生太郎&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┏和子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　吉田茂━━━━┫&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┗桜子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　吉田祥朔　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┣━━━━━吉田寛&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┏さわ&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　┏寛子（栄作夫人）&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┣佐藤松介━━┫&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　┗正子&lt;br /&gt;
佐藤信孝━━佐藤信立━━佐藤信寛━━佐藤信彦━╋佐藤寛造&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃（池上）&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┣佐藤作造&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┗茂世　　　　　安倍晋太郎　　┏安倍寛信&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　┃　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┣━┳佐藤市郎　　┣━━━━╋安倍晋三&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　┃　　　　　　┃　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（佐藤）┃　┃（岸）　　　┃　　　　┗岸信夫&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┏岸秀助　┣佐藤信介━━洋子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　岸要蔵━━┫　　　　┗佐藤栄作━┳佐藤龍太郎━━佐藤栄治&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　┗佐藤信二&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┗岸信政━━良子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（信介夫人）&lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&amp;lt;pre&amp;gt; &lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　┏岸秀助━━岸信介━━━┳岸信和&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　┗洋子&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　岸要蔵━┫　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　┃　　┏安倍寛信&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　┃　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　┗岸信政━良子　　　　　　┃　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　┣━━╋安倍晋三&lt;br /&gt;
　　　　　　大島義昌━秀子　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　本堂恒次郎━静子　　　　　　　　　　　┃　　┃&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　┃　　　　　　　　　　　　┃　　┗岸信夫&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　┣━━━━━━━━━━安倍晋太郎&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　┃&lt;br /&gt;
　　　安倍慎太郎……安倍彪助━安倍寛&lt;br /&gt;
&amp;lt;/pre&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 著書 ==&lt;br /&gt;
* 『吾が心は世界の架け橋－安倍[[外交]]の全記録』 ([[安倍晋太郎]]外交対象, [[新外交研究会]], [[1992年]]4月)&lt;br /&gt;
* 『この国を守る決意』（[[岡崎久彦]]との共著 [[2004年]]1月 [[扶桑社]] ISBN 4-594-04331-3&lt;br /&gt;
* 『安倍晋三対論集 [[日本]]を語る』 （[[PHP研究所]] [[2006年]]4月 ISBN 4569643639）&lt;br /&gt;
* 『美しい国へ』（[[文藝春秋]] [[2006年]]7月 ISBN 4166605240）&lt;br /&gt;
* 『日中対話 言論ブログ・ブックレット 私ならこう考える -- [[有識者]]の主張』 （[[言論NPO]] [[2006年]]12月 ISBN 9784903743011）&lt;br /&gt;
====テレビ====&lt;br /&gt;
良いとも。(2014年3月21日。フジテレビ)&lt;br /&gt;
この模様は超報道でも放送された&lt;br /&gt;
2014年4月19日のワイドショー及び。みやね。USJイベント放送&lt;br /&gt;
成功の遺伝子(2013年12月30日。日本テレビ)2015年2月15日に再放送放送された&lt;br /&gt;
成功の遺伝子2(2015年2月16日。日本テレビ)&lt;br /&gt;
みんなの報道。（2015年8月14日。フジテレビ。）&lt;br /&gt;
みやね。（2015年9月4日。読売テレビ。）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 参考文献 ==&lt;br /&gt;
*[[佐藤朝泰]]『豪閥　地方豪族のネットワーク』（[[学研ホールディングス|立風書房]]、2001年、75頁）&lt;br /&gt;
*[[神一行]]『閨閥　改訂新版　&amp;lt;small&amp;gt;特権階級の盛衰の系譜&amp;lt;/small&amp;gt;』（[[角川書店]]、2002年、62、212-228頁）&lt;br /&gt;
*[[野上忠興]]『気骨　安倍晋三のDNA』（[[講談社]]、2004年）　&lt;br /&gt;
*[[山際澄夫]]『安倍晋三と「宰相の資格」』（[[小学館]]、2006年）&lt;br /&gt;
*[[大下英治]]『安倍家三代』（[[徳間書店]]、2006年）&lt;br /&gt;
*[[水島愛一朗]]『安倍晋三の人脈』（[[グラフ社]]、2006年）&lt;br /&gt;
*[[俵義文]]・[[魚住昭]]・[[横田一]]・[[利用者:佐高信|佐高信]]・『[[週刊金曜日]]』取材班『安倍晋三の本性』（株式会社[[金曜日]]、2006年、ISBN 4906605206）&lt;br /&gt;
*[[上杉隆]]『官邸崩壊』（[[新潮社]]、2007年 ISBN 4103054719）&lt;br /&gt;
*[[小川榮太郎]]『約束の日　―安倍晋三試論―』（幻冬社、2012年）&lt;br /&gt;
*同上『国家の命運 安倍政権奇跡のドキュメント』（幻冬舎、2013年、ISBN 9784344024014）&lt;br /&gt;
*同上『最後の勝機（チャンス） 救国政権の下で、日本国民は何を考え、どう戦うべきか』（PHP研究所、2014年、ISBN 9784569812786）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 関連項目 ==&lt;br /&gt;
*[[自由民主党]]&lt;br /&gt;
*[[n:安倍改造内閣が発足|安倍改造内閣が発足]]&lt;br /&gt;
*[[n:退陣論ある中、続投への決意 - 10日、安倍首相・所信表明|退陣論ある中、続投への決意 - 10日、安倍首相・所信表明]]&lt;br /&gt;
*[[学歴詐称]]&lt;br /&gt;
* [[安倍内閣]]&lt;br /&gt;
* [[安倍改造内閣]]&lt;br /&gt;
* [[美しい国]]&lt;br /&gt;
* [[再チャレンジ]]&lt;br /&gt;
* [[安倍氏 (奥州)|安倍氏]]&lt;br /&gt;
* [[安晋会]]&lt;br /&gt;
* [[真の人権擁護を考える懇談会]]&lt;br /&gt;
* [[重光昭夫]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
* [http://tokyo.s-abe.or.jp/ あべ晋三]公式サイト&lt;br /&gt;
* [http://www.kantei.go.jp/jp/abesouri/index.html 歴代内閣情報（HP開設以降）：安倍総理] - 首相官邸&lt;br /&gt;
* [http://www.kantei.go.jp/jp/koizumidaijin/010426/19abe.html 安倍晋三略歴]（内閣官房長官時代のもの） - 首相官邸&lt;br /&gt;
* [http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/souri/90.html 歴代総理の写真と経歴] - 首相官邸&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:あへしんそう}}&lt;br /&gt;
[[Category:日本の内閣総理大臣]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の閣僚経験者]]&lt;br /&gt;
[[Category:日本の反共主義者]]&lt;br /&gt;
[[Category:自由民主党の国会議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:衆議院議員]]&lt;br /&gt;
[[Category:山口県の政治家]]&lt;br /&gt;
[[Category:東京都区部出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:長門市]]&lt;br /&gt;
[[Category:☁]]&lt;br /&gt;
[[Category:成蹊大学出身の人物]]&lt;br /&gt;
[[Category:1954年生]]&lt;br /&gt;
[[Category:2022年没]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>コロナの真実を減ぼす</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E6%9C%89%E5%AE%B3%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%88&amp;diff=398975</id>
		<title>有害サイト</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E6%9C%89%E5%AE%B3%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%88&amp;diff=398975"/>
				<updated>2022-07-11T09:05:52Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;コロナの真実を減ぼす: 韓国統一教会 (トーク) による版 398957 を取り消し&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;{{自己責任}}&lt;br /&gt;
{{先編集権}}&lt;br /&gt;
'''有害サイト'''（ゆうがいさいと）とは存在し閲覧されることによって社会的に悪い影響を及ぼす表現を含む[[ウェブサイト]]の総称である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
有害サイトの存在は[[青少年]]の[[健全な]][[育成]]にとって深刻な脅威である。青少年が有害サイトを閲覧しないようにする為[[フィルタリング]]ソフトの普及が進んでいるが、それをも越える勢いで新設されていて、結局シャットアウトできていない。この為、こうした有害サイトに対する抜本的な法規制を求める声が強い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、有害サイトはコンテンツや行為が有害であるにも関わらず多くの場合普通のサイトを装っている為フィルタリングしてもシャットアウト出来ないという問題がある。又、フィルタリングしても今度は健全サイトがフィルタリングされてしまうなどフィルタリング・ソフトでは対応出来ない事が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==有害サイトの種類==&lt;br /&gt;
*[[ネチケット]]が存在せず、[[誹謗中傷]]や[[荒らし]]が横行してるサイト。この手のサイトの利用者は、別のサイトでも暴れて迷惑をかける事が多い。&lt;br /&gt;
*[[デマ]]を掲載しているサイト。多くの場合、[[内部告発]]を装う形で嘘が書き込まれている。&lt;br /&gt;
*頻繁に外部サイトに出張し都合悪い内容を削除したり、情報操作をしたりする住人が多いサイト。&lt;br /&gt;
*[[ネット右翼]]や[[ネット左翼]]が突撃してくるサイト。&lt;br /&gt;
*猥褻画像を掲載しているサイト。特に[[児童ポルノ]]や盗撮画像は悪質性が高いと見做される。等&amp;lt;ref&amp;gt;ちなみに2ちゃんねるは、これらの要素の全てを有している&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*Go is Not Godを唱えるサイト。&lt;br /&gt;
&amp;lt;!--*[[真夏の夜の淫夢]]を否定するサイト。--&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==悪名高い有害サイト==&lt;br /&gt;
===Wikiサイト===&lt;br /&gt;
基本的に編集者同士のくだらない諍いや懲罰ごっこを繰り広げる不毛の地となっている。&lt;br /&gt;
あれな編集者は複数のWikiにまたがって活動しているため大手WIKIサイトに似たような嘘が書いてある事が多い。&lt;br /&gt;
Wikiに載っているから正しい（ｷﾘｯ 等とデマや妄想を多数派意見に見せるために活用されている。&lt;br /&gt;
情報の正確さより文体や編集者個人を攻撃するのが楽しみという人間が常に張り付いている。&lt;br /&gt;
====[[ウィキペディア]]・[[ウィキペディア日本語版]]====&lt;br /&gt;
ウィキペディアは[[百科事典]]を称しているが、実態は[[2ちゃんねる]]を上回る唯の有害サイトである。著名人のプライバシーを暴露したり名誉や尊厳を著しく傷つけたりするような記述が「百科事典の記事」として掲載される為、その悪影響は計り知れない。さらに、ウィキペディアの記事には他の[[ウェブサイト]]の内容を転写した物が多数存在するのではないかという疑惑まである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういったサイトである為、ウィキペディアの利用者達（俗に[[ウィキペディアン]]と呼ばれる）はかなりの[[変質者]]であり（だとすると、管理人は[[ウィキホリック]]なはず）、収録記事の編集以外にも数々の問題行動を繰り返している。[[2007年]]に[[Yourpedia]]が発足した事によりウィキペディアにとって不都合な情報が流れるようになった為、ウィキペディアンは報復としてYourpediaのあらゆる記事で[[荒らし|ヴァンダリズム]]に及んでいる。この「有害サイト - Yourpedia」の記事にも「'''（Yourpediaの）存在自体を抹消して欲しい'''」というウィキペディアンの危険な本音が書き込まれている&amp;lt;ref&amp;gt;Yourpediaを荒らしてブロックされた人々は、「まともな事を主張したのにブロックされた」等と言ってクレームをつけている&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
利用者にユダヤ・イルミナティ・フリーメイソン陰謀論の信者が多く、間違いを訂正しても逆恨みに無期限ブロックされてしまう。また、ウィキペディアをまともなサイトだと誤認して編集に参加した熱心な初心者の大半は常連のウィキペディアンからありとあらゆる罵詈雑言を浴びせられ、多大な心的苦痛を被りつつウィキペディアから追い出されている。何故、常連はこういう事をするのかというと熱心で真面目な利用者が多くなり過ぎてしまったら常連達の問題行動が彼らによって咎められるようになり、常連が好き勝手に編集できなくなる為である。さっさと初版記事をモラルのないものの手によって作ってしまいたいという欲望も大きい。しかし、そういった行為はむしろウィキペディアの実態を世に知らしめる流れを助長する行為であり、大手検索サイトの後押しによる利用者の増加がその点において逆効果となり、あたかも自分で自分の首を絞めているような様相を呈しているといえる。…その結果、年々信頼性も低下し、編集頻度の高い項目も[[オタク]]的なもの（例：アニメ、漫画、パソコンゲームetc）に偏っていくなど、時を経るにつれ（周囲のバックアップによって利用者が増えるにつれ）その付けが徐々に顕在化しているのは、皮肉という他にない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、記事の閲覧だけを目的に利用しようとする場合でも多くの記事に嘘や出鱈目が含まれている為、結局は真に受けた利用者が後々に恥を掻くという被害を受ける事になる。運営側の御用メディアはウィキペディアを礼賛する捏造報道を繰り返している為、ウィキペディアの実態は広く周知されておらず、前述のような被害者も後を絶たない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[おかやまりゅうせい]]（[[眼鏡恐竜]]）、[[Mikomaid]]、[[指定山崎]]が最も酷い荒らしである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[ウィキトラベル]]・[[ウィキトラベル日本語版]]====&lt;br /&gt;
ウィキトラベルは自由で完全な、そして最新で信頼のおける世界規模の旅行ガイドブックを作るプロジェクトで、現在4,469件の旅行先ガイドその他の記事が世界中のウィキトラベラーたちの協力によって作られている旅行ガイドサイトらしいが実態は一部のトラベラーによる独裁管理下の元で支配されている危険な有害サイトなのである。「あなたも今からどのページでも編集をすることができます」とか言っているが実はキチガイによる差し戻しと削除が頻発しているため、何も知らない輩が編集することはお勧めできない。主犯格は木更津乃風という管理者。こいつはShoestringとたぬきなどを下僕がおり人に言いがかりをつけてはブロックしまくるトンデモナイやつでウィキトラベルを牛耳っている。またこの管理者は口コミや執筆者の体験談すらマトモに活用しない、なぜなら彼らはネットか自分しか信じない主義だからである。まぁウィキの付くサイトは大概ウィキペディア系が編集にあたっているため、事実上クソしかいないのが現状である。当初はShoestringが他人の編集を差し戻したり白紙化したり楽しんでいたが後に木更津乃風と組んでIPいじめを現在まで行っている。こんなサイトに誰がした?&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[アンサイクロペディア]]====&lt;br /&gt;
アンサイクロペディアは自由気ままな[[百科事典]]と称しているが、実際はごく少数の自己中心的な管理者により管理されているただの有害サイトである。ユーモア記事を作成したとしても横暴な管理者によって削除されることがしばしばあり話が矛盾している。また、他人のソックパペットを全て暴露したりするプライバシーの侵害を平気で行う極悪非道な利用者も存在する。[[名護啓介]]も白紙保護であり、自由気ままな百科事典とは言えず、身勝手管理者用ウィキとしか言えない。露骨なデマの固まりだが、ある人が知らずにここの記事を転載したため大問題になっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペディアと同様、利用者に[[ユダヤ・イルミナティ・フリーメイソン陰謀論]]の信者が多く、間違いを訂正しても逆恨みに無期限ブロックされてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、[[Muttley]]という[[独裁者]]が管理者であるため、非常に有害である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[Chakuwiki]]====&lt;br /&gt;
Chakuwikiは[[インターネット]]上でもっとも、おもしろくない[[ウェブサイト]]である。またこのサイトは個人の意見を共有しあう自由気ままなウィキサイトと称しているが、実際は単なる有害サイトであり、自由気ままとは到底いえない。誤りがあっても「削除禁止」の規約があり、新規に付け加えることしかできない。'''バカ'''な記事を作成したとしても横暴な管理者によって削除されることが多く話が矛盾している。また、気に入らないユーザーに因縁をつけてブロックも平気で行うため[[2ちゃんねる]]以上に有害ともいえる。彼らは非常に不条理な人間であるため、赤子言葉でさえ99%通じないのだ。このようなサイト、早く[[:Wikt:Ja:廃止|打ち切り]]にしてもらいたい。気に入らない企業に対してかなり計画的な誹謗中傷を書き込んでいる彼らに対して、異常だと思うユーザーも少なくないようだ。[[不二家]]の記事にも溢れるほどの誹謗中傷が書かれており、[[ネットウヨ]]や[[ブサヨ]]と同レベルの[[ファシズム]]のサイトといわれても仕方が無い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[おかやまりゅうせい]]や[[泊優稀]]が最も酷い荒らしである。最近は[[むらまさ（七星）|むらまさ]]や[[Chakuwikiの管理者#Kの特急（七星）|Kの特急]]もこの仲間入りを果たした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[モナペディア]]====&lt;br /&gt;
モナペディアは誰でも気軽に編集できる2ちゃんねる[[百科事典]]と称しているが、実際はごく少数（多くても2〜3人）の自己中心的な管理者により管理されている単なる有害サイトである。2ちゃんねるに関係のある記事を作成したとしても横暴な管理者によって削除されることがしばしばあり話が矛盾している。他人の起稿した記事を全て暴露したりするプライバシーの侵害を平気で行う極悪非道な利用者も存在する。「2ちゃんねるではありません」と称しているが、実際は2ちゃんねるとほとんど同じサイトである。でないと2ちゃんねるに関係ない記事の方が多いはずである。[[藤森京介 (七星)|七星]]という基地外が管理しているため、非常に有害である。&lt;br /&gt;
====[[エンペディア]]====&lt;br /&gt;
エンペディアは、この世のあらゆる事柄・言葉を解説する「謎の百科事典もどき」サイトと称しているが&lt;br /&gt;
実際は低次元な管理者により管理されている単なる有害サイトである。利用者は民度が低い低所得者が居住するエリア在住の鉄オタやアニメオタク。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[Yourpedia]]====&lt;br /&gt;
管理者を大幅に増員をして、創設者のBeyond氏が運営・管理に再び本腰になり、質が低く誹謗中傷関係の記事を全て一掃し、荒らしや誹謗中傷を繰り返す連中共をひとり残さずブロックし、GFDLを完全に機能さえすれば有害サイトではなくなるが、それらを実行しない限りは永遠に有害サイトのままである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[クレイジーペディア]]====&lt;br /&gt;
[[アンサイクロペディアの基地外利用者#シュウ|シュウ]]という病的なユーザーが運営している。特定のユーザーやサイトへの暴言や嫌がらせ記事が多い糞サイト。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[http://fekepedia.wiki.fc2.com/ フェイクペディア]====&lt;br /&gt;
Xhocheiner(kouki)というキチガイユーザーが運営している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
有益サイトであるウソペディアなどに対抗しようと設立された一切荒らしを受け付けない神聖たるユーモアサイトを自称しているが、実際は特定のユーザーやサイトへの暴言や嫌がらせ記事が多い糞サイトである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、ウソペディアやアンサイクロペディアを前者は爪元・後者足元にも及ばないとボロクソ叩いてる癖にその記事の大半はウソペディア・アンサイクロペディアからの盗作である。またウソペディア創設者のWiiU氏を幼稚・リアルで消防か厨房(嘲笑)・発達障害・無能などと言っているが、その利用者はというと、他のサイトから盗作をしている上にまともな記事すら書けない為、到底言える立場ではなく、寧ろ向こうが幼稚・リアルで消防か厨房・発達障害・無能であり、学習障害である可能性も非常に高いと思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2017年7月現在、あの[[勇者プクリン|岡山の四十路ニート]]が荒らしを行っており、ますます混沌とした状態となっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2017年11月、運営により、規約で禁止されている「第三者への名誉棄損・第三者の著作物に対する著作権侵害」の温床になっているとして遂に閉鎖・サイト消去処分とされた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[http://youkaipedia.shoutwiki.com/ 妖怪ウォッチペディア]====&lt;br /&gt;
妖怪ウォッチペディアは問題外の有害サイトである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
妖怪ウォッチの百科事典を自称しているが、その実態は、特定のユーザー・人物・作品・政党・サイトへの暴言や誹謗中傷・嫌がらせ記事が多い糞サイトである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、ポケモンを敵視しており、ポケモン関連においては誹謗中傷・デマ・インチキ記事を拡散し、さらに反論を書いたり自分達に不都合な事を書かれると即刻無期限ブロック・記事・文言の削除を行う為、実質的に反論を一切受け受けていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらに末期は荒らしが横行し、殺害予告・爆破予告が書き込まれるなどした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2016年夏頃？にはシビレを切らしたShoutWiki運営により閉鎖処置が取られた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[ウソペディア]]====&lt;br /&gt;
ベターアンサイクロペディアだのアンチユアペディアだのを掲げるが、その実態は様々なペディアで永久追放されたクズの吹き溜まりである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2018年10月、散々サイトを引っ掻き回しマイナーなペディアを「アンサイクロペディアに対抗するユーモアwiki連合」として固めた'''超本人'''(誤字に非ず)である管理者が自ら「Mediawikiはもうオワコン」と一方的に宣言し引退。残りの管理者も姿を消し、利用者のいないゴミ捨て場になりつつある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[アニヲタWiki(仮)]]====&lt;br /&gt;
問題外の有害サイトである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
誰でも編集出来る百科事典を自称しているが、その実態は、自治厨達による独裁政治による管理が成され、管理人が無能な糞サイトである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== [[唐澤貴洋Wiki]] ====&lt;br /&gt;
唐澤貴洋Wikiは、妖怪ウォッチペディアよりも気色悪い問題外のキチガイサイトである。ハセカラ騒動及びそれに関連する騒動・恒心教についての百科事典を自称しているが、その実態は[[唐澤貴洋]]弁護士や長谷川亮太とその親族や関連する人物を暴力的に誹謗中傷し、デマ・罵詈雑言・個人情報を拡散し、反論を一切受け付けない(反論可能だが、反論した場合は逆に無差別開示され、最悪の場合特定される場合がある)恐ろしい有害サイトである。いわば、DQNやキチガイ、犯罪者、テロリスト、糞尿やゴミクズの温床である。&lt;br /&gt;
'''このサイトは糞尿のような悍ましいカスサイトであり、見てはいけない。'''&lt;br /&gt;
わざわざ唐澤弁護士や長谷川亮太を誹謗中傷するの正直気持ち悪い。&lt;br /&gt;
というか、それ以前に恒心教の百科事典である時点で有害サイトである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== [[改造厨wiki]] ====&lt;br /&gt;
改造厨wikiは、ポケモンユーザーの為の公益・教養サイトを自称しているが、実態は改造厨への誹謗中傷で溢れかえった有害サイトである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
犯罪告発サイトとしての面やマナー講座などの教養コーナーの面では有益サイトの面も持ち合わせているが、それ以外の項目は完全に有害サイトである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、サイトの編集メンバーは、犯罪者に対しては何をやってもいいという認識を持ち合わせているため、誤った認識が固着する原因を作っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== [[Ysm wiki]] ====&lt;br /&gt;
このウィキは情報共有サイトを目的としているらしいが、その実態は悪質管理人が運営している荒らしの巣窟である。&lt;br /&gt;
==== [https://seesaawiki.jp/w/emiliano/ ウィキペおたく百科事典] ====&lt;br /&gt;
このウィキは一生懸命作り上げたのに百科事典的でない・独自研究等の理由でウィキペディアで掲載できない記事項目、また、他人に編集されることが良くない投稿を良心的な利用者によって執筆されることを目標としているらしいが、その実態はキチガイ創設者の[[どとうとしや]]によって半ば私物化されている有害サイトである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==== [http://nzkwiki.php.xdomain.jp/index.php?title=%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8 NZKWiki] ====&lt;br /&gt;
正式名称は「野崎俊希Wiki」。ただの害悪鉄ヲタの黒歴史晒しを行うだけという恐ろしいwikiであり、個人情報の保護に関しては極めてガバガバである。しかも管理者の1人は元ピク百記事乱立厨兼害悪鉄ヲタの[[黒澤マンガン]]であり、彼を含めたほぼ2名による独裁管理が行われている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ブログ関連===&lt;br /&gt;
====[[アメーバ]]====&lt;br /&gt;
交流サイトとしても人気が高いアメーバは、問題外の有害サイトである。[[ブログ]]においては、有名人ブログへの嫌がらせが横行している。[[ピグ]]においては、[[クソガキ]]どもによる[[悪戯]]が横行したため、年齢制限が出来たが、相変わらず年齢詐称のクソガキが粘着している。言わば、[[DQN]]の温床なのである。また、ブログ自体も陰謀論やネットの情報を鵜呑みした内容のブログのオンパレードとなっている。過去には第三者による不正アクセスで利用者5万人が退会状態となりそれに伴い、ブログが消えてしまう、更新できないなどといった被害が発生した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[http://gudachan.hatenablog.com/ ボンダイビーチ]====&lt;br /&gt;
管理者の[[gudachan]]は地方ヘイトが趣味でコメント欄がないことをいい事にして反論を受け付けないクソブログ。早く運営に削除されてしまえ。現在は削除されたようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[はてな (企業)|はてな]]（[[はてな (企業)#はてなダイアリーキーワード|はてなダイアリー]]）====&lt;br /&gt;
はてなは、2ちゃんねるを大きく上回る有害サイトである。ブログにおいては、陰謀論や、ネットの情報を鵜呑みした内容のブログのオンパレードとなっている。ネット左翼の巣窟&lt;br /&gt;
として名が高く、人工地震といった実際じゃありえないトンデモ記事が横行しまくっている。リチャードコシミズや。ベンジャミンフルフォードに&lt;br /&gt;
感化されたブログも多い。&lt;br /&gt;
はてなダイアリーキーワードは[[辞書]]を称しているが、実態は単なる有害サイトである。有名企業の不祥事を暴露したり、名誉や尊厳を著しく傷つけるような記述が「辞書の記事」として掲載される為、その悪影響は計り知れない。さらにはてなダイアリーキーワードの記事には9割以上は嘘と出鱈目ではないかという疑惑まである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、記事の閲覧だけを目的に利用する場合でも多くの記事に嘘や出鱈目が含まれている為、結局は真に受けた利用者が後々に恥を掻くという被害を受けることになる。しかもキーワード編集権がはてなダイアリー市民のみの限定になっている為、誤った情報を訂正したくてもなかなか出来ない。その為、嘘や出鱈目を渋々受け止めるしか解決法がない。運営側の御用メディアははてなを礼賛する捏造報道を繰り返している為、はてなダイアリーキーワードの実態は広く周知されておらず、前述のような被害者も後を絶たない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さらにウィキペディアとはてなは共謀しているため、はてなダイアリーキーワードにウィキペディア日本語版の管理者の記事を作っただけでプライバシーの侵害として削除される場合が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[JUGEM]]====&lt;br /&gt;
'''JUGEM'''はブログサービスを自称しているが実態は前述のはてなを大きく上回る有害サイトである。前述のはてな同様、陰謀論や、ネットの情報を鵜呑みした内容のブログのオンパレードとなっている。ネット左翼の巣窟として名が高く、実際じゃありえないトンデモ記事が横行しまくっている。特に[http://nippon-end.jugem.jp/ 荒んでいく世界]といった日本を罵倒するブサヨが管理するブログなどが多数存在しており、もはや手に負えない状況である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[http://www.ringoku.com/ 隣国通信]====&lt;br /&gt;
'''隣国通信'''はインターネット上最も馬鹿馬鹿しいブログである。「海外の掲示板で気になった情報を紹介している海外の反応ブログ」という名称であるが、実際には海外（特に[[韓国]]）の反応のみを鵜呑みにし、反論などを一切させない糞ブログである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[http://www.ringoku.com/ 軍茶利]、[http://kizitora.jp/ キジドラ速報]====&lt;br /&gt;
いずれも同じ人物により運営されている。特定人物・団体への誹謗中傷記事が多いクソブログ。絶対に見てはいけない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[http://reptilianisreal.blogspot.jp/ 宇宙への旅立ち]====&lt;br /&gt;
'''宇宙への旅立ち'''は、問題外のキチガイブログである。「情報拡散が目的なので、もし記事内容に利用価値があれば、どんどん使って頂いて結構です」という紹介文ではあるが、実際はデマ・誹謗中傷・インチキ記事を拡散する糞ブログである。そして批判的なコメントにはレプタリアン工作員認定も貰えるオマケ付き。なお現在は削除されてる模様。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[http://kikko.cocolog-nifty.com/ きっこのブログ]====&lt;br /&gt;
'''きっこのブログ'''は、史上最悪の糞ブログである。宇宙への旅立ちと同様、実際はデマ・誹謗中傷・インチキ記事を拡散し、反論などを一切させない糞ブログである。絶対に見てはいけない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[http://sokunew.net/1512.html/ そくにゅー]====&lt;br /&gt;
'''クソニュー'''もとい'''そくにゅー'''は、前述のきっこのブログ同様、史上最悪クラスの糞ブログである。ニュース速報を自称しているが実態はデマ・誹謗中傷・インチキ記事を拡散し、反論などを一切させない糞ブログである。また、陰謀論等も扱っている分、きっこのブログ等よりも遥かに有害といえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[http://check.weblog.to/ 地球なんでも鑑定団]====&lt;br /&gt;
'''地球なんでも鑑定団'''は、史上最悪レベルのゴミブログである。世界の真実を自称しているが実態はデマ、誹謗中傷、インチキ記事、でたらめ記事を拡散するゴミ埃糞尿カスブログである。&lt;br /&gt;
管理人の只埜シヅ子は山梨県在住で、他にもインチキブログを運営している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[https://ameblo.jp/richardkoshimizu/ Richard Koshimizu’s Blog]====&lt;br /&gt;
何かと知られたリチャード・コシミズによる煽り・叩き・デマ・捏造・ユダヤヘイト、何でもござれの悪質極まりないまとめブログ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[http://kameburo.blog.jp/ かめぶろ！]====&lt;br /&gt;
亀山あゆむ(うさにゃん、鶴亀、亀にゃん)という病的な2ちゃんねるの糞コテが運営している。特定企業、人物、団体への誹謗中傷が多い糞ブログ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[http://irohasu01.biz/ まだ望んだライフスタイル手に入れてないの?]====&lt;br /&gt;
'''まだ望んだライフスタイル手に入れてないの'''は上記のブログと同様の糞ブログである。これらと同様、デマ・誹謗中傷・インチキ記事を拡散し、反論などを一切させない糞ブログである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[http://abnormal-weather.com/ 異常気象の実態！季節の節目がなくなりつつある？]====&lt;br /&gt;
'''異常気象の実態！季節の節目がなくなりつつある？'''は日本の季節感がなくなっていることを危惧する所謂'''現状への警鐘'''を鳴らすブログを称しているが実際は上記と同様の糞ブログである。2017年上半期に執筆されていたが、{{CURRENTYEAR}}年現在は長らく執筆されていない。これらよりも有害であるのは確実で、「数十年に一度の大災害よりも日常的な異常気象の方が遥かに大きい」「軽井沢のサル出没は温暖化による異常気象の一端だ」「原油価格の高騰はCO2増加等による温暖化の影響だ」「昭和40～50年代は今よりも天候が正常だったので長崎大水害も昭和58年7月豪雨もなかった、昭和（戦後）の大災害といえば伊勢湾台風くらいだ」「地震や火山の噴火は猛暑や暖冬といった異常気象がきっかけで起こる」「温暖化は世界各地で異常気象・大災害のみならず戦争・紛争も引き起こしている」等といった気違いそのものの持論をはじめ、自然現象関連のデマ・誹謗中傷・インチキ記事のオンパレードとなっている。ブログ主もプロフィールがないので誰なのかは不明であるが、おそらく50歳以上の老害と思われる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[Yahoo!ブログ]]====&lt;br /&gt;
'''Yahoo!ブログ'''はブログサービスを自称しているものの、実際は単なる有害サイトである。陰謀論や、ネットの情報を鵜呑みした内容のブログのオンパレードとなっていてもはや手に負えない状況である。それだけではなくネット左翼の巣窟としても名高く人工豪雨といった実際じゃありえないトンデモ記事が横行しまくっている。個人的な体験や日記、ニュースや時事などの話題の記載は出鱈目な文章の羅列とは全く異なっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[FC2ブログ]]====&lt;br /&gt;
'''FC2ブログ'''はブログサービスを称しているものの、実際は単なる有害サイトである。以下の問題点・疑惑がある。&lt;br /&gt;
*利用者のブログを著作権侵害等があるなしに関わらず、予告無く突然凍結・削除するケースが非常に多い。そして、凍結の原因について問い合わせには一切応じない他、異議を申し立てる窓口すら無く、実に不条理ではないかとの批判が多い。&lt;br /&gt;
*近年、本ブログ利用者の増加により、広告が増えたり、1ヶ月以上更新のないブログに対しては強制的に広告を貼るなどのスパム行為も目立つようになっている。&lt;br /&gt;
*[http://tv8ch.blog98.fc2.com/ F-CAST]は[[糞テレビ番組の一覧|糞テレビ番組]]ばかりを贔屓する糞のように不愉快なブログである。&lt;br /&gt;
*利用者にユダヤ・イルミナティ・フリーメイソン陰謀論の信者が多く、反論コメントをしても逆恨みに閲覧拒否されてしまうゴミブログが多い&amp;lt;ref&amp;gt;特に内海聡のブログが酷い&amp;lt;/ref&amp;gt;。また、妖怪ウォッチ等をはじめとした[[反ポケモン勢力]]の巣窟としても悪名高い。&lt;br /&gt;
*運営者がアメリカ・ネバダ州にあるので日本法が通用しない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[Seesaa]]====&lt;br /&gt;
Seesaaブログとして有名なSeesaaは、問題外の有害サイトである。&lt;br /&gt;
*ブログにおいては糞のように不愉快なブログが多い点では関連サイトの[[#ライブドア|ライブドア]]（後述）等に似ている。&lt;br /&gt;
*独自ドメイン上にブログを開設しようとすると「DNS情報が正しく設定されておりません」というエラーが出ることが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[Blogger]]（Blogspot）====&lt;br /&gt;
Googleの関連サイトであるBloggerは、問題外の有害サイトである。&lt;br /&gt;
*ブログ出版ツールの先駆けを称するものの、前述の宇宙への旅立ち等と同様、デマ・誹謗中傷・インチキ記事を拡散し、反論などを一切させない糞ブログである。&lt;br /&gt;
**「タバコの煙より夏の暑さの方が遥かに身体に有害」等といった個人的推論ならともかく、陰謀論や、ネットの情報を鵜呑みした内容のブログが非常に多い。海外では反イスラムの投稿をしたために2度逮捕されたエジプト人も存在するほどである。&lt;br /&gt;
*[http://cm-kyoku.blogspot.com/ CMの曲名]はCMソングばかりを羅列し、出演タレント名等をほとんど掲載しないことが多く使い物にならないブログである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===[[学校裏サイト]]===&lt;br /&gt;
学校裏サイトは特定の学生や教師を攻撃する為に作られた有害サイトである。学校における[[いじめ]]の延長線上の行動として学校裏サイトが使われるのだがいじめの標的に対する侮辱が全国に発信されたり、標的の[[個人情報]]が暴露されたりする等、通常のいじめよりも被害は甚大である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===掲示板===&lt;br /&gt;
====[[2ちゃんねる]]====&lt;br /&gt;
[[日本]]最悪の有害サイトと呼ばれる。2ちゃんねるの利用者は俗に[[2ちゃんねらー]]と呼ばれ、各所で[[サイバーテロ]]を実行している。2ちゃんねらーに睨まれまたは目を付けられたら最後、個人情報が晒され、自宅や職場に毎日嫌がらせされるようになる。このようなサイトを閲覧すれば、子供も大人も異常人格を身につけてしまう虞がある。多くのスレッドに嘘や出鱈目や中傷が含まれている為、真に受けた利用者が後々に恥を掻いたりショックを受けたりするという被害を受けることになる。しかも削除は削除人のみの限定になっており、しかもなかなか削除に応じてもらえず（削除人が誰も見ておらず気付いてもらえない事の方が多い）、運良く削除してもらえたとしても削除されるのが非常に遅過ぎる為（「削除依頼してから数ヵ月後」というのがほとんど）、誤った情報を訂正することや中傷を消すことはなかなか出来ない。その為、嘘や出鱈目や中傷を渋々受け止めるしか解決法がない。[[藤森京介 (七星)|七星]]が作ったとされるアンチ[[ロック・コール|ロック]]のスレなど非常に下品なスレもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Yourpediaを荒らしているウィキペディアンの多くは2ちゃんねらーでもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[ふたば☆ちゃんねる]]====&lt;br /&gt;
大規模の画像投稿サイトであるが、2ちゃんねるに劣らぬ殺伐振りを見せておりコメントは誹謗中傷の嵐、画像はエログロの嵐である。というより'''「〜ちゃんねる」と付くサイトは全て有害'''である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[ガールズちゃんねる]]====&lt;br /&gt;
女子の女子による女子のためのおしゃべりコミュニティを自称しているが実際は2ちゃんねるを遥かに凌ぐ殺伐振りを見せており誹謗中傷のオンパレードである。全てのスレッドに嘘や出鱈目や中傷が多い為、真に受けた利用者が後々に恥を掻いたりショックを受けたりするという被害を受けることになる。というより'''「〜ちゃんねる」と付くサイトは全て有害'''である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[画箱]]====&lt;br /&gt;
画箱（がばこ）はちゃんねるぼっくすが運営する画像、音楽、動画を投稿する掲示板が集まったウェブサイトである。&lt;br /&gt;
画箱は電子掲示板2ちゃんねると似ていて、板（ジャンル）があり、その中にスレッドが立っていて、そこで画像（JPG・PNG・GIF・BMP [1] の各形式に対応）や音楽（主にMP3形式が中心）、動画（主にWMV形式が中心）を出したり掲示板のようにコメントをしあったりするという方式。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
読みは「がはこ」ではなく「がばこ」である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
管理人は「みそかつ様」。&lt;br /&gt;
管理人、規制人、削除人ともに何人いるかは不明。&lt;br /&gt;
また、画箱は住人も体質も２ちゃんねると同種であり、２ちゃんねると同様に匿名性を生かしたゆっこのアイコラ岡田有希子の具が見えそうな水着画像、[岡田有希子の無様な遺体]画像、岡田有希子の頭バーン画像、など他では見れないエキサイティングなサイトである。&lt;br /&gt;
2008年頃から管理放棄状態がエスカレートしていき、2010年春フェードアウトするようにして、遂に閉鎖した。 が、2011年春に突如復活した。 アンチ完全敗北の瞬間であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[阿修羅掲示板]]====&lt;br /&gt;
阿修羅掲示板は2ちゃんねるを大きく上回る有害サイトである。主にオカルトと陰謀論に関する話題を取り扱っているものの、最近ではネット左翼が突撃しているため非常に有害である。かつては[[オウム真理教]]と関与していたらしいが不明&amp;lt;ref&amp;gt;掲示板開設前に[[ニュースステーション]]で取り上げられた&amp;lt;/ref&amp;gt;。2ちゃんねると同様に[[匿名]]性を生かした[[誹謗中傷]]、[[罵詈雑言]]、[[煽り]]、荒らしが絶えず、'''ネットモラルの崩壊・欠如を招いている黒幕'''である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[るいネット]]====&lt;br /&gt;
るいネットは2ちゃんねるを遥かに上回る有害サイトである。主に陰謀論やカルト宗教、並びに「マスコミが伝えない真実」や「世界政府の闇」に関する話題を取り扱っており、共同体志向の生産者のサイトと称しているが実際には正確性・信憑性に欠ける内容の記事やスレッドが多く、ネット左翼が突撃しているため非常に有害である。アカウント量産機能を悪用した荒らしのほか、[[誹謗中傷]]、[[罵詈雑言]]、[[煽り]]、荒らしが絶えない。最近までネット左翼のアイドルである[[小沢一郎]]を崇拝していたが、最近では批判に転じた。余談だが運営元の[[類グループ]]は[[ブラック企業]]である。このようなサイトを閲覧すれば、子供も大人も異常人格を身につけてしまう虞がある。多くのスレッドに嘘や出鱈目や中傷が多い為、真に受けた利用者が後々に恥を掻いたりショックを受けたりするという被害を受けることになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[したらば掲示板]]====&lt;br /&gt;
上記の2ちゃんねるや画箱、阿修羅、るいネット同様の有害サイトである。ただし、これらの有害サイトよりは大分マシなサイトである。&lt;br /&gt;
*削除要請に応じやすいが、レンタル掲示板なので管理人次第では削除できないという最大の欠点がある。&lt;br /&gt;
*したらば掲示板では近年システム障害が多発しているため、ユーザーが激減している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[カカクコム]]====&lt;br /&gt;
価格.com（かかくどっとこむ）は上記の2ちゃんねるや画箱、阿修羅、るいネット、そしてしたらば掲示板を大きく上回る有害サイトである。&lt;br /&gt;
*商品関連の掲示板ではほぼ24時間366日論争が起こっている。&lt;br /&gt;
*過去に不正アクセス事件を起こされたが、価格.comの糞ぶりに対する天罰ともいえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===検索エンジン===&lt;br /&gt;
====[[Google]]====&lt;br /&gt;
気に食わないサイトを検索結果から外す（[[グーグル八分]]）有害サイト。なお、[[グロービートジャパン]]や[[日本平和神軍]]関連などは、日本語版ではなく英語版で検索する（ドメインを.co.jpではなく.comに設定し直す）と見つかるものもある。&lt;br /&gt;
*大の親ちんちんである。&lt;br /&gt;
**現在ユアペディアを気に食わないとしてグーグル八分している&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&amp;amp;hl=ja&amp;amp;ie=UTF-8&amp;amp;rls=GGLG,GGLG:2006-14,GGLG:ja&amp;amp;q=yourpedia Googleでの検索結果]&amp;lt;/ref&amp;gt;&amp;lt;ref&amp;gt;[http://search.yahoo.co.jp/search?p=yourpedia&amp;amp;ei=UTF-8&amp;amp;x=wrt Yahooでの検索結果]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
***近年はグーグル八分されなくなった。が、注意は必要。&lt;br /&gt;
*[http://images.google.co.jp/imgres?imgurl=http://ecx.images-amazon.com/images/I/51RoS1P8JHL.jpg&amp;amp;imgrefurl=http://www.inside-games.jp/review/view.php%3Fid%3D11629%26order%3Dhigh&amp;amp;usg=__vVMsKwOYlcNXnS5Hyr5hucPVWdk=&amp;amp;h=275&amp;amp;w=500&amp;amp;sz=46&amp;amp;hl=ja&amp;amp;start=3&amp;amp;sig2=eg3vYg1gEk7irDkYmKZBhg&amp;amp;um=1&amp;amp;tbnid=zG82Oem3H_ANEM:&amp;amp;tbnh=72&amp;amp;tbnw=130&amp;amp;prev=/images%3Fq%3D%25E3%2583%2595%25E3%2582%25A1%25E3%2582%25A4%25E3%2583%258A%25E3%2583%25AB%25E3%2583%2595%25E3%2582%25A1%25E3%2583%25B3%25E3%2582%25BF%25E3%2582%25B8%25E3%2583%25BCVI%26hl%3Dja%26rlz%3D1T4ADFA_jaJP342JP342%26sa%3DN%26um%3D1&amp;amp;ei=2GyuStqkAoSgkQWnle2VBg 間違った画像]や18禁サイト・イラストを平気で出す青少年にとって非常に有害なサイトである。[http://images.google.co.jp/images?hl=ja&amp;amp;rlz=1T4ADFA_jaJP342JP342&amp;amp;um=1&amp;amp;q=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%83%BCVI&amp;amp;sa=N&amp;amp;start=20&amp;amp;ndsp=20 ここ]がひどい（観覧は自己責任で）。&lt;br /&gt;
**補足：[[Yahoo! Japan]]だと問題ない&amp;lt;ref&amp;gt;[http://image-search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%83%BCVI&amp;amp;fr=top_v2&amp;amp;tid=top_v2&amp;amp;ei=UTF-8&amp;amp;search_x=1&amp;amp;x=17&amp;amp;y=27]&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
*プライバシー侵害の写真を平気で公開するDQNサイトである。&lt;br /&gt;
*航空写真が見れるが海だけではなく陸まで削られていたり写真がずれていたり雲で隠れていたりして使い物にならない。&lt;br /&gt;
*2ちゃんねる至上主義であり2ちゃんねるにぶりっ子してる&amp;lt;ref name=&amp;quot;2ch&amp;quot;&amp;gt;2ちゃんねらーによる罵倒ネタが検索キーワードになる例が多い&amp;lt;/ref&amp;gt;情けないサイトである。&lt;br /&gt;
*関連サービスの[[Google+]]で[[AKB48]]をごり押しするなど、AKBヲタの巣窟である。&lt;br /&gt;
*[[日蓮正宗]]に対する批判的なサイトが上位に出てこないようになっている。これは知る権利（アクセス権）の侵害になりかねない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[Yahoo! JAPAN]]====&lt;br /&gt;
上記のGoogleと同様、気に食わないサイトを検閲し、八分（ヤフー八分）している有害サイト。以下のような問題点がある。&lt;br /&gt;
*親会社が[[ソフトバンク]]であるため、南北朝鮮に批判的な記述は、無条件に削除されている。&lt;br /&gt;
*時々、グーグル八分をも凌ぐかなり強烈な検閲行為を行っていることもある。この影響で、当分、起き上がり不能となったサイトも多く、批判の声も多い。&lt;br /&gt;
*Yahoo!知恵袋ではほぼ24時間・366日、問題・事件が起こっており、下記の[[mixi]]など相手にできない（[[#Yahoo!知恵袋|後述]]参照）。&lt;br /&gt;
*上記と同様、Yahoo!ニュース、Yahoo!掲示板などでも、しばしば[[荒らし]]が起こっている。&lt;br /&gt;
*ヤフオクは、'''取り込み詐欺'''やニセブランド等の'''粗悪品'''をつかまされる被害が後を絶たない。&lt;br /&gt;
*ヤフーゲームの将棋で打ち歩詰めをするだけでアカウントが削除される。&lt;br /&gt;
*Google同様2ちゃんねるにぶりっ子している&amp;lt;ref name=&amp;quot;2ch&amp;quot;/&amp;gt;情けないサイトである。&lt;br /&gt;
*オークションで潰し合戦や値段の違法吊り上げ合戦が多く相手にできない。&lt;br /&gt;
*yahooからメールが届くが全て違法行為であり相手にできない。又は、してはいけない。&lt;br /&gt;
*[[陰謀論の一覧|陰謀論]]に対する批判を検索結果の上位にならないように意図的に細工している。この行為は知る権利（アクセス権）の侵害になりかねない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[バイドゥ (企業)|百度]]====&lt;br /&gt;
上記のGoogleやYahoo!同様、気に食わないサイトを検閲し、八分している（baidu八分）有害サイト。&lt;br /&gt;
*[[中国]]検索エンジンの日本版であるため、中国に批判的な検索結果は、削除されていることも多い。&lt;br /&gt;
*Google同様、恣意的に後ろめたいサイトを検索結果から除外している。&lt;br /&gt;
*画像、動画検索においてはモザイクなしのポルノ物及び18禁イラスト等が検索エンジンの胸先三寸でずらり出てしまう。&lt;br /&gt;
*GoogleやYahoo!同様常時2ちゃんねると接触している情けないサイトである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[goo]]====&lt;br /&gt;
上記のGoogleやYahoo!、百度同様、検索エンジンを称しているが、実態は単なる糞サイトである。&lt;br /&gt;
*gooメールは利用者の期待を度外視した改悪が行われた。&lt;br /&gt;
*過去に個人情報漏洩事件を起こしている。&lt;br /&gt;
*[[ペッパーランチ心斎橋店女性客拉致監禁強姦強盗事件|ペッパーランチの某不祥事]]を検索結果の上位にならないように意図的に細工している。この行為は知る権利（アクセス権）の侵害になりかねない。&lt;br /&gt;
*gooブログは糞ブログをも上回るゴミブログが多いことで知られる（主にブサヨが管理するブログ等）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[BIGLOBE]]====&lt;br /&gt;
上記のGoogleやYahoo!、百度、goo同様の有害サイトである。ただし、これらの有害サイトよりは大分マシなサイトであるが注意が必要。&lt;br /&gt;
*BIGLOBEなんでも相談室にはYahoo!知恵袋をも上回る的外れな質問が多いのが最大の欠点である。&lt;br /&gt;
*BIGLOBEニュースは2ちゃんねるよりも信憑性の低いニュースが多いのも欠点である。&lt;br /&gt;
*[[ウェブリブログ]]ではシステム障害が多発し、近年ユーザ数が激減している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===Q&amp;amp;Aサイト===&lt;br /&gt;
====[[Yahoo!知恵袋]]====&lt;br /&gt;
前述の[[#Yahoo! JAPAN|Yahoo! JAPAN]]の関連サイトであり、糞質問・糞回答の多さを見れば言うまでもない。ベストアンサーもろくな回答はほとんどない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[OKWave]]====&lt;br /&gt;
OKWave（オーケーウェイブ）は[[楽天]]の関連サイトであり[[ナレッジコミュニティ]]を自称しているが実際にはただの有害サイトである。&lt;br /&gt;
*前述の[[#Yahoo!知恵袋|Yahoo!知恵袋]]等と同様、小学生みたいな脳ミソの馬鹿なおっさんやババアがドヤ顔でさも賢者であるかのように回答しているのが通例である。また、ベストアンサーもろくな回答は滅多にない。&lt;br /&gt;
*だから、無知が無能に無用を教えるサイトである。&lt;br /&gt;
====[https://cocooru.com/ ココオル]====&lt;br /&gt;
'''Cocooru'''（ココオル）はインターネットで悩み相談ができるサイトを自称しているが実態はうつ病患者や精神障害者が日々自己満足的な質問をぶちまけ回答者を困惑させている有害サイトである。ただし、回答者が専門家が多くまともな分、上記の2サイトよりはかなりマシである。それでも安心できないサイトである。運営者の不親切さが目立つため、利用者をたびたび不快にさせている件が相次いでいる。あなたには回答しない、などとカウンセリングサイトらしからぬ心ない対応をする運営者のもとにあるサイトで、利用者も安心できない。自殺防止のために出来たサイトらしいが、そうだとしたら運営者失格である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===SNS===&lt;br /&gt;
====[[mixi]]====&lt;br /&gt;
ほぼ24時間366日、[[詐欺]]などの問題行為の行われている有害サイト。&lt;br /&gt;
*事件が多い。&lt;br /&gt;
*誹謗中傷の嵐である。&lt;br /&gt;
*様々なユーザーがストレスによって退会している。&lt;br /&gt;
**というよりマイミクが0になって強制退会されることが多い。&lt;br /&gt;
*[[個人情報]]に関する問題も横行している。&lt;br /&gt;
*生徒が年齢を偽っているため不正登録が多発している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[Twitter]]====&lt;br /&gt;
[[バカ発見器]][[馬鹿発見機]]を見れば言うまでもない。&lt;br /&gt;
*社内文書漏えい事件を過去に起こしている。&lt;br /&gt;
*複数のbotを使った情報操作も少なくない。&lt;br /&gt;
*不謹慎なつぶやきによって論争を招くこともしばしば見られる。&lt;br /&gt;
*というかオタクがしゃしゃり出るのでウザい上に不快である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[pixiv]]====&lt;br /&gt;
[[pixivのキチガイユーザー]]を見れば言うまでもない。&lt;br /&gt;
*投稿者や他の閲覧者に不快感を与えたりするイラストが多い。&lt;br /&gt;
*[[エクレロ孫法師]]（ウーソキマスラ）及び[[MAC-BB]]（[[ハバネロ三太夫]]）はとっくに退会済みだが、ルイドーや（仮名）などの新たな荒らしが発生しており、永遠に有害サイトのままである。&lt;br /&gt;
*同サイトに付属した百科事典サービスである[[pixiv#ピクシブ百科事典|ピクシブ百科事典]]においては[[ウィキペディア日本語版]]の1,000,000,000倍以上も下らない記事が目立ち、その上'''記事がないのにGoogle検索で上位に出てしまう'''のが特徴。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===動画共有サイト===&lt;br /&gt;
====[[YouTube]]====&lt;br /&gt;
[[Google]]の関連サイトであり、[[著作権]]を意図的に侵害するような動画や18禁動画を平気でアップロードし続ける低俗なサイトとして知られている。18禁動画などがほぼ24時間アップロードされているにも関わらず、特にお咎めはない。削除すれば許されると考えているYouTubeの運営に対する倫理観は、明らかに異常であると思われる。&lt;br /&gt;
*コメント欄は誹謗中傷の嵐である。また、SNS機能を完全に廃止すればマシになるものの、永遠に有害サイトのままである。&lt;br /&gt;
*googleの関連サイトなだけに法廷論争をしばしば起こしている。&lt;br /&gt;
*[[NTTグループ]]などと提携したが、硬派な相手側とは違い、低俗なサイトである。&lt;br /&gt;
*動画が理由も無く突然消されるなど不満が多い。&lt;br /&gt;
*[[HATUNEMIKUDAISUKIDA3]]や[[ORESAMAkingudamu2012]]、並びにそれらのキチガイ信者どもを追放すれば少しはマシになるが、永久に有害サイトのままである。&lt;br /&gt;
*有害サイトなのに間違って[[ヒトラー名言集]]等を表示する事もある。&lt;br /&gt;
*SEXのHOW TOばかり表示する以上、永遠に有害サイトのままである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[https://www.youtube.com/channel/UCqONnuQyLgmFGP8eP4ZaIUw 遠藤チャンネル]====&lt;br /&gt;
逆張りや炎上商法を繰り出す、事件事故の被害者を侮辱する屑が運営している自称物申す系のユーチューバーのチャンネル。[[京都アニメーション放火事件]]の件で（悪い意味で）一躍知名度を上げた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[ニコニコ動画]]====&lt;br /&gt;
[[2ちゃんねる]]の関連サイトであり、[[著作権]]を意図的に侵害するような動画や18禁動画を平気でアップロードし続ける低俗なサイトとして知られている。18禁動画などがほぼ24時間アップロードされているにも関わらず、特にお咎めはない。削除すれば許されると考えているニコニコ動画の運営に対する倫理観は、明らかに異常であると思われる。&lt;br /&gt;
*コメント欄は誹謗中傷の嵐である。&lt;br /&gt;
*2ちゃんねるの関連サイトなだけに法廷論争がしばしば起こる。&lt;br /&gt;
*ニコニコ大百科もあるがはてなよりも編集権が厳しく有料会員のみの限定になっている為、誤った情報を訂正したくてもなかなか出来ない。その為、嘘や出鱈目を渋々受け止めるしか解決法がない。また、ニコニコ大百科のコメント欄も誹謗中傷・罵詈雑言の嵐である関係上、YouTubeやウィキペディアを上回る有害サイトである。そのため'''ボロクソ大百科'''（-だいひゃっか）と揶揄されることもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[Dailymotion]]====&lt;br /&gt;
利用登録者数100万人以上、ユニーク数は750万以上というヨーロッパで最も人気が高い動画共有サイトであると自称しているが、実態は著作権侵害等が24時間366日行われているキチガイサイトである。当然前述の[[#YouTube|YouTube]]や[[#ニコニコ動画|ニコニコ動画]]よりも遥かに有害である。&lt;br /&gt;
*性的動画に関して寛容なためポルノ動画等に関しての登録も多い。&lt;br /&gt;
*登録したユーザーがアップロード可能な動画は、2GB以内で長さは60分まで、最大解像度は1280x720であり、それ以上（制限なし）の動画をアップロードしたい場合は、モーションメーカー (MotionMaker)としての登録をしなければならない程の手間のかかり様である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ポータルサイト===&lt;br /&gt;
====[[楽天]]====&lt;br /&gt;
ネットサービス会社を不法に吸収している悪徳企業。&lt;br /&gt;
=====[[楽天オークション]]=====&lt;br /&gt;
インターネットサービスを扱う会社の[[楽天]]の関連サイトであり、上記のヤフオク同様、しばしばトラブルが発生している有害サイトとして知られている。&lt;br /&gt;
*匿名性の高さの裏返しで、取引相手に個人情報を悪用されることが多い。&lt;br /&gt;
*'''偽ブランド品'''や'''コピーソフト'''などの違法出品が後を絶たない。&lt;br /&gt;
*落札者の金銭負担が非常に重いといった批判もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[ライブドア]]====&lt;br /&gt;
[[ライブドア事件]]・[[村上ファンド事件]]を見れば言うまでも無い。&lt;br /&gt;
*ライブドア掲示板は最早2ちゃんねると区別がつかない。&lt;br /&gt;
*ライブドアニュース（ニュースサイト）は2ちゃんねるをソース（情報源）に使っているため最早「'''新聞版2ちゃんねる'''」である。&lt;br /&gt;
*ライブドアブログは2ちゃんねらー等の利用する糞のように不愉快なブログが多い。&lt;br /&gt;
*ライブドアウィキは2ちゃんねらーによる暴言的・中傷的なウィキ系サイトが多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[[MSN]]====&lt;br /&gt;
MSN（The Microsoft Network、ザ、マイクロソフトネットワーク）は上記の楽天やライブドアを大きく上回る有害サイト。キチガイ社長の[[ビル・ゲイツ]]で有名な[[マイクロソフト]]が運営している。&lt;br /&gt;
*米国では独占禁止法上の違法性が話題となったことがある。&lt;br /&gt;
*検索エンジンの[[Bing]]ではユーザーを騙すようなキーワードが多い。&lt;br /&gt;
*チャットの[[Skype]]では受信したデータが理由も無く削除されるなどの問題もある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===[[ショッピングサイト]]===&lt;br /&gt;
上記のヤフオクや楽オク同様、しばしばトラブルが発生している有害サイトとして知られている。&lt;br /&gt;
*匿名性の高さの裏返しで、取引相手に個人情報を悪用されることが多い。&lt;br /&gt;
*'''偽ブランド品'''や'''コピーソフト'''などの違法出品が後を絶たない。&lt;br /&gt;
*注文して送られるのが非常に遅いといった批判もある（[[ポケットモンスター ダイヤモンド・パール]]と言う実例もある）。&lt;br /&gt;
====[[Amazon]]====&lt;br /&gt;
*ステップ2などの[[転売屋]]のメッカ。&lt;br /&gt;
**[[転売屋]]を追放すれば少しはマシになるが、永久に有害サイトのままである。 &lt;br /&gt;
*ハードオフのジャンクよりひどい状態の商品が売られている。&lt;br /&gt;
*レビューの検閲を行っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===ニュースサイト===&lt;br /&gt;
====[[ジェイ・キャスト|J-CASTニュース]]====&lt;br /&gt;
[[ニュースサイト]]を自称する有害サイトである。&lt;br /&gt;
*2ちゃんねるやSNSをそのままニュースソースとしているため、信頼性に欠ける情報も少なくない。&lt;br /&gt;
*ネット上の個人の知ったかぶり発言をいたずらに流布する報道姿勢がある&amp;lt;ref&amp;gt;[http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0805/13/news126.html 吉本興業がJ-CASTに抗議 松本人志さんのラジオ発言に関する報道で]&amp;lt;/ref&amp;gt;。このことには疑問が多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===まとめニュースサイト===&lt;br /&gt;
====[[NAVERまとめ]]====&lt;br /&gt;
[[LINE (企業)|LINE]]の系列サイトであり、まとめニュースサイトを自称するものの実態はただの有害サイトである。&lt;br /&gt;
*2ちゃんねるやSNSをそのまま情報ソースとしているため、信頼性に欠ける情報も少なくない。&lt;br /&gt;
*ネット上の個人の感想をいたずらにまとめて公開するユーザーも多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ていうか、LINEの系列である以上、永遠に有害サイトのままである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[https://akki-trip.com/ akkiの鉄道旅行記]====&lt;br /&gt;
akkiという病的な鉄オタが運営している。障害者差別や優生思想を主張する糞サイト。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
====[https://japan-railway.com/ ジャパンレイルウェイドットコム]====&lt;br /&gt;
他者の画像を無断転載する害悪サイト。鉄ヲタ以外の人物を悪者扱いするという悪行も見受けられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===[[闇サイト]]===&lt;br /&gt;
犯罪の温床となっている、劣悪なサイト。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
代表的な悪用者は[[神田司]]、[[川岸健治]]、[[堀慶末]]。&lt;br /&gt;
====[[猟奇サイト]]====&lt;br /&gt;
[[殺人事件]]の温床となっている、劣悪なサイト。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こんな言い訳もあり非常に有害である。&lt;br /&gt;
 最近現実世界で起こっている少女や幼女が犠牲となる事件、私はそれを断固否定します。&lt;br /&gt;
 私自身の中にもそのような嗜好があるのは知っています。&lt;br /&gt;
 しかしそれを抑える理性を持っているのが人間です。&lt;br /&gt;
 そしてそれを昇華するため、私は架空の妄想の世界を創作しています。&lt;br /&gt;
 よくこのような創作が、このような作品を扱うサイトが、性犯罪を助長すると言う声を聞きます。&lt;br /&gt;
 しかし現実と妄想の世界が区別できない愚か者、現実の人間の痛みを感じられないけだものは、&lt;br /&gt;
 そんなものがなくても、いずれ事件を起こすでしょう。&lt;br /&gt;
 この掲示板の仲間には、そんな人間はいないと信じています。&lt;br /&gt;
ゲームやアニメならそんな言い訳が通用するがさすがにこの有害サイトとなる通用しない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
てか猟奇サイト全部潰れてしまえ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===Webマガジン===&lt;br /&gt;
デマ・インチキ等の温床となっている、劣悪なサイト。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
代表的なサイトは[[ナタリー (ニュースサイト)|ナタリー]]。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===メールマガジン===&lt;br /&gt;
====[https://tripeditor.com/ TRiP EDiTOR]====&lt;br /&gt;
'''TRiP EDiTOR'''(トリップエディッター）とは、「旅と人生は、もっと楽しく編集できる」をコンセプトとした、各界のプロが旅をレコメンドする新しい旅行メディアを自称しているが、実態はただの有害サイトである。[https://tripeditor.com/167752 こんなデタラメ記事]を書いている以上、閲覧者の軽視に他ならない。前述のデタラメ記事で挙げられている長野、富山、新潟、北海道は実際には住みたくない都道府県で上位に入っているにも関わらず、当サイトはそれとは逆に住みやすい都道府県上位に入れたりと有害さ極まりない。これはYahoo! トラベルと同等かそれ以上の糞ぶりである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===まとめwikiサイト===&lt;br /&gt;
====[[国民が知らない反日の実態]]====&lt;br /&gt;
ネット右翼の立場から見た様々な物事のまとめサイトと自称するが、実際はウィキペディアを上回る有害サイトである。著名人のプライバシーを暴露したり名誉や尊厳を著しく傷つけたりするような記述が多く、その悪影響は計り知れない。さらに、反日の実態の記事には他のウェブサイトの内容を転写した物が多数存在する。 まともな主張を書いてもいずれかは元に戻され、最悪の場合投稿ブロックされるのがオチである&amp;lt;ref&amp;gt;特に安倍晋三や麻生太郎が統一教会や日韓トンネルに肯定的であることについてはすぐに削除される&amp;lt;/ref&amp;gt;。これは愛媛県在住の[[baikokukigyo]]によるキチガイの仕業であり、本人曰く2009年から活動しているそうだ。2011年に国民が知らない日本の危機が設立されて以来優良な記事がそちらに移転されたが、阿保なbaikokukigyoが作成した記事も多く、有害な成分が含んだ記事が多いのが現状であり、何も変わっていない。近年はbikokukigyoのみならず[[So-net可変IP (国民が知らない反日の実態)|So-net可変IP]]や愛媛新聞社・各所のブサヨも荒らしの一員として加わり、益々混沌とした状態になっている。また内部にウィキペディアからの編集者が多い。こんなサイトに誰がした?&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===まとめブログ===&lt;br /&gt;
====[http://yaraon-blog.com/ やらおん!]====&lt;br /&gt;
煽り・叩き・デマ・捏造、何でもござれの悪質極まりないまとめブログ。「アニメ系」としながらも社会・芸能ネタも頻繁に取り上げている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ヤマグチノボルが闘病中であることを公表した際はそれに対して情の無い発言を掲載し、ヤマグチを激怒させた。ヤマグチの死因の一つに『やらおん!』があるといっても過言ではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
記事のコメントにしても自作自演であることが見え見えで、閲覧者からはそのことを特に指摘され、かなりバカにされている。また、[[なんでも実況J板]]での自作自演も指摘されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
管理人本人が『[[ラブライブ!]]』のファンであり、そのため関連する記事が多めなのだが、あからさまに『ラブライブ!』を持ち上げる内容になっている。そのことから、『ラブライブ!』の関係者からお金をもらっているのではないかという疑惑が持たれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アニメの感想は、時々見られる的外れな感想からいって、実際には視聴せずに、コメントなどから独断と偏見で判断して感想を述べている。実際に視聴する場合は、違法動画サイトで視聴している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
===晒し系サイト===&lt;br /&gt;
====[https://sarashi.info 晒し屋(悪質アカウントチェック)]====&lt;br /&gt;
{{Main|晒し屋(悪質アカウントチェック)}}&lt;br /&gt;
「善良ユーザー」が悪質なアカウントを晒して情報交換するためだけのサイト…と称する悪質サイト。色々欠陥だらけで閉鎖する羽目になってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==脚注==&lt;br /&gt;
&amp;lt;references /&amp;gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==関連項目==&lt;br /&gt;
*[[ネトゴミ]]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
==外部リンク==&lt;br /&gt;
*[http://ja.uncyclopedia/wiki/有益サイト 天皇Muttleyの作成した阿呆なコピペ]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{蛆虫}}&lt;br /&gt;
{{Internet-stub}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
{{DEFAULTSORT:ゆうかいさいと}}&lt;br /&gt;
[[Category:ウェブサイト]]&lt;br /&gt;
[[Category:有害サイト|*いちらん]]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>コロナの真実を減ぼす</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:TPZ_express&amp;diff=398974</id>
		<title>利用者:TPZ express</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E5%88%A9%E7%94%A8%E8%80%85:TPZ_express&amp;diff=398974"/>
				<updated>2022-07-11T09:04:21Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;コロナの真実を減ぼす: 韓国統一教会 (トーク) による版 398961 を取り消し&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;やあ&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>コロナの真実を減ぼす</name></author>	</entry>

	<entry>
		<id>http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E3%83%89%E3%83%87%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%B3&amp;diff=398970</id>
		<title>ドデカイラーメン</title>
		<link rel="alternate" type="text/html" href="http://99.83.207.156/mediawiki/index.php?title=%E3%83%89%E3%83%87%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%B3&amp;diff=398970"/>
				<updated>2022-07-11T08:16:02Z</updated>
		
		<summary type="html">&lt;p&gt;コロナの真実を減ぼす: 韓国統一教会 (トーク) による版 398958 を取り消し&lt;/p&gt;
&lt;hr /&gt;
&lt;div&gt;'''{{WPuser|ドデカイラーメン}}'''は、ウィキペディア日本語版の自警、アニオタである。'''{{color|#FC4E6B|2021年6月22日 22時43分、引退宣言したが･･･。}}'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 概要 ==&lt;br /&gt;
2022年現在、自称高校生。趣味は[[Twitter]]、[[Wikipedia]]そして権限申請である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また管理者の[[えのきだたもつ]]とも仲がいい。&lt;br /&gt;
また最近は[[いせちか]]に好かれており[[ドデカイザーメン]]などの悪戯アカウントが作成されたり、ソックパペットが会話ページに荒らしを繰り返し既に保護は4回目である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2022年6月5日に管理者に立候補したが賛成7票反対17票で不信任。6月21日に性懲りもなく立候補したが、その日にIPユーザーにコメント依頼を出され、「はっきり言って荒らしと変わりありません。」とコメントを残された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''{{color|#FC4E6B|2021年6月22日 22時43分、引退宣言したが･･･。}}'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
'''{{color|red|2021年11月12日にチェックユーザーであるさかおりによって多重アカウントの不正利用をしていたことが発覚し、無期限ブロックとなった。}}'''&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後は「めるるる」なるソックパペットを使って下心満載のウィキラブを送り付けたり、[[5ちゃんねる]]に現れては一部の利用者の悪口を書き散らすなどの荒らしに成り下がった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*ﾜｯﾁｮｲ [0-9a-zA-Z]{2}89-&lt;br /&gt;
*ﾜｯﾁｮｲ [0-9a-zA-Z]{2}12-&lt;br /&gt;
*ﾜｯﾁｮｲ [0-9a-zA-Z]{2}96-&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
をNGすることが推奨される。自警にもLTAにもなれていない半端者として歓迎されず、事実上出禁ともとれる注意書きが書かれている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Wikipediaでの恋愛ゲームスレにも出没し、MiraburuとInfinite0694に粘着する様子を見せている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
2022年6月26日にはSethemhatがsandboxにて、&amp;quot;多少は機械翻訳文の修正を試みるようだが、途中で力尽きる場合が多い。さらに、原文を確認していないようで主語を取り違えたり、出力文に頼るあまり固有名詞の訳出によく失敗し誤訳を量産する。翻訳を途中であきらめる例も数個確認されている。&amp;quot;と、機械翻訳を濫用し記事を作成した利用者として公表した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ウィキペディアの「キリト キリト」は彼の悪玉ソックパペットという噂がある。アカウント取得は2022年3月22日。しかし金鐘寺‎‎を作成したが東大寺からの丸写しだったため、案の定クレームが来る。履歴継承なきコピペ中止も一切やめる様子がなかったためクレームが来て、そんな風に編集の腕前はお察し状態であったにも関わらず7月には削除者に立候補。反対者が相次ぐことになったが、もしもソックパペットならば再び立候補すると予想することは造作もない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Wikipedia本スレで女性利用者の話になった際、若い芸人を例えとして出せなかったことから年齢はサバ読みと思われる&amp;lt;ref&amp;gt;https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/hobby/1657366218/37-45&amp;lt;/ref&amp;gt;。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ファッションセンスは皆無で安倍晋三事件の実行犯みたいな服を着ているようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 脚注 ==&lt;br /&gt;
{{脚注ヘルプ}}&lt;br /&gt;
{{Reflist}}&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
== 外部リンク ==&lt;br /&gt;
[https://ja.wikipedia.org/wiki/利用者:ドデカイラーメン 利用者:ドデカイラーメン]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[[Category:利用者]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディア]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアン]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキホリック]]&lt;br /&gt;
[[Category:ウィキペディアで無期限投稿ブロック処分となったユーザー]]&lt;br /&gt;
[[Category:ネット中毒者]]&lt;/div&gt;</summary>
		<author><name>コロナの真実を減ぼす</name></author>	</entry>

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